白がない!
おかしい。
神様に白のDB6を注文してから、もう三日が経過。
これは今までなかったことだ。
「どうします。車種を変えますか」
「そうだな。明日来なかったら考えてみるか」
かなり古い車だし、現存しているタマ数も少ないだろう。
だが、今までだってかなりレアな車はあったはずなのだが……
やめよう。心配しても仕方がない。
翌朝。
2柱リフトの上にはアストンマーチン DB6が鎮座していた。
だが、それを見ている光治郎と浩史の表情は険しい。
「どういうことです。色が違うじゃないですか」
「入手が難しかったんだろう。……ん? なんか箱がある。頼んでもないのにパーツと神様の手紙か」
“すまん。白のDB6は見つからなんだ。その車もあまり状態が良くない。とりあえず、必要になりそうな部品を先に送る”
嫌な予感がする。
慌てて箱を開けてみると。
少し径の大きい鍛造ピストンとそれに合うウェットライナー。
無鉛化コンバージョンキットまで。
これ、エンジンだけで丸一日飛ぶぞ。
足回りもこんな調子だと――
あいつらの挙式に間に合うのか?
「ガソリンの入手が厳しい今、有鉛のままってことは」
「長い間走ってない……」
「おそらくそういうことでしょう。社長。これは楽な仕事じゃありませんよ」
わかってるよ。
恐らくあらゆる部分にガタが来ている。
「唯一の救いは、アレクが塗装を覚えてくれたことだ。俺たちはこっちにかかりっきりになるからな」
「いえ。この白はひよっこに任せるわけには行きません。私がやります」
「じゃあ、これ全部俺一人かよ」
「すいませんが……。なに、アレクが成長できるいい機会だと思えば」
「気軽に言ってくれるなぁ」
ガラガラガラ
「おはようございます。ああ、車来たんですね。あれっ、白じゃないんですか?」
「そうだよ。悪いか、アレク」
アレクは珍しく浩史に近寄って行き……。
「(なんか社長、機嫌悪くありません?)」
「まあな。それじゃあ、いくぞ」
「どこへですか」
「もちろん、白を探しに、さ」
なんだかわからないアレクを連れて飛び出して行く。
手には分光光度計か――いったいどんな「白」を見つけるつもりなんだか。
光治郎はDB6のボンネットを開けながらそうひとりごちた。
村には「白」がほとんどない。パジェロを駆り出して町へ。
「ヒロフミ。町に行ってどうする気ですか」
「ああ、ここは初めてだからさ。まずはピートが暮らしてるところを見よう思ったのさ。相手のサティちゃんだっけ。彼女もいるんだろ」
「そうですけど……。勝手にして下さい」
ほどなく町に到着すると浩史は早速、真っ白な門の色を測り始める。
「ちょっと明るすぎるな。そう思わないか?」
「知りませんよ。門の色が車とどう関係あるんですか」
「まあまあ。次行くぞ」
町に入り、店や教会に計器を当てては、満足そうにうなづいていると。
「アレク、何やってるんですか」
「俺にもわからん。色を探してるらしいんだが……」
「おう。ピートか。そっちがサティちゃんだな。よろしく」
「あの……よろしくお願いしますにゃ」
明らかにサティは警戒している。
まだ、二人には結婚の話はしていないらしい。
「お前たち、子供は何人ぐらい欲しいんだ?」
「なっ!」
真っ赤になる二人。
計画をばらされ、アレクは動揺して浩史に食ってかかるが。
「いいじゃないか。一緒になるつもりなんだろう。みんなで祝ってやるつもりだから」
「うん。私はピートと結婚したいですにゃ」
「サ、サティ」
これ以上は野暮だと、浩史は引き上げることにした。
夕陽に照らされる二人のシルエットを後にして、浩史はパジェロを村へ。
「ただいま戻りました」
「どうだった」
「ええ、収穫はありました。おい、アレク。早速始めるぞ。DB6にあう白を決めるんだ」
塗装準備室に入っていく二人。
そこには指定した色のペンキを自動的に調合するマシンが据えられていた。
「どれがいいと思う。俺はこの教会の壁の色がいい思うだが」
「そうですか? 私には全然わかんないんです。教会に行ったのも。白にこだわるのも。白は白でしょう」
アレクは腕を組みながら、不満げに浩史に見る。
しかし、そんな様子を意にも介さず、テスト用の小さな缶に3種類の白を作った。
「白は白じゃない。ここに三つの白を作ってみた。お前ならどれを選ぶ」
「あんまり変わり映えしないと思いますけど。強いていうなら、右ですか。一番明るい感じです」
「ああ、それも悪くない。だが、俺が選ぶのはこれだ」
そう言って、小さな鉄板にできたばかり白を吹きつけていく。
同様に他の二種類も。
「茶を淹れよう。これを持って下に降りるぞ。社長にも見てもらわないとな」
「……わかりました」
ペンキが乾くまで三人でお茶を飲むことになった。
「酷いんじゃないですか。いきなり、子供は何人作るかなんて。セクハラですよ」
「おっ、こっちでもそんな言葉あるのか? まあ、ピートには一回会ってるし。あれで怒ったりはしないよ」
「まあ、そうだろうな。プロポーズの機会を待っていたら、パレッタの準備が無駄になっちまうし、よかったんじゃないか」
「そんな。コージローまで」
そこに、外出していたフレイヤが帰ってきた。
「なんか。あの二人上手く行った見たいよ。ヒロフミには感謝してる、って」
「ほらな」
「…………」
「そろそろ、ペンキが乾く頃だ。車を出して外で車にあてがってみよう。フレイヤの意見も聞きたいし」
レストアはまだ手をつけたばかり。
塗装の色を確認するため、三人はとりあえずボンネットとフェンダーのバフがけである。
「さあ、どれが一番か」
「あっ」
「断然これね」
「まあ、そういうことだな」
全員一致で選んだ白。
果たしてその色は。
「こいつはDB6のオリジナルの白だ」
「意味ないじゃないですか。それならわざわざ町に行かなくても」
「そうじゃない。ピートとサティのこともわかったし。俺はここに来て日が浅い。自分の信じていた白がここでも通用するかはわからなかったんだ」
「でも、浩史。自信はあったんだろう?」
「まあ。でも町に行ったおかげで、この白があの二人に一番だと確信できたので」
白は白じゃない。
アレクは、準備室では一番ありえないと思ったくすんだ白が陽の光の元でこんなに輝いて見えることに、感動していた。




