15話 猛毒龍王バシュム
神の右腕から放たれる青白い光が霧の中で輝く。
薄暗い湿地の中に確かにそれはいた。
いる、化物だ。
一行はこの怪物こそ、この百階のボスであると改めて認識した。
怪物が吠える。
とてつもないプレッシャーが、彼らに襲いかかる。
「こいつは─」
鬼一がそう言いかけると、どこからとも無く生臭い風が吹いてきた。
いいや、ただの風ではない。
吐息だ、怪物が吐息を吹きかけてきたのだ。
「マズイ!伊野ッ!!」
「拒絶の聖壁!」
伊野の能力が展開される。
あらゆる攻撃や魔法、病や汚れを防ぐぼんやりとした輝きを放つ壁が現れ、途中からであるが完全に周囲の環境から隔絶される。
「ごはッ─」
やられた。
拒絶の聖壁に守られた空間で、坂岡が吐血する。
吹きかけられた怪物の吐息に含まれる毒にあたったのだ。
意識を失い、崩れ落ちる坂岡。
続いて、伊野も静かに口から吐血する。
その目は赤く充血し、意識は朦朧とする。
辛うじて膝をつき伊野は耐えていた。
「大丈夫か?!二人とも!」
鬼一だけは無事だった。
駆け寄る鬼一に伊野が語りかける。
「···やられ、ちゃった。····坂岡君が庇ってくれたから。····まだ僕は動けそう、····うぅ。鬼一君は····平気?みたいだね」
「しっかりしろ!、伊野、坂岡!」
おぼつかない声で伊野が魔術を唱える。
「天命に、···代わりて僕が、····命ずる。僕らの内より障りし···毒気から解放し、給え。····アンチポイズン」
魔術が坂岡と伊野にかけられ体内の毒を浄化しようとする。
だが、その術もままならない。
毒のせいで魔術の効き目が遅くなっているのだ。
「ごめん、ね。僕ら、足手まといみたいだ。魔術の効果を、抑え込む毒もあるみたいで、あんまり魔術も効かないや」
語りかける言葉はあまりにも弱々しく消え入りそうだ。
「そんなことはねぇ!後は俺に任せろ、毒の治療に尽力していてくれ、後は俺が片付ける」
湿地の茂みまで伊野と坂岡を担ぎそこへ静かに降ろすと鬼一は未だに影しか見せない化物の前へ立ちはだかった。
「さて、やろうか」
鬼一は相手について大体の予測がついていた。
普通の毒どころか、それ以外にも色々な毒の混ざった吐息。これこそ毒のカクテルのようだ。
そして、極めつけには鬼一だけ効かない毒。
神の右腕の能力により、鬼一の体は一般人と変わらず毒にはあたる、だが一度当たった毒には免疫がつく。
ならば答えは明白だ。
相手はコカトリスか、それともバジリスクか。
いいや、違う。
猛毒龍王バシュムである。
この国の図書館で見たある本の記憶を鬼一は思い出す。
この裏ダンジョンの名前、バシュムの墳墓の元となった名前の怪物。
一対の腕と角を持つ、全ての毒蛇の王。
湿地に住み、口から毒を吐き、毒沼や毒の洪水を発生させたり、過去に人身御供を要求した事もある。
大昔にとある英雄に退治され、それでもその猛毒は骸に留まり続け大地を汚染し続けたので、とある英雄の手により地下へ葬られた。
と、物語には書かれていた。
(薄々そんな感じはしていたが、まさかあの猛毒龍王バシュムの戦うとはな。だが、こちらも負けられないんだよ)
坂岡と伊野から、バシュムをこちらに注意を向けさせる為に小石を拾いあるだろう頭部を目がけて投げる。
コツンと音をたてて石が当たった。
霧をかき分けてバシュムがずいと鬼一に顔を近づける。低い唸り声が同時に辺りに響き渡る。
深い緑色の鱗に包まれた体が見える。
体のあちこちからは棘が生え、いかにも毒針のそれと行った感じだろうか。
巨大な黄色の一対の瞳がこちらを見つめてくる。
バシュムの意識がこちらへ向いたのを確認し、鬼一は坂岡たちから引き剥がすために湿地を走り出す。
「こっちだ!こっちへ来い!」
続けざまに小石を投げ、さらにこちらへの注意を引きつける。
バシュムが挑発に乗り、走る鬼一へ攻撃をくわえてくる。
禍々しい爪の生えた腕が斬撃を繰り出してくる。
なんとか躱す鬼一。
(そうだ!俺に食いつけ!)
