全部、愛情だった
翌朝、俺はゆっくりと目覚めた。夏休みだ。学園とかないしな。
そうだ、呪いにも振り回されなくなった。気分も体調もいいんだ。
ダルい朝だって起きられる。前向きにも考えられる。ゆるい夏休みもいいけど、建設的なことも考えていくか。それこそリアムさん、この邸の為にもなるような――。
「……って、リアムさん?」
背中越しに彼の体温がした。それから寝息も。まだ寝ていたとは驚いた。今日も休みだと話していたから……だから、寝てるんだよな?
「……」
……そういや、昔もあったな、リアムさんが体調を崩したこと。
「そうだ、厄介な病気が流行ってて」
病に倒れた彼を看病したことがあったんだ。あの時はヤバかったんだよな……生きてるのが奇跡だったくらいには。
流行り病だったあの時とは違うにしろ。激務ゆえの疲れなんだろ? そりゃ、疲れてるよ。爆睡だってするだろうよ。それなら、わざわざ起こすこともないよな――。
リアムさんが起きてきたのは、正午前だった。なんというか、まだ眠そうというか……怠そうというか。
一緒にブランチをとって、それから。
「ユーマ。今日はどこへ行こうか」
「いや、リアムさんさ……」
今日もどこかへ。その気持ちは嬉しいんだ。だとしても、俺は頷きはしなかった。
「……私が遅く起きたからか? 案ずることはない。それもあってか、すっかり調子を取り戻したんだ」
「それ、昨日もそうだったよな……それで元気になるにしてもさ」
なんだろ、俺は思うんだ。何か、根本的な解決になってないんじゃないかって。とりあえず、無理に外出することもないよな。
「だったらさ、家でゆったり。それもよくね?」
「……せっかくの休日だろう? 私は君を楽しませたい」
「それは――」
――『アンタといるだけでいい』。そう口にしかけた。それは言えないんだ……困らせたくない。
「いいんだよ、俺は家でも充分楽しいんだっつの。俺ほどのインドア王、いねーから」
「ああ、誇らしいことだ」
「お、おう……」
なんか、リアムさんに褒められた。満足そうに深く頷いてもいるな? まあ、外出する方向じゃなくなったらなら、それで。
「――ああ、これはよいものだ」
「お気に召したようで、なによりっす。完全に素人だけど、家族相手によくやってたんで」
ここは、サロンのような部屋。俺はリアムさんを寝台に寝かせていた。彼の綺麗な銀髪を洗髪していたんだ。頭の上にタオル置いているから、表情まではだけど。声は笑っているようだ。良かった。
「彼女から話は聞いていた。まあ、自慢話ともいうか。弟のシャンプーは極上で自分は果報者だとか」
姉上、リアムさんに吹聴していたとは。
「私は羨ましくもあり、期待もしていた。ああ、これほどのものとは……私こそ果報者だな」
「それはハードル上げすぎっす……」
いいけどな。アンタが安らいでくれるなら。
「あとはさ、マッサージも覚えないとな。ガチで腕上げてくるから」
「……マッサージ」
リアムさんの喉が鳴った。
「心配すんなっつの。ちゃんと学んどくから。それまでは実験台にしないから」
「……そういうことでは。いや、本当になんでもない。なんでもないんだ」
「?」
タオルの下でモゴモゴ動く口。よくわかんね。いっか。
「――前向きだな、ユーマ。良いことだ」
「……まあな。こればかりは――」
あったかい声がした。そうだな、リアムさんが呪いを和らげてくれるから。アンタと一緒にいられるようになったから。
「うん、そうだ。感謝してる。リアムさん、ありがとう――アンタに救われたんだ」
「ユーマ……」
彼の顔はタオルで覆い隠されている。そんな今なら、俺は少しだけ素直になれた。
確かに、だった。俺は呪いに苛まれることはなくなった。幻覚も幻聴もやってこない。昔なら考えられないことだった。
――ってな。呑気に喜んでいられたら、良かったのか。
あのさ、リアムさん。アンタの様子、やっぱりおかしいよ。
違和感は消えはしない。
俺の胸はざわついたままだ。
夕飯の時間になったから、俺たちは大広間に移動していた。螺旋階段を下っていた――その時だった。
「……っ」
「――リアムさん!?」
彼はふらついていた。それだけではなく、呼吸困難に陥っていた。ついには倒れてしまい――。
