今年の夏は違う
日々は過ぎていく。
リアム様の帰りは大体遅い。先にベッドに入って、俺は寝たフリをして待っていた。
本当は寝ずに待っていたかった。というか、最初の頃は起きて待っていたんだ。まあ、茶とかも用意したりして。
そんな俺にリアム様は一言――『早く寝なさい』と。茶は飲んでくれたけど……飲んでくれたけどさ!
そんなの聞いてられるか、だった俺。日々が経つにつれ、鬼軍曹のような目になっていくのはリアム様。言うことは決まって『早く寝なさい』だけど……威圧感が半端なかった。
俺は……屈した。こうして狸寝入りを決め込むことにしたわけだ。
「……!」
扉を開く音がした。帰ってきたんだ……!
良かった。今日も無事で良かった。今は戦争はないにしろ、騎士という立場。何があるかわかったものじゃない。
……俺の魔力で守れたら。厄介な呪いつきだけど、リアム様を守れるのなら――。
「……」
――ベッドが深く沈む。かけられた体重、リアム様がベッドに入ってきた……! 毎晩ながら緊張してしまう。
「――おやすみ、ユーマ」
優しい声と共に、彼は背中を向けて眠り込む。
こうして背中で触れ合ってはいても。
「……」
何も起こることなんて、ないのにな。
『あの夜』だけだったのか。彼に抱きしめながら眠ったのは……。
背中で伝わるのは彼の体温。意外と高いんだなって、知った。
俺の中にあるのは、緊張感と高揚感。それも次第に、眠りによって――。
毎晩遅いリアム様。それを寝たフリで迎えていたのは、この俺。ここ最近は本当にそうだったけど……。
「……」
なんてことだ。テストの勉強疲れもあってか、ガチ寝していたようだ。
……でもって。
「……」
この状況は、どういったことだ。
「……」
俺は今――リアム様に抱きしめられた状態だった。
それだけじゃない、時折……髪まで撫でられていた。くすぐったくなる。
なんなんだ。これは……幻か? 夢か? 夢オチはまだか? ――俺が困惑していた時だった。
「……起きたのか」
彼にしては感情のある声……動揺しているようだった。それからすぐに、体が離れていった。それは、彼がベッドの上で座を正したから。
「すまなかった。魔が差した」
「いや、魔が差したって……」
この人の口から出るとは思わなかった。にしても、すげぇ恐縮されているというか。
「君が寝ているのいいことに……私はなんていうことを……」
リアム様は頭を抱えて、自責の念に駆られているようだった。
「……リアム様」
「……!」
俺がそう呼ぶと、彼はびくっとなった。そんな……さ。
「俺たち、婚約してるし? いつも一緒に寝てんだからさ? 気にすることなくね? ……別に俺、嫌とかじゃないし」
「……君は優しいから。だから一層、私は自身の軽率さを恥じたい」
「いや、アンタさ……」
がちで堅物だな……どうしたものか。
俺は嬉しかったのに。アンタに触れられること、いつだって望んでいるんだ。
「……呪い、和らげてくれるんだろ? だからさ、抱き合ってようぜ?」
俺はズルいんだ。呪いにかこつけて、アンタと触れようとしている。
「……そう、だな。呪いがあるから――」
そんなズルい俺を――リアム様は包み込んでくれた。
今日は終業式だ。ようやく夏休み、教室内も賑やかだった。旅行や祭りの話、楽しそうなことで……羨ましがってなんてない。
「ああ、ユーマ君……夏休み、来てしまいましたね……」
俺の隣で項垂れているのは、友人のフィクトルだ。瓶底眼鏡も心なしか、いつもより曇っている気がする……。
コイツは長期休みに入ると、テンション下がるという。毎回なんだよな……嬉しくないものなのか?
「休み入ってもさ、遊ばね? ほら、うちに来てくれたりさ――」
毎回、これでテンションが戻るはずだけど――ハッとなったのは俺だった。
フィクトルは大事なダチだ。リアム様だって友人と遊ぶのくらい、気にしないだろ? ……でも、今はショコラーデ家にいるわけじゃなくて。
「……まあ、しょっちゅうは厳しくても。今度、リアム様にも訊いてみるからさ?」
そうそう、別にこっちに招待してもいいだろ? もちろん、邸の主に確認をとるにして。
「……はい、楽しみです」
「……?」
口元を見るに、笑ってはいるんだと思う。だよな?
