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リミナス・フロンティア  作者: タコマル
第一部三章
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第三十七話

エレベーターの扉が左右に開いた瞬間、潮と白檀を混ぜたような微かな香りが鼻先をくすぐった。最上階の一角――重厚な両開きの扉をアイリがノックし、カードキーをかざす。カチリ、と閂が外れ、目の前に広がったのは“王族の間”を思わせる広さのスイートだった。


磨き込まれた白大理石の床に、海の色を写したようなターコイズのラグ。壁は漆喰の白に金のモールディング、天井からはモダンにアレンジされたクラシックシャンデリアが、波紋のような光を投げている。奥は全面ガラスのオーシャンビュー。エルセリア・ベイの半月形の海が、サンセットの朱にゆっくり溶けていく。テラスにはティーク材のデイベッドと、小ぶりなプールまで付いていた。


先に到着していたラグノワが、長いソファの背もたれに手を置き、眉間を少しだけ寄せている。視線の先――玄関の上がりかまちには、買い物袋の山、山、山。ブランドロゴの紙袋がカラフルに積み上がり、ベルボーイがうろたえている。


「……貴様ら。」

低い一声で空気が張る。仮面の奥の視線が、アイリたちの肩に順々に止まった。

「こんなに買い物をしてどうする。短期休暇どころか、長期バカンス並みの荷物ではないか。」


アイリは「へへっ」と舌を出し、両手を合わせて頭を下げる。

肩にはまだ三つは袋が掛かっている。

「す、すみません。みんなの分となると、どうしてもこうなるっす。」


「アイリ。」ラグノワがわずかに顎を引いた。

「お前は仕事は優秀だが、こういう時ばかりはだらしがないな。」

そのまま、視線がすべる。イレーネとキアラにぎろり。

「解決屋の連中は……まぁ想定内として、貴様らまで何をしている。イレーネ。キアラ。」


イレーネは小さく胸に手を当て、涼やかな笑みのまま軽く会釈した。

「申し訳ございません、つい。」

キアラは片手を上げて「あはは……」と乾いた笑い。

「すみません!でもほら、任務の士気って大事じゃないですか!」


「まぁまぁ、そんな固ぇ顔すんなよ。」

ジークがソファの肘に腰を引っかけ、片足を組み替える。目尻の皺ごと笑いながら、指で空をつまむようにアイリを呼んだ。

「おい、アイリ。頼んだブツは?」


「もちろんっす!」

アイリが得意げに特大の紙袋を抱えてくる。

「はい、ジークさん専用セット!」


受け取ったジークは嬉しさを隠さず、袋の中を覗き込む。色の濃い瓶が数本、上等な葉巻用カッター、つまみの缶詰がぎっしり。

「おうおう……これだよこれ。」


ラグノワがため息をひとつ。

「……やはりお前もか、ジーク。」

袋の首を片手で押さえ、瓶のラベルを一瞥すると、諦観混じりに肩が落ちた。


「いいだろ、たまにはよ。」

ジークは片目をつむって笑い、ソファの背に袋をどさり。

「ここ数日、命すり減らしたんだ。少しはのど通らせてくれや。」


「最悪、俺とヴォルドとお前の三人で、今後の細かい段取りは詰める。」

トウマが肩を回しながら、壁の時計をちらと見る。日暮れまで、まだ少し間がある。

「その方が早ぇしな。」


「……そうだな。」

ラグノワは短く頷き、手帳を閉じた。「諦めて、分担しよう。」


窓辺に立ったトウマが、海を一瞥する。夕陽のオレンジが、彼の横顔に細いハイライトを引いた。

「にしても夕食まで時間がある。今日はガッツリ遊ぶには足りねぇが……散歩なり探索なりしてこい。」

振り返った顔は、いつもの悪戯っぽい笑み。

「ただし、夕食までには戻って来いよ。若手組。」


「ラジャー!」

アイリが即座に敬礼。だが、ふと手を止め、部屋を見渡して首を傾げる。

「そういえば……男子と女子、同じ部屋っすか?」


「なんだ、嫌なのか?」

トウマがにやりと目を細める。プチ悪戯の気配。


「い、嫌ってわけじゃ……ない、ない? よね?」

アイリが女子陣と目を合わせる。キアラは手をぶんぶん、ミリアは頬を赤く、イレーネは困ったように目線を泳がせ、リリィはなぜか親指を立てた。


