根性焼きはやめようね
村へ戻ると、何やら広場に人が集まっていた。
村の若い男を引き連れた俺たちに気づいた村人が声をあげる。
「おい! 帰ってきたぞ!」
俺らの周りを手に農具や斧を持った村人が囲む。
皆一様に物々しい雰囲気を醸し出していた。
そんな村人の奥から、腰の曲がった老人がやってくると――
「お前さん方、うちの村の若いもんを連れて何をしようとしている」
何か勘違いしているようなので俺は訂正した。
「いやいや。俺らはコイツらに生贄にされそうになった被害者ですよ?」
俺は後ろを振り向き、「そうだろ?」とリーダー格の男に問いかける。
「…………」
なんか言えや。
黙りを決め込んだ男に、ハクアがタバコの火を押し付ける。
「――アッツ!!」
「アンタが黙ってるから一本無駄になったんだけど。ちゃんと落とし前、つけてくれるんでしょうね?」
突然のことに男は口を大きく開き、何かを言おうとしたが――
「――もがっ?!」
「何も喋る気がない口なんて必要ないよねぇ〜?」
クロエが男の口に中身の入った缶を押し込み、拳を構える。
なんでコイツらはヤンキーみたいなやり方をしてるんだ……
クロエが「うりうり〜」と缶を軽く小突いて男をビビらせている。
どうやら腰を抜かしたようなので、仕方なく助け舟を出すことにした。
「クロエ。やめなさい」
「……なんで?」
「俺が男に話があるからだ」
「ふーん。主様は優しいね〜」
クロエが男から離れたので、俺は腰を抜かした男と視線の高さを合わせた。
「さて、悪かったな。どうもうちの二人は血の気が多いようで困る。ああそうだ、口に咥えたそれはそのままにしておけ。絶対に取るなよ?」
俺はそこで一度話を止め、タバコに火をつける。
「わかってるとは思うが、お前は俺らに対して許されないことをした。それはわかるよな? お前が今することは自分が何をしたのか、この村の連中に説明することだ。理解したか? なら俺はもう一度お前に聞き返す。〝何が起きたのか説明してくれるよな?〟と。その時〝二回〟頷くんだ。一回でもダメだ。二回以上でもダメだ。必ず〝二回〟だ。わかったか? 理解できたか? それじゃあもう一度お前に聞くぞ?」
一度タバコを吸い、男に問いかけた――
「何が起きたのか説明してくれるよな?」
男は慎重に〝二回〟頷いた。
その様子を見たクロエが男の口から缶を引き抜き、「汚いから洗って~」と、ハクアに水洗いを頼むも、嫌そうな顔をしながら魔法で水を出していた。
「――っ、はぁはぁはぁ」
「わかったか? お前は選ぶ相手を間違えた。それだけだ」
俺は一歩下がり、男の発言を待った。
可哀想に……ハクアとクロエの脅しで震えている。
俺が平和的に男を喋る気にさせなければ、どうなっていたことか。
天使じゃなくてヤクザなんじゃなかろうか……
男は震えながら話を始めた。
元々生贄になる女の為に別の生贄を用意しようとしたこと。
そして俺たちを生贄にしようとして、自称神の小さい神殿を燃やされ、自称神を殺してしまったこと。
自称神を殺した。その事実に村の連中は騒ぎ出した。
自分が信仰している神を殺されたんだ、そうなるのも頷ける。
頷けるが……アレを信仰してなんになるんだろうか。
見た目も悪く、人間を食うような奴だ。正直な話メリットが思いつかない。
なので聞いてみることにした。
「あー、ちょっとよろしいですか?」
「なんじゃ……」
「あの神を信仰している理由が思いつかないので、なぜ信仰しているのか教えてもらえませんか?」
老人は静かに語り出した。
「今から五十年程前のことじゃ。当時からこの村は周囲の魔物による農作物の被害が後を絶たんかった。冒険者を雇おうにも金がない。村の若いもんが疲弊していくばかりじゃった。そんなある日、神がいきなりこの村に現れこう言ったんじゃ」
老人は芝居がかった仕草で両手を広げ、陶酔したように語りだした。
「十年ごとに女の生贄を捧げよ、そうすればこの村は救われる――と」
…………うーん、なるほど。なるほど? 現代日本生まれの俺からすると、一人の女性の命と引き換えに村を守る。この感覚が理解できない。
