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リミナス・フロンティア  作者: タコマル
第一部三章
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第四十話

陽光は海を金色に染め、波打ち際ではみんなの笑い声が絶えなかった。

エリスが水をぶっかけ、カインが逃げ、リリィが浮き輪でぷかぷか漂う。

ヴォルドは腹まで海に浸かりながら「がはは!」と笑い声を上げ、アイリとキアラがはしゃいでいる。


その光景から少し離れた場所で、レオンは一人、膝を抱えて座っていた。

潮風が頬を撫で、波が寄せては返す。

海面に光がきらきらと跳ね、どこまでも穏やかな午後。


みんなの姿を眺めながら、レオンは小さく息を吐く。

胸の中には「楽しそう」という感情と、それに混じる小さな“距離感”のようなものがあった。

――自分は、ああいうふうにうまく笑えないのかもしれない。


そんな時、ふわりと日差しを遮る影が落ちた。


「ここ、座ってもいい?」


振り向けば、白い麦わら帽子。

水色のパレオを腰に巻いた少女――リオナだった。


「あ、リオナさん。もちろん、どうぞ。」


レオンが少し慌てて立ち上がると、リオナはくすっと笑いながら隣に腰を下ろした。

潮の香りの中に、ほんのり甘い花の匂いが混じる。


「泳がないの?」

リオナが、砂に指で円を描きながら尋ねた。


「ちょっと……苦手で。沈むタイプなんです。」

レオンが頭を掻くと、リオナは小さく吹き出す。


「そっか。見てるだけでも楽しそうだね、みんな。」

「はい。なんか、見てると……落ち着くんです。」


レオンの言葉に、リオナが目を細める。

「ふふ、レオン君って優しいね。そういうとこ、好きだな。」


「す、好き!?」

「いやいや、“そういう性格が好き”って意味だよ~。」

リオナは笑って手を振る。

けれどその頬は、うっすらと赤かった。


「……僕もリオナさんと話してると、なんか、落ち着きます。」

「へぇ、今度はレオン君が口説いてきた?」

「ち、違いますって!」

レオンの慌てた声に、リオナはくすくすと笑った。


「じゃあさ、泳げないなら別の遊びをお姉さんが教えてあげる!」

リオナが立ち上がり、手を差し出す。

「えっ、遊びって……」


「リゾートってね、海以外も楽しいの。屋台もあれば、ゲームもあるし!」


「でも、みんなに一言伝えてから――」

「だーめっ! 抜け駆けの方が、ちょっとスリルあって楽しいでしょ?」


そう言ってリオナはレオンの手を取った。

冷たくも柔らかい指先。

気づけば、レオンは引かれるまま立ち上がっていた。


「わっ、ちょ、ちょっと待って!」

「いいから、行こっ!」


砂を蹴り、二人は浜辺を駆け抜けた。

遠くでアイリたちの笑い声が小さくなっていく。

夏の風が背中を押すように吹き、レオンの心臓はどくどくと高鳴っていた。


リゾートの街はまるで祭りのように賑やかだった。

並ぶ屋台、ガラス細工の露店、光る貝殻を売る行商。

風鈴の音が涼やかに響き、潮と香水が混じったような香りが漂っていた。


「見て見て! 輪投げ!」

リオナが指差し、嬉しそうに駆けていく。


「えっ、やるんですか?」

「もちろん! こういうの、子どもの頃に憧れたんだ~。」


リオナが輪を手に取り、構える。

目の前の景品は金色の小さなイルカのぬいぐるみ。

彼女が息を止めて放った輪は――カラン、と軽い音を立てて見事に命中。


「入ったっ!」

「すごいですね!」


店主がぬいぐるみを渡すと、リオナは少し照れたように笑った。

「はい、これ。レオン君にあげる。」


「え、僕に!?」

「うん。今日一緒に来てくれたお礼!」


レオンが受け取ると、指が少しだけ触れた。

その瞬間、時間がほんの一瞬止まったように感じた。


次にふたりは射的コーナーへ。

