表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
リミナス・フロンティア  作者: タコマル
第一部三章
43/49

第四十一話

夜の海風が、昼の熱をさらっていく。

リゾートの街灯が並ぶ歩道を、レオンとリオナがゆっくり歩いていた。


「今日は楽しかったね~。」

リオナが小さく伸びをして、笑顔で言った。


「はい。リオナさんと一緒に回れて……楽しかったです。」

レオンが少し照れながら笑う。


「もう、“さん”はやめて。“リオナ”でいいよ。」

「え、で、でも……」

「ほら、“リオナ”って呼んで?」

「……リオナ。」

「うん♪よくできました!」


リオナは嬉しそうに笑い、風に髪を揺らす。

「また、明日も遊ぼうね。約束。」


「……はい!」

レオンが頷くと、リオナは軽く手を振り、背を向けて歩き出した。


遠ざかる彼女の後ろ姿を見送りながら、

レオンの胸の鼓動はしばらく止まらなかった。




港へ続く遊歩道。

潮の香りと夜の静けさの中で、リオナは足を止めて空を見上げた。


「久々に……楽しかったなぁ。」

自分でも驚くほど、声が柔らかかった。

「レオン君、可愛い子だなぁ……明日も誘っちゃおっ♡」


頬を染めながら笑って歩き出す。

だが、角を曲がった先で――男たちが数人、道を塞いだ。


「お嬢さん、夜道は危ないよ~?」

「せっかくだし、一緒に飲みに行こうぜ?」

リゾート客に紛れた、酒臭い若い男たち。

軽くあしらおうとリオナは笑顔のまま言った。

「ごめんね~。友達待ってるから。」


だが、男たちは引かない。

その中のひとりが、リオナの手首を掴んだ。


「そんな冷たくすんなよ。ちょっとだけでいいって。」

「……離して。」

笑みを崩さず、リオナの声が一瞬だけ低くなる。


「こっちも暇してんの。付き合ってもらうぜ?」

もう一人が肩に手を伸ばす。


その瞬間、風が止まった。

街灯の光が一瞬だけ暗転する。


「……やだなぁ。」

リオナの瞳が、静かに紫に染まった。


ぱちん。


指を鳴らす音と同時に――

空気が、裂けた。


男たちの身体が一瞬で硬直し、

皮膚の下を黒い紋様が走り抜ける。

次の瞬間、無音のまま崩れ落ちた。


返り血は、一滴もない。

ただ、風だけが何事もなかったように吹き抜ける。


リオナは一歩だけ後ずさり、

小さくため息をついた。


「やだ……またやっちゃった。」


自分の両手を見つめる。

爪先が震えている。


それでも、次の瞬間にはまたいつもの笑顔を浮かべていた。

「……ま、いっか。誰も見てないし。」


そして空を見上げ、夜の星々に向かって

狂気が隠された笑顔でぽつりと呟く。

「私……レオン君、好きになっちゃったかも。」


波の音が遠くで響き、

彼女の足元で街灯の光が歪む。


その影が、まるで人の形を取るように、

ゆっくりと地面を這い始めていた――。



******



──リゾートの夜、帰還と小さな嵐


夜のビーチには、もう昼の喧騒はなかった。

波が穏やかに打ち寄せ、潮風がランタンの灯りを揺らす。


その中を、レオンがゆっくりと歩いていた。

頬は少し赤く、口元にはかすかな笑み。

楽しかった――ただそれだけの一日が、彼の胸にまだ残っている。


「おーい! レオン君っ!!」

浜辺の方からアイリの声が響く。


レオンが振り向いた瞬間、どこからともなくミリアが駆け寄ってきた。

腰に手を当てて、眉間にしわを寄せている。


「どこほっつき歩いてたのよ!」

レオンがたじろぐ。

「え、えっと……ちょっと散歩してただけで……」

「“散歩”で三時間帰ってこないバカがいるか!」


隣でトウマが口を挟む。

「まぁまぁ、青春だろ。なぁ、ヴォルド?」


ヴォルドが豪快に笑う。

「がはは!レオン、なかなかやるじゃねぇか! 抜け駆けは男の甲斐性だ!」


レオンは顔を真っ赤にして手を振る。

「そ、そんなことじゃないですって!」


ミリアが頬をふくらませてそっぽを向いた。

「ふーん。どうせリオナって子と遊んでたんでしょ。」

「ち、ちが……!」


リリィがにこにこしながら割って入る。

「でもレオン君、顔に“楽しかった”って書いてあるよ~♪」

「ほら見ろ」カゲロウが腕を組んで呟く。

「この男、尻に敷かれるタイプだな」

「カゲロウさんも大概っす!」とアイリが笑い飛ばす。


そんな掛け合いにトウマは軽く息をついた。

「よし、全員そろったな。ホテル戻るぞ。風邪ひく前にな。」


──帰路


海沿いの街灯が続く遊歩道。

夜空には星が散り、街の明かりが海面に映っていた。


ヴォルドとジークが先頭でくだらない話をし、

カゲロウとイレーネがその後ろで警戒の視線を絶やさない。

後方ではレオンとミリアが並んで歩いていた。


「……怒ってます?」

レオンがおそるおそる声をかける。


ミリアは少し間を置いて、ため息をついた。

「怒ってない。ただ……ちょっと心配しただけ。」

「ごめん。次はちゃんと伝えてから行く。」

「うん。それなら許す。」


ミリアは視線を逸らしたまま、小さく笑った。

その横顔を見て、レオンはまた胸が少し熱くなる。



