情報を得た上での一服
およそ一時間ほど経って、クロエが戻ってきた。
「ただいまー」
「おかえり。どうだった?」
声をかけると、クロエは手で何かを飲むジェスチャーをした。
酒を寄越せってことなんだろうが、報酬としてはさっきハイボールを二缶渡してある。
なので俺の答えはノーだ。
「さっき渡したのを飲め」
「……引っかからないかー、それじゃ仕入れた情報を教えるね」
クロエが得た情報は、以下の通りだった。
この村では、代々とある神を崇めているそうだ。
十年ごとに若い女の生贄を要求されるようで、今年がその年だとか。
そして今回の生贄は、とある少女。
村一番の美人らしく、それに反発した少女に思いを寄せる村の若い男が少女を匿い、生贄にさせないように動いているんだとか。
話を聞き終えた俺は、思った。
奴隷といい生贄といい、この世界は文明の発達が思わしくないらしい。
…………ん? 若い女?
俺はハクアとクロエを見た。
二人は天使だが、見た目は若い女だ。
この村の生贄の少女がどの程度の容姿なのかわからないが、少なくとも二人の方が美人だろう。
なんとも嫌な予感がするが、宿から出なければやり過ごせるかな?
この時はそんな風に思っていた俺だったが、すぐに自分の考えが甘かったと思い知らされる。
◇
クロエの報告からしばらく経った頃、不意に部屋のドアを乱暴に叩く音が鳴り響いた。
「……チッ、煩いですねぇ」
ハクアが扉を開くと、数人の男が部屋になだれ込んできた。
「なんだお前らは?」
こんな状況なのに、冷静な自分に少し驚いた。
なんだろうな……例えるなら、飼っている猛獣の檻に餌が入り込んできた、みたいな気分だ。
この男たちの目的も、何となくだが理解した。
おそらくハクアかクロエを、例の少女の代わりにしようとか、そんなんだろう。
命知らずだなーとぼんやり考えるも、二人の強さをこの男たちは知らないから、無理もないか。
「おい、なんの用かと聞いているんだが?」
なぜか黙り込む男たちに、俺はそう告げた。
すると、リーダー格と思われる男が部屋に入ってくるなり、こう言った。
「悪いが、俺たちと一緒に来て欲しい。もちろん危害を加える気はないから、安心してくれ」
危害を加える気がないのなら、なんでこんな大人数なんですかね。
そんな疑問を口にすることなく、俺は二人に視線を送った。
ハクアは興味がないのか、あさっての方向を見ながらタバコを吹かしている。
クロエはハイボールの缶を逆さまにして、最後の一滴を絞り出そうとしていた。
コ、コイツら……!! この状況に対して、なんの興味もないのか?!
ないんだろうな……二人からしたら取るに足らない出来事、って感じか。
俺はとりあえず相手を逆なでしない様に慎重に言葉を選んだ。
「いきなり来て一緒に来てくれは乱暴すぎないか? せめてなんで俺たちがお前らに着いていかなきゃいけないのかの理由くらいは聞かせて――」
「うるせえ! さっさときやがれ!!」
……穏便に済ませる気ないんだな。せめて目的地に着くまでは演技くらいはしてほしい。
俺がそう思っていると、ハクアとクロエの手には何時の間にかバールと酒瓶が握られていた。
殺しはしないだろうが、この部屋が血の海になってしまう。
さてどうしたものか……この村が崇めている神というのも気になる。
あのクソ神のことを崇めているのなら、厄介者を押し付けた文句の一つでも言ってやりたい。
…………ついて行ってみるか?
「ハクア、クロエ。お前らはどう思う?」
「……問題ないかと」
「僕も~」
二人的には問題に感じないってことか。
仕方ない。宿屋の店主に迷惑をかけるわけにもいかないからな。
「わかったわかった。抵抗しないからどこに行くのかだけ教えてくれ」
「……それは言えないから、ついてこい」
「はいはい。二人とも、行くぞ」
「わかりました」
「は~い」
俺たちは男たちの言うとおりにすることにした。
本音を言えば、不測の事態に陥ってもハクアとクロエが何としてくれるだろうと思ったからだ。
だからこそ、この村の崇める神。というものに興味が出た。
生贄を求める神何て絶対ロクでもない存在だ。
必要ならその神とやらの正体を暴く。それだけだ。
◇
村の外れにある森の中へとやって来た。
周囲は人の手により整備されており、ちょっとした神殿の様相を呈している建物が存在していた。
男たちは少し怯えた様子を見せているが、リーダー格の男だけは堂々としていた。
(主様)
不意に頭の中に声が響いた。
この声はハクアか?
(今、主様の頭に直接語り掛けております)
そ、そうか……で、何の用だ?
(この場所にいる存在は神と呼ぶには大変不快な存在。とだけ伝えておきます)
……なるほど。そういう相手として対応していいんだな?
(ええ、私が合図しましたら、すぐに我々の後ろにお下がりください)
……はあ、まったく。
どうやらその〝神様〟とかいうのは存在するようだ。
ハクアが言うには不快な存在らしいが、はてさてどんな神様が待っているのやら。
小さい神殿のような造り――神殿と呼ぶにはお粗末な建物の正面に、リーダー格の男が跪くと声を高らかに宣言した。
「我らが神よ! 此度の生贄を連れてまいりました」
どうやら俺らは生贄にされてしまったらしい。
わかってはいたが、隠そうともしないのは清々しいな。
神殿の扉がひとりでに開くと、鼻をつく悪臭が辺りを包んだ。
それは鉄錆のようで、生臭さもある不快な匂い。
何年も風呂に入っていないとこういう匂いがするのだろうかと思えるほどの悪臭。
神殿の奥の暗がりから何かが這い出てきた。
木々の間から漏れる日の光に照らされたその姿は、醜悪の一言。
ブヨブヨに肥えた体からは謎の液体が噴き出ており、その表皮は別の液体によりヌメヌメとテカっていた。
顔と思われる場所には虫の足が何本も蠢めき、その隙間から目の様なモノがこちらをジッと見つめていた。
……うわー。気持ち悪い。
俺のシンプルな感想がそれだった。
思わず鳥肌がたってしまうような醜悪な見た目だ。
そんな最中リーダー格の男が更に声をあげた。
「神よ! この二人の女を生贄に捧げます! どうかこの村に更なる恵みを!」
神と呼ばれるブヨブヨの物体は、何処から声を発しているのかわからないが、確かに声を発した。
「しょう、ち、した。さら、なるめぐみ、を」
「――ハァ。こんなんで交渉成立ってわけか。最悪の商談だな」
俺は思わず毒づいた。
実際愚痴も零したくなるというものだ。
俺たちの意見はガン無視で生贄にされるんだ。
向こうがその気なら、こちらもその気で問題ない。
俺は声をあげ、告げた――
「ハクア! クロエ! 遠慮はいらん……殺れ――」
いいぞー殺せー!!




