11話 疑惑
鬼一はバシュムの血の被検体として、神殿の一部を改修した、とある研究所の一室に観察のために部屋へ運び込まれていた。
部屋は白く、簡易的なベッドが隅に置かれており、その上に鬼一は横たわっている。
その表情は目は半開きになり、ただぼんやりと天井を見上げている。
白い照明のような物が天井から垂れ下がり、周囲に光を届ける。
そこへ歩いてくるものが一人、白衣に身を包み、童顔に群青色の瞳が特徴的な人物である。
白衣に包まれているが辛うじて女性であることがわかる。
「意識は、あるようですね」
手をゆらゆらと降るとそれを鬼一の目が追う。
「結構です被検体。いえ、鬼一顕二。少しお話をしましょうか」
「········」
鬼一からの返答は、無い。
「私はヴィーテ628と申します。先生のお手伝いをしているホムンクルスです。話したくない、若しくは話せないようなのでこちらが一方的に話しますね」
「·······」
鬼一の唇が微かに動くが、それを聞くと止まる。
「外の景色、ミルパの景色はいかがですか?相変わらず草原が彼方まで続いているのでしょうか」
ふと鬼一の額に青白い光が微かに灯り、消えた。
彼女の言葉を聞いた彼の表情は一瞬強張り、何かを訴えるように口を動かす。
「····ミルパ、とはなん·····だ!?」
「おお、ようやくしゃべれましたか。ミルパとはこのダンジョンの外の辺境の場所のことですよ」
「確かここまで来るには馬のゴーレムを使って来た。この場所はアルカのダンジョンと呼ばれ、ダンジョンの演習地となっていた··国が直轄で管理して····、少なくともミルパなんて土地名じゃなかったぞ」
「へぇ、変わってしまったんですね、外は。後はそうですねあなたの身の上話でも聞かせてください」
それから鬼一は自身の出生、異世界転移した事、ダンジョンでのマグヌスマルクトとの遭遇、クラスから犠牲を強いられた事等々。
彼は開示できる情報は全て話した。
「ほう、そうですか······」
「そうだ、俺は一応勇者なんだ。こんな場所で···場所で·····」
苦い顔をする鬼一、無理も無い。
クラス内での派閥で爪弾きにされていた事は理解していできていた。
自分たちの中からスケープゴートを出さなければ自分が危うい、自分の身の可愛さ故に嫌いな人物を指名し生贄とする。
確かに自分たちはクラスの中で嫌われ者だった。
悪意の有る無しに関わらず、いづれ何らかの形で別離することは確定していただろう。
「と言うか、勇者ってなんですか?魔王討伐のための一次的な身分か何かですか?」
「それは、そのはずだ···」
鬼一の胸中では勇者と言う単語はゲームの中で聞いたことがある程度のもので、それに深く考えようとは思わなかった。
しかし、振り返ってみると自身は勇者、と言う単語に当てはまるかどうか、疑心暗鬼になっている自分に気づく。
「今はもう外のダンジョン、アルカのダンジョンはレイバルン帝国の管轄となっているのですか。道理で制御できないわけです。もう外もだいぶ変わっているんですよね?」
「それはもちろん。このダンジョンを中心に街もできていますよ」
「なるほど、それでは魔王について話していただきましょうか」
「え?魔王を知らないんですか?古くから北方諸国に居着いていて長年、帝国を苦しめている元凶ですよ?」
「私が知る時代には魔王はいませんでした。寧ろ平和そのものでしたよ」
「そんなはずは、ない·····」
(この人は長い間このダンジョンにいて外の情勢を知らないんだ、知識に誤差があるのはそのせいだろう)
知識の齟齬について、鬼一はそう考えた。
「それと、異世界からの転移者、とでも言いましたか。それを証明できる物はありますか?」
「そりゃあ、名前が他の人とは違うとか?」
「あなたが偽名を使っていない証明は?」
「·····それは今しゃべっている言葉自体が」
「いいえ、あなたはここに来てからレイバルン語しかしゃべっていません」
鬼一が驚愕する。
「いや、これは、今しゃべっているのは日本語だろう?!と言うかなぜわかるんだ」
「今あなたが喋っているのはニホンゴでは有りません。それは断言できます。少なくともレイバルン語、即ち私たちが使っていた言葉とは少し異なる語です。私はホムンクルスとして稼働し始めてから何世紀かは過ぎています。その中でこちらのダンジョンに度々侵入してきた人間の言語の特徴と合致しますので、彼らがレイバルン語と言っているのも聞こえました」
鬼一が冷や汗をかく。
(気が付かない間に自身の言語すら変わっていた?いつからだ。気付か無かったぞ)
脳裏に思い当たる物がある、ミネルヴァ。
あの不気味な石、来た時には誘導されて触ったが、やはり何かがあったのではないか、と鬼一は思う。
(俺の記憶も定かではない、おかしいぞこんなにも記憶とは思い出せないものなのか?)