なんとか戦闘をしても坂岡たちに被害がない所まで来た。
ズルズルと蛇のように体をくねらせて移動してくるバシュム。
なるほど、毒蛇の王と言うのも頷ける。伝承もあながち間違いではない。
巨大な口からは威嚇音と思われる音が聞こえている。
「決めさせてッ、もらおうか!」
秘技、厄災の指の発動させ、飛び上がる。
明らかに常人を超えたそれは、目を見張る程の高さまで飛び上がった。
バシュムが落ちてくる獲物を口で受け止めるかのように口を開ける。
「喰らいやがれ!」
呪詛と災害の嵐は、バシュムの口内に目がけて打ち出された。
高温の熱とエネルギーがバシュムを襲いかかる。
必勝を鬼一が確信した時。
どうしたことだろうか。
禍々しいエネルギーの渦を打ち破って怪物がこちらへ迫ってくる。
「なんだと?!」
ほぼ必勝である厄災の指が打ち破られるのを目にして鬼一が青ざめる。
毒蛇の顎が鬼一の寸前で閉じられる。
まぐれで急を脱したのだ。
バシュムの体はあちこちが熱にさらされた影響と思われる焦げ目などが見られるが、まだ生きている。
(なるほど、厄災の指だけでは殺しきれないというとことか。ラスボスだけあってすんなりと死んではくれないか)
鬼一は考えを巡らせる。
(恐らく、神の右腕での打撃でもあの固い鱗は貫けない。何か、伝承に何かバシュムの弱点となるモノは無かったか?)
打開策があるとしたら、そこだと鬼一は結論づけた。
もう、厄災の指は使えない。
魔力は枯渇、体力も失えば、今は鬼一を襲っているが坂岡たちに向かうだろう。
今ここに立っているのは神の右腕の能力もあるのだが、それを支えるのはザイン隊長に訓練を受けた賜物だ。
最終階のラスボスを相手に戦えているのもザイン隊長のお陰だ。
伝説と言う眉唾ものだとしてもにすがるしか、勝機は見出せない。
鬼一は思い出そうとする。
とある英雄の名前を、思い出そうとする。
バシュムを打ち倒したという英雄の名を。
怪物が尻尾を鞭の様にしならせて、鬼一の横っ腹に当てる。
「グフっう」
怪物は考える暇を与えてはくれはしないようだ。
地面にもんどりをうって、叩きつけられる。
アバラにヒビが入るがすぐに治る。
ジリ貧もいい所だ。
だが鬼一はまだ思考を止めていなかった。
(確か、話によれば英雄の名前はダオリスだった。燃え盛る剣を携えていたと言う。それでもバシュムに攻撃が通じず窮地に陥った。そして、その剣で突いた場所は一枚だけ鱗のない所····)
鬼一はバシュムの周囲を駆け回り翻弄する。
尻尾が鋭い矛のように幾度も鬼一を刺そうと襲う。
かすめた尻尾の棘が僅かに鬼一の頬を裂く。
懐に入り込もうとする鬼一に両手の爪の斬撃が襲う。
鬼一は一気にバシュムとの距離を一気に縮め、針の糸を通すように攻撃をかい潜り、背後に回る。
鋼鉄の様に分厚い鱗がびっしりと覆い尽くされているバシュムの背中に飛び乗り、一直線に目的の場所へ行く。
目指すは尻尾の付け根、鱗が一枚分だけ付いていないところがある、そこが弱点だ。
(燃え盛る剣までは再現できないが、ここが弱点だ)
こぶし大の大きさはある剥き出しになった、その薄緑色の急所に。
右腕を貫手を、その場所に二の腕まで深々と突き刺す。
バシュムが甲高い絶叫を発する。
「案外、伝承もバカにできないもんだな」
その叫び様から鬼一は急所であったことを確信した。
貫手をその場所から引き抜くと黒い血が勢いよく噴き出す。
