代車でGO !
光治郎とアレクは、王都の臨時ガレージでオースティン・ミニを修理中だ。
すでにエンジンはバラした。
今は、リフトに乗せ、足回りを交換。
派手なところは何もなく、地味でオイルまみれで、時間がかかる仕事を確実にこなしていく。
ロンダークはゆっくりとタバコを燻らし、その様子を眺めている。
「よく働く連中だわい。そんなにあくせくせんでも困ることはなかろうに」
これは彼の車だ。
本当なら感謝すべきなのだろうが、とてもそういう気にはなれない。
「ワシには無理な仕事じゃな」
勝手気ままに生きてきた。
職人として名が売れ王都でもてはやされ、それを窮屈に思った途端全てを投げ出したくなった。そして、北部の開発団に志願し、そのまま村に居着いた。
それ以来、コミュニケーションを取るのが下手なこの村の若者たちの代わりに近隣の村々と良好な関係を保つのが彼の仕事になった。
今では誰もが彼をアルトト村の村長と呼んでいる。
「村長、やっぱり他の車じゃダメか」
「直らんのか? ワシはミニがいいんだがのう」
「わかった」
拒否されるかと思ったが、光治郎はダメだとは言わなかった。
村長にも光治郎にも、それぞれ譲れないものがある。
三峰モータースのガレージが出現し、村の全てが変わった。
光治郎が転生してこなければ、村は詰んでいただろう。
当時の村長には、驕りがあった。
嫌いだった人付き合いもそれなりにこなし、うまくやっていたつもりだった。だが、一番近い町から10km以上離れており、なおかつ魔物が頻出する開発村という特殊な環境をもっと考えるべきだったのだ。
いざ、馬車が壊れ近隣の村々に助けを求めたとき、それに答えるものはいなかったのである。
「ラクタルの町まで、馬車を貸してはくれまいか」
「爺さんとことは、それほど深い付き合いしてるわけじゃねーだろ? 他を当たってくれ」
「頼む。一回だけでいいんじゃ」
「アルトト村になんて行けるわけねーだろ。魔獣の餌にされるはゴメンだぜ」
親身になってくれる者はいない。
いたずらに魔獣を恐れ、近寄ろうともしない。
それを救ったのが光治郎だった。
「得になることなど何もないというのに、よくもまあ村の作物や工芸品を毎日のように町に売りに行ってくれたもんじゃ」
何をするにも代償を求め、対価を交渉して暮らしてきた彼からすると、正反対の生き方だった。
光治郎たちが眩しく見えるのは、太陽の光のせいばかりではなかった。
「それにしても、早く直ると良いのじゃが……。今度は遠くにでも出かけてみたいと思っておるんじゃが」
「それなら今度、俺のトラックに乗っけてやろうか」
ひとりごとのつもりで言った一言に返事が返ってきた。
驚いて振り向いたところに立っていたのは、サティと出かけていたピートだった。
「いや、ワシはやはりミニが一番じゃ」
乗っけてもらえるのは嬉しいが、できることならハンドルを握りたい。
かといって、半端な修理で戻ってきても嬉しくはないのだ。
すぐには終わらない大変な修理だという。引き受けてくれたことには感謝する。
だが、妥協はしたくない。
気がつくと、車にカバーがかけられ、光治郎たちの姿もない。
昼を食いに行ったらしい。
午後になっても修理は再開されなかった。
アレクはパレッタと買い物に行くといい、残された光治郎は一枚の紙を持って、ウロウロしていた。
