消防団と大忙し、そして王家の手紙
10分経ち、20分経ち、まだ放水は終わらない。
「ほんとすげえな。消火栓もなしにどうなってんだ」
「だから、魔道具ですよ。中に魔法陣があって、魔石から魔力を吸い上げて水に変換してるんです」
「へぇー、なるほど(全然わかんねーや)」
光治郎は驚くよりも呆れている。
500mを超える超長距離放水が延々と続き、ついに山火事は下火に。
「ここで決めるぞ。放水圧力増加」
連携の取れた消防士たちが、放水関連の装置をテキパキと操作。
とてもこれが初仕事だとは思えない。
後ろを振り向くと……いつの間に数百人も見物人が増えている。
その中でみるみる消える中腹に残った最後の炎。
「よし、消しとめたぞ!」
「「「「「「おーーー」」」」」
トドメの大放水が山に炸裂し、火事は消し止められた。
この付近一帯の人達の暮らしは守られたのである。
問題はその後だった。
光治郎たち一行は周りの人々に囲まれてもみくちゃ。
確かにマギルスの試運転は成功したが、車はボロボロで修理が必要になっていた。
山道を無理やり押し通ってきた車体は傷だらけ。特に壊れたホースを神様に注文しなくちゃならないのだが、果たして部品があるかどうか。
「大丈夫ですよ。ホースは我々が作り直します」
そうだった。
あのぶっとい方のホースは、この連中が作ったのだ。
一方、山の方も最後の放水で中腹が抉られている。
「大丈夫よ。山の回復は私が精霊と話をします」
こっちはパレッタ。
『話ってどういうことだ』とは思ったものの半身は霊木だっていうぐらいだから、山と話もできるのかも知れない。
「ああ。そうか、そうだな……それじゃあ頼むわ」
流石に気が抜けたが、今はこれでいいのだと光治郎は思うことにした。
それにしても、よくやったもんである。
山火事を消し止めただけでなく、それをこれだけの人が見届けたのだ。
アレクによるとギャラリーの中にはラクタルの町の住人も何人かいるという。
「それじゃあ、俺とパレッタの賠償金騒ぎもこれでなくなるってことか」
「それは……わかんないですけど」
「おいおい。これだけ苦労して山火事まで消しとめたってのに、そりゃないんじゃないか。まあ、アレクに言っても仕方ないけどさ」
光治郎としては早く確証を得たいところだったが、それは思ったよりすぐに実現する。
「大丈夫だ。それは請け合おう」
「町長!」
「これで商人から文句を言われることはない。もし、言ってきたとしてもラクタルの町が責任を持って話をまとめるからな」
町長のドミンゴは大変満足した様子でそういい、消防士たちを労いに行った。
後日、町に行くと妙に馴染みのある赤い服の一団が行進している。
なんとあの消防士たちが揃いの消防服を着ているのだ。
いつもの町役場の人に聞いてみる。
「なんだありゃ。あの服はどうした」
「町の消防団員です。服は消防車内のロッカーにあったものを複製しました」
「マジですか」
特殊な生地でできている消防服も魔法の力で同等の防火耐性を実現したらしい。
もう何でもありである。
「それでですね。一つお願いしたいことが……」
「あの消防車を町に売っていただけないか、と」
「買ってもらえるならありがたいが、少し待ってくれ。レストアは済んだんだが、相場がわかんねぇんだ。あー、そのまま使ってくれてていいからよ」
実のところ光治郎としてはいくらでも構わない。
消防車で商売をする気はないし、自分でレストアした部分も大したことはない。
だが、神様が苦労して用意したものだし、パレッタの努力にも報いてやらないと。
急ぎ、村に引き返した。
ガレージを開け、聞きたいことを書いていつも通り ”お供え”する。
今回は何もかも取り急ぎで神様にお願いしてしまったし、消防車の相場なんてまるっきりわからないからだ。
“どうやら消防車は町で、買ってくれるらしいが、いくらで売ったらいいかわからない。消防団もできたが、いろいろ足りないもんがある。相場とアドバイスを”
するとすぐに、パラリと一枚の紙が降ってきた。
「何々? 『金貨180枚(分割払い可)。消防署ができたなら、格納庫に軽油の給油機をつけてやる』、価格は……リッター銅貨一枚? ちゃっかりしてやがんな」
それから何度か町との交渉を重ね、消防車は月に金貨20枚の六ヶ月ローンと決まった。
あとは運用。
それについては光治郎に腹案があった。
“近隣の町や村にも出動することがあるのだから、負担金をもらえるようにちゃんと言い含めておくこと”
がめついようでも近隣の町や村に話を通して、維持費が賄えるようにしなくてはならないはずだ。
翌日、それを伝えにラクタルの町に行ったのだが、その必要はなかったようだ。
町長は「アルトト村の村長が、あちこちの村に話を通してくれてますから大丈夫ですよ」と言うのだ。
