プロローグ
マジック.アンス.オンライン、略してMAO
今日から遡る事、数か月前のある日、その情報が世界を駆け巡った。その情報は濁流の如くに世界中に拡散され、瞬く間に世界の注目の的となった。
「従来の五感共有システムと比べて、約数十倍の精度を誇るんですよね?」
「はい、ですが、MAOの一番のポイントは別の所にあります。それは、現実と全く変わらないレベルにまで引き上げられたグラフィックですからね。」
テレビの中ではコメンテーターがどれほど優れているかと熱弁している。
「そして!誇張なしで無限大に広がっていくストーリー。それは、正に第二の人生とも言うべき、新しい世界を見せてくれる事でしょう。」
「凄いですね。そう言う那須田さんはMAOの抽選には当たったんですか?」
それをテレビのキャスターが言うと、那須田とか言う人物はかなりしょんぼりした様子で、口を開いた。どうやら外れた様だ。
「実は、外れちゃったんですよね。ですが、数カ月後の一般発売した日にはいち早く買いますとも」
「それは素晴らしいですね。それでは、引き続きMAOの魅力を語っていきたいと思いま」
ピッ「おいおい桃谷。こんなテレビ見ていて良いのか?もうすぐ始まるんだろ?サービス」
声を掛けてきたのは、俺の兄で有り、この家族内で俺を除いて唯一当選した幸運な人物だ。
「そうは言うけど、まだ、数時間有るんだぜ?もっとのんびり行こうじゃん。それに、焦ってもゲームは逃げること無し。」
「そうは言うけどよ。お前だって楽しみなんだろ?」
兄は俺の頭をグリグリと撫でまわす。無遠慮な手を退けて、俺は二階の自室へと歩き出す。
「そう言う兄ちゃんは、準備とか良いの?ごはんとか、トイレとか」
「まぁ、それも後でやると。俺は母さんからの言いつけでね。ちょっと買い物に行って来る」
そうだ…確か今日はシチューだって言ってたかな。確か朝に兄さんに買い物を頼んでいたはずだ。
「それじゃあ、俺は一足先に楽しんでおくよ。」
「そう言えば、あっちじゃ一緒に遊ぶか?」
兄が聞いてくる。これ、マジで言っているのか?あんな事をして置いて、よく一緒に遊べるって思っているな。
「ねぇ。俺、まだあの時の事許した覚えないから。」
「えぇ~、お前、まだあの時の事引きずっているのか?分かったよ。一緒には遊ばないって事で良いな。」
あの時の兄さんの軽率を、俺は許した覚えが無い。そんな気持ちとは裏腹に、俺は二階の自室に入って、説明書を見る。今時紙の説明書だなんでレトロだなと思いつつ紙をめくる。
この世界とは、全く異なる法則で運営されている世界ファルリア、その世界には、未だ数多くの災厄が眠っていた。混沌と絶望を愛する邪神、この世全てを己の支配下にする野望を持つ魔皇族、あらゆる冒険者を魅了し食い散らかす迷宮、更には観測の範囲外からの侵略者、その様な混沌とした事態に神々は、一つの決断を下した。
異なる世界からの侵略者が来るなら、こちらも用意するまでだと…。故に異界人と言うモノは作られた。この世界の先行きは君たち次第となりえる。
「ゲーム…なんだよな?なのに、やけに覚悟を問われてる気がする。」
そう、困惑を感じながらも情報を消化していく。そして、一番大事なのがその世界を渡りゆくための強さを得る手法だ。説明書で確認できる範囲内では、三つあるらしい
一つ目が、種族による強化、人間も含めて、その種族として適した行動を取ると、加算されるのが種族レベルで、これが上がれば進化できる。まぁ人間は例外で、進化条件を持って転生すれば、大体の種族になれるみたいだけど。
二つ目が、職業による強化、これは様々な恩恵が有って、その職業に適した行動をすれば上がる職業レベルを上げれば、上位の職業につけたり、専用の特殊系スキルとかもあるらしい。
三つ目が、スキルによる強化、これがメインとなる強化手段で、多種多様な行動によって無制限に分岐するスキルは、各々の行動に沿って、最適な進化を辿るらしい。
そんな胸躍る情報に対してこれからの妄想を膨らませていると、漸くサービス開始の時間が近づいてきたことに気が付いて、俺はデバイスを外してヘッドギアを付けると、色々な操作をしてから、ゲームの中にログインした。
そして、仮想の世界にログインする。…だがこの時は、世界のだれも思うことすら出来なかっただろう。…ただの魔王願望。全てを支配したいと言う俺自身知らない支配欲が、世界を揺るがす事になるなんて。
「いらっしゃいませ。マジック.アンス.オンラインにようこそ」
少し眩しい光に対して、咄嗟に目を瞑ってしまった。だが、光が収まったと思い目を開けたら、そこには絶世の美女が立っていた。スラリと伸びた高い身長に豊満な胸そしてくびれた腰に引き締まったヒップは世の男を魅了するだろう。オマケに顔も美しく腰まで伸びる緑色の髪は、雄大な自然を表しているようだった。
「あぁ、よろしくお願いします。俺は…」
「静木桃谷様、ですね。」
驚いたな。まさかこの目の前の人物に、俺の名前を言い当てられるとは思っても居なかった。俺は予想していなかった返事の内容に対して、暫しの間、呆然としていた。だが、それを予想していたかのように緑色の女性は答えを述べていく。
「貴方様の脳波データを読み取りました。それにより貴方様のお名前を知ることが出来ました。」
「そうなんですね。それで、貴方のお名前は?」
目の前の女性は、俺が気にしていた事を平然と見抜きつつ堪えた。それにより、更にこの女性に対する警戒心を表しながらも、この女性を見た時から気になっていた事を聞くと、目の前の女性は無機質な笑みを浮かべながら、その艶やかな唇を開けた。
「私は転生神リーンの分霊、名をルース今回は、貴方の転生を担当します。」
「そうなんですね。よろしくお願いします」
あぁこの人?神?は運営のAIなのか…それで、キャラメイクか…そういえば、前に漫画で見た魔王はかっこよかったなぁ…俺もあんな感じてカッコよく振舞えたらなぁ…
「私は神…それ以上でもそれ以下でもありません。それでは、最初は、こちらにお名前をお書きください」
俺が、少しの間、妄想の世界に入っていると、ルースさんが、指を鳴らしたかと思ったら、目の前に半透明の板が出てきた。それに驚きつつも確認してみると、どうやら誓約書らしく、それに書いている事が軒並み不穏のオンパレードだった。
曰く、ゲーム内で何が有っても、運営及びゲーム関係者を訴えない。
曰く、ゲーム内で起こった事が現実にも影響を齎す可能性がある。
曰く、この世界において元の世界の法律は無意味である
………
「…これ、マジなんですか?」
「はい、これから貴方が行く世界は正に驚異の嵐、そんな中に送るんですもの。少しの影響はあると言うモノ。さぁ…どういたしますか?」
恐怖が俺を煽る。何か、重大な分岐点に立たされている様だ。途端に、今までの日常がフラッシュバックする。その奥にあるのは…なんなんだ?だが、俺は、恐怖を呑み込み、その名前を書こうとしていた。