「ぼ、僕こういうの苦手なんですよ……」

「大丈夫、教えてあげる!」


リオナが後ろに回り、そっとレオンの手に手を添える。

「ほら、こうやって……腕の角度を少し下げて。」

耳元に彼女の息がかかる。

心臓が跳ね、手元がぶれる。


「わっ、ちょ、ちょっと近いです!」

「あ、ごめんごめん!」

リオナが笑いながら離れる。

弾が放たれ、的に当たる――見事、当たり。


「やった!」

「すごいじゃん!」

二人の笑い声が夏風に溶けていく。



喧騒から少し離れたリゾートの外れに、小さなテントがぽつんと建っていた。

薄布の隙間から漂うのは、甘くもほの苦い香の匂い。

風に鳴る風鈴の音が静かな呼吸のように響いていた。


「わぁ……ここ、なんか本格的ですね」

リオナが興味津々にカーテンをめくり、レオンの手を引く。

中は薄暗く、ランプの橙光が揺れている。

タロットカードを並べていた老婆が二人を見上げた。


「……いらっしゃい。さて、可愛い二人さん。カップルかい?」


「ち、違いますっ!」

レオンは思わず声を裏返らせ、両手をぶんぶん振った。


だが、隣のリオナがすっと笑って――一拍置いてから、

「はい、カップルです♡」


「えっ!?!?!?」

レオンの顔がみるみる赤く染まる。


老婆はふふっと喉を鳴らして笑う。

「なるほど、仲がよさそうじゃ。」


「ちょ、ちょっとリオナさん!なに言ってるんですか!」

「冗談だよ~、そんなに慌てないの。顔、真っ赤だよ?」

リオナは頬杖をついて、悪戯っぽく微笑む。


老婆が静かにタロットを一枚持ち上げた。

「ふむ、せっかくだ。相性を見てやろう。」


カードの裏面が、光に透ける。

めくれた札には、二人の天使が手を取り合う絵が描かれていた。


――《恋人(The Lovers)》


老婆が目を細める。

「ほう……珍しいのう。出会って間もないのに、このカードとは。」


「ど、どういう意味なんですか?」とレオン。


「相性が抜群ということじゃ。お主らは、互いを映す鏡。

一方が笑えばもう一方も笑い、一方が泣けばもう一方の心も揺れる。

まるで潮のように、惹かれ合う関係じゃ。」


リオナがぱっと笑う。

「やったね、レオン君!“抜群”だって!」


レオンの耳が赤くなる。

「そ、そんな……た、たまたまですよ……」


「たまたまでも嬉しいでしょ?」

リオナが少しだけ身体を寄せて囁く。

「運命、かもよ?」


「う、運命……?」

レオンの心臓がどくん、と跳ねた。


老婆はにやりと笑い、別のカードをめくる。

《太陽(The Sun)》――明るい未来、祝福、希望。


「ふふ……太陽の加護まで出た。よほど縁が強いようじゃな。」


リオナは笑って帽子を押さえた。

「へぇ~。なんだか嬉しいですね。

私、占いって信じたことなかったけど……ちょっとだけ信じちゃいそう。」


レオンが言葉を探すように口を開く。

「僕も……こんな風に言われたの、初めてです。

なんか……恥ずかしいけど、悪くないかも。」


リオナが「でしょ?」といたずらっぽく笑う。

その瞳は、海のように澄んでいて、レオンは思わず視線を逸らせなくなった。


老婆が手を合わせて言う。

「若い二人の縁、今はとても良き流れじゃ。

笑い合う時間を、大切になさるがよい。」


「はい!」とリオナが元気よく答えた。

その声にレオンも釣られて頷く。


テントを出ると、外は茜色の光に包まれていた。

風が心地よく吹き抜け、遠くの波音がやさしく響く。


「ふふっ、レオン君、顔真っ赤。」

「う、うるさいですよ……!」

「だって、“相性抜群の運命の二人”だって言われたんだよ?照れないほうがおかしいって!」


リオナが笑って先を歩く。

その後ろ姿を見ながら、レオンは胸の鼓動を抑えられなかった。


彼女の笑顔が、まるで陽光そのものみたいに眩しかったから。


「ありがとうございました!」

そう言って二人は手を合わせ、布の向こうの明るい光へと出ていった。


