表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
リミナス・フロンティア  作者: タコマル
第一部三章
40/49

第三十八話

翌朝――。

窓の外には白い陽光と波の音。

エルセリア・ベイの朝は、夜よりもまぶしく穏やかだった。


全員でホテルの1階にある朝食バイキング会場へ向かう。

ガラス張りのホールには、焼き立てのパンの香りと、海を見下ろす潮風が漂っていた。

色とりどりの料理が並び、まるで小さな宴のようだ。


だが――。

若手組のテーブルだけ、空気がやや“死んでいた”。


ミリアは目の下にくっきりクマをつくり、

アイリはトーストをもぐもぐしながら天井を見つめている。

キアラはヨーグルトをすくいながら、明後日の方向を見ている。

レオンに至っては、無言でスクランブルエッグを見つめていた。


唯一、イレーネだけが涼しい顔で紅茶を飲んでいた。

その隣でカゲロウは新聞を広げ、まるでいつものように静かに食事をとっている。

まったく疲労の色がない。


「……静かだな。」

眠そうに目をこするヴォルドが席に着く。

ジークも続いて腰を下ろし、コーヒーを啜りながら欠伸をした。

「夜中、笑い声聞こえてたけど……誰か宴会でもしてたのか?」


「聞くな……」

カゲロウが短く呟いた。


そこに、後からトウマとラグノワが合流する。

トウマは皿を片手にニヤリと笑う。

「おうおう、なんだその死んだ魚みたいな目は。さては昨日が楽しすぎて眠れなかったんだな?」


アイリがげんなりとスプーンを置いた。

「まぁ……そんなところっす。あと、エリス姐さんの酒癖の悪さ、なんとかしてくださいっす。」


「へ?」エリスが寝ぼけ眼で顔を上げる。

「やっべー、何も覚えてねぇ。頭いてぇ……。」

隣でカインがすかさず言う。

「俺、姐御と夜をともにするのはマジ勘弁だ。」


「はぁ?何それ、どういう意味よ!」エリスが怒鳴るが、

その声にレオンは反応できず、ただぼうっとしていた。


トウマが目を細める。

「レ、レオン……大丈夫か?」


アイリが口を手で押さえながら、こっそりトウマに耳打ちした。

「レオン君、昨日……酔っ払って全裸になったエリス姐さんに抱きつかれたまま寝たっす。寝れてないっす。」


「……えっ。」

ミリアが箸を止めて、冷たい視線を送る。

「そんなことで寝れなくなるなんて、だっさ。ほんっと情けない。」

頬を膨らませてそっぽを向く。


トウマが口元を引きつらせながら苦笑する。

「いやぁ……思春期の男の子に年上のお姉さんが裸で抱きついてきたらな。仕方ねぇ。むしろ羨ましいくらいだ。」


「もう何も考えられないです……」

レオンが完全に抜け殻のようになって答えた。

「そ、そうか。大変だったな。」トウマは肩を叩いた。


その隣で、ラグノワが紅茶を静かに置く。

「こちらは一旦、資料の整理が完了した。今日は我々も休息を取るとしよう。」


「じゃ、じゃあ!」

アイリが勢いよく手を上げた。

「みんなで海っす!海行きましょ!泳ぐっす!」


「私は泳がんぞ。」

ラグノワが即答する。


「泳がなくてもいいだろ。」ジークが肩をすくめる。

「せっかくだし行こうぜ。風に当たるだけでもいい。」


ラグノワはわずかに考え、目を細める。

「……まぁ、そうだな。少しは羽を伸ばしてもいい。」


その瞬間、テーブルの空気がぱっと明るくなる。

「やったーっす!」アイリが両手を挙げる。

キアラも笑い、リリィが拍手をした。


ヴォルドはパンをかじりながら呟く。

「しかしまぁ……本当に“休暇”だな。俺たちがこんな穏やかな朝を迎えるとは。」


トウマが微笑み、コーヒーを一口。

「そうだな。……せっかくエルセリア・ベイだ。今日ぐらいは戦いを忘れようぜ。」


――けれど、その穏やかな光景の裏で。

誰も知らない“気配”が、海の向こうで静かに目を覚まし始めていた。




リリィの回復術により、全員の疲労がすっかり抜けていた。