うちの村長。まさか、そんなことまでしているとは。
オースティン・ミニであちこち出かけてると思ったら、光治郎がやるべき後始末。
いざ火事が起きた時にそれぞれの村がどれくらい負担金を出すか、金がない時は人足を出してその代わりとする。そんな話を見事に取りまとめていた。
(あのジジイ。思った以上の人物らしいな)
光治郎は村に帰った。
気落ちしたわけではないが、肩透かしを喰った気分である。
そして、この話にはもう一つ、おまけがついてきた。
村長は気を回して、光治郎の手柄にしてくれたのである。
だが、それは最悪のタイミングだったのかも知れない。
過ぎたるは及ばざるが如し。
『三峰モータース』にかつてない自動車レストアの依頼が殺到したのである。
しかも客層は多岐にわたる。
金のない農村の村長、町の商人や噂が広がり数少ない北部の上級貴族。
彼らの希望はまちまちで、勝手に送ってくる神様の旧車のチョイスとはまるで合わない。
「どんな車が欲しいのですか」
「それが……。初めてのことなので、なんと答えたらいいか」
「まあ、そうでしょうね」
当然だとは思うが、そんな客が朝から続けばうんざりもする。
「何か参考になる物はありませんか」
光治郎は限界だった。
そう聞かれてうっかり渡したのが、古い車のカタログを集めたファイルだった。
その中にあったのは
フォルクスワーゲン・ゴルフ、サーブ900、マツダMX-5
ランドローバー・ディフェンダー、MGB
慌てて引っ込めようとするが、後の祭り。
「こういうのを求めていたんですよ」
喜ぶ客にどう答えたらいいものか。
いずれもいい車には違いないが、それは地球の上でなら、なのだ。
スポーツカーの素晴らしいパフォーマンスを発揮するには、異世界に足りないものがある。
舗装道路だ。
光治郎は平身低頭し、これは忘れてくれ、と頼み込む。
それでもと食い下がる客に、苦しい説明を繰り返した。
とにかくMGBとMX-5は無理!
そこだけは何とか阻止した。
ゴルフを欲しがった隣村の村長には、予算が合わないからと帰ってもらった。
だが、サーブ900とランドローバー・ディフェンダーは断りようがない。
結局受けることになったが、ガレージはてんてこ舞い。
商売的にはありがたいことだが、こんなに胃が痛くなるような商談はなかった。
「あれ、お客様は帰ったの」
「ああ、パレッタ。悪かったな、遅くまで」
「いえ、それはいいんだけど……。サティが気になる手紙を持ってきたのよ」
そう言って手渡された手紙は、見たこともない立派な封筒に入っている。
裏返すと封蝋がしてあり、子供でも知っている印章が押されていた。
「これ、どこからだと思う」
「言う必要ある?」
決まっている。
王家の紋章だった。
「やばいな」
「早く開けた方がいいわよ。王宮から呼び出しなら、期日が問題になるから」
嫌な予感しかしない。
ガレージにさらなる来客が。
フーフー言いながら走ってきたのは町長のドミンゴ。
隣には村長もいる。
「大変なことになりましたな」
「何のことです」
「王宮からの呼び出しがあったでしょう?」
「まだ、開けてもいません。どうして知ってるんですか」
「王家に向かう馬車を用意するようにとお達しがあったんです」
なんということか。
手紙を開ける前に要件がわかってしまった。
詳細はわからない。
なぜ、王宮に呼ばれることになったのか?
「開けてみるしかないか」
光治郎は封蝋を解き、手紙を開いた。
まずは謝辞。
“町並みと近隣村落、さらには山野に至るまで、数多の火災を鎮めたことに、王家としての深い謝意を表する"
これは、まあいい。
だが、問題は次だ。
"しかし、消防の名目とはいえ、多くの町や村との契約を王国の許可なく進めたことは、王国統治の規を乱すものである。これについての釈明を求める。ついては、二ヶ月以内に王宮へ出頭されたし"
これでは、褒められるか、怒られるのかわからない。
「陛下に謁見ですぞ」
「二ヶ月あるなら新しい車をレストアできますなぁ。この機会に是非」
そんな場合ではない。
どうするか迷った挙句、周りを見渡すとパレッタとエミリアまで来ている。
これじゃあ、消防の一件のメンバー勢揃いである。
「どうして」
「このタイミングで王家から手紙が来たんだもの。気になるじゃない。消防の一件は関係あるの? ないの?」
光治郎はそれには答えず、手紙に視線を戻したまま考え込んでいる。
(ここは一つ、この連中を頼ってみるか)
ようやく頭を上げると。
「皆さんにお話があります。俺と一緒に王都に行ってもらえませんか?」
「「「「はいっっ!」」」」
全員が迷いなく手を挙げている。
この呼び出しをおおごとだと思っているのは、光治郎だけのようであった。