この世界では人の命の価値が、俺の知っているそれよりも遥かに低いのかもしれない。
「とりあえず、ツッコミどころが多い話だな……ハクア、あの自称神がこの周辺を牛耳れる可能性はあったか?」
「そうですね……私たちから見れば取るに足らない存在ですが、この村の周辺ですと十分に縄張りとして支配できる実力はあるかと」
「つまりアイツは縄張りを得るついでに、五年ごとのご馳走をこの村に要求していたってことか」
「おそらくそうでしょうね。クロが殺してしまったので答えはわかりませんが」
「え⁈ 僕のせいなの⁈ 指示したの主様じゃん!!」
指示したのは俺だが、今は黙っておこう。
俺たちの会話を聞いて老人は肩を震わせていた。
まあ、歓喜の震えではないよな……となると、次に出る言葉は……
「お主ら……何という事をしでかしてくれんじゃ!!」
「――知るかよ」
おっと――思わず言葉が出てしまった。
実際俺からしたら知るかよの一言だ。だって俺らは被害者だ。頭の可笑しい村の因習に巻き込まれたまごうことなき被害者。
「――なっ、貴様らのせいでこうなったんじゃ! 明日から誰がこの村を守ってくれるというんじゃ!!」
「そうだ! なんてことをしてくれたんだ!」
「お前らさえこの村に来なければこんな事にはならなかったんだ!!」
村人が老人に続き口々に不満を漏らす。
そもそもこの村の若いのが俺らを生贄にしようとしたんだよな。
いやー、ほんと他責思考の連中はコレだから嫌になる。
上手くいかないことは全て人のせい。
やれ親が悪いだの、環境が悪いだの……
親も兄弟もいなかった俺からしたら反吐が出る。
…………ダメだな。これは俺の個人的な考えだ。
巻き込まれたハクアやクロエとは関係ない怒りだ……まったく、落ち着け。
――よし、オーケー。「知るかよ」なんて言葉は失策だったな。ここから先は冷静に対処しよう。
俺は〝あえて〟タバコを地面に落とし、乱暴に足で踏みにじり火を消した。
「何を言っているんだ? 俺の後ろに意気の良い若いのがいるじゃないか。コイツラに村の警備を任せればいい。例の自称神が来る前もそうしてたんだろ? 昔に逆戻りするだけだ。ほら、何も問題はない。全て元通りだ。よかったな?」
「――っ。そ、それが無理だから神に頼ったんじゃ!」
「そうか……ならハッキリ言おう」
俺は声を一段低くし、老人の後ろにいる群衆を冷え切った視線で射抜いた。
「俺はお前らのしょーもない騒動に巻き込まれて、今、ブチ切れる寸前なんだ。いいか? 例の神とやらも平気で殺せる俺らが、こうして理性を保って交渉してやってるんだ。その事実だけでも有り難いと思えよ?」
俺の言葉にハクアとクロエが、それぞれの武器を片手に一歩前に出る。
「今お前らがするべきことは、逆恨みの怒鳴り合いじゃない。自分たちの子供が、俺たちに仕掛けた不当な行いについて、どう落とし前をつけるか考えることだ。……それとも、その鍬や斧で、神を殺した俺たちを相手に実力行使でもしてみるか? それでいいんだな? 俺は構わん。ハクア、クロエ。遠慮はいらん。俺の合図で好きに暴れろ」
「好きに暴れろ」そう言った瞬間。
ハクアとクロエは口角をこれでもかと引き上げ、愉悦の表情を浮かべた。
周囲の空気が明確に変わった。
濃密な殺気がチリチリと肌を突き刺すような感覚。
本能的に感じる〝種〟としての格の違い。
ハクアとクロエの両名からすれば、本来の力量の数十分の一にも満たぬ力の解放――
この村の住人にはそれだけで――十分だった。
各々が持つ農具や斧から手を離し、カラン、カランと音を立てながら地面に転がった。
必死で自分は無害だとアピールをするように、誰もが呼吸を忘れて硬直している。
老人ですらその場にへたり込み、震える両手を力なくあげていた。
「…………いい判断だ。ハクア、クロエ。宿に戻るぞ」
「はい、主様。貴方様の仰せの通りに――」
「命拾いしたね。僕らじゃなくて、主様に感謝するように」
ハクアとクロエが背後で村人に何かを告げているが、俺は一度も振り返ることなく宿屋へ戻った。




