1話 異世界転移
「今日も、曇り空か」
朝早くに駐輪場に停められた自転車の傍らに佇み、ぼそりと愚痴をこぼす人影が一つ。
制服に袖を通した、男子、名前を鬼一顕二〈おにいちけんじ〉。
ガッシリとした鬼のような体躯とは裏腹に落ち着いた雰囲気が漂っている。
「なーに言ってるのさ、今日は良い感じの日本晴れだぜ!」
ガシッと鬼一の肩が叩かれる。彼が振り返れば彼の友の顔。名前を坂岡透〈さかおかとおる〉と言う。
高校生らしい、年相応に明るい男だ。
彼らの近くを通る同級生は胡乱げな目で歩いてゆく。まるで腫れ物にでも触れたように。
煙たがられても、彼らは気にしない。
彼らは、彼らの教室2-2組の中でも異端視されていた。
このクラスには、2-2組の中ではヒエラルキーが存在していた。
天王司と呼ばれる生徒を中心に生徒は分断されている。
その中でも彼らはクラス内での派閥の共通の敵と認定された。
教室入れば人の声の中へ。
ある者は談笑しあい、ある者はふざけあっていた。そしてに鬼一達に気付くと無視する。
いつもの光景だ、別にこちらも干渉する気はないのでクラスの一番後方の、自身の席に座る。
坂本の席も近いので、さっと仕度を済ませると踵を返してこちらにやってきた。
「そう言えば、伊野がまだ来てないな」
「ああ、そうだな。どこかで女に絡まれているんじゃないか」
彼は伊野はる〈いのはる〉、鬼一の友達の一人である。
女子連中が一段と騒がしくなった。
そちらに目を向ければ、伊野が教室に入ろうとしていた。クラスの女ヤンキー、柴野〈しばの〉に絡まれている。
「おうおう、またカワイイ面してんなぁ、伊野!いっそ女に生まれてた方がいいんじゃないか?」
女ヤンキー柴野、ガラが悪く、クラスでも1軍女子とみなされている。悪い目つき、ガサツな言動が目立つ。
伊野はその容姿故に、女からからかわれたりするのである。
男ではあるものの、女以上に女のように可愛らしい容姿であるから、それを妬んでよく絡まれるのだ。
例として、クラスの男子が始めた「付き合いたい女子ランキング」で女子を差し置いてなぜか2位に選ばれていた事が挙げられる。
哀れ伊野は柴野に肩を組まれていた。
「おう、柴野。伊野から手ぇ離せや」
鬼一がそこに割り込んでいく。
「なんでぇ鬼一。伊野はてめぇの女なのかぁ」
「うるせぇ、ダチに決まっとるやろがい」
グルル、と互いに唸り合う鬼一と柴野。
「チッまぁいいや憂さ晴らしは終わったしな」
急遽、柴野が下がる。
「まさかおめー、伊野にホの字なのか?」
ボンっと柴野の顔が赤くなり、少し涙目になる。
「んなわけねーじゃんか!?」
「カマをかけただけだ、ボケ。行くぞ、伊野」
「あ、ありがとう。いつもごめんね」
「気にしてない、行こうぜ」
こうしてトリオが揃った。
「いつもむさ苦しいわね。あんた達」
水を差す一言が放たれた。
「またあんたかよ」
「何か文句でもあるのかしら?」
天王司派閥の一人、安藤千夏〈あんどうちなつ〉である。
クラスの中でもトップクラスの美女と名高い彼女は、現在ご機嫌斜めなようだ。
「で、何のようかな」
「用もへったくれも無いわ、そろそろ天王司君が来るからあっち行ってってことよ」
「普通に横暴じゃねぇかな」
「あんたらは黙って従ってればいいのよ!」
「横暴だ、横暴!お姫様気取りかよ。」
鬼一が怒る。
その時、ガラリと坂岡の近くの教室の扉が開いた。
「やぁ、おはよう」
剣呑な雰囲気をぶち壊しに、爽やかな声が響く。
天王司アルフがやってきたのである。
容姿端麗。その声や表情から性格の良さが滲み出ているのが特徴だ。
それもそのはず、天王司はクラスで一位と認められた生粋のモテ男。
成績優秀、運動もできて超優秀な上に顔も良いと来ている。
そして極めつけには、クラスでの派閥筆頭との人物なのである。
ちなみにクラス全ての女子が天王司の事を好いていると言うハーレム野郎でもある。
「おはよう!天王司君!!」
鬼一といがみ合っていた雰囲気とは打って変わって、顔は笑顔に、声のトーンを一つ上げて安藤が挨拶を返す。
そして安藤が愛嬌を振りまきつつ、天王司に抱きつく。
どうやら天王司にはそういう面だけを見せたいようだ。
「ゲーっこいつッ!·····」
「どうどう、落ち着け。もうそろそろ時間だ」
気づけばもうホームルームが始まる間近であった。
「クソ!·····行こうぜ」
「おう」
「ああっ、待ってよー」
いちゃつきっぷりに鬼一が呆れつつ、バカップルから離れていく。
それと入れ替わるように、黄色い歓声を上げる女性陣が天王司たちに突っ込んでいく。
見ている男子も思わず嫉妬する程のモテようである。
それと逆行するように鬼一に坂岡と伊野が続いていく。
「あいつはなんかそりが合わねーんだよなぁ」
「それはまぁ、仕方ないよ」
「それはそーだが納得いかないぜ」
坂岡が着席して椅子を傾けて伊野と会話する。
「しゃーない、切り替えて行こう」
後はこのままホームルームが始まるのを待つばかりだった。
