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リミナス・フロンティア  作者: タコマル
第一部三章
38/49

第三十六話

潮風が、頬を優しく撫でていった。


視界の向こうには、どこまでも青。

海と空の境界が溶け合うほどに澄んだ水平線。

砂浜は白く輝き、足元を洗う波が陽光を散らす。

港には帆船と飛行艇が並び、街の鐘が遠くで鳴っていた。


ここは――商都ヴァレンティアの南端、

陽光と潮風のエルセリア・ベイ

世界最大級のリゾート地として知られ、

昼は観光客の笑い声、夜は祭りと音楽が絶えない海辺の楽園である。


石畳の通りには白壁の建物が並び、

窓辺には鮮やかな花が咲き誇る。

オレンジ色の屋根が傾いた陽光を受けて煌めき、

海風が柑橘と潮の香りを運んでくる。


その眩しさの中、港を出た馬車がゆっくりと停まった。

扉が開き、トウマたち解決屋の一行が降り立つ。


「わあぁああああっ!!!」


最初に声を上げたのはアイリだった。

彼女はカバンも放り出して両腕を広げ、潮風をいっぱいに吸い込む。

頬が紅潮し、瞳がきらきらと輝いていた。


「本物っすよ!これがエルセリア・ベイっすよー!」

風に髪を煽られながら、嬉しそうに飛び跳ねる。


キアラがその横で手をかざして空を見上げる。

「やば……空が青すぎる……!」

笑顔で回るその髪が陽を反射し、光の輪を作った。


ミリアは港沿いに駆けていき、波打ち際にしゃがみ込む。

「見て見て、海が透けてるよ!足が見えるくらい!」

はしゃぐ声に、リリィがくすくすと笑う。

「ほんと~!癒される~!なんか全部忘れちゃいそうだね~!」


そんな賑やかさの中で、ラグノワが静かに額を押さえた。

彼のマントが潮風に揺れる。

「……おい。遊びに来たわけではないぞ。」


その声に一瞬で空気が張りつめ、

若手組が「やべっ」と小さく硬直した。


「いいか、まだ聖女の行方も、教団の動向も掴めていない。

これはあくまで、高速回廊の渋滞による短期的な滞在に過ぎん。

作戦会議もしなければならん。」


ラグノワの鋭い視線に、キアラがぺろりと舌を出す。

「もちろんわかってますよー!でもさぁ、ここ最近命がけだったじゃないですか。

少しくらい羽伸ばしたって、いいでしょ?」


ラグノワが睨み返すより早く、トウマが横から肩を組んだ。

「そうそう、キアラの言う通りだ。ラグノワ、お前の石頭が海風で錆びちまうぞ。もうちょい柔らかくなれって。」


「お前というやつは……」

ラグノワは肩を落とし、深いため息をついた。

だが、その表情にはわずかな笑みが滲んでいた。




街道を進むと、丘の上にそびえる白亜の建物が目に入る。

海と空を背景にした巨大な宮殿――ホテル・グラン・エルセリア。


陽光を反射するガラスの外壁、

噴水の水が虹を生み、エントランスでは絨毯が風に揺れている。

その規模と美しさに、一同の足が止まった。


「……なんじゃこりゃ。」ジークが思わず呟いた。

顎を撫でながら、天井の高いロビーを見上げる。

「ひっろ……」「きれー……」カインがぽつりとこぼし、

エリスは両手を腰に当てて満面の笑みを浮かべた。


「アタシ、こんなとこ泊まるの初めてだ!」

子供のようにくるりと回り、長い髪をなびかせる。


「そういや若手が増えてから社員旅行してねぇな。」ヴォルドが腕を組む。

ジークが懐かしそうに目を細めた。

「最後は……アイアンホルムだ。トウマと俺が酒に潰れて宿追い出されたときのな。」


「……あれは社員旅行と呼ばん。」ヴォルドがため息混じりに笑う。

トウマが苦笑し、頭をかく。

「俺、あのあと二日間港で寝てた気がするな。」


「今度は寝る前に止めるぞ。」カゲロウが無表情で言い、周囲がどっと笑った。


ラグノワはその中を通り抜け、淡々とフロントへ向かう。

「私はチェックインしてくる。お前らは大人しくしていろ。」


受付へ向かうラグノワを見送りながら、

ジークが周囲を見渡す。

「……で、ガキどもはどこ行った?」


ヴォルドが指をさす。

「ほら、あそこだ。」


ロビー中央のソファ席で、アイリたち若手組が地図とパンフレットを山のように広げていた。

アイリが身を乗り出し、指を走らせる。

