宿屋で一服
町に出た俺たちは宿を探し――あった。
割と直ぐに見つかった。
看板に宿屋って書いてるからな、そりゃ簡単に見つかるわ。
とりあえず部屋の確保だけ済ませ、再度町に繰り出す。
単純に食料を買うためだ。腹が減っては何とやら、酒を飲むにしてもつまみがないと口が寂しい。
町には色々な露店が立ち並んでいた。
食料品や武器や防具、その他雑貨に至るまで本当に色々売っていた。
丁度いいので俺はゴブリンを倒して得た金を使い食料品を買い込んだ。
それはもう大量に、ハクアとクロエは首を傾げていたがちゃんと理由はある。
その理由も宿屋に帰ってから伝える予定だ。
食料を買い込んだあとは、食器類と調理器具に、あとは替えの衣服だ。
この世界に来た時に服装が変わっているが、替えの服がない。
とりあえず二,三着あればいいか? 二人は女だからもう少し必要か……あー下着とかどうするかな。
俺はハクアとクロエにそれとなく聞いてみた。
「なあ二人とも……その、替えの服を買うつもりなんだが、下着とかはどうする?」
「私たちは天界から持ち込んだ服があるので、気にしなくていいですよ」
「いっぱいあるからね~」
「あ、そうなの? ていうかなんで俺は何も持たされてないんだよ」
「おそらくですが、《無限嗜好品供給》が原因かと」
ハクアの言葉に俺は首を傾げた。
「何でそれが原因なんだ?」
「転生時に持ち込める容量を、その一つで使い切ってしまったんだと思います。他の転生者は何かしら持たされてましたから」
「……無限に品物を出せるからか?」
「ええ、かなり異常なスキルですから。むしろ裸じゃなかっただけラッキーと思った方がいいですね」
「そうか……ん? 他の転生者?」
俺の他にもこの世界に来てる人間がいるということか? そんな話初めて聞いた。
「他の、と言っても送られるのは別の世界ですよ。この世界の転生者は主様お一人です」
「ある意味、僕とハーちゃんもだから三人だけどね~」
「私たちは死んでないから転移よ」
「どっちでもいいじゃん」
理解を超えているが、とりあえず他の転生者はこの世界にはいないってことか。それは朗報だな。
異世界の知識を持ってるのが俺一人ということは、それだけ商機があるってことだ……いかんいかん、また経営者目線になってしまった。
よし、二人が替えの衣服を必要としないなら、俺の分だけ買えばいいな。
前の人生ではスーツばっかりだったからな。着たことのない服装にでも挑戦してみようか……うん、良いかもしれない。
俺たちは洋服屋を探し出し、いくつか替えの服を購入した。
結論から言うと、ほぼ同じ見た目の服しかなかった。
服屋に入る前にハクアに言われたが、この世界ならもっと発展した街に行かないと、ファッションを楽しむことは出来ないそうだ。
見た目よりも効率重視……魔法があっても服を簡単に作り出す事は出来ないのだそうだ。
魔法も意外と万能ではないんだな。
買いたい物も一通り揃ったので、俺たちは宿屋へ戻ることにした。
◇
日が暮れ、宿屋の食堂で夕食を食べていた。
……味が、薄い。病院食よりも薄い。
泥臭い野菜と獣臭い肉を塩で茹でただけのスープ。出汁という概念はないようだ。
そして味のしない硬いパン。
まさか初日から病院の食事が恋しいと思う日が来るなんて思わなかった。
ハクアとクロエも微妙な顔をしている。
やはり天界での食事の方が豪華なのだろうか、後で部屋で聞いてみよう。
……待てよ? 俺の《無限嗜好品供給》は嗜好品を出すことが出来る。
それはつまり、調味料も嗜好品に分類されないか?
そう――嗜好品。それ即ち、あくまでも楽しむための品を指す。ならば味を楽しむための調味料も嗜好品に分類されてしかるべきだ。
俺は全力で頭の中で願った。
コンソメコンソメコンソメコンソメコンソメコンソメ!!
