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第六話 ー決起ー

半壊した事務所は、まだ粉塵と焦げ臭さに満ちていた。

机はひしゃげ、壁には大穴。書類は雪のように散らばり、皿の破片が床で光る。

その惨状の真ん中で、俺たちは肩を落として腰を下ろしていた。


「はぁぁ……修理費が天井突き抜けるっす……」

アイリが机の脚に腰掛け、両手で頭を抱える。

「補修、備品、書類の再印刷、ぜーんぶ経費! マジで赤字確定っすよ!」


「赤字赤字うるせぇ」

ジークは壁に背を預け、煙草に火を点ける。紫煙がいつも通り、ゆっくり天井へ。


「……火、くれ」

俺は思わず口を開いた。


「お?」

ジークが笑う。「珍しいな。ここ数日、吸ってなかっただろ」


「ドタバタ続きでな」

火をもらって深く吸い込む。肺にずしりと重さが広がった。

「……やっぱ、これだ」


「いやいや! ボス普段から吸いまくってるじゃないっすか!」

アイリが鼻をつまんでジト目。

「事務所タバコ臭くて、最初は地獄だったっすよ! ……まぁ慣れましたけど!」


「慣れたなら文句言うな」

俺は煙を吐き、肩を落とす。


「慣れたけど、健康面は慣れられないっす!」

アイリが机をドンと叩く。


リリィは皿の破片を拾いながら、ぽやんとした声。

「ふえぇ……お皿、割れちゃった。次は強化ガラス製にしようね、ボス」


「今それ言うか……」

ため息がもう一つ漏れた、その時――


――ギィィ。


壊れた扉がきしみ、夜風とともに一人の男が現れた。

背の高い影。黒いスーツに長いコート、整えられた髪。

整った顔立ちの奥で、赤い瞳だけが冷たく光る。


「……随分と荒れたな」

低い声。男――カゲロウがゆっくりと歩み寄る。


「お、おおお……!」

ジークが煙草を落とし、目を丸くした。

「マジかよ、カゲロウ……今帰ってくるのかよ!」


「ひぃっ!」

アイリは反射的に机の裏へ飛び込み、顔だけ出す。

「出た! 怖い人来た! 絶対ろくでもないっすよ!」


「……俺が何をした」

赤い瞳がぎろりと動く。圧だけでアイリの肩が跳ねた。


「そ、そういう目が怖いんすよ!」


「怖いと思うなら黙ってろ」

カゲロウは淡々とコートの内ポケットから煙草を取り出し、無言で火を求める。

ジークがライターを弾くと、カゲロウは静かに吸い、静かに吐いた。

それだけで空気はさらに重くなる。


「おいおい……」

アイリが顔をしかめ、机を叩く。

「ジジイとボスに加えてカゲロウさんまで吸うとか、事務所が燻製工場になるっすよ! くっさ! ……もう慣れたけど!」


「慣れたなら黙ってろ」

カゲロウと俺が同時に言い放つ。


「シンクロすんな!」

アイリは机の下へ逆戻り。リリィはくすくす笑った。


「大丈夫だよアイリちゃん。煙の奥にあるのは、大人の渋さだから」

「渋さで肺は守れないっすからぁ!」


ジークは肩をすくめ、紫煙を揺らす。

「いいじゃねぇか。こうして揃ったの、久しぶりだしな」


カゲロウは室内を一瞥し、平坦に告げた。

「……状況は見りゃわかる。異形に事務所を壊され、保護対象を奪われたな」


「その通りだ」

唇を噛み、煙を吐く。


「何をしていた」

言葉は冷たく、短い。


「今の聞きました!?」

机の下からアイリ。

「完全に戦犯扱いじゃないっすか! あたし悪くない! 机仕事担当! 戦闘担当はそっちでしょ!」


「机仕事担当が真っ先に机の下に隠れてどうする」

カゲロウが鼻で笑う。


「ぐぬ……! 性格も悪いっす!」


俺は苦笑し、帽子のつばを指で弾いた。

「そういう奴だ。だが実力は本物だ。だから置いてる」


「ボスまで信用してんのかぁぁ!」

アイリが頭を抱えると、リリィが肩をぽんぽん。

「大丈夫。カゲロウさん、怖いけど強いから。ね?」


カゲロウは俺を見る。

「で、どう動く」


俺は深く息を吐き、残った机を寄せて即席の円卓を作った。

「……状況を整理する。異形が“鍵”を狙い、レオンとミリアを攫った。目的は明白だ」


アイリが眉をひそめる。

「でもあれ、マジで化け物だったっす。悪魔みたいな腕、聞いてないっすよ」


「ただの怪物じゃない」

カゲロウの声が空気の温度を下げる。

「“意思”があった。致命線を外した攻撃、“試し”だ。

 鍵の反応と、我々の対応力を測っていた」


