コレ、もらっとく
「……」
待っている時間が長く感じた。実際、来るのにそこまで時間は要しなかったというのに。
やってきたのは、白装束の聖なる集団だ。ブリーヴィオ家の方々、聖なる一族。彼らは恭しくリアムさんを連れていった――。
「……俺には」
見送った後の玄関、俺はそこで立ち尽くしていた。今の俺に何ができる。ただ、無事を祈るしかできないだろ?
浄化の力に定評がある彼らだ。今は、そう今は。彼らに任せておけば――。
「――大変なことになっちゃたね」
「……アダム」
そう、彼も一行の中にいた。まだこの場に残っていたこと……今の今まで気がつかなかった。
「――お前……そう、お前に。ボク、言いたいことがあって。時間ないから、短めにだけど」
いつもの『派手髪』呼ばわりはない。アダムはいたって真剣な表情だ。
「リアムは今、大変危険な状態だよ。原因は間違いなく――お前の呪いによるもの」
アダムは確信を持っていた――『ようやく確証をもてた』とまで。
「リアムは『禁術』に手を出していた。呪いを和らげるものなんかじゃない――自身の身に取り込むものだ」
「あ……」
「お前の『魔神』由来の呪い……それを和らげる力なんて。そんなの『聖なる一族』にはないよ。なかったから……!」
「……」
そうだ。邪な力ともいえるもの。それを打ち滅ぼす力はあっても、といえた。元は宿敵……敵対していたから。
それを取り込んでいたとなると……なんてことだ。
「リアムさん……」
そうだな、リアムさん。アンタはウソは言ってなかった。
副作用なんてない。それどころじゃない。俺の呪いそのものが……アンタを蝕んでいた。
俺は……深く考えてなんてなかった。ただ、呪いが……幻覚症状が治まった。そのことばかりを喜んでいて……!
「くそっ……」
アンタの身に何が起こっていたのか、それを想像もせず……!
「なにやってんだよ……リアム! そんなのに手を出すから……!」
アダムだってそうだった。冷静で在ろうとしても、参っているようだった。
「……ふう。そうだ、だからボクは――」
――『治療』を行う必要がある、と。
そのアダムの言葉は、やけに重々しく響いた。
どうしてだ。リアムさんを救う行為のはず。それは俺も望んでいることで――。
「性交渉によってだ――ボクはリアムに抱かれる」
「……」
俺は言葉を失った。
「まずは力を注ぎ込むことによって、意識を強制的に引き戻す。だから、行為自体はできる」
「……」
「何度も、何度も繰り返す。力を注いでいく。交わって、治療を繰り返していく。生命力を与えていく。滅多にやらないやり方だ」
「……」
アダムが説明している。言っていることはわかる。だけど、俺の脳が、心が。理解を拒んでいた。
なあ、なんなんだ。
どういうことなんだ。
……なんでだよ。
「……ま、これ以上の説明はいらないか。大がかりになるから、今、神殿で準備を進めている。といっても、ボクもそろそろ行かないとね」
アダムは途中で説明を切り上げた。俺の顔を見て『顔色わる……』とも呟いていた。
「……ボクだって、どうしようって思ってるよ。だって、リアムの心を無視する行為だ……お前のことだってあるし」
アダムの大きな瞳が揺れていた。
「……だとしても、だよ」
それでも、彼は決意を瞳に宿していた。
「リアムの命の瀬戸際だ。真摯に取り組む……助けてくるから」
「……」
……そうだ。アダムにかかっているんだ。
昔好きだった相手と交わる。だからって、浮かれてなんていない。そうだよ、そんなアダムになら……あの人を託しても……。
リアムさんが……助かるのなら――。
「……なあ、呪いはどうなるんだ?」
「もう、なに? 説明余分にしちゃったし、もう行くけど?」
アダムはうざったさを隠しもしない。それでも話させてくれ。
「あの人が取り込んだ呪い。それ自体はどうなるんだよ」
「それは……それは」
アダムは嫌々そうな顔から一転、気まずそうに目をそらしていた。どうしたんだ……?
