村に帰れない!
トントン
「はい。……どちら様ですか」
「私は王都の北にあるベルン領を収めるパットリアという者である」
「あー、お貴族様で」
「おほん、伯爵家を拝命しておる。まあ、自慢することでもないが」
自慢してるやん。
恐らく自動車を売ってくれ、って話だろう。
全く嫌になる。
この一週間でこの手の手合いは二桁以上なんだから。
「お帰りください」
「ぶ、無礼な! すぐに私に自動車なるものをよこすのだ。そうしないと……えっ、あれっ? パレッタ様……。失礼しました!」
ガチャン。
思いっきりドアを閉めて帰りやがった。壊れちまうじゃねーか。
まあ、いいや。
「アレク、塩撒いとけ」
「また、自動車の要望ですか。売ってやりゃーいいじゃないですか」
光治郎だって、車は売りたいのだ。
実際、何台かは要望通りにレストアしたのだが。
「動かなくなった。どうしてくれる」
そりゃ、ガソリンがなくなりゃーね。
「錆びてしまったじゃないか」
傷だらけにして、水気の多いところに放置しておいて何言ってるやら。
最近は、無知が元でのその手のトラブルについては、いい含めるようにしてはいるが
そのうち、バッテリーが上がって立ち往生、オイル漏れの対処で騒ぎ出すと手に負えなくなる。
まあ、貴族の酷さには恐れいる。
最近は、見ただけでわかるがね。
ロクなことにならない2パターンのどちらかなのだ。
今回みたいな慇懃無礼な連中は「なんでもいい」と言いながら、難癖つけてくるタイプ。
もう一つは「陛下のに見劣りしない豪華な車を」ってヤツ。
「大将の貴族嫌いも困ったもんですね」
「そーじゃねーよ。あいつら、自動車は買ったらあとは何もしなくていいと思ってやがるからな。それと大将、って呼ぶな」
アレクのヤツ。
ニャーニャー言わなくなったと思ったら、今度は妙に気安く大将扱いである。
「ところでコージロー、そろそろ村に戻りませんか」
「ああ、俺もそうしたいところなんだがな」
ピートがそう言うのもわかる。作物をトラックで運んでやんないと農家の連中は困るだろう。
王都に来てなんだかんだで一ヶ月以上。
帰りたいのは光治郎も同じである。
だが、これには帰るに帰れない事情が……。
トントン
まただ。今度はなんだって言うんだ。
「はいはい。どちら様」
「王宮から参りました」
ロールスを担当している人だった。
すぐに入ってもらう。
「何か不具合でもありました」
「いいえ。今日は陛下からの言伝でして」
来たか。
街道沿いに土地を確保。
そこを広場にし、井戸を掘って自動車も馬車も安めるように工事が始まっているのだ。
言い出しっぺの光治郎がこれをほったらかして、村に帰るわけにはいかない。
“神様、ガソリンスタンドを建てて貰わにゃなりません”
一筆書いて、“お供え”。
OKが出たら、現地で即席の神棚を作って「ここに給油ディスペンサーを」とやるだけなのだが……
パンパンと柏手を打つ間にはらりと紙切れが一枚。
“すぐには無理じゃ。代替エンジンと強化パーツが見つからないんじゃ”
これだ。
突発的な大仕事、オースティン・ミニの大改造が必要になったのである。
村長はアレクを連れて王都まで爆走。
おまけにあの悪路では、車が持つはずもなく。
エンジンブローは当然の結果であった。
もう諦めろ、車を置いて村に帰れ、と言っても聞きやしない。
「代わりは用意してやっからよ。フォードのエスコートRS・コスワースなんか速いぞ」
「嫌じゃ。ミニがええ。あれをもうすこし”ちゅーんなっぷ”してくれればいいんじゃ」
このジジイ。
ただワガママなだけなら無視するところだが、最近は近隣の町や村の調整もしてくれてっから。
“やるしかないか、ミニの大改造”
始めたはいいものの、旧車のパワーアップパーツは神様にとっても大難問。
そして、全ての状況がストップ!
あー、王宮の人が困った顔をしてる。
すまん。うまいこと言っておいてくれ。
光治郎がパレッタに視線で訴える。
「申し訳ありません。光治郎は今、手の離せない状況でして。私に免じて後日にしていただけませんか」
「はっ、パレッタ様の言うことでしたら」
「陛下にはよろしくお伝えください」
王宮の人は敬礼をして、帰って行った。
本当に頼りになるエルフである。
だが、これ以上引き延ばしは無理だ。
「Pintのエンジンは手に入らないなら、Zetecでどうだ? 運転荒いからなぁ、フレーム逝っちまってるし、コイルオーバーは必須となると……」
専門用語の羅列には、修理に慣れてきたピートやアレクもお手上げだ。
光治郎にしかできない修理部品のラインナップを組み直し、現実的なリストにして神様に送り返す。
「どうすんだ、これ!」
文句は言いながら、柏手を打つ。そして、長大なリストを ”お供え” した。
「それはワシも言いたい」
天からのつぶやきがかすかに聞こえた。