軽くなった体に潮の匂いを感じながら、彼らは海へ向かう。

リオナ・リースの海岸は観光客で賑わい、白砂が陽光を反射して眩しいほどに光っていた。


女性陣が更衣室から出てくると、男組は一瞬、息を呑んだ。

アイリはスポーティーな黒のビキニにパーカーを羽織り、エリスは堂々たるスタイルで赤い水着を着こなしている。

リリィは淡いピンクのフリル付きで、イレーネは白地に紺のラインが入ったシンプルなワンピース。

キアラは元気な黄色のビキニで、ポニーテールを揺らしていた。

ミリアは控えめなデザインの淡い水色。レオンはその姿に思わず見惚れてしまう。


「……ど、どう?」

ミリアが恥ずかしそうにレオンの近くまで来て、顔を上げた。


「すごく……可愛いよ!」

レオンが真っ直ぐに言うと、ミリアの耳が赤く染まった。

「そ、そう?ま、まぁ……ありがと。」

まんざらでもなさそうに視線をそらす。


その様子を見たヴォルドが、腕を組んで笑った。

「若いっていいな。」


「そうだね~!」リリィがにこにこと隣に寄る。

「ヴォルドさん、私の水着はどう~?」

「あぁ、よく似合っているぞ。ははは!」

「やった~!」リリィは子供のように喜んだ。


ジークはその横で麦わら帽をかぶり、酒を片手に持つ。

「ったく、あちぃな。俺は酒でも飲んでゆっくりすっか。」


キアラがビシバシと肩を叩く。

「ちょっと! 女子の水着見て感想は!? ほら、なんか言え!」

「おっさんに感想求めんなって……かわいいんじゃねぇの、似合ってる似合ってる。」

ジークは片手をひらひら振って、まるで子供をなだめるように答えた。


そんな中――。

「待たせたな。」

低い声と共に、ラグノワが姿を現した。


全員の視線が、ぴたりと止まる。


ラグノワはいつもの黒い軍装ではなく、鮮やかなアロハシャツにベージュのパンツという軽装。

金属の義肢が陽光を受けて微かに光り、機械仕掛けの体に海風が吹き抜ける。

整えられたオールバックの髪、精密に組まれた胸部の装甲、そのギャップに一同が言葉を失った。


「……なんだ。そのような視線を向けるほど、珍しいか?」

ラグノワが怪訝そうに眉を動かす。


キアラが手を振りながら笑う。

「私とイレーネさんですら、初めて見ましたよ! ラグノワさんの“オフ姿”!」

「そうか。」とだけ言い、ラグノワは小さく頷いた。


続いて現れたのは、トウマ。

いつもの帽子はなく、髪は無造作に上げられている。

露わになった首筋から肩、鍛え抜かれた腕。

色素の異なる瞳――青にも、赤にも見えるその虹彩。

普段の軽い口調とは裏腹に、立っているだけで圧があった。


「待たせちまった。よし、行こうぜ。」


女性陣が一瞬、息を呑む。

「トウマさん……」「かっこよ……」と誰かが呟いた。

トウマはそれを聞き流しながら、肩をすくめる。

「なに、珍しそうに見てんだ。いつもと変わらねぇだろ。行くぞ。」




ビーチに出ると、潮風と熱気が混ざったような開放感が広がった。

白い砂に足を踏みしめ、全員でパラソルとシートを広げて拠点を作る。


「ここからは自由行動だ。」

ラグノワが椅子に座りながら告げる。

「私とジークはここに残る。荷物番と監視役だ。何かあればすぐ報告を。」


「お前も遊べばいいじゃねぇか。」トウマが笑う。

「私がそのような性格だと思っての発言か?」

「だよなぁ。」ジークがビール缶を開けながら言う。

「きゃっきゃ遊ぶタイプには見えねぇ。ほら、ガキどもはいったいった、しっし。」


全員が笑いながら散っていく。

カゲロウ、イレーネ、キアラ、エリス、カイン、ヴォルド、リリィの7人はビーチバレーへ。

トウマ、レオン、ミリア、アイリは海の家へ食べ物を買いに行った。


ジークがあくびをしてパラソルの影に寝転がる。

「俺は少しひと眠りすっからな。起こすなよ。」

「了解した。」ラグノワが頷く。


やっと静かになった――そう思った矢先、ビーチボールがこちらへ飛んできた。

ラグノワが反射的にキャッチする。

