10話 ある夢の話
心のどこかで夢を見ていた。
誰かを好きになる事を。
誰かを愛する事を。
誰かと抱擁を交わす事を。
中学から高校になるまでに、誰かを好きになることを夢見ていた。
それは本当の意味での「夢」だった。
俺は誰も好きになる事ができなかった。もしかすると恋に恋していたのかもしれない。
我ながら恥ずかしい、とても人には言えない話だ。
それに誰かを好きになると言うごく初歩的な部分で躓いた。
そもそもの話、好きとは何だという事だ。
好きは好ましいとも言い換えられる。
俺が好ましい物は例えば力だ。
力があれば自身に脅かす害から自身を守れる。
力があればその分、他人とは違うというアイデンティティと言う愉悦を感じた。
だが、恋愛の場合好きになるのは人間だ。
自分とは全く違う個体の人間を好くということだ。
そこからわからなくなった。
このわからないと言う疑問は俺にとってこの上ないコンプレックスとして根付く事となった。
お前は一生誰も好きになれない、そんな証左を自分が答えてしまったような気がして。
以来、俺は恋愛を嫌うようになった。
当然だ。
人は理解できないものを、わからない物を。
自分が理解することができたはずの物が大嫌いになる性分なのである。
それが人間だと、確かに確信していた。
そしてあの光景に出会ってしまった。
「好きです、天王司君。あなたが」
信じられないものを聞いた。
信じられぬ物を、聞いた、聞いてしまった。
俺は、うっかり天王司と安藤の逢瀬を知ってしまった。
あれは確か、放課後の体育館の裏と言う。
いかにもありそうな話だ。
三文芝居にでもありそうな、そんなくだらない話の。
その話を陰ながら聞いてしまった。
罪悪感はあった、ここにいるべきではないとも考えた。
だが、好奇心が勝ってしまった。
あの天王司がどんな反応をするのか、どんな動揺をするかが一番気になってしまったからだ。
「好きなんです、天王司君」
同反応するのだ、お前は、そう思いながら胸中で嗤う。
断るか、受け入れるのか?
お前は、どうするんだ?
暗くほくそ笑み、盗み聞きをする。
「ありがとう、安藤さん。とても言いにくいんだけど」
これは拒否のながれだな、そう思った瞬間だった。
「ありがとう、夢みたいだ。是非とも付き合ってほしい」
·····は?
信じられぬ物を今日2度聞いた。
頭が真っ白になる。
それを聞いた瞬間、腹の底がぐらぐら煮え立つようなそんな気分が湧き上がってきた。
告白し互いを受け入れる2人、なぜ好きになる、好きになれる?なぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜ。
気付けばその場から駆け出していた。
なぜ走っている、なぜ動機が止まらない、なぜ苛立ちを覚える。わが身の事では無いではないか。
ひたすらに不愉快さがさっきまで暗い笑みを浮かべていた心中がなぜで一色になる。
恐らく、俺と彼奴等では人間としての基準が違うのだろう。
そうだきっとそうだ。
そうだとしか思えない。
勉強は努力でなんとかできた。体育もまぁまぁの努力でなんとかなった。
でも恋愛は。
何もできない、なぜなら好きになると言う要因がわからないのだから。
俺はどうすれば誰かを好きになれるんだ。
吐き気がする、忌々しい。
人は理解できないものを嫌う、だから。
またあのコンプレックスが出てくる、苛立ちが止まらない。
天王司アルフが顔が良いのは知っている、性格が良いのも知っている。
俺を除いて誰だって好きになる、誰も嫌いにならない方がおかしいのだ。
安藤千夏はどうだ。
顔も良い、スタイルも良い。友達はともかく取り巻きは多い方だ。
私情を抜きにして客観的に見ても2人は好感が持てる人物だ。
それはわかる。
2人が互いを好きになる要素は客観的にある程度あるように思える。
であれば顔が良くてスタイルが良ければ、互いに好きになるのだろうか?
俺にはわからないモノがあるんだろう。
なぜ俺はああいったモデルを見ても理解できないんだろう。
悔しい、悔しい、悔しい。
そうか、これが私の、俺の嫉妬か。
ああなんて、醜い嫉妬の感情。
恋を理解できない俺の。
俺はシアワセになれない。
いつも幸せは定型だ、不幸は不定形で存在する。
なぜわからないのだ、私は愛が。
私は人間だ、人間ならばその程度わかって当然だろうに。
忌々しい限りだ、この私は。
だが、人間である限り。
この問題はついて回る。
一生をかけて、この問題に終止符を打たなければならない。
私は人間なのだから。
ふと、鬼一が石畳の上で目を覚ます。
とても悪い、夢をみていたようだったな、と鬼一は思う。
痛い。
体を縮こませる。
ずきずきと体中が痛む、おかしい。
体中の肉はあの時に、文字通り蘇った時にまた生えてきた。
にも関わらず、あの怪物に食まれた部分が酷く痛むのだ。
「···う、つぅ······」
あまりの苦痛に口から声が漏れる。
体中が悲鳴を上げている。
この黒い神殿の直線の道を歩いていた時、疲労がピークに達したので一応仮睡眠を取った事を思い出した。
疲労、それだけが鬼一の脳を満たしている。
(疲れたなぁ、思えばどれだけ歩いたのだろうか)
辺りを見ても黒い道が続いている、ただそれだけしかわからない。
疲労に塗れた身体が、再び鬼一を眠りへと誘った。
そんな疲弊した彼の元へに訪れる者があった。
どこからとも無く現れたそれはある種の異常とも言えた。
「うーん、まぁこれでも良いでしょう」
やや痩せ気味、人形のような身体、童顔に群青色の瞳がぱちりと見開かれていた。