「冗談だ。」

トウマは笑って手を振る。

「女子は隣のスイート。ラグノワがそんな配慮欠くわけねぇだろ。」


「さっすがラグノワさん!」

アイリの顔がぱっと明るくなる。


「あぁ、いいから荷物を片付けてこい。」

ラグノワが手で追い払う仕草をする。

「共有の連絡手段はアイリ経由だ。離れる時は必ず一声。」


「はーい!」

女性陣は両腕いっぱいに袋を抱え、ガラステラスの夕光を浴びながら隣室へ消えていく。

振り返りざま、リリィがひらひら手を振った。「のちほど~!」


残った男組。レオンとカインは顔を見合わせ、笑いをこぼす。

「荷物、整理しますか。」レオンがシャツの袖をたくし上げる。

「おう。割れもんはこっち、服はクローゼットな。」

カインがてきぱきと仕分けに入る。二人の足取りは妙に軽い。


「……若いっていいな。」

ジークが肘掛けに背を預け、灰色の瞳を細める。

ヴォルドが腕を組み、横目で睨むように笑った。

「俺らは話し合うことが山ほどある。ジーク、飲んだくれて外すなよ。」


「わかってるって。」

ジークはポケットから金属のライターを出し、カチ、と火花。

ふか、と紫煙が立ちのぼる。


「ここ、禁煙じゃないのか?」

ヴォルドの眉がぴくりと上がった。


「まさかの“この部屋だけ”喫煙可なんだよな。」

トウマが肩をすくめて笑う。「ここだけ。」


ヴォルドの目が「は?」と言っている。

「その程度のことで、ホテルと交渉したのか。」


「しゃーねぇだろ。ヘビースモーカーが一人、うるせぇんだよ。」

トウマは親指でジークを刺す。

「俺かリリィの術で“匂いゼロ”を保証した。壁もカーテンも空調も。だから通った。」


「ありがとよ、ボス。」

ジークがにやりと笑い、煙を窓のほうへ流す。

「“術式分解フィルター”ってやつか。鼻に優しいぜ。」


「ほんと、どうしようもない。」

ヴォルドが呆れながらも、口元にはうっすら笑み。大きな背をソファに下ろした。


トウマは空の色を背にしながら、表情だけを僅かに引き締める。

「で――早速だが。」

声が落ちた瞬間、部屋の空気が半歩だけ重くなる。

「さっき、ホテルの中で一瞬しか掴めなかったが……俺でも悪寒が走る気配が、エルセリア・ベイのどこかにいる。」


ラグノワの指が無意識に仮面の縁へ触れる。

ヴォルドは背筋をわずかに伸ばし、ジークは煙草を止めて視線を上げた。


「ゼルロゼか?」

ジークが、煙を細く吐きながら問う。


「いや、全く違う。」

トウマは首を振る。目の奥が海の色を失い、無彩の冷えを灯す。

「でも、相当に“持ってる”。ここに居るかどうかまでは断言できねぇが……この街の中に、強ぇ何かがいる可能性は高い。くれぐれも気を付けろ。」


沈黙が短く落ち、波の音がガラス越しに遠く響く。

やがてトウマは、ふっと肩の力を抜いた。

「――まぁ、気にしても仕方ねぇ。張り詰めすぎても鈍るだけだ。」


「警戒線だけは上げておこう。」

ラグノワが静かに結ぶ。

「遊ぶなとは言わん。だが、耳と目は閉じるな。」


テラスの外、夕陽が海の端を沈み切り、街の灯りがひとつ、またひとつと浮かび始める。

スイートの室内には、潮の匂いと、淹れたてのコーヒー、そしてかすかな煙草の香り。

短い休息と、長い戦いの影が、同じ部屋で肩を寄せていた。



******



夜風が静かに流れ、エルセリア・ベイの街を青い光が包み込んでいた。

波の音が遠く、まるで心臓の鼓動のようにゆっくりと響く。


若手組は夕食を終え、それぞれ軽い散歩に出ていた。

リゾート街の通りには提灯のような小さな灯りが連なり、風に揺れる。潮の香りと甘い花の匂いが混じり合い、どこか夢のような時間が流れていた。


大浴場の入口に立つと、石造りの壁の向こうから賑やかな笑い声とお湯のはねる音が聞こえた。

男子組と女子組は別々の湯へと分かれたが、入浴後に近くの休憩所で待ち合わせする約束をしていた。



「ふぅ~、いい湯だったなー!」

湯上がりのキアラが頭の後ろで手ぬぐいを回しながら伸びをする。頬はほんのり桜色、髪の先から湯気が立っていた。


「高級ホテルの風呂は一味……いや、二味は違うっすね!」

アイリが肩にタオルを掛け、つやつやの肌を光らせながら感嘆の息を漏らす。


