9話 昔話
「だーかーらー、アンタが悪いんでしょう!」
「いいや違うね。安藤、お前が悪いんだよ」
事の発端は肩がぶつかってしまったことにあった。
どちらが先にぶつかったか、その原因をお互いに非難しあっているのである。
張り合うのは、鬼一顕二と安藤千夏だ。
「いい加減そっちが非を認めなさい」
「ハァ?なんだとこのブス!」
「ブス?!私はブスじゃないもん!!」
バチバチと視線が衝突する2人。
クラスメイトの間ではやれやれと言った呆れの雰囲気が場を支配していた。
無理も無い、何かにつけて2人は衝突し合うのだ。
やれこちらを睨むな、やれアンタが睨んでるのが悪いんでしょうがと言葉の銃撃戦のオンパレード。
呆れるなと言う方が無理な話であった。
「委員長は私の味方でしょ?」
直ぐ近くにいた委員長こと、鷺野望〈さぎののぞみ〉に安藤が応援を要請する。
鷺野望。典型的な脳筋とも言われるクラスの風紀委員長。
整った顔立ちにボブカット、銀縁眼鏡のいかにも真面目さを前に出した鉄面皮が彼女である。
「私を巻き込まないでちょうだい、千夏さん」
「そうだそうだ!他人を巻き込んでんじゃねー!」
「そうやって挑発するあなたも同罪よ」
ピシャリと言われ閉口する鬼一。
「そんなー。そこは一緒になって反対してくれるところだろ?」
「私からしてみればおんなじよ。どうしてあなた達って仲良くできないのよ」
「「こいつと仲良くするのは難しい」」
同じセリフが鬼一と安藤から発せられ、それに二人とも気づくと額に青筋を浮かべまた口論になる。
「私、先生に呼ばれてるから。じゃあね」
そんな二人にさっさとわかれの言葉を告げ去っていく鷺野。
そこに現れる人が一人。
「さっきから聞いていればあーだのこーだの毎日うるさいっつーの。なんとかならないんか?」
坂岡透である。
痩せ型の体に鋭い眼光が目立つこの男。
ただならぬ雰囲気を醸し出している。
「いやぁ俺も困ってるんよ。こいついっつも突っかかってくるしで」
「突っかかってきてるのはお前でしょうが!」
すかさず安藤が突っ込む。
「まぁ待て、落ち着くのだ」
「誰?え、誰なの?」
委員長の鷺野と入れ替わるように一人の女子が来た。
顔立ちは凛とした雰囲気を漂わせ、ポニーテールで後ろで一つに束ねられていた。ぴしりと着込まれた学生服は、その者の潔白さを雄弁に物語っている。
「私は東雲陽日〈しののめようひ〉。そなた達の喧嘩の裁定、私預かった」
「えっマジすか」
「マジも本気だぞ」
東雲に言い返されて戸惑う鬼一。
「ちょっと大袈裟すぎないか」
「たかだか肩がぶつかったぐらいでこんな大ごとにしなくても」
安藤も焦り出す。
「それだ」
びしりと東雲が指をさす。
「そなた達の毎日の諍いは、他の生徒からすれば微々たるもの。にも関わらず事を荒立て騒いでばかり。多少は他の生徒の身にも成って考えてみるのだな」
バッサリと切り伏せられてしまった鬼一と安藤。
正論も正論を言われ何も返す言葉がない。
「今日はこのぐらいにしてあげるわ」
安藤がそう言うとさっさと行ってしまった。
「···俺もこのくらいにしたるわ」
鬼一は肩身の狭い思いをし、そそくさとその場から離れた。
「いやー痛快痛快。ちょっと面白かったぜ」
「なんだまだいたのか」
その場から離れた鬼一を追うように坂岡はついてきていた。
「なんだとはつれないなぁ。坂岡透と言う立派な名前があるんだぞ」
スッと握手を求めるように坂岡が手を出す。
「···鬼一顕二だ。よろしく」
其れに応えるように鬼一も握る。
「ああ、よろしく。話しは変わるが腹空かないか?」
「ん?もう昼めしか?まぁいいや付き合うぜ」
そうして学食へ向かうことになった二人。
その途中、ある者と遭遇する。