「……呪いは、消えないよ。取り込んだ呪いは……ボクとするだけじゃ」
「……?」
含みのある言い方だった。アダムは何事もなかったかのように、元のしかめ面に戻っていた。
「……はあ。相当時間かかるだろうね。ほんと、なにやってるんだか……ただでさえ、魔神の力自体、毒だっていうのに」
――『ボクらにとって』と。アダムたち一族はそうなんだ。
「長い間……」
深く根づいてしまった呪いが……彼を苦しめ続ける。長く。長く、何度も交わらせるほど。
リアムさんが他の誰かと繋がること。嫉妬でおかしくなりそうで……だけど、それが唯一助かる手段でもあって。
でも、苦しみに終わりはないのか。
俺の、俺の呪いのせいで。
「……まあ、幻覚や幻聴も伴うだろうね。というか、今までもあったかも……」
「……そう、か」
俺の厄介な呪いを取り込んでいたなら、起こってもおかしくないよな。起こっていたかもしれなかったんだ……。
いくらアダムとの行為で回復したとしても。
彼は長く、長く苦しむことになる。
この呪いのせいで。
消えやしない、呪いのせいで。
「なあ、アダム。俺が原因なんだろ。俺の呪いのせい、なんだろ? 本当に無くす方法がないのか……!?」
気がおかしくなりそうだ。俺の呪いが彼を苛む。当事者の俺が、何もせずに待っているしかできない。
俺にとっても――最愛の人。その人が苦しんでいるのに、ただ待っているだけかよ……!
「……」
アダムの答えは……沈黙、か。
……そうだ。何をやってるんだ、俺は。こんな時に何を聞いているんだ。全てを終えた後でもいいだろ。今はリアムさんの容態、最優先だろうが……!
たとえ、彼がアダムを抱くことになろうと。俺以外の誰かと交わろうと――。
「……悪い。早く現地入りしないと、だよな。あの人のこと、頼む――」
「『コレ』もね、飲ませるようにって仰せつかっていたの」
「……?」
アダムがチラつかせているのは、小型の瓶? 液体が入っている……?
「――『呪詛返し』の効力を持つもの……わかるよね?」
「……そうか」
俺はわかってしまっていた。生命力はアダムによって取り戻される。彼を巣くっていた呪いは。
――しっかり、俺にお返しされると。
「……今すぐには使わない。まずは、リアムの体力を回復させてから。そうだよ、今すぐってわけじゃ……」
俺を伺いながらも、アダムは呟いていた。どこか躊躇ってもいるようだった。
「アダム……」
俺のこと、気にしてくれてるんだな……昔の生活に戻るからって。
あのSAN値が削られる――狂った世界に戻されるから、と。
「……ありがとな、アダム」
「え、なに――」
俺の言葉に困惑している間に。
「コレ、もらっとく。神殿、だったよな?」
――瓶をかっさらうことにした。
「ちょ、ちょっと!?」
叫ぶアダムを置いて邸の扉を開いた。
「なにやってんの!? 本当にお前ってやつは……!」
悪い、勝手なことをして――。
「……あーあ。もういいよ、わかったよ。ユーマ・ショコラーデ――お前に賭けてみるよ」
「……アダム?」
「ほんとさぁ、あーあって感じ! ……ボク、つけ入る隙がないじゃないか――」
後ろから聞こえたアダムの声。これはきっと、幻聴なんじゃない。
森林道を駆け行く中で考えていた。本来なら、わざわざ俺に話すことじゃなかった。黙っていれば、それはそれで終わる話だったんだ。
「……なのに、話してくれたんだよな」
本当にありがとな、アダム。行ってくる。
俺は邸を飛び出して、駆け出していく。
彼を目指して、まっしぐらに。
邸から馬を飛ばし、港で小型船をチャーターする。
早く、早く――!