鬼一の脳裏に、レイバルン帝国への疑惑が浮き上がる。
「まぁその辺は今は良いでしょう。ところでその能力とやらは実験中には使わなかったのですか?」
「あ、ああ。そう言えばそうだった。気が動転してすっかり忘れていた」
鬼一が神の右腕を発現させる。
右腕がみるみる白く肥大化し、青白い紋様が浮かび始める。
肌はその柔らかさを失い、鋼と同様の硬さを帯びる。
「これが神の右腕?平凡ですね」
「一応俺だけの能力なんだぜ。そんな言い方しなくてもいいじゃん」
「いえ外見の感想を述べたまでです。しかし能力自体は面白い。本当の蘇り、質量保存を無視した自己の連続性。ある意味人類の夢の一つですね。能力自体はどこから出てきたのでしょうか?」
「いやそれがある儀式を経てから能力を獲得したんだよ」
「ほう?それは?」
「なんか赤い液体に満たされた棺桶のような物に入ったことしか覚えていないんだよ」
「何らかの魔術、儀式、おそらくはもっと別の何かか······。何にせよこの能力自体はこの世界ではかなり珍しいですよ」
そしてバシュムの血を注入された事を、鬼一はふとあることを思い出す。
「そうだ、そう言えば。許可もなく人体実験しやがって、めちゃくちゃしんどかったんだぞ!」
「それについては、まぁ。その、生きてるからいいじゃないですか?」
「謝罪も無しかよ。まぁ····死んでたらその文句も言えないんだけどね」
「それとバシュムの血が及ぼす身体への変化の経過観察の為、あなたに随伴し観察をさせていただきますので」
「おいおいおいおい、次は人権無視の監視かよ。俺は友達探さなきゃいけないのによ」
ヴィーテ628がその言葉に反応する。
「お友達も一緒に落ちてきたと言っていましたが、どこにいらっしゃるかご存知は無いのですね?」
「ああ、なんかどこかへ行ってしまったみたいだしな。まぁあの状況なら妥当な判断だな」
「いらっしゃいますよ。この神殿の前にね」
「なぜそれを最初に言わない!」
「強いて言うなら聞かれなかったからですかね」
「·····」
「こちらをご覧ください」
そう言うとヴィーテ628は、白衣から何かを取り出した。
周囲が暗くなり、白い壁に映像が映し出される。
「これは、プロジェクターか?」
「·······動く絵だとでも思ってください」
映像には神殿のモニュメント近くで野営をする二人の人影を映し出した。
それが拡大されてゆき、二人の面持ちが鬼一にもわかるまでになった。
「····坂岡、伊野·····」
そこにいたのは紛れもない、彼の親友二人だ。
疲れ果ててはいるが、生きている。
(あいつらは生きている、それがなぜか今はほっとする。自分が死んでから多少死生観が変化したのか。いや、もっと別の)
そして、鬼一はある結論に行き着く。
(あいつらは俺と違って、死ぬんだ。死んでしまうんだ、だからこそあいつらぎ安全だと知った事で安心している自分がいるんだ)
「あいつらは今もあそこにいるんだよな。連れてきても良いか?外よりもこっちの方が安全だ」
「良いでしょう、許可します。ただしこちらで呼びかけるのでここで待機をしてください」
鬼一がベッドから立ち起き上がり腰をかける。
「わかった。頼む」
「·····少々お待ちを」
部屋が明るくなり、プロジェクターと思わしき物も消えた。
暫くして、坂岡と伊野が同室に入ってきた。
両者とも相当過酷な目に遭っていたのか、気怠そうな気配を漂わせていた。
だが、その目が鬼一を見ると放心したかのように佇んだ。
「鬼一、なのか?」
恐る恐る確かめるように聞く、坂岡。
「おうとも、さ。俺だ、鬼一顕二だぜ」
それを聞いた彼らは鬼一駆け寄って来た。
「幻じゃねぇよな?生きていたんならそう言えよ·····」
「···本当に鬼一君?······」
伊野が疑い気味に問いかけてくる。
「すまんな。なんか能力のお陰で一回死んで、もう一度生き返った感じなんだわ」
「僕らも知らなかったよ、そんな能力」