「おい、ちゃんと人数分買ってきたんだろうな?」
高圧的に凄む男子生徒が一人。
その姿は天然の茶髪に着崩した学ランが目立つチャラい男。
クラスで有名なヤンキー、白峰大介〈しらみねだいすけ〉である。
「··は、はい。ちゃんと買ってきました···」
萎縮しながらも答えようとする小柄な女子生徒、いや男子生徒、伊野はるが袋に詰められた、たくさんのヤキソバパンを差し出す。
「はい、ご苦労さん」
ひったくるようにして受け取る白峰。
最悪の態度である。
「あっあのお金は···」
「あーちょっと借りるわ。それでいいだろ?」
白峰が伊野に圧をかけるようにガンを飛ばす。
「はっはい··」
すごすごと大人しく引き下がる伊野。
これが彼の学校での日常だった。
女子には顔のことでいじめられ、挙句の果てにはヤンキーのパシリになってしまった。
(どうしてこんな顔に、体に生まれてきてしまったんだろう)
ふとそんな事を思い浮かべる伊野。
いじめ続けられるなら、搾取され続けるなら。
(いっその事もう·····)
「おい!伊野。何湿気た面してんだよ。俺になんか文句でもあるのか?」
感情が表に出ていたのか、白峰の勘付かれてしまった。
「い、いや。そんな事は、ないよ」
そしていつもの作り笑顔になる。
そうやっていつも作り笑顔にしておかないと柴野にいじられてしまうのだ。
コーンと白峰の後頭部に何かが当たる。
その正体は潰れた紙の牛乳パックだ。
白峰の頭に当たり跳ね返ったパックはそのまま、近くにあったゴミ箱に落ちていった。
「誰だ?!俺の頭にこんなもの投げつけた奴は!」
すっと鬼一が手を挙げる。
「おお、すまん、俺だわ。さっきから会話が聞こえちゃってねぇ」
「テメェ!調子こいてんじゃねぇぞ!」
鬼一にツカツカと歩みより凄む白峰。
「いやぁ聞いてれば調子をこいてんのはお前だろう。なにせパシリを使うような輩だ。いかにもって感じじゃねーか」
凄む白峰に物凄い形相で睨み返す鬼一。
喧嘩は今この時より売買が成立した。
「やんのか?!おぉん?」
「やるってんならどーするんだよ、ボケ!俺が勝ったらそいつを解放してもらうぜ」
鬼一と白峰の視線が白熱し、食堂全体が静まり返った。
「いいぜ!やってやらぁ!」
「望む所だこんにゃろう!」
勢いよく金的を狙うように白峰が足をけり上げる。
が、当たらない其れを読むかのようにするりと避ける鬼一。
「あぶねぇぞ!ちゃんと狙わねぇとなぁ!」
鬼一の右フックが白峰の顔面に入る。
「ブフッ!」
「やっぱ、狙うなら顔だよなぁ!」
白峰がふらついたかのように見えたが、左腕が動く。
その腕は鬼一の顔に狙いを定め向かってくる。
「とろいんだよ!」
またも躱す鬼一が、嘲るようにそう言う。
「な··めってんじゃねぇ!」
しかし、白峰の蹴りが鬼一の腹に入る。
「ごはっ」
喉から上がりそうになる昼めしを必死に喉を口を閉じて堪える。
眉をしかめ、鬼の形相と化した白峰が言う。
「やってくれるじゃん。良いねぇ骨があるやつは!」
白峰の連撃が止まった鬼一を襲う。
「オラオラ、休んでんじゃねぇぞ!」
顔に次々と殴打を受け、倒れかける鬼一。
「····うぉ···」
しかしそのまま殴打され続ける鬼一ではなかった。
「····どっ、せい!」
乾坤一擲の一撃が、白峰の顎に食らわされる。
「あ、が······」
白目を剥き、白峰が倒れる。
最後に立っていたのは鬼一だった。
「いいパンチだったろう?」
沈んだ白峰に語りかけるように鬼一が言う。
「また、そなたは問題行動ばかりしよって!」
食堂に東雲が入ってきた、どうやらお怒りのようだ。
「ゲぇ!またお前かよ!」
ふらふらになった鬼一が素っ頓狂な声を上げる。