「広くて、種類も多かったのは良かったな。」

エリスは髪をざっと手櫛で払い、ドリンクの瓶を片手に腰へ当てた。

「溶岩風呂、花風呂、塩風呂……どれが効いたのかわかんねぇけど体軽いわ。」


「久しぶりに、何も考えずにお湯に浸かれました。」

イレーネはタオルを畳みながら微笑む。その頬にはほんの少し、湯の残り香が残っていた。


「レオン君!カイン君!お待たせ~!」

リリィが両手を振りながら駆け寄る。

女性陣は全員、湯上がりの髪をまとめ、浴衣姿で大浴場の休憩所へ向かった。


男子組はすでに待合所のソファに腰掛け、ジュースを飲みながら漫画を読んでいた。

カインはページをめくる手を止めて、女性陣の姿を見上げる。

「遅ぇぞ。長すぎだろ。」


「女子はお風呂が長いの!」ミリアがすぐさま反論し、腰に手を当ててふくれる。

「男はいいよねー、ささっと済ませて。」

「へいへい、そうですよー。」カインは苦笑しつつも肩をすくめた。


レオンは手にしていた本を閉じ、照れたように笑う。

「……あ、今も大人組で話してると思います。ずっと真面目に資料広げてましたから。」


「おっさん組、まだ仕事してんの?」キアラが眉をしかめる。

「たぶん、ラグノワさん達は徹夜コースですね。」イレーネが淡々と答えた。


その後、若手組は笑いながら男子部屋へ向かった。

廊下のカーペットがふかふかと足音を吸い込む。

ミリアが手を振りながら話を切り出す。

「今日の散歩中さ、海辺で大道芸してたの見た?火を操る人とか!」


「見た見た!あの炎、魔力反応してたっすね!」

アイリが目を輝かせる。

「明日はマーケットも見に行こーぜ!」キアラが拳を握る。

「私はカフェ巡りがしたいです。」イレーネが静かに付け加えると、リリィが微笑んだ。

「じゃあ、明日は丸一日、観光ね!」


わいわいと盛り上がりながら男子部屋のドアをノック。

「戻ったっすー!まだお取込み中っすかー?」

アイリが顔を覗かせた瞬間、空気が一変した。


室内は、静まり返っていた。

テーブルには資料と地図が散らばっている。

ジークが椅子に深く腰掛け、煙草を指に挟み、天井をぼんやりと見上げていた。

「……もう疲れた。」

声には疲労と飽きが混じっている。


その横ではラグノワ、トウマ、ヴォルドの三人が真剣な表情で地図を指差し、

何かを確認していた。


アイリが思わず苦笑した。

「うわぁ……空気が重いっす。」


そのとき――。

彼女の背後の影がぴくりと動いた。

「アイツら、あの調子だ。俺は離脱した。」

カゲロウがラフな格好で影の中から現れる。髪はまだ濡れており、首元にタオルをかけている。


「まぁ、そうっすよね……。」アイリが肩をすくめる。

「真面目な話してるときのラグノワさんって、話しかけたら殺されそうっすもん。」


リリィが笑いながら提案した。

「じゃあ、私達はお邪魔にならないように女子部屋でゆっくりしよっか。ね、カゲロウさんも来るよね?」


「なんで俺が女共と一緒にいる必要がある。」

カゲロウが冷めた声で返す。

「俺は一人でゆっくりする。」


「そう言って女子の部屋に入るのが怖いんだろ、カゲロウさん?」

カインがにやりと笑いながら肘で小突く。


「なんだと?」

カゲロウの片目がわずかに光り、声が低く落ちる。

「貴様、ここに来てから随分調子づいているな。」


「ひゅー、こっわ~。」カインが苦笑い。


「とにかくカゲロウ!」

エリスが勢いよく腕を組み、にやっと笑う。

「テメェも来いよ。どうせ暇なんだろ?」

「……ちっ。」

カゲロウは小さく舌打ちしたが、エリスに腕を引っ張られるまま連行された。


女子たちの笑い声が遠ざかり、レオンだけが部屋の前に残る。

「皆さん、お風呂行かなくていいんですか?」


ヴォルドが資料から目を上げ、穏やかに答える。

「後で行くつもりだ。こいつら連れてな。」


ジークがにやっと笑って煙を吐く。

「ラグノワはオートマータだろ。風呂入って大丈夫なのか?」


「問題ない。」

ラグノワは淡々と答える。


「入る気満々かよ。」

ジークが笑い、火をもみ消す。


「心配かけて悪いな、レオン。」

トウマが椅子に背を預け、片手を軽く上げる。