村長の運転を考えると、あのミニは単純にオーバーホールするだけでは不十分だ。
レストモッドとまでは言わないが、もう少し現代的な車にする必要がある。
だが、問題はパーツだ。
組み合わせと入手が厄介すぎる。
「うーん、エンジンはZetec-Eの2リッター、シルバートップでいいだろう。コイルオーバーは必須として、ラジエーターにディスクブレーキ……」
「何言ってるかわかりませんよ」
いつの間にか帰ってきたアレクが文句を言っている。
専門用語とサードパーティーの部品の型番が飛び交う状況にちんぷんかんぷんである。
「ああ、済まんな。何せ、部品のリストが多くてな……」
「それはいいんですが、二人を帰さないと」
「そうだった」
ピートを村に帰さないと野菜の出荷をトラックに頼っている村民たちが困る。
エミリアがいないとラクタルの消防車も動かせない。
「俺だって、いい加減村に戻りたいよ」
だが、そうもいかない。
陛下に用意してもらった休憩所の件がある。ガソリンスタンドの設置は他にできるものがいない。
おっつけ王宮から依頼がくるだろうが、それがいつになるかもわからない。
「お前ら、先に帰っていいぞ。村長は?」
「ワシは残る。ミニを放っておけないからな。それと、代車を出してくれんか。暇でのう」
光治郎としては帰って欲しいところなのである。
アルトト村に戻る時、ドライバーはピート一人しかいない。交代要員を村長が務めてくれれば都合が良い。
あとはのんびりアレクとミニの修理をすればいい。手間取るようなら、神様に適当な車を用意してもらってお茶を濁そうと思っていたのに。
村長、帰るつもりはないらしい。
同じ代車でも『ミニとは別。王都の周りで遊びたいから』とは、フリーダムな爺さんである。
「それより、ピートがボルボに乗って村に帰ったら、俺たちの足はどうするんですか」
「それもあるのか」
すっかり忘れていた。
確かにここには他に車がない。
「ミニの修理だけでも大変なのに、新しい車のレストアまでなんてとても手が回らないぞ」
「手を入れないで済む車がポンと現れてくれませんかね」
「それだ!」
どうも真面目に考え過ぎていたらしい。
それなりに名のある旧車に手をかけてちゃんと仕上げようと考えていたからいけないのだ。
車種にこだわらない。贅沢は言わない。
要は時間を掛けないで済む状態のいい車を神様にお願いすればいいのだ。
「わかった。その線で行こう」
早速さらさらと要望を書き、神棚に ”お供え” する。
“ミニのパーツは大変なので、少し時間かかっても構いません。それより、とりあえずの車が二台必要です。適当なハッチバックと小型車をお願いします。レストアの手間が少ないやつで”
いつものようにパンパンと柏手を打つ。
「終わったんですか」
「ああ、明日から忙しくなるぞ」
「忙しくないこと、ありましたっけ」
「…………… 」
結局、夜遅くになってしまったが、ピートとサティ、エミリアを町に帰すことにした。
アレクはレストアがあるので、まだ帰せない。パレッタも残ってくれることになったので、文句は言わないはずだ。
村長は自分で残ると言ったので放っておく。
「世話になったな」
「いいえ、いつでも声をかけて下さい」
ボルボが走り出した。
待ってる人がいる以上、急ぐのは仕方ない。
せめて土産くらい――
あいつら、買う暇、あったのかな?