·····ホームルームを知らせる鐘がなり始める。
しかし、クラスがざわつき始めた。鐘の音がいつものとは違うのだ。
段々と鐘の音が間延びしていく、それと同時に教室が眩く光った。
そして、光で何も見えなくなった瞬間、2-2組の教室から人が消えた。
「なんだ、これは」
気がつくと、そこは教室ではなかった。
白い彫像が、にこやかにほほ笑みかけている。その光景を鬼一の脳みそは受け入れられずにいた。
「ようこそ、勇者殿!転移は成功、のようですな」
眼鏡にひげをたくわえた好々爺の朗らかな声が響く、気づけばクラスメイト全員が白い石造りの床に座っていた。
状況が理解できないまま、混乱した頭のまま見渡す。
そこは厳かな西洋の神殿のような場所であった。
数体の像ととりわけ大きな像の前に顕二達は居た。
「わけがわからねぇ、なんだコレ。てか勇者ってなんだ」
ポツリと鬼一が言葉をこぼす。
「ご説明が必要なようですね。ではでは皆様をお連れしてください」
白い修道士のような服装をした好々爺が手を叩くと軽装の兵士たちが続々と現れた。
「一応、従うしかないか」
助け起こされたクラスメイトたちは兵士に連れられ、講堂へ来た。
来賓のような扱いを受け、戸惑いを感じつつ席に着いたクラスメイトたち、彼らは好々爺ことゴーゴリから事の経緯を受けるのであった。
現在、この世界の人間は魔王との戦争の最中、そんな折、神託で異世界より勇者を召喚せよと出たのだ。
この世界では元の世界には無い、魔法が存在しており、また西洋の神話に出てくるような怪物も存在しているのだという。
にわかには信じがたい話だが、信じるしかないだろう。
「なるほど、そういうわけなのか」
クラスメイトがざわつく。
戸惑いと困惑、少しの期待が生徒たちに間に渦巻き始めていた。
急に命のやりとりに自分たちが矢面に立たされる懸念もあるのだろう。
そんな中、席からガタリと立つ生徒が一人。
「みんな聞いてくれ。俺達は助けを求められているんだ。みんな不安かもしれない、でも俺達は人間としてこの世界の人々を助けるのが人間の善性だと信じている!だから僕に力を貸してほしい!!」
天王司である。やや不愉快そうに鬼一は眉を顰める。
(理想を言うのは易いけど、それを現実にするのは難しいンだよな。自分が皆と同じであるとは思うのちょっとゴーインなんじゃねぇか)
しかし鬼一の胸中とは裏腹にクラスメイトたちは完全に乗り気であった。
まさに天王司のその言葉は、鶴の一声だった。
「そうだな!俺たちが役に立てるなら!!」
「そうよ!私たちにできる事をやりましょう!!」
鬼一がちらりと坂岡と伊野に目をやる。
坂岡は嫌そうに顔をゆがめ、伊野は魂が抜けてしまっている。
生徒全体がこうなった今、最早多数決を取るまでもない。
この日、クラス内の方針で全面的に協力することが決まってしまった。
ただ鬼一たちにとってこの日は、悪いニュースだけでは無かった。
「能力、ですか」
「はい、左様でございます。あなた方には異能の、とりわけ強力な力、能力がございます。午後よりその能力を引き出す儀式に参加していただきたいのです。必ずや魔王軍との戦いに有効な武器たり得るでしょう」
「へぇ、そいつはいいな」
ゴーゴリと天王司の会話を聞いていた鬼一が不敵に笑う。
「まじかよ、鬼一!やっぱこの話はヤバいって!」
「そ、そーだよ。僕あんまり運動神経ないし」
動揺する坂岡と伊野。
「いや、だからこそだ。まともに訓練を受けていない俺たちでも即戦力になり得る力が、俺たちにはあると来た。この話、無謀ではないのかもしれないぜ。そのヤバさに見合う力かどうか、見せてもらおうじゃないか」
午後になり、集められたのは熱に蒸せる強大な炉の前だった。周囲には棺桶のような形の物に、赤い液体が半分ほど満たされていた。
「皆様にはこれより、能力解放の儀式に出ていただきます。まずはこの箱に入って頂いて寝ていただくだけです」
「これは一体なんだ?」
鬼一が赤い液体に触れる。少し粘度があり匂いは無臭だった。
「心配はご無用です。なんなら服を着たまま入って頂いて構いません。この液体は人体に無害なものですゆえ、呼吸も出来ます」
「本当だ、なんともねぇ。それに眠くなってきたぜ。寝る!!」
坂岡が早速入って寝てしまった。
呆れるほどの速さである。
「こういう時のお前の即断は正直羨ましいな」
鬼一も棺桶状の箱に入る。
身を浸すと鼻から赤い液体が入いる。咽ることはなく寧ろ心地よく眠りに誘う物だった。
(確かにこれは抗えないな。このまま、寝てしまう···)
また一人また一人とクラスメイトが箱に入ってゆく中、ゴーゴリは儀式の手はずを整えていった。
儀式は順調に進み、夜も更けていく。
「神よ、本当にこれで良かったでしょうか?」
誰も聞くことのない懺悔は夜の闇に消えていった。
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