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ヤンキー君、娶られる

 

 SAN値。値が下がれば下がるほど、正気を保てなくなるもの。

 それを題材にしたBLゲームの、悪役令息に転生した。


 雄大なる海に浮かぶ、美しき水上国家『スハット』。

 悪名高き貴族でもある、男爵家の『ショコラーデ家』。

 そこの子息として生まれた、ユーマ・ショコラーデ。

 俺が転生した――悪役令息だ。


 ショコラーデは魔神の力をもって栄えた一族とされていた。絶大な魔力をもって生まれたのが、この悪役令息ユーマだ。


 戦争があった時代なら重宝されたもの。平和と今となっては、かえって火種となりかねないもの。


 当然の如く、代償だってあった。長年苦しめられたものだ。『呪い』も同然だ。


 ゲームの悪役令息は幻聴や幻覚に苛まれていた。周りに幻覚を撒き散らすことにより、軽減させていた……そんな奴。




 物心がついた頃からだった。俺だけが見える幻覚や幻聴。

 異形の姿の連中がうろついている。俺にまとわりついてくる……襲いかかろうとしてくる――幻覚。

 引きずりこもうとする声。せせら笑う声……気が狂いそうな――幻聴。


 苦しい。

 いつまで続くのか。


 俺も『アイツ』のようにそうすれば、楽になれるのだろうか……。

 ――無理だった。他人に『毒』を吸わせるなんて、俺には出来なかった。





「……なんだってんだよ」


 学園帰りに自宅に強制連行された。例の呪いで吐きそうになっていようと、お構いなしだった。


 大広間にいるのは、そうそうたる顔ぶれだった。俺の容体を心配している両親たち。それに対するのは。観察するように眺めるのは。


「……確か」


 覚えがあった。確か伯爵家の……とりあえず挨拶を……。


「……うっ」


 まただ。蠢く何かが、俺ににじり寄ってくる。こっちの吐き気も酷くなるばかりで……。


「……」


 限界だった。


 視界は歪み、脳内には身の毛もよだつノイズが響き続けている。

 ついには立ってもいられなくなった。俺はその場で倒れ込んでしまう。


 意識が途切れる寸前、視界に入ったのは誓約書? ――二つの指輪もあった。


「――大丈夫か」


 目の前に差し出されたのは、鉄面皮な男の手だった。

 朦朧とした意識の中、その手に触れた瞬間。


 世界が、静まった。


「……?」


 ……どういうことだ? 色々な薬とか試してみたけれど、こんなに落ち着くことがあったか……?


 それと、目の前の人のことだ。相手に引き上げられる形で見上げた。銀の髪を上げた総髪の男性、凛々しい顔つきの彼。


「……リアム、兄?」


 俺は相手の名を呼んだ。知り合いでもあった彼の名を――。


「……」


 相手の片眉がぴくりと上がった。ああ、間違った。公の場だった。昔の呼び名なのもまずいだろ。敬語も使っとくか――。


「……ユーマ殿。私は君の兄ではない」

「……まあ、そうすね」


 それはそうだろ。すごく真顔で言われた。いやいや、もっと昔に突っ込んでくれてもよかったけどさ。


「君の伴侶となる男だ」

「へー、そうなんですか――」


 ……。

 俺の思考が止まった……なんて?


「君の伴侶となる男だ」

「……」


 二回言い直してくれた……いや、頭が追いつかない。どういうことだ。


「……」

「……」


 言葉に出来ない俺を見てくる見てくる……なんて無表情なんだ。この人、表情筋が動いてない。


「君の返事があろうと、なかろうと――決定事項だ」


 ……あ、動いた。またしても、片側の眉だけが。


 あまりにも突然過ぎた婚姻話。なんのメリットがあるんだ。厄介者でもあるユーマ・ショコラーデ相手だっていうのに。


 俺は両家の顔を確認した。そうか、決定事項か……政略結婚といったところか。そう、だよな……。

 ……あったわ、メリット。


「近日中、こちらが用意した邸に越していただく。君が通う学園からも近くなる。送迎も心配には及ばない」

「……はい」

「君との時間は極力設ける。便宜も図ろう」

「……はい」


 全部、事務的で機械的な口ぶりなんだよな……表情変わらないの、なんの。

 どこまでも政略結婚、義務だと……だよな。

 これは両家同士の『決定事項』だから。


「寝室も同じにさせてもらった。手狭にならぬよう、広くとったつもりだ」

「……は、はあ!? 寝室一緒!?」


 つい、声を荒げてしまった。いや、そうなんだろうけど……!


「……」


 またしても無の表情、か。また決定事項とか言われんのかな――。


「……そうだな。畏まることなんてない。君らしくあってくれれば、それで」

「……」


 ずるくないか。そこで……微かに笑うのとか。しかも、俺らしくでいいとか……。


「……じゃ、好き勝手言わせてもらうわ。何も寝室一緒にしなくてもさ」


 俺も負けじと表情を変えずに言う……保てているよな?


「いや、決定事項だ」

「また、それかよ……」


 と、呆れていたところで。


「……そうか、私にもいえたことか。そうだな――ユーマ」


 ――『そう呼ばせてもらおう』、と。


「……っ」


 どこまでも鉄面皮だった……まあ、そっちは平気なんだろうけどな? ……こっちの気も知らないで。


 今も触れられている、俺の腕。


「……なんなんだよ、これ」


 幻覚は見えない。幻聴も聞こえてこない。

 和らいでいくんだ――。



お読みいただきまして、ありがとうございます。

完結まで予約投稿済みです。

引き続き、お付き合いいただけますと幸いです。

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