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リミナス・フロンティア  作者: タコマル
第一部三章
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第四十五話

セレスティア・パビリオンの奥階層――

VIP専用バー《オーロラ・ラウンジ》。


深い蒼を基調とした照明がグラスに反射し、

落ち着きと高級感を同時に漂わせていた。


その隅の席で、ジークとイレーネは向かい合っていた。


ジークはグラスを口に運び、目を細める。


「……っくぅ。やっぱ、高ぇ酒はうまいなぁ。」


イレーネは嬉しそうな微笑みを浮かべる。


「本当に。どれも香りが豊かで……。

普段飲むものとは、まるで別物ですね。」


ジークは満足げに頷いた――が、ふと周囲をちらりと見る。


「……いや、惜しいな。」


「?何がですか?」


「視線がよ。アンタに集まりすぎてんだ。」


イレーネは僅かに困ったように眉を下げた。


事実、バーに入ってきた客の半数以上が

彼女の美貌に気圧されていた。

声をかけようとしては躊躇い、

また挑戦しようとしては引き返していく。


そんな空気が、静寂の中で何度も繰り返されていた。


ジークは肩をすくめる。


「……あー、俺、邪魔か?

アンタ、一人で飲んでたら誰か寄ってくるだろ。」


イレーネは即座に首を振った。


「とんでもない。

ジークさんがいてくださる方が、断然心強いです。」


「いやいや、俺よりアンタの方が圧倒的に強いだろ。

護衛いらねぇだろ。」


「ここでは“強さ”よりも……、

“話しかけづらさ”の方が重要なんです。

ジークさんが横にいるだけで、余計な声をかけられずに済みます。」


ジークは鼻を鳴らす。


「そもそも……アンタに話しかける度胸が

ある男がどれだけいるかって話だな。」


軽口を叩きながら、ジークがグラスを置いた――そのとき。


ふと視界の端に、バーの外を歩く細身の少女の影が映った。

華やかな雰囲気の中でも自然と視線を惹く少女。


リオナだった。


ジークは立ち上がって窓越しに声を張る。


「おーい。リ、リ、リ……えーと……」


名前が出てこない。


隣のイレーネが優雅に補足する。


「リオナさん、です。」


「おう!それそれ!リオナ!」


呼ばれたリオナはくるりと振り向き、

ぱっと花が咲くような笑顔でバーに寄ってきた。


「えーと……ジークさんと……」


「イレーネです。」


「あ、そうそう!イレーネさん!

二人ともここで飲んでたんですか?」


「まぁな。うまい酒を堪能してたとこだ。」


ジークはグラスを揺らしながら尋ねる。


「にしても、お前さん。

レオン達と一緒じゃなかったのか?」


リオナはほんの一瞬だけ言葉を詰まらせ、

すぐに笑顔へ戻った。


「うーん、ちょっと……お手洗いに行ってただけです!」


「そうか。んなら気をつけて戻れよ。」


「はいっ!」


軽やかに手を振り、

リオナは再び廊下の奥へと消えていった。


だが、彼女が去った直後。


真逆の方向から、スタッフが三名、

走るような足取りで駆け抜けていくのを二人は見た。


「……ん?」


ジークが眉をひそめた。


イレーネも異変に気づいた様子で視線を追う。


「急いでいる……。

ただごとではない気配ですね。」


「ちょっと聞いてみっか。」


二人は席を立ち、

走り去ろうとするスタッフの一人を呼び止めた。


「おい。

さっきから何をそんなに慌ててんだ?」


スタッフは一瞬だけ動揺し、

すぐに取り繕ったような笑顔を作る。


「い、いえ。大したことでは……。

ご安心ください、お客様には関係のない――」


イレーネが静かに割って入る。


「私達は治安局の者です。

事件性があるなら協力いたします。」


「……治安局?本当ですか?」


イレーネはドレスの胸元から

“商都ヴァレンティア治安局”の手帳を

さらりと取り出して見せた。


スタッフの表情が一変する。


「こ、これは……失礼しました!

では……裏の方へご案内しますので……ぜひ……!」


イレーネは柔らかく頷く。


「わかりました。お願いします。」


案内役が先導し始めると、

ジークが小声でイレーネに囁いた。


「本物みてぇな偽造手帳だな。

リガルドってのは、そんなもんまで発行してんのか?」


「有事の際に動きやすいように……ですね。」


「そりゃ便利だわ。」


二人はスタッフの後を追い、

“異変の中心”へと歩を進めていった。


案内された先は、一般客が絶対に踏み入れない

スタッフ専用のバックヤードだった。


廊下は冷え切っており、

煌びやかな表面エリアとは別世界のように静まり返っている。


そこで――鼻につく鉄の匂いが、二人を迎えた。


蛍光灯の下、倒れこんでいる警備員が一名。

胸元まで血が飛び散り、顔は恐怖で固まっていた。


ジークがしゃがみ込み、死体の表情を覗く。


「……こりゃひでぇな。」


その“恐怖の形”は、まるで――

この世のものではない何かを見たかのようだった。


イレーネは表情を引き締め、近くの警備員に尋ねる。


「発見した方は?」


「わ、私です……」

警備員Aは青ざめた顔で口を震わせた。

「無線で……何か叫んでる声がしたんです。

いつもと明らかに違う……恐慌状態の声でした。

急いで巡回ルートを辿って来たら……この有様で……」


「怪しい人物は見ましたか?」


「途中……関係者エリアで、変な足音が……。

でも、急いでいたので……確認もせず……」


ジークはゆっくりと立ち上がり、コートを払う。


「よし。俺の出番だな。」


イレーネも警備員も、自然と後ろへ下がった。


ジークは殺害現場の中心に歩み寄り、

ゆっくりと手をかざした。


「――《クロノ・レコード》。」


空気が震え、視界がぼやけた。


床に残った魔力、気配、空気の揺れ――

それらから“過去の残滓”が再生されていく。


淡い光が集まり、人影が形成される。


四人。

その前に警備員。


見えるのはシルエット。

だが、動き、体格、雰囲気――

すべてが生々しく“当時”のものだった。


そのうち一人の少女の輪郭を見た瞬間、

ジークとイレーネは息を呑んだ。


「……リオナ……?」


イレーネは震えるように言った。


「まさか……偶然、姿が似ているだけでは?」


「イレーネ。」


ジークの声は低く、冷えていた。


「今日、俺らが飲んでたバーから、

レオン達がいた展望庭園まで……

どれくらい距離あった?」


「かなり……?

階層も違いますし、カジノも挟みますし、

普通なら――」


言いかけて、イレーネの表情が凍りついた。


ジークが続ける。


「そうだ。

“トイレに迷った”じゃ辻褄が合わねぇ。

道中にいくらでもトイレの案内はあるはず。そもそもトイレごときに迷ってわざわざここまで来るか?」


「それに……」

イレーネの声が細くなる。

「リオナさんがバーに来た方向……

あれ、展望庭園とは逆方向です……!」


二人は同時に悟った。


これは偶然ではない。

誤解でもない。


少女は――嘘をついていた。


ジークは歯噛みし、低く呟いた。


「……黒だ。

アイツ――完全に黒だったんだ。」


淡く揺れる《クロノ・レコード》の残滓が消えたとき、

場の空気は完全に凍りついていた。

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