ゆったりとした白色の服を着て、ジロジロと鬼一の顔を観察する。
「久々の人間の獲物です。大事に使わなくては」
浮遊する、担架と思わしき物がその人物の横に控えており、鬼一を1人でに担架乗せた。
奇術か何かを使ったかのようにそれは1人でにその少女の横につく。
「すぐ被検体にアレを投与しなくては、適合するか否かが気になります」
少女の声は、どこかうきうきとしていて。
しかし、声とは裏腹にその目は不気味にギラついていた。
黒色の一本道の途中で少女が止まる。
すっと手をかざすと大人1人分の大きさのある穴が開いた。
そこへ少女が入り、鬼一を乗せた担架も入っていくと穴は閉じていった。
「ようやくまた、私の夢が続けられる」
少女の声は誰に気かかれることなく静寂に消えていった。
「···うん?」
目覚めると、鬼一は身動きが取れなくなっていた。
「はぁ?!」
びっくりして手足を動かそうとするが固定されてできない。
体のそこかしこが拘束具にはめられている。
「何なんだこれ!俺はあの道で寝ていたはず」
身なりも乾いた血糊がついていた褌のような格好であったはずが、簡素な白地の布を着させられてるようだった。
周囲を見渡せば、チリ1つ無い白い部屋に鬼一はいた。
「目は冷めましたか?」
床も壁も天井も真っ白な部屋に女性のものと思しき声が響く。
鬼一がビクリと体を引きつらせる。
「恐怖、しているようですね。無理も有りません」
鬼一の心情を読んだこのように話す声の主。
声のトーンからして男のようだ。
「あなたのお名前は?」
「······鬼一、顕二だ」
「では、個体名鬼一顕二さん、あなたに人体実験をさせていただきます」
「同意もなしに、か」
少し考えるような間の後、声は続けた。
「えぇ、はい。あなたは久々の検体ですので」
無慈悲に突きつけられる言葉。
呆然とする鬼一に声は続ける。
この時、鬼一は能力を使う事が出来なかった。
そうする事を考えられなかったのだ。
「あなたにはバシュムの血を投与させていただきます」
独特な機械音と共に黒い液体で満たされた注射器が壁せり出てきた。
磔にされた右腕に狙いをつけるようにそれは出てきた。
「··バシュムの血?なんだそれはそんな物を注射して」
「まぁ当然ただではすみません。大抵は死亡しますが」
「何が目的なんだ!」
青ざめた鬼一が声を荒げ、言う。
「申し遅れました。私はこの研究所の研究者ヴィーテ628と申します。私の目的は古代の神竜バシュムの血に適合する人物を探す事、です」
絶句する鬼一。
「ご理解いただけたでしょうか。では投与開始です」
「おお、おい待て!」
容赦なくブスリと注射針が右腕の血管に突き刺さり、バシュムの血とされるどす黒い液体が鬼一の体に流れ込み、針が抜かれる。
鬼一の血流に乗ってバシュムの血が体中を駆け巡る。
「あ、ああ。アアアアアァァァァァァァァ!!」
鬼一が激痛のあまり、拘束を引きちぎらんとする勢いで暴れ出す。
(嫌だ嫌だ嫌だやめてくれやめてくれやめてくれぇぇぇぇ!)
じくじくと体中の端から削られるような感覚と体中の血管が酸で溶かされているような感覚を味わう。
体中を掻きむしりたい、がそれもできない。
ただ鬼一はこの上ないこの苦痛に耐える他無かった。
悶えることすら許さぬように、拘束が固く肌に食い込む。
どのくらい時間が経っただろうか。
徐々に身体から痛みが引いてゆく。
「ハァ···ハァ···ハァ···ハァ···」
額から脂汗を垂らし、涙目になった鬼一が荒く呼吸を繰り返す。
「ふ、ふ。ふは、ふははは!ひひひひひひひひひひ。大成功!大成功です!私はやったんだ!ついにやったんだぁぁぁぁ!!」
バシュムの血を投入したと思わしき人物の狂喜乱舞したかのような声が辺りに響く。
それはようやく適合者が見つかった事に対する達成感の、歓喜の声だ。
カシュっと音が鳴り、鬼一を固定していた拘束具が外れ。
バタリと鬼一の身体が支えを失い崩れ落ちる。
またしても鬼一は苦痛から逃れるように意識を手放した。
意識の中で、鬼一が独白を始める。
死ぬことに自然と恐怖は有りませんでした。
自分が無くなることは怖かったけれど、どこか諦めもありました。
それでも死ぬのは痛いです。
即死に近い痛みを伴うのです。
痛いのは嫌です、終わりがないようで怖いのです。
生きていることは痛みを感じるという事なので。
死ぬ事が無いという事は、ほぼ無限に痛みを味わい続けなければならないと言うことです。
死ぬと言う逃げを、許されないと言うことなのです。
力があれば、現状の自分がなんとかなると思っていました。
力があれば、本当の自分になれるような気がしました。
力があれば、好きを理解できる自分になれるかも、とも思いました。
でも違いました。
全部間違いでした。
ごめんなさいごめんなさい、本当の自分なんて有りませんでした。
好きを理解なんてできませんでした。
後悔だけが、淀み濁って心に在るのです。
力なんて望まない方がずっと楽でした。
神様の右腕なんてのは何なのでしょうか、生きることを強い続ける事が力なんてあんまりです。
誰かを好きになれない、がらんどうな私の中にこんな能力なんていりません。
ひどいことを強い続けるなんてあんまりです。
俺が、私が、本当に欲しかったのは。
いったい何だったんだのだろう。
男の慙愧はそこで事切れる。
突如、青白い光が彼の精神を照らし出した。
「起きろ、壊れかけている場合ではないぞ」
冷徹に響く男の声を聞き、鬼一は目を覚ました。
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