「今度は白峰との喧嘩か。ボコボコではないか!」
「ほーら逃げんぞ」
がっしりと鬼一が伊野の腕を掴んだ。
「えっ、なんで僕」
「良いから良いから、逃げようぜ。じゃないと東雲の説教ものだ」
坂岡もまた伊野に言う。
そうして3人は食堂からスタコラサッサと逃げ出した。
食堂を抜けて、階段を上り、廊下を駆け抜け、立ち入り禁止と書かれた札が張ってある鉄錆びたドアを抜けて屋上へ。
そしてそこにはどこまでも続くような青空がそこにはあった。
「ここまでくれば東雲も追ってこないだろう。何よりあいつ自体が規律に厳しいからな。ここなら手出しできないだろ」
伊野はぼんやりと空を眺めていた。
そして問うべき質問を、鬼一に聞く。
「なんで、僕を助けたの」
家族にも話せない、友達もいない。
誰も助けてくれなかった。誰もが見ないフリをしていた。
だから、こそ、聞きたい。
そう言われ戸惑いの表情を浮かべつつ鬼一は言った。
「あれが気に入らなかったから、それだけさ」
飾り気も無く、あっけらかんとして言う。
「··········」
言葉を失う伊野の肩に、坂岡がポンと手をおく。
「また柴野にイジメられたら、彼に言えばいいんじゃね?あー、それとこれ」
あのヤキソバパン分の代金が坂岡の手にはあった。
「···どうやって?」
「あーこれね。見せてもらったレシート分、柴野の財布から引っこ抜いてきたんだよ」
「さりげなく犯罪っぽいことしてない?」
やや引き気味に伊野が言う。
「まぁ仕方ないさ。ヤツが買ってこいって言ったんだし、自分の分の金は自分で払うのがお約束だし」
「まぁ、そういう事だ。君は晴れて自由の身だぜ。またなんかあったら俺に言えよ」
「·······待ってよ」
そのまま去ろうとする二人に伊野が呼びかける。
「どうした?」
「僕と友達になってくれないかな?」
顔を見合わせる鬼一と坂岡。
「全然いいぜ。よろしく」
鬼一が手を差し出す、握手をしようと考えたのだろう。
そこに伊野の手が重なる。
「こちらこそ、よろしく」
伊野の顔には作り笑顔では無い、本物の、心からの笑顔がそこにはあった。
「と言うわけで元の教室に戻るか。確か同じクラスだったよな?」
「うん、そうだよ!」
「そりゃよかった。昼休みも終わりそうだし帰らなきゃな」
坂岡がそう言い、3人は屋上から退散する。
「そんな話もあったな。アイツが死んだのがまだ、嘘みたいだぜ···」
話は今、ダンジョン内での会話に戻る。
「これから僕ら、どうなるんだろう」
焚き火を見つめる伊野の目は眠たそうに半分になっている。
「まぁ事実確認をしていこうじゃないか」
坂岡がそう言う。
「1つ、助けは絶望的。2つ、上階には上がれない。3つ、食料も心許ない。4つ、周辺の敵、魔物は今は攻撃してこないがいつ来るかもわからない。5つ、現在地はわからない。ざっとこんな感じだな」
「······それを人は絶望っていうんだよ」
「まぁ、そうだよなぁ。こんな事になるくらいなら異世界になんて来るんじゃなかったわ」
「···············」
今更の後悔、後の祭りだ。
どんよりとした雰囲気が辺りを包む。
それは学生生活では体験し得なかった物。自らの生存を賭けた文字通りの死地に生きると言う物。
そしてそれは、日本にいた頃の現実の自分たちには縁遠い物に感じていた物だ。
しかし、それは世界に目を通して見れば、ごくありふれた物に等しくなる。
そして、今度は身近にある現実の物として彼らに立ちはだかってきたのだ。
死の予感というストレスは、人にとって極めて強い影響をもたらす。
その毒は彼らの心を徐々に蝕んでいった。
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