「お前も隣で遊んでこい。」


「は、はい!」

レオンは頭を下げて部屋を出ていく。


扉が閉まると、室内にまた静寂が戻る。

トウマが大きく背伸びをして、仰向けに寝転がった。

「あー……俺も女子部屋で若いのとわちゃわちゃしてぇなぁ。」


「何を言っている。」

ラグノワが低く言い、資料をめくる。

「まだ報告書が残っているだろう。今日中に仕上げれば、明日以降は自由にして構わん。」


「はぁ……」トウマがだらりと両手を広げる。


「こんな信ぴょう性のない教団情報、必要か?カスみてぇなもんだ!カス!」

ジークが再び煙草をくわえ、煙の中でぼやく。


「そう言うな。」

ヴォルドが地図を畳み、穏やかに言った。

「一つ一つが手がかりになる。リガルドに世話になった分、報告はきっちりだ。」


トウマがふと笑い、口元を指で拭う。

「じゃあ、風呂上がりに四人で麻雀でもするか。」


「それいいな。」ジークが笑って頷く。

「負けた奴が報告書の仕上げってことでどうだ?」


ヴォルドが苦笑し、ラグノワは小さく息をついた。

「……まったく、子供のような連中だ。」



******



女子部屋は甘い香りに満ちていた。

フローラルと潮の匂いが混ざり合い、レースのカーテン越しに海の夜風が流れ込む。

レオンとカインは部屋に足を踏み入れた瞬間、思わず深呼吸してしまう。

――どこか、落ち着く。戦場の緊張がすうっと溶けていくようだった。


カゲロウは相変わらず姿を見せず、部屋の隅の影に潜んでいる。

その影の一角から、たまに低い溜息だけが漏れていた。


全員がテーブルを囲む。

白いクロスの上には、色鮮やかな料理やスイーツ、そしておしゃれな瓶やグラス。

まるで女子旅の夜会だ。


アイリがグラスを掲げ、いつもの明るい声を張る。

「まずは一日目ご苦労様っす!乾杯しましょう!」


全員が笑顔でグラスをぶつける。

未成年組はフルーツジュース、成人組は軽めのカクテル。

この世界では飲酒の年齢制限は国によって違う。ここエルセリアでは十八歳からOK――それが“常識”だ。


そして影の中から、カゲロウの黒い触手のような影がすっと伸び、グラスを掴んだ。

「……乾杯だ。」

影の中でグラスがカチリと音を立てた。


「明日は海行こうと思うんすけど、みんなどうすか?」

アイリが早速次の話題を投げる。


「いこいこ~!水着着るの楽しみ!!」リリィが無邪気に両手を挙げた。

「僕も海で泳ぎたいです!」レオンも素直に頷く。

「いいですね。海は久しぶりなので楽しみです。」イレーネが穏やかに微笑む。


「おっさん達も来るのかなー。」キアラが笑うと、

「全員強制参加させるっす!」とアイリが宣言した。

「想像できないなぁ、特にラグノワさんとか。」ミリアが笑う。

「確かに。」全員が同時にうなずく。


エリスは肉を頬張りながらぼそり。

「ラグノワのおっさんが海とか、冗談だろ。」

全員が吹き出した。


リリィがぽん、と手を叩く。

「ねぇ、みんなの“好きなタイプ”聞いてみたいかも~!」


「もうその話題出すっすか!」アイリが肩を上げる。

「いいじゃん~前から気になってたの!」


「じゃあ、言い出しっぺのリリィちゃんから!」

リリィは顔をほころばせ、グラスを指で回す。

「私はね~、優しくて、強くて、頼りがいのある人が好き~。」


エリスがニヤッと笑いながら「ヴォルドの兄貴とかその線だな」と突っ込むと、

「そうだよー!ヴォルドさんみたいな人がタイプかも~!」とリリィが即答した。

場がどっと笑いに包まれる。


「次、キアラちゃん!」アイリが指を差す。

「え、私!?」

キアラがグラスを持つ手を慌てて隠す。

「タイプか……」


すかさずカインが口を挟む。「ジークとか?」

「誰があんなジジィがタイプだ!!」

「いや、昔は甘かったって聞くけど?」

「全然違うだろ!!」


顔を真っ赤にして怒鳴るキアラに笑いが起きる。

「……いつだって傍にいてくれて、私に甘い人がいい~」

キアラは小さく付け加え、髪をいじって誤魔化した。


「じゃあカイン君は?」とアイリが振る。

「お、俺?んー……可愛くて落ち着いてて、守りたくなるような子。あとおっぱ――」

ガンッ!