視線を上げると、向こうから若い女性たちが駆けてきた。


「すみませーん!お邪魔しちゃって!」

「別に構いません。」ラグノワが淡々と返してボールを渡す。


「お兄さん、珍しい種族ですね?」

「そうですね。」

「すごーい! 体が金属みたい! ねぇねぇ、一緒に遊びません?」

「いえ、私はここで――」


「いいからいいから!」

女性たちはラグノワの腕を取って引っ張っていく。

「き、君たち!?待ちなさい!ジーク!荷物番を頼む!!」


ジークが寝返りを打ちながらぼやく。

「……はぁ、仕方ねぇ。朝から騒がしいったらねぇな。」




一方その頃。

海の家が並ぶエリアでは、トウマたちが人混みの中を歩いていた。

屋台からは焼けたソーセージと潮の匂いが混ざって漂う。


「人、多いな……」トウマがぼやきながら振り返る。

「……で、なんでそんな俺にひっついてんだ?」


トウマの腕には、しっかりとアイリの手が絡まっていた。

ほぼカップル状態である。


「なんでって……ナンパ対策っすよ!」

にこにこ笑うアイリ。


「へいへい。」トウマは苦笑して受け流した。


その横で、レオンとミリアは微妙な距離を保ちながら歩いている。

ミリアがちらりと視線を向けて、「……私たちも、する?」と小声で聞く。

レオンは顔を真っ赤にして「ぼ、僕はいいよ!」と慌てた。


けれど次の瞬間、ミリアがそっと手を伸ばし、彼の指先を掴む。

――手を繋いだ。

トウマが後ろからそれを見てニヤつく。


「よし、先に好きなもん食べて、あとで皆の分も買っていくか。」

「賛成っす!」アイリが元気よく返す。

「私とミリアちゃん、先に席取ってくるっす! 私、フランクフルト食べたいっす!」

「私はいちごのかき氷で。」

二人は笑顔で走っていった。


トウマとレオンはレジに並び、注文を済ませる。

「レオン、何食う?」

「僕はホットドッグで。」

トウマはフランクフルト、かき氷、ポテト、ホットドッグ、バーガー、飲み物を注文した。


会計を待ちながら、トウマが何気なく尋ねる。

「レオン、今楽しいか?」

「はい、すっごく楽しいです。」

「そうか、よかった。今のうちに楽しんどけよ。」


トウマの目が一瞬、遠くを見ていた。

海の光の向こうに、かすかな影が差す。


「ミリアといい感じじゃん。」

「そ、そんなことないです!」

「手、繋いでただろ。ミリアはお前のこと、たぶん好きだぞ。」

「そ、それは友達として……!」

トウマがため息をつく。

「はぁ……まだまだだな。若者よ、もっと積極的にいけ。」

「え、あ、はい……。」


注文を受け取り、二人は席を探した。

――しかし、見つけた光景は最悪だった。


アイリとミリアが、男数人に絡まれている。


男A「お姉さんたち可愛いね~。一緒に遊ぼうよ!」

男B「いいじゃん、絶対楽しいから!」

男C「二人だけでいるなんて、ナンパ待ちっしょ?」


「いや、彼氏いるんで。やめてくださいっす。」

アイリが冷静に返す。だが男の手が彼女の腕を掴んだ瞬間――。


トウマが間に入った。

その手首を、がっちりと掴む。

「悪いが……俺の女に手を出さないでくれねぇか。」


ぎり、と骨の軋む音。

男の顔が歪む。

「いって……何だよこいつ!」「うざっ!」

男たちは罵声を残して逃げていった。


「ふぅ……」トウマが手を離す。


アイリは頬を赤くしてニヤニヤ笑う。

「私はボスの女なんすか?」


「実際そうだろ。俺の秘書なんだから。」

「そうっすよねぇ~! ボスの女っすもんね~!」

そう言ってトウマの腕に飛びつく。


「暑苦しい! 離れろ!!」

トウマが顔を赤くしながら引き剥がすが、アイリは笑いながら離れない。


――海風と笑い声、そして波の音。

それは久しぶりの“平和”の時間だった。


しかしこの穏やかな午後の先に、

“彼女”との邂逅が待っていることを、誰もまだ知らなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