バシュムの体の内、この場所がよく血が集まる場所の一つだったのか、かなりの量の血がでてくる、お陰で鬼一の身体にまで降りかかってしまった。
「あの研究室でバシュムの血を投与されていなければ倒すのは無理だったかもしれないな」
そう呟く鬼一。
血は猛毒であった。
鬼一も死なないとは言え、最悪の場合、初手の毒の吐息でダウンさせられていただろう。
軽装備だった為か革や薄い金属は、この毒のせいで溶解してしまう。
それに気づいた鬼一が身体中の装備を急いで外す。
肌にも血がかかったが、以前にバシュムの血を投与した事があるせいか皮膚までは溶けることは無かった。
急いで倒れるバシュムから離れ、間合いを取る。
湿地はバシュムの猛毒が広がり、混ざり合っている。
「オォォォン」
悲しげにバシュムが吠える。
厄災の指に焼かれ、弱点を攻撃されてなお、まだ生きている。
その生命力の高さたるや、古代の人間が蛇を不老不死と関連づけたのも頷けるほどだ。
「安心しろ、トドメぐらい刺してやるさ」
静かに語りかけるように言う鬼一。
そして、最期の慈悲の一撃がバシュムに加えようとする。
まだ血の噴き出ているバシュムの傷口に手刀を当て、そこから鱗を逆撫でするかのように肉を裂き、傷口を広げていく。
バシュムの背中にまで傷は達した。
「ギュオオオオオオオオォォォン」
鼓膜が破けそうな程の音量の断末魔が辺り響き渡る。
傷口大量に出血し息絶えるバシュム。
凄まじい地響きをたてて倒れる巨体。
その音で気がついたのか伊野が目を覚ます。
体内の毒の浄化に手惑い、体力を消耗してしまった為、気を失っていたようだ。
もぞりと体を起き上がらせてバシュムの死体を見やる。
「おう起きたか?」
鬼一が伊野に優しく語りかける。
興奮に息をつきながら伊野が言う。
「ようやく、倒せたんだね!これでようやくこのダンジョンから出られる!」
坂岡も目を覚ますがしびれて動けないようだ。
「すまないな、鬼一。迷惑をかける····」
「迷惑だなんて思っていないさ」
「僕たちッ、生き残ったんだね······」
顔をぐしゃぐしゃにして伊野が感涙していた。
「そう、だな······」
坂岡も涙目になりつつも震える体で言う。
「さぁ、帰ろうぜ。ヴィーテ628が待ってる」
坂岡を背負い、伊野と共に一度研究室まで階段を歩いて帰っていった。
鬼一たちは歓喜と共にヴィーテ628に報告をした。
「ようやくここから出られるぞ」
「もう乾パン生活とはおさらばだぜ。イヤッフーイ」
「·····ようやく、地上に帰れるね」
喜び一色の彼らとは裏腹に、ヴィーテ628の表情は暗い。
「おい、どーしちまったんだよ。なんか変だぜ?」
「いいえ、なんでも。ありません、私が変だなんて事は」
ヴィーテ628がらしくなく、言葉とは裏腹に曇った顔をしている。
いつもの無表情な顔はどこへやら。
せわしなく辺りを見回して、研究室の一室へと戻って行った。
それを見た鬼一は坂岡と伊野にこう言った。
「ヴィーテ628の様子がおかしい。俺が様子を見てくるから、地上に戻る準備をしておいてくれないか」
「あぁ、わかった。彼女は俺たちにとっちゃ命の恩人みたいなもんだからなよろしく頼むぜ」
「僕からもお願い」
「あぁ、任せておけ」
鬼一は後を坂岡たちに託すとヴィーテ628の消えた部屋へと入っていった。
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