「はいっ!まずはここ、海沿いのマーケット!次に展望台!夜はナイトフェス!」


「賛成ー!!」「賛成っす!!」

キアラがテーブルを叩き、ミリアが笑う。

「私、水着買いに行きたい!」「カジノも行きたい!」カインが鼻を鳴らす。

「アタシはうまい飯!」とエリス。

「それいつもだろ」とカインが突っ込む。


レオンは小さく笑いながら言った。

「……みんなで歌ったりとか、どうですか?」

その言葉に、場の空気が一瞬柔らかくなる。

「いいね~!」「レオンくんナイス~!」


わいわいと盛り上がる声が響く中、ラグノワがフロントから振り返った。

仮面の奥の眼差しが、明らかに険しい。

「……おい、トウマ。アイツらを黙らせろ。」


トウマは両手をポケットに突っ込み、肩をすくめて歩き出す。

その表情は珍しく真面目だ。

笑顔のないトウマに気づいたアイリたちが、ピタリと静止した。


「お、お怒りですかボス……?」

ミリアが背筋を伸ばし、レオンが慌てて地図を畳もうとする。


トウマが低く呟く。

「おい。お前ら――」


間を一拍。


次の瞬間、彼は虚空に手を差し入れ、黒いカードを取り出してアイリに渡した。

「ラグノワがうるせぇから、これ使って買い物してこい。チェックインは俺がやっとく。」


目を丸くするアイリ。

「……え、えぇ!?マ、マジっすか!?」


「太っ腹ぁぁぁ!!!」キアラが両手を上げて跳び上がり、

ミリアが笑いながら手を叩く。

「やった!トウマさん最高!」

「レオンくん、見た?これ使っていいって!」

「えっ、そ、そんな高そうな……!」

「ボスー!愛してますー!!」


「上限、秒で行くな。」カインがため息をつき、

「まぁいい、どうせ俺らの飲み代よりは安いだろ。」と笑う。


その勢いのまま、若手組は荷物を置いて駆け出していった。

ロビーに残ったのは、呆れ顔のラグノワと、どこか楽しげな大人組だった。


「……トウマ貴様、余計なことをしてくれたな。」

ラグノワの声は低く冷たいが、どこか諦めの色があった。


「いいだろ。」トウマが笑いながら肩をすくめる。

「若い連中は今のうちに遊ばせとけ。面倒は大人で背負うもんだ。」


「ま、たまにはそういうのも悪くねぇな。」ジークがニヤリと笑い、

「おっさん組は裏で泥仕事でもしてやるか。」


「待て、俺もおっさん扱いか?」カゲロウが腕を組む。

「当たり前だろ。」ヴォルドが即答する。

「見た目が若くても、中身はもうベテランだ。」


「……では、リリィは?」とカゲロウが口を滑らせた瞬間、

トウマが血相を変えた。

「やめろ!その話題は命に関わる!!」

ジークがすぐ頷く。「マジでやめとけ。あいつの耳は地獄の悪魔より鋭い。」

「そ、そうだったな……」カゲロウがわずかに青ざめる。


「よし。」ラグノワが腕を組む。

「部屋に荷物を運べ。どうせお前ら、ろくに荷造りもしていないだろうが。」


「へいへい。」トウマが軽く手を上げ、

一同は笑いながらホテルの奥へと消えていった。



******



ホテル・グラン・エルセリアから数分ほど歩いた先、

通りの角にひときわ華やかな店があった。


扉を開けた瞬間、鈴の音と共に甘い香水の香りが漂う。

照明は柔らかく、マリンブルーと珊瑚色を基調としたインテリア。

壁際にはリゾートワンピース、帽子、サングラス、

奥のスペースには色とりどりの水着がずらりと並んでいる。


「おっしゃれ~!テンション上がる~!」

ミリアが目を輝かせて店内を見回す。


その横で、アイリが胸を張って宣言した。

「みんなー!今日はボスのおごりっす!財布の心配は無用っすよ!」


「まずは――水着だよね!」

キアラがすでに走り出している。

「おい、早っ!」とミリアが追いかける。

リリィとイレーネも笑いながらその後をついていった。


壁一面に並ぶビキニ、パレオ、ワンピースタイプ。

光沢のある布地がライトに反射して、宝石のように輝いていた。


「これ可愛い~!」ミリアが白地に薄いピンクのリボンがついた水着を手に取る。

「それ絶対似合うよ~!」リリィが背中を押すように笑う。


イレーネは控えめに棚の奥を眺めていた。

「私は……このあたりの落ち着いたデザインが好みですわね。」

手に取ったのは深緑色のビキニ。装飾は少ないが、大人びた雰囲気を漂わせる。