「試し、ねぇ……」

拳を握る。「つまり本気じゃなかった」


「そうだ。本気を出す時――街は持たない」


短い沈黙が落ちる。


「なら、まずは情報だ」

俺は顔を上げ、皆を見る。

「敵の拠点、連れ去られた場所を突き止める。手がかりを洗え」


「任せとけ」

ジークがにやり。

「裏のツテを総動員する。情報屋の面子にかけてな」


「表の依頼帳もぜんぶ洗い直すっす」

アイリは端末を叩く。

「今回みたいな怪しい依頼が紛れてる可能性、まだあるっす」


「わたしは探知で追うね」

リリィがふんわり微笑む。

「二人はまだ生きてる。糸を辿れば見つけられる」


カゲロウは黙って頷き、静かに煙を落とす。赤い瞳だけが、暗く光っていた。


「……にしても、全員は揃ってねぇ」

ジークがぼそり。


「だよねー」

アイリが突っ伏したまま顔だけ上げる。

「エリス姐さんとかカインさんとか、まだ来てないっす」


「そうだよぉ!エリスちゃんとカイン君揃ってないね~!」

リリィが手を合わせ表情がパァァ明るくなる。


「そうっす! うちの豪快姐さん!」

アイリは嬉しそうに早口になる。

「戦闘担当でムードメーカー! めっちゃ面倒見がいいっす!」


「豪快ってか、酒癖が悪い」

ジークが鼻で笑う。

「飲み始めたら最後、誰かが止めねぇと一晩中だ」


(エリス――豪快で頼れる姐御肌。面倒見はいいが、酒が入るとすぐ脱ぎだす最悪の癖がある)


「で、スピード馬鹿のカインは?」

ジークの言葉に、アイリは肩をすくめる。

「調子者で適当ですけど、やる時はやるタイプっす」


「ま、俺とは気が合うな」

ジークが笑う。

(カイン――普段はふざけているが、速度に関しては右に出る者がいない)


「……竜人のヴァルドさんも来てない」

リリィがぽつり。


空気がわずかに引き締まる。

「兄貴は、あとからド派手に合流してくるさ」

ジークが煙草をくゆらせる。

「あの人が揃えば百人力だ」


「うんうん!」

アイリが大きく頷いた。

「ヴァルドさんは強いし優しいし! カゲロウさんと並ぶ古株で、副リーダーみたいな存在っす!」


(ヴァルド――人型に変化した竜人。規格外の戦闘力と厚い情。陽気だが本気で怒ると誰も止められない。戻る時は、きっと戦場だ)


カゲロウは何も言わない。赤い瞳を伏せた沈黙だけが、二人の古い絆を語っていた。


「……あ、そうだ」

アイリが端末を掲げる。

「あの三人には連絡済みっす! でも――」


「でも?」

ジークが眉をひそめる。


「エリス姐さんとカインさんは既読スルーっす」

「相変わらず自由だな、あの二人」

ジークが苦笑する。


「でもヴァルドさんは秒で返信来たっす」


――魔導通信ログ――

ヴァルド:状況はどうだー?

アイリ:事務所ぶっ壊されて、レオンくんとミリアさらわれて、ボスが暴走しかけて、でも止めたっす! あと修繕費やばいっす!

ヴァルド:……おう。了解。宮廷依頼でベヒモス殺したから、すぐ行く。待ち合わせは?

アイリ:まだ未定っす! これから今いるメンバーで情報収集するっす!またあとで連絡するっすよ。

ヴァルド:了解。また後でな。


「……ベヒモス殺したって軽いノリで言うか、普通」

思わず笑いが漏れる。

「どんな仕事受けてんだ、あいつ」


「さっすがヴァルドさん!」

アイリが上機嫌に端末を抱える。

「秒で返信、マジ頼りになるっす!」


「宮廷依頼を“ついで”にすんなよ……」

ジークが頭を掻いた。


リリィがにこっとする。

「心強いね。ヴァルドさんが来るなら、絶対なんとかなる」


「とりあえず」

俺は立ち上がった。

「エリスとカインは後回し。ヴァルド合流までに、こっちは情報を揃える。――ジークは裏を、アイリは依頼帳。リリィは探知を継続。カゲロウは教団ルートの“影”を洗ってくれ」


「了解」

「任せとけ」

「はぁい」

「……承知した」


瓦礫の散らばる事務所の中央で、俺は空の保管台を見やる。

そこには赤い残滓がまだ明滅していた。


――待ってろ、レオン。ミリア。

痕跡は残した。まずは北区地下路地の網を張る。

お前らを取り返すために、こっちも全員揃えて行く。


帽子のつばを指で弾き、吸いかけの煙草を灰皿に押しつけた。

夜風が吹き込み、煙は細く千切れて消えた。

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