「くっ……」
俺は咄嗟に前に出て、なんとか彼の体を支えた。『すまない……』と微かに聞こえたけれど、話すことすら辛そうだった。
人手を借りて、俺は彼を寝室に連れていくことにした。
虫の鳴く声が聞こえた。もうすっかり夜だ。
キャンドルだけで照らされた寝室、ベッドで眠るリアムさんの横についていた。
「……原因不明、だってさ」
原因不明。謎の発熱、呼吸困難。異常発汗ときたものだ。
さっきまで医者の先生が来ていた。名医と名高い彼がそう診断した。
「……アダムたちまで、か」
治癒に長けた聖なる一族の力も……及ばなかった。もっとも、彼らは対策を講じるとは言っていた。それ待ちになるのか……。
ああ、またリアム様の額に汗が伝っていた。俺はタオルで拭うと、氷嚢を置き変えた。
「さっきよりはマシになったけど……」
落ち着いた寝息を立ててくれるようになった。容体が安定したのなら――。
『よく寝させてもらった。おかげで体調も戻ったようだ』
二人で出かけた日、同様に辛そうだった。
「寝たからって、何も解決なんて――」
それでも寝たから大丈夫だって、そんなことはないんじゃ……。
「――大丈夫だ、ユーマ。心配かけたな」
「……!」
しっかりとした声だ。リアム様が今、目覚めたんだ……!
「……本当に心配したよ。ほら、水」
「かたじけない」
リアム様はゆっくりと上体を起こした。ごくごくと水を飲み干していく。
「とにかく安静な?」
「……む」
俺は立ち上がろうとした彼を寝かせた。簡単に出来てしまうくらいだ、本調子じゃないんだ……。
「腹、減っただろ? 減ってなくてもさ、なんか胃に入れておかないと。邸の人たちにも知らせたいし。アンタのこと、すげー心配してたからさ」
病人食は既に用意してくれてる。果物だってそうだ。すぐに動けるようにって、待機してくれている。アンタがただ主だからってわけじゃない。この邸の人たちから敬愛されているから。
「それじゃ、一旦行ってくるわ――」
「――傍にいてくれないか」
俺の腕に触れたのは――弱弱しい手だった。軽く払えばそれまで、ともいえた。
「……リアムさん」
俺はそんなことしたくない。出来ない……けどな。
言わせてほしい。
「……ずっと思っていたんだ――俺が原因なんだろ?」
「……ユーマ?」
「弱ってる時に言うことかよってな。それでも……ごめん。正直に答えてほしいんだ」
喉が震える。それでも、言わなきゃ……避けては通れないんだ。
「――俺の呪いのせいなんだ。副作用なんだろ……?」
体質が変わったから、俺は素直に信じていたんだ。だが、この現状はどうだ。名医まで原因不明だという。不可解な俺の呪い由来なんだろ……?
「副作用などではない。君は何も悪くないんだ」
「アンタ……」
なんと断言してきた。まっすぐな目だ。こんな弱りきった時でも、アンタは揺るがないんだな。
「……優しいのは、アンタだよ。俺と再会してからなんだろ? 俺と同居し始めたからじゃないか」
「……」
それは事実として消えない。アンタも否定しないんだな。
「なあ、リアムさん。俺たちの婚姻は家同士が決めたことだ。それでもアンタに何かがあってからじゃ遅いんだ。だから――」
――『関係は解消するべきだ』と。それを言わなくちゃいけない。言えよ、俺。
「……違うんだ、ユーマ」
力なく触れたまま、リアムさんは何かを伝えようとしていた。
「……私自身が望んでいた。だからこそ、あらゆる手を尽くしてきた」
「え……」
信じられない。あまりにも信じられなかった。そうだろ? 家同士じゃなければ、こんな『呪い』持ち相手に……。
「ユーマ」
「……っ」
名を呼ばれた。俺は彼を見た。
「君の痛みや苦しみを鎮めたかった……大切な子の為なら、手段は選ばない」
「……」
穏やかで、優しい。胸が苦しくなるような笑顔だった。彼の声があまりにも。
「昔から大切だった――君は私の最愛なんだ」
――愛しさが込められているようで。
「……本当、なのか」
「ああ」
元々、そういうウソをつくような人じゃなくて。彼の声色からも眼差しからも、充分なまでに伝わってくるから。
……全部、愛情だったのか? 俺と触れ合うようになったのも、そもそもの婚姻も――俺の為だったと。




