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第二話 ー邂逅ー

「……君が、大きな鍵の少年か」


黒いハンチングを深くかぶった青年が、路地の入口に立っていた。

白シャツに黒のベスト。

ただの若者にしか見えないのに、その場の空気が一瞬で張り詰める。


「だ、誰なんだ……!?」

思わず声を上げると、青年は小さく肩をすくめた。


「まあ、ただの“解決屋”だよ」


「解決屋……?」

聞き慣れない言葉に戸惑う僕に、青年はニヤリと笑った。


「詳しい話は後でだ。――今は、後ろだ」


「……え?」


振り返った瞬間、背筋に冷たいものが走った。

黒服の集団が路地を塞ぎ、その奥から白スーツに黒い仮面をつけた男がゆっくりと現れる。


「……逃げ場はないぞ、少年」


その声に、全身が竦む。


「ちっ……面倒なタイミングで出てくるな」

青年――トウマはため息混じりにハンチングを押さえ、前へと歩み出た。


「おい、レオン。下がってろ」


僕が一歩退いた瞬間――


――パキン、と鋭い音が路地に響いた。


地面に薄氷が走り、瞬く間に黒服たちの足元へ広がっていく。

驚く間もなく彼らの脚が凍りつき、悲鳴を上げた。


「な、なんだこれ――!?」

「足が……離れねぇッ!」


トウマは片手を軽く払う。

それだけで氷は一気に分厚く膨れ上がり、黒服たちを包み込んだ。


「……凍れ」


一拍。白に塗りつぶされた彼らは、音もなく沈黙した。


だが、まだ数人残っていた。

黒仮面の男の号令と共に、怒声を上げながら突っ込んでくる。


その瞬間、頭上の虚空が裂けた。

暗い穴の中から、無数の剣がギラリと輝きを放ちながら突き出てくる。


「――串刺しだ」


トウマが指先を弾いた。

剣は一斉に落下し、突進してきた黒服たちを次々に貫いた。


ドスッ。鈍い音が二度。

静寂が戻る。


(こいつは……いったい何者なんだ……?)


僕はただ呆然と、その背を見つめていた。


仮面の男


路地に残ったのは、白スーツの仮面の男ひとり。


「やはり、噂は本当だったか」


低い声が静かに響く。

その声音には焦りも驚きもなく、確信めいた響きだけがあった。


「お前は……“解決屋”の――照嶽透真」


「ほう」

トウマが片眉を上げる。ハンチングの影に隠れた瞳が、不快げに光った。


「俺の名前を知ってる奴なんて、そう多くねぇはずだがな」


「忘れるものか。お前は“境界”にとって異物だ。数多の異常を踏み潰してきた存在……」


「へぇ、よく見てるな」

トウマは小さく笑い、片手をポケットに突っ込んだ。


「で? そんな俺に向かって突っかかってきた理由は何だ」


仮面の男はじっと僕を見据え、低く告げる。


「決まっている。我らは“大きな鍵”を求めている。少年、お前が持っているはずだ」


(やっぱり……こいつらの狙いは、あの鍵……! でももう……ミリアに……!)