掌に確かな感触が現れた。
ゆっくりと手を開くと、銀色の梱包紙に包まれたキューブ型のコンソメが一かけら。
俺はハクアとクロエに、それを示す様に手を差し出す。
「嗅いでみな」
短くそう告げると、コンソメの匂いを嗅いだ二人の目が明確に輝いた。
梱包から解き放たれたコンソメのキューブを三等分し、スープの中に溶かし込む。
泥臭く、獣臭いスープから複雑で芳醇な香りが立ち込めた。
俺たちは顔を見合わせ頷くと、スープを一口啜った。
………………うん。元が悪すぎるから、クソ不味いスープから失敗したスープに変わっただけだった。
「……うん、主様おいしいよ。ほら、さっきより……飲み込みやすくなった気がするし」
「そう、ですね。とても、うん……この、入れてくれた調味料が凄く……頑張ってくれています」
「言うな……部屋に戻ったら、口直ししよう…………」
俺たちはテンションを下げたまま料理を完食して部屋へ戻った。
◇
「のまのまイェイ! のまのまのまイェイ!!」
部屋に戻ったので、約束通りクロエに飲み放題を実地していたら、ひと昔に流行った飲ま猫みたいになってしまった。
と言うかコイツ朝から何本飲んでんだ? アル中とかそういうレベルじゃないぞ。常時酒飲んでるじゃねえか。
そんなクロエの様子を見ても、ハクアは特に動じていない。
こいつも朝からずっとタバコを吸っている気がする。既に三箱目だ。
「ところで主様。口直しはまだですか?」
「のまのま――そういえばそうだった! 早くおつまみ頂戴!!」
「わかったわかった、ちょっと待て」
俺は事前に出して貰っていた干し肉を食べやすいサイズに切り分け、《無限嗜好品供給》から出した醤油を垂らした。
シンプルだがこれだけでもうまいだろう。味見はしてないけど。
ハクアとクロエが干し肉を口に入れると――
「うまー! なにこれお酒にすっごい合う!」
「シンプルな味付けですが、あのスープの後だと極上の味に感じてしまいますね」
「褒めてるのかそれ?」
そう言いつつ俺も一口。うめえや。
病院では全てが薄味だっただけに、濃い口の醤油の味が味覚をメタメタに叩き潰してくれる。
すかさずハイボールを口に流し込むと、ウィスキーの香りと炭酸の弾ける爽快感が口の中をサッパリと洗い流してくれた。
「――ああ、久しぶりの酒。美味すぎる」
「そういえば主様は肝臓ガンで亡くなられたんでしたね」
「まあな、今思えば随分と不健康な生活をしていたよ……」
「ご家族はいらっしゃらないのですか?」
「いないね。孤児院育ちだし。あー、一人恩人と呼べる人がいたな。俺より先に亡くなっちゃったけど……」
今でもあの人には感謝している。
俺が孤児院から出た後に、拾ってくれた会社の社長。
あの人の元で必死に働いて、認められて、経営のイロハを教えて貰ったっけ。
俺は《無限嗜好品供給》からセブンスターを一本取り出した。
あの人はいつもセブンスターを吸っていた。
俺も何か大きな仕事を成功させた時や、祝い事の時はこのセブンスターを吸うようにしていた。
火を着け、煙を吸い込む。
立ち上る煙は重く――喉にガツンと刺激がくる。
この香りを嗅ぐと、あの人の背中を追いかけていた頃の自分を思い出す。
それなりに稼いでいたくせに、飲む酒はいつも薄いハイボールだった。
「この組み合わせが、一番好きなんだよ」それがあの人の口癖だったな……
丁度、手元にはハイバールがある。
奇しくもあの人の好きな組み合わせだ。
自然とあの人の影を追っている自分に気付き、少しおかしくなった。
「主様」
ハクアがテーブルに体を預け、微笑を浮かべた。
「何か良いことでもありました?」
「――? 何でだ?」
「いえ、知り合ってから一番嬉しそうな表情をしていましたので、つい」
「……そうか、自分じゃ気づかないものだな」
「ふふふ、理由は今度聞かせてくださいね。っとそうだ、話は変わりますけど明日はどうされます?」
「明日か……」
俺はハイボールで喉を潤し、セブンスターを吸い込むと、煙を吐き出しながら告げた。
「この町を出るぞ」
作者は仕事中はウィンストン、休みの日はブラックデビルのカカオを吸ってました。
なお現在は完全にタバコは辞めてます