「俺も死んでから気づいたんだ、しょうがないだろう、俺は坂岡が伊野が無事で良かったぜ」
伊野が泣き出し、坂岡が鬼一の肩を叩く。
こうして彼らは片時の間、再会を喜びあった。
「それで、これからどうする?」
「どうするって?」
「僕たちの今後だよ」
小さなテーブルに顔を突き合わせて三人が座り話し合っている。
「先ずはこのダンジョンを出てからの話だな」
「それは、そうだな」
「俺と伊野で上に登れないか確認したが出来なかったぞ。助けも望み薄だな、一応はダンジョンではあるらしいが」
「となると現状の階層から下へ突破していくしか無いのか」
「現状の戦力だといけそうか?」
坂岡が頭を捻る。
「何とかはできると思う。アレを使おう鬼一。」
「ああ、アレだな?現状攻撃できるのは俺と坂岡だけだ。伊野は援護に回ってくれないか?」
「わかったよ」
「この編成でダンジョンを攻略するは良いとして、ようやくその後の立ち回りだな」
「ザイン隊長たちは僕らが死んだ、若しくは行方不明として扱ってるかも、あの状況からしたら」
「まぁ、そこだよな。死んだと思われた勇者が奇跡の生還。になったとして他の生徒連中の心中は穏やかじゃないんじゃないか?」
頷く二人。
「そこでだ。俺たちは個別で離脱し、魔王に挑むと言うのはどうだろう?」
「それ、本気か?」
「支援も受けられない。ましてや時間停止なんて勝てっこないよ」
「それもそうだが、レイバルン帝国には少し疑惑があってだな」
「疑惑って?」
「俺たちがここに来て最初に棺桶みたいな箱に入れられたのとミネルヴァって石に触れるよう誘導されてたじゃん。あれは実はなんかヤバい代物なんじゃないかって思ってさ」
「それどういう意味?」
「いや、俺も今まで気づいてなかったんだが、日本語を喋る感覚でレイバルン語が出てきてたってのと、現実的に考えて、神託とは言えなんで異世界の若者を連れてくる必要があったのかってことよ。それができたとしても難易度が高くないだろうかと思ってさ」
「待ってくれ、よくわからないんだが。ミネルヴァは俺たちが異世界でも文字が使えるようにするための道具じゃなかったってことなのん?」
「まずはミネルヴァからな。帝国の人間も含めて触れるって言ってたじゃん。あれ自体も能力みたいなのがあって石にある物が脳に直接情報を転写してるんじゃないかって思うんだよな」
「無生物にも能力が?あり得ないぜ」
「まぁ確かな証拠は無いが、ミネルヴァ自体、ゴーゴリ司教たちが思っている以上にヤバい代物って可能性は捨てきれないぜ」
「じゃあ、赤い液体と棺桶は何なんだ?」
「あれは俺も言えないんだが。普通の人間に能力はめったに宿らないって事はゴーゴリ司教が教えてくれたよな?」
「うん」
「あれを仮に儀式と呼んでおこう。儀式をしてから能力が分かったよな、俺はあの儀式自体が人間に能力を目覚めさせるものだと考えているんだ」
「仮にそうだとしてもなんで俺達を異世界から呼び寄せたんだ?神託があったからじゃないのか?」
「仮に宗教を主軸として考えている国家だったとしても、俺達をわざわざ異世界から呼び寄せた原因がわからない。俺たちは普通の人間だった。国中で若者を選別してあの儀式で能力を自発的に開発する事ができるなら、神託ってなんなんだ?」
「説明も根拠も薄いぞ。疑いだしたらキリがないって言いたいなら俺もそう思うが」
「俺の言いたいことも与太話を超えられないしな。先ずはダンジョン攻略に専念しようぜ」
二人が同意する。
おおよその方針は決まった。
「それと紹介し忘れていたが、こちらの方はホムンクルスだが名前をヴィーテ628というらしい」
彼女がお辞儀をする。
「こんにちは皆様方、ヴィーテ628です」
「率直に言うと、知ってることを話して欲しい。特にこのダンジョンについてだが····」
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