血の気が引いた瞬間、トウマが鼻で笑った。


「質問だ。……お前らは、その鍵が何なのか、本当に知ってんのか?」


「……何だと?」


「ただの道具じゃねぇぞ。欲望丸出しで掴みに来れば、命を削られることすら知らないのか」


仮面の奥で男がわずかに沈黙した。苛立ちの気配が滲む。


「……貴様は、知っているのか」


「内緒♡」


軽い調子でそう言って肩をすくめる。

冗談めいていながら、その笑みは背筋に冷たいものを這わせる。


「……ここは退く。場所と時機を改める。我らは“鍵”とその器を必ず回収する」


次の瞬間、仮面の男の気配がふっと薄れた。

残滓のように姿が掻き消え、路地に残されたのは俺とトウマだけだった。


「いったい……何なんだ、あいつは」

震える声を絞り出す僕に、トウマは軽く肩を竦めた。


「さあな。けど――面倒な連中が動き出してるのは確かだ」


解決屋の事務所


「なあ、君。名前は?」


路地の血の匂いがまだ漂う中、青年が僕に問いかけた。


「……僕は、レオン。レオン・アルヴェインです」


「レオン、ね」

青年――トウマは小さく頷き、口の端を上げた。


「よし、決まりだ。君、俺と一緒に来い」


「え……ど、どこにですか?」


「心配すんな。危ねぇ橋は渡らせねぇよ。一人で歩いてたら、さっきの連中にすぐ潰されるぞ」


その言葉に、喉がひゅっと鳴った。

確かに、僕一人じゃ到底生き延びられない。


「……わかりました。お願いします」


「素直で助かる」


トウマは肩をすくめ、路地を抜けて歩き出した。


* * *


街外れの石造りの事務所。

中へ入ると、魔導端末の光と整然とした書類の山が目に飛び込んできた。


「ボス、おかえりー……って、ええっ!?」


金髪ロングの少女――アイリが振り向いた瞬間、目を見開いた。

鋭い目つきとギャルっぽい雰囲気。


「ちょ、マジすか!? 依頼の子供、捕まえてきたんすか!?」


「捕まえたってより、保護だな。今回どう見ても訳アリだし、放っときゃ確実に殺される」


「はぁ!? ちょ、ちょっと待ってくださいよ!」

アイリが机をドンと叩いて立ち上がった。


「依頼でもないのに抱え込むとか、リスクしかないじゃないっすか! しかもタダ働きで!」


「わかってる。けど――見捨てりゃ後味悪ぃだろ」

トウマは軽く笑って肩をすくめる。


「だから一時的に保護。それでいい」


「ボス、甘すぎっすよ……!」

アイリは苛立ちを隠さずに腕を組んだ。


僕は胸を締めつけられる思いで二人のやり取りを見守っていた。

だが、トウマの視線がこちらに移る。


「それで――レオン。お前が抱えてた“大きな鍵”。あれを見せてくれ」


「……その……」

言葉を詰まらせ、視線を逸らす。


「実は……盗まれてしまったんです」


沈黙。

アイリが絶句し、目を見開いた。


「は、はぁぁ!?」


トウマはしばらく黙って僕を見ていた。

やがて盛大にため息を吐き、頭をガシガシとかいた。


「マジかよ……最悪だな」


ラフな口調のままなのに、その顔には心底うんざりした色が浮かんでいた。


「せっかく助けてやったと思ったら、余計面倒が増えやがった……」


(助かった――でも、鍵を盗まれたのは僕だ)

胸の奥が重く沈んだまま、僕はこの人たちに縋るしかないと思った。


トウマ視点


「……マジかよ」


俺は額を押さえ、深いため息をついた。


――はぁ、何だこの状況。


依頼でガキを探してこいって言われて、正直ただの人探しだと思ってたんだよ。

それが蓋を開けてみりゃ、追っ手に囲まれてるわ、妙な仮面野郎までしゃしゃり出てくるわで、面倒くささマシマシ。


しょうがねぇから助けてやった。

氷と剣でモブどもを蹴散らすのなんざ一瞬だ。

で、やっと連れて帰ってきて、鍵を見せろって言ったら――


「盗まれました」……だとよ。


……いやいやいや。


「ったく……依頼通りにガキを保護したら変な奴らに追われて、命張って助けて、鍵を確認しようと思ったらこの有様かよ」


俺はハンチングを深くかぶり直し、机に肘をついて項垂れる。


「厄介ごとばっかだな……」


心底からの本音が口をついて出た。


「厄介じゃねーっすよボスぅぅ!!」


横から轟音のような怒声。

アイリが椅子を蹴飛ばし、目を血走らせて立ち上がっていた。


「この状況、どー責任取るんすか!? 依頼は半端、報酬はゼロ、鍵は盗まれて、敵はわんさか追っかけてきて――これ、マジで詰んでんじゃないっすかぁぁぁ!」


机の上の書類をバサバサ叩きながら叫ぶ。


「ボスの“気まぐれ保護”のせいで! うちの経営も信用もガタ落ち! 下手したら組織ごと潰れますよ!?」


「うるせぇな……」


俺は片耳を塞ぎながら、半眼でアイリを眺めた。

ギャルは普段うだつが上がらないくせに、こういう時だけ無駄に元気だ。


「でもな、見捨てるわけにもいかねぇだろ? あの仮面野郎に殺されてたら寝覚めが悪い」


「寝覚めとかどーでもいいっす! うちは慈善事業じゃないんすよ!」


アイリの怒号に、レオンがオロオロと両手を振る。


「ご、ごめんなさい! 僕のせいで……!」


「謝って済むなら世話ないんすよォォ!」


……ダメだこりゃ。


俺は頭をガシガシ掻いて立ち上がる。


「おいアイリ。文句はあとで聞く。今は――盗んだやつを突き止める方が先だ」


「……また面倒増やすんすか」


「任せるっす! ――“アーカイブスキャン”展開!」


次の瞬間、空気がわずかに震えた。

目に見えない情報波が街へ放たれ、数百メートル先まで広がっていく。

範囲内の人物や生物の行動ログ、魔力反応、発した言葉の断片すら自動的に吸い上げられ、

彼女の意識に流れ込んでいった。


アーカイブスキャンは強力だが、同時に危険な術式でもある。

過去二十四時間分の“認識情報”を一気に拾い上げるため、膨大なデータが精神を圧迫するのだ。

さらに――味方のプライベートまでも丸裸。

ゆえに便利すぎて嫌われがちな能力でもあった。


俺は大きく息を吐き、レオンをちらりと見やる。

怯えた目でこっちを見返してきた。


――まあ、ここで放り出したら本当に死ぬだろうな。


「……ったく」

再び頭を掻きむしり、天井を見上げてぼやいた。


「面倒がどんどん増えてくぜ」


「……あ、そうだボス」


急にアイリが冷めた声でこちらを見た。

さっきまで端末を操作していた指がぴたりと止まる。


「昨日、私の風呂……覗いてましたね?」


「はあ!? 覗いてねぇよ!」


「ログに残ってたんすよ。“アーカイブスキャン”で。

視線の動きも、思考の断片も、ぜーんぶ」


「お、おい待て、それは誤解だ! 偶然通りかかっただけで――」


「……最低っすね、ボス」


ギロリと向けられた軽蔑の眼差しに、俺は言葉を失った。

レオンがオロオロと僕とアイリを交互に見ている。


……やっぱり、この能力は便利すぎて嫌われる。

心底からそう実感した。


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