エリスの拳がカインの頭に落ちた。

「気持ちわりぃんだよ。」


「カイン君はエリス姐さんみたいな人が相性いいよね~」とアイリが笑うと、

二人が同時に「絶対ない」と叫んだ。


「アイリちゃんは?」

キアラがニヤニヤしながら振る。


「私っすか?うーん……カッコよくて、お茶目で、いざという時は真面目で冷静で、ギャップがあって、強くて……スーツが似合う人っすね!」


「それ、完全にトウマさんでは?」レオン。

「一致してますね、完璧に。」イレーネ。


「ち、ちがうっす!ボスは変態ですし……!」

アイリがもじもじしていると、影の奥から低い声が響く。

「お前、トウマと一緒にいる時が一番楽しそうだぞ。あと――スーツの匂いを嗅いでたの、俺は見てた。」


「ち、ちがうっす!!!」

顔を真っ赤にしてテーブルに突っ伏すアイリ。

リリィが親指を立て、「みんな知ってるよ~!応援してる!」

アイリはその場で蒸発したように湯気を上げた。


「イレーネさんはどんな人がタイプですか?」

レオンの質問に、イレーネは背筋を正し、落ち着いた声で答える。

「正義感があって、真面目で、気配りのできる紳士的な方が好みですね。」


「ラグノワのおっさんじゃん!」カインが笑う。

「まぁ、確かにタイプではありますが……上司ですので。」イレーネが淡々と返す。


エリスが低い声で物真似する。

「“イレーネ。私も前からお前のことが気になっていた。愛とは上下関係で縛られるようなものではない”――とか言い出すかもな。」

全員が吹き出した。イレーネは顔をわずかに赤くし、

「……そうなったら、考えます」と小声で答えた。


「姐御はどうなんだよ。」カインが聞く。

「アタシか?まずアタシより強い奴!あと飯が作れる奴!あと精力も強い奴がいいな!S✖✖で先にアタシより先にバテない奴がいい。」

「精力って……」キアラが呆れ、

「S✖✖って......そんなのエッチすぎます」をレオンが顔を赤くしながら手で顔を隠しあたふたする。

「アタシの事満足させれる男じゃなきゃダメだな。」

リリィは両手を頬に当て、「いいじゃん~!エリスちゃんのタイプ、健康的~!」と笑った。

レオンは健康的って言い方でいいのかと思ってしまう。


「じゃあ残るは、カゲロウさんとレオン君とミリアちゃん!」

リリィが手を叩く。


「待ってました!」アイリが元気を取り戻す。

「じゃあレオン君から!」


「ぼ、僕は……明るくて、普段は強気だけど、ちゃんと弱さも見せてくれる子。お互いに支え合えるような……」

「そんな子アンタのこと好きになるのかな~?」ミリアがすぐ突っ込む。

「い、いるかもしれないじゃん!」

――全員が心の中で思った。“隣にいるだろ”。


「じゃあミリアちゃんは?」

「わ、わたしは……(小声で)レオ……ごにょごにょ」

「え、なんて?」

「知らないっ!かっこよくて同い年くらいの子がいいの!」

頬を真っ赤にして背を向けるミリア。


全員が「かわいいな」と思った。


「青春っすね~!」アイリがにやにやと締める。

「なにが!」レオンとミリアが同時に叫び、また笑いが起きた。


そのとき、影の中から声が響く。

「……少し話は変わるが、トウマの好きなタイプは――」

「ちょっと待った!」アイリが影をつかみ上げる。

「カゲロウさんの話、まだっすよ!」


「俺はタイプなどいない。以上だ。」

「そんなの通用しないっす!!」


影の中からズルズルとカゲロウが引っ張り出され、

全員の視線が集中する。


「お、俺は……大人しくて、綺麗な黒髪の女がタイプだ……」

「ダウト!!!」カインとエリスの声が重なる。


「アンタ、ギャル見てたよな!」

「ロビーでも見てただろ!」

「誤解だ!」カゲロウが焦って反論するが、誰も信じない。


そこでレオンがぼそり。

「つまり、アイリさんみたいな女性がタイプってことですか?」


――沈黙。

空気が一瞬で固まる。


アイリが両手で顔を隠しながら「か、カゲロウさん……私のこと……」

「違う!なぜそうなる!」


「ま、まぁ……カゲロウさんイケメンですし、悪くないっすけど……怖いんで無しで!」

「俺は勝手に振られたのか?」

カゲロウがギロっと睨む。

「ひぃぃ~っ!」


最後は全員が笑い、エルセリア・ベイの夜は、温かな笑い声に包まれて更けていった。

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