そう、夏休みがやってくるんだ。いつもならダルく過ごしていた。
今年の夏は違う。
あの人が傍にいてくれるんだ――。
夏休み初日。朝早々から俺は緊張していた。
珍しく、リアム様と一緒に朝食をとった。なんでも彼は休養日だという。だから、いつもより起きるの遅かったのか?
そこで彼から提案されたのは――一日出かけないかって。
今、俺は自分の部屋にいる。クローゼットで確認するも……まあ、なんというラインナップだ。着心地重視のダル着か。多少はオシャレでも原色の派手なヤツか。なんだ、この二択は。制服入れたら三択……?
「まっずいよな……」
メイド情報による、リアム様の趣味。絵画や音楽の鑑賞、乗馬。クルージング。多趣味なんだ。
あと、入浴……入浴ときたか。温泉巡りとか、していた時もあったとか。風呂、長かったしな……風呂か。俺は首を振った。
っと、そろそろ外出時間だ。あー、もっと時間があったら。実家で兄上から服、借りられたんだけどな。
「ダル着がまずいってのはわかる。じゃ、制服? ……学生デートじゃねぇんだから」
実質一択だった。なんとか、まともそうな服をチョイスした。明日にでも服を買いに行こう。あと、実家にも借りにいくか。
「お待たせ――」
気まずそうにしながら、俺が部屋から出ると――すぐにリアム様の姿が目に入った。
寝室のソファで待っていた彼。髪は上げられているものの、いつもより緩めだった。カジュアルめのスーツでもあった。私服のリアム様もまた……こう、味わい深いというか。
「準備出来たのか。それじゃ、行こうか」
「あー……リアム様?」
この人にしてはラフめだとしても、隣の俺が……こうだ。
「まじでさ、こういう服しかなくて。先に謝っとくのと、最初服屋に寄ってもらってくんない?」
明日どころじゃないわ、今すぐにでもだった。もっとも、この人が予定を組んだりしていたら、そこはまあ。
「服か? 君らしくていいんじゃないのか?」
「え?」
リアム様は真顔で言っていた。お世辞でもなんでもなく、本音で言ってくれているようだ。
「とはいえ、気になるというのなら――こちらだ」
「わっ」
リアム様に手をひかれ、着いたのは衣装部屋だった。
「すまない、言うの忘れてしまっていた。私のもあるが、こちらの棚は君のものだ」
「……これ、全部!?」
ずらーっと並べられているのが、俺のサイズの服たちだった。正装着が何着もあったり、趣味全開の派手派手しい服まで。おなじみのダル着まであったり……?
「買った覚えないんだけど……って」
俺はちらりとリアム様を見た。彼は『うむ』と頷いた。
「私が贈ったものだ」
「あ、ありがとうございます……?」
しれっと言ってくれるけど、どれだけ値が張ったんだ……? 服に触れる俺の手は震えてしまっていた。
とはいえ、助かった。ここにある服装ならセーフそうだ。
「あのさ、着替えてもいい? 予定とか押してたら、このままでいくけど」
「心配するまでもない。本日は余裕をもって組んでいる――外で待っているな。着替え終えたら出てきてくれたまえ」
さっさと部屋の外に出たのは、リアム様だった。
「いいのに……」
同性だし気になんてしない……俺は気にするけど。それでも平気な振りして着替えようとしたのにな?
まあ、着替えよう。俺は服を見繕った。半袖シャツにパンツ、トラッドめ。これならなんとか。
「そうだ、インナーとかも変えておくか」
これ、冷感素材っぽいな。変えよう。脱ぐか。
「……まじで効果あるのか」
ヒヤっと効果は抜群、汗も吸収してくれそうだ。なのに、厚手素材。すげぇ、モノがいいんだな。
インナーもだけど……俺の腹部にある紋様のこともだ。日々日々、色が薄れているんだ――リアム様との接触効果、か?