******



夜のリゾートホテルは、潮騒と音楽が遠くに混ざる穏やかな時間を迎えていた。

部屋の扉を開けた瞬間、全員が足を止める。


「……お、おっさん……?」

カインの声が素で引きつる。


そこには、アロハシャツにレイ(花の輪)を首にかけたラグノワがいた。

金属の体の上に無理やり被せられた派手な花々、頭には麦わら帽子。

その表情は、まるで魂が抜けたように虚ろ。


「……も、もう二度と……民間人の誘いには乗らん……」

呟きながら、全身の関節から小さく“ギギ……”と音が鳴っている。


ジークは腹を抱えてソファに崩れた。

「ぎゃはははは!おいおい!“鉄の司令官”がリゾート仕様かよ!似合ってんぞ!」


アイリはすかさず魔導通信機を構える。

「撮影っす撮影っす!これ永久保存っすよ~!」

「やめろぉ……っ!」

ラグノワがわずかに顔を赤らめ、手で顔を覆う。


キアラとリリィは笑いを堪えながらひそひそ。

「ラグノワさん、なんか“南国の王様”みたいだね……」

「フラダンスでも踊りそう~!」


ヴォルドが大声で笑う。

「がはははは!!まさかお前が人間の娘どもに囲まれてチヤホヤされる日が来るとはなぁ!」


「……静かにしてくれ。頭が痛い。」

ラグノワはアロハの襟をぐしゃりと握り、深いため息をついた。


その様子に、トウマが腕を組みながら笑みを浮かべる。

「まぁまぁ、いい休暇になってるじゃねぇか。

“鉄仮面司令官”が花飾りつけて帰ってくるなんて、めったに見れねぇ光景だぞ。」


「貴様まで言うな。」

ラグノワが小さく唸る。


そのとき、トウマがふと思い出したように指を鳴らした。

「――あ、そうだ。思い出した。」


全員の視線が集まる。

「ルナリエ王国のルーデル執行官、覚えてるか?

俺らがあの国を救った時、礼としてVIPルートの名刺くれたろ。」


「名刺……って、あのカード?」アイリが身を乗り出す。

「それそれ。」

トウマはポケットから金縁のカードを取り出し、テーブルに置いた。

中央には“LUNARIE EXECUTIVE RUDER”の金文字が刻まれている。


「どうせなら明日、あの“VIP専用エリア”ってやつに行ってみようぜ。

確か王族とか要人しか入れねぇって話だったけど……今の俺たちなら通るだろ。」


キアラが「まじで!?」と叫び、リリィが目を輝かせる。

「“セレスティア・パビリオン”でしょ!?ずっと行ってみたかったの!」


エリスが肘をつきながら苦笑する。

「お前、どこにでも顔が利くな。

でもま、行けるもんなら行っとくか。見といて損はない場所だ。」


ジークが缶を掲げる。

「賛成だ。酒もきっと上等なのが揃ってる。」


ラグノワが、レイを外しながら低く呟く。

「……私はもう、何も信じられん。」


その姿にまた笑いが弾け、部屋に温かな空気が戻っていく。

窓の外では、海が月明かりを映して揺れていた。




部屋の外は、夜風が潮の香りを運び、廊下のランプが柔らかく灯っていた。

食後の団欒を終え、全員で大浴場へ向かう。


その列の中、少し後ろを歩いていたミリアが、

隣のレオンの袖をそっと引いた。


「……ねぇ、レオン。」


声は風よりも小さく、誰にも聞こえないくらいの距離。

レオンがきょとんとして振り向く。


「ん?どうしたの?」


ミリアは頬をかきながら目線を逸らした。

「明日……私と遊んでよね。」


「ふ、二人きりで?」

レオンの声がかすれる。


ミリアは一瞬だけ顔を見て、

ぷいっと前を向いて言い捨てた。

「……嫌なら、別にいいけど。」


「い、嫌じゃない!全然!」

慌てて手を振るレオン。

「むしろ、すごく楽しみ……!」


ミリアの唇の端が少しだけ上がる。

「ふん、ならいいけど。」

そう言いながら、頬がほんのり赤く染まっていた。



その後ろでは、ジークとリリィがこっそりそのやり取りを眺めていた。

「なんかいちゃついてんな、こいつら。」

ジークが缶を片手にぼやく。


リリィは両手を胸の前で合わせ、目を輝かせた。

「こういうの大好き~! 明日こっそり見守ろ~?」


「はー? めんどくせぇ。俺はのんびり上等な酒を飲むんだ。

誘うならボスとアイリ誘え。」


「えぇ~。二人きりの青春劇場なのに~。」

リリィは笑いながらジークの肩を小突く。


「青春は胃に悪い。」とジークはつぶやく。


一方その頃、先頭を歩くトウマとラグノワは、

会話もなく静かに歩を進めていた。

切り出したのはトウマだった。


「……なぁ、ラグノワ。」


「なんだ。」


「さっき、一瞬だけ異様な魔力を感じた。

まるで“触れたら消える”ような……嫌な気配だ。」


ラグノワもわずかに視線を上げ、月空を見た。

「同じく感じた。だが、あれは普通の魔力ではない。

感知した瞬間に霧のように消えた。」


トウマが眉をひそめる。

「“何か”がいるな。」


「……あぁ。」


二人の間に一瞬の沈黙が流れ、

風が廊下を抜けていく。


その気配を感じ取る者は、まだこの二人だけだった。

他の皆は、まだ明日の海を夢見て笑っている。


──その夜、エルセリア・ベイの空には、

いつもより少しだけ、月が赤く滲んでいた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