――その瞬間。


老婆の指先が、テーブルの下に滑る。

先ほどの占いで、最後までめくられなかった一枚のカードがそこにあった。

黒い背景に、白骨の騎士が馬に乗る――《死神(The Death)》


老婆は小さく息を吐き、誰にも聞こえぬほどの声で呟く。


「……運命の糸は、いつも美しい顔をして近づいてくるもんじゃ。」


香の煙が細く立ちのぼり、光を歪ませる。

その煙の奥、テーブルに残された《死神》のカードが、

ゆらり、と、まるで息をしているかのように揺れた。



******



──その頃、浜辺では


「レオン、どこ行ったのよ!」

ミリアが砂浜をばしゃばしゃと踏み鳴らしながら叫んでいた。

夕陽を映した波が彼女の足元をさらっては戻っていく。

腕を組み、唇を尖らせて、頬をぷくっと膨らませたその姿は、

怒っているというよりも――心配と寂しさが混ざった顔だった。


「落ち着けって、ミリア。」

トウマがジュースを片手に、くっくっと喉を鳴らす。

「まぁまぁ、青春ってやつだ。あいつも男だしな。」


「男だしな、じゃない!」

ミリアは即座に噛みつく。

「どこに行ったのかも言わないで!いっつも抜けてばっかり!

……どうせあのリオナって子とイチャイチャしてるんじゃ....!」


その言葉に、ヴォルドが豪快に笑った。

「がはははは!おいおい、まさか本当にそうなんじゃないか?」

巨大な手でトウマの肩をどん、と叩く。

「こりゃ坊主、抜け駆け確定だな!」


「うるさい//!!」ミリアが顔を真っ赤にして叫ぶ。

「そ、そんなわけ……ないでしょ!」


リリィが両手を合わせ、キラキラした目でその様子を見つめた。

「こ、これは……泥つく予感っ!」

まるで恋愛ドラマを見ている観客のように、わざとらしく胸の前で手を組む。


「リリィさんまで乗らないで!!」

ミリアは頭を抱えた。


その横で、カゲロウが珍しくも気まずそうに腕を組み、

視線を逸らしながら、ぼそりと呟く。

「ト、トイレじゃないか……?」


一瞬、沈黙。

次の瞬間、トウマが額に手を当て、深いため息をついた。

「……その言い方だと、トイレでいかがわしいことしてるみたいになるだろ、馬鹿。」


「ふっ……ふはははは!」

ヴォルドが腹を抱えて笑い転げる。

「くっ、ははははっ!カゲロウ、お前最高だな!」


「やめろ。」

カゲロウが眉をひそめるが、その顔もわずかに赤い。


リリィがくすくす笑いながら、

「なんだかんだで、みんな気になるんだね。あの二人、初々しいし。」


トウマはフランクフルトの串を砂に突き立て、

波間を見つめた。

「……まぁ、レオンも少しは青春してもいい頃だ。」

その声音は、どこか遠い記憶を懐かしむようだった。


ミリアは小さく息を吐き、砂にしゃがみこんだ。

「別に……いいですけど。

でも、戻ってきたら勝手にどっか行ったこと、ちゃんと怒る……。」

ぽつりと呟く声に、

リリィが「はいはい、ヤキモチ焼きさん♪」と肩を叩く。


波の音と笑い声が混じる中、

夕陽が海に沈み、リゾートの午後は少しずつ夜の色を帯びていった。



******



そしてその頃――。


海沿いの街灯がぽつぽつと灯り始める中、

リオナとレオンは並んで歩いていた。

露店の明かりがふたりの頬を柔らかく照らし、

風に揺れる金魚すくいの紙灯籠が、淡く水面を染める。


リオナがふと立ち止まり、レオンの方を振り返る。

「ねぇ、楽しかった?」


レオンは少し照れながら笑った。

「はい。なんか……夢みたいでした。」


リオナの瞳が、街灯の下でゆっくり瞬く。

「そっか。じゃあ、この時間は“夢の中”ってことにしよっか。」


ふたりの笑い声が、夜風に溶けていった。

それが、“運命”という名の波の始まりだと、

まだ誰も知らなかった――。

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