翌日、ガレージのリフトの上には2台の車が乗っていた。
左のリフトにはフォード モンデオワゴンLX。
右にはフィアット パンダ45である。
「うん。こんなもんだろう」
「そうなんですか。なんていうか……普通の車ですね」
光治郎だってこの二台がイケてるとは思っていないが、アレクにまで言われるとは思わなかった。
まあ、気にしても仕方がない。所詮は代車である。
「いいんだよ、こいつは繋ぎなんだから。さっさと整備終わらせるぞ」
状態はいい。
錆はなし、塗装もまあまあ。
神様グッジョブ。いい車を用意してくれたものだ。
全体をチェックして、普通にオイルとフィルターの交換。
一つ二つ、ゴムブッシュを確認したら、洗車してバフがけ。
最初は気に入らない車もレストアしているうちに愛着は出てくるもの。
手間も掛からなかったし、そう悪くはないんじゃないか……などと考えていると。
ガラガラガラ
作業を続けているとガレージに村長が入ってきた。
「なんじゃこれは」
「ミニの改造には時間がかかりそうなんで、代車を用意したんです」
「あまりパッとしない車じゃの」
贅沢を言われても困る。
毎日、誰の車のレストアに苦労してたか、考えて欲しい。
昼はパレッタが用意してくれた。
王都で流行りのサンドイッチなのだそうだ。
「すまねぇな」
「いえ、これだけ買いに行ったわけじゃないですから」
「なかなか、美味いもんじゃな」
村長もいい気なものだ。
飯食ってレストアずっと見て、文句言うだけ。
(まあ、助けてもらったこともあるしな。ミニも運転できないしストレスも溜まるか)
リフトにフィアット パンダをセットした。
早いとこ、仕上げて村長に押し付けてしまうことにする。
夕方、仕上げた車で村長は出かけて行った。
散々地味だなんだと文句を言ってはいたが、ソワソワしているのが丸わかり。
久々にハンドルが握れるのが、よほど嬉しかったのだろう。
レストアが済んだばかりなんだから無理はして欲しくない。
残ったのはモンデオである。
明日にすればよかったのだが、パンダが早く仕上がったのでつい手をつけてしまったのである。
それがいけなかった。
ドバドバ、ジャーー
床に広がる真っ黒なオイル。
「すいません。オイル受け、置くの忘れてました」
「あっ、ああ。みればわかる。とりあえず落ち着いて後始末しようか」
村のガレージなら、オイル受けはリフトのすぐ横、手の届くところにあるのだ。
だが、ここは王都の臨時ガレージ。ボルトを緩めた後に気付いてもどうしようもない。
アレクは、慌てて締め直したが、すでに相当な量の油が床に。
ギタギタである。掃除も大変だろう。
光治郎は叱る気にはなれなかった。
パンダを仕上げたことで満足して入れば良かったのだ。疲れているのに作業を継続した自分のミスだ。
アレクはよくここまで仕事を覚えたものだと思う。
自動車の修理について右も左もわからない異世界人が、毎日油まみれで頑張っているのだ。
たまに、ドジを踏むのも仕方がない。そんなものはどんな新人にだってあるのだ。
「遅くまで付き合わせて悪かったな。上がっていいぞ」
「でも……」
「あんなことはよくある、気にすんな。あとは任せとけ」
ぶちまけたオイルの責任を取りたいと言うのだろう。
だが、ここからの仕事は無理。
残りの作業は、電装関連なのだ。
異世界人には電気の力が理解できない。
アレクは頑張っている。油圧の理屈も覚えた。ブレーキもワイヤー機構も。テコの原理でできている機械部分は模型を使って把握した。
だが、電気だけはどうにもならない。なぜ、プラスとマイナスがあるか。ショートすることがどれほど恐ろしいか。
危険を認識できないものに任せるわけにはいかない。
しかし、それは考え方次第ではないか。
仕事をうまく割り振ればいい。他の修理は任せられるのだから、残った電装は自分がやればいい。
「今はできることをできる奴がやる。それだけだ」
そう結論づけた。
答えは出たはずだった。
作業に戻る。
必要な配線と工具箱を抱えて、エンジンルームを覗き込んだ。
だが、ケーブルを束ね、はんだごてを持つ手がまた一瞬止まった。
自問自答しても意味はないと知りつつも、自分で言った言葉が胸に突き刺さる。
“今はできることをできる奴がやる”
なら、今後は?
陛下の肝入りで休憩所ができるのはいいことだと思っていた。
100箇所の休憩所には100台のガソリンスタンドができる。
急ピッチで進められれば、自動車の需要も激増するだろう。
レストア注文が一気に増えたら。修理がいくつも重なったとしたら……。
力仕事ならともかく、光治郎にしかできない仕事が多すぎる。
(中でも電装がまずい。このガレージのボトルネックに成りかねん……)
「いかんいかん、今はとにかく、こいつの仕上げだ」
余計なことを頭から追い出し、何もなかったように光治郎は作業に戻った。
お読み頂きありがとうございます。
この物語を少しでも楽しんでいただけたなら、評価・ブックマーク・いいねなどで応援をお願いします。
光治郎の握るレンチにも力が入ります。