それを見たキアラが思わず吹き出した。

「い、イレーネさんっ、それ大胆すぎません!?」

「……そうかしら?」とイレーネが小さく首をかしげると、

キアラの顔が一気に真っ赤になった。


一方、少し離れたコーナーでは、

エリスがあくびを噛み殺しながら手をポケットに突っ込んでいた。

「アタシ、正直どれでもいいんだけどなぁ……」


そんな彼女の横に、アイリが満面の笑みで現れる。

「エリス姐さんにはこれっす!」

差し出したのは、フリルが多くついたピンクのビキニ。胸元に小さなリボン。

エリスは一瞬で固まった。


「……おい、待て。アタシがこれ着たら犯罪だろ。」

「似合うっすよ!絶対!」

「いや、似合わねぇって!」

「似合うっす!」

押し問答の末、結局アイリに押し切られる。


「ほら、姐さんも試着!」

「まじかよ……」

エリスは頭を抱えながら試着室に向かった。


その頃、店の反対側では、カインとレオンがメンズコーナーを回っていた。

壁にはアロハシャツ、麻のパンツ、リゾート用の麦わら帽子。


「これいいな~。」

カインが派手な赤い花柄のシャツを手に取り、肩に当てる。

「レオン、どう思う?」


レオンは少し首をかしげ、

「鮮やかで……カインさんっぽいですね!」と素直に笑った。


「だろ~?お前は?」

「僕は……こっちにします。」

レオンが選んだのは淡い水色のシャツ。

派手さはないが、彼の清潔感と優しさが映えるような爽やかな色だった。


「らしいじゃねぇか。」

カインはニッと笑い、サングラスの棚に目をやる。

「で、やっぱリゾートっつったらコレだろ。」


彼がかけたのは黒縁のミラーレンズ。

片手でフレームを押し上げる仕草が妙にサマになる。

「どうよ?」

「似合ってます!すごく!」


「はっは、だろ!」

上機嫌なカインが今度はレオンにサングラスをかけさせる。

「おら、こっち向け。」

「え、ちょ……」


次の瞬間、カインは吹き出した。

「ぷっ……なんか、ちんちくりんだな!」

「ひ、ひどいです!」レオンが真っ赤になってむくれる。

「顔が幼すぎてサングラスに負けてんぞ!」

「うぅ……」

二人のやり取りに、近くの店員まで思わず笑っていた。


そこへアイリの声が飛んできた。

「レオンくーん!カインくーん!こっち来てほしいっすー!」


二人が声のする方へ振り返ると、

視界いっぱいに“絶景”が広がった。


そこには、試着を終えた女性陣がずらりと並んでいた。

それぞれ個性の違う水着姿――

ミリアは可愛らしい白とピンク、リリィは清楚な淡いブルー、

イレーネは落ち着いた深緑で上品な大人の雰囲気、

キアラは明るいイエローで健康的な印象。


「ど、どうっすかー!?」アイリがウインクを飛ばす。

「似合うっすかー!?」


「めっちゃ似合う!」カインが思わず叫び、

レオンも慌てて頷く。「す、すごく似合ってます!」


イレーネが少し胸元を押さえ、頬を染めながら呟く。

「少々、きつく感じますね……」

その仕草を見て、レオンは顔が真っ赤になり視線を逸らした。

「す、すみません!」と焦り、カインは横で親指を立てていた。

「最高っす。」


アイリが笑いながら、

「リリィさんとミリアさんとキアラさんは海でのお楽しみってことで、おあずけっすね!」

「えぇーっ!」と三人が揃って抗議する。


アイリが悪戯っぽく笑って続けた。

「じゃあ最後は――エリス姐さんのお披露目タイムっす!」


「はぁ!?マジかよ!?」試着室の奥からエリスの叫びが響く。

「姐さん~早く~!」と女性陣の声が飛び交う。


やがて、カーテンがゆっくりと開く。


そこに立っていたのは――

フリルのついたピンクの水着姿のエリス。

引き締まった体に可愛らしい装い、そのギャップに誰もが息を飲んだ。


「……見んなよ、バカ共。」

顔を真っ赤にしながらも、腕を組んで立つエリス。


「す、すごく素敵です!エリスさん!」

レオンが真剣な表情で言うと、

エリスの耳まで真っ赤になる。

「お、おう……ありがとよ。」


カインは肩を震わせて笑いを堪える。

「ま、姐御にしちゃ……悪くねぇな。」

「うぷっ……!」とわざと吐く真似をした瞬間――


ゴンッ!!


「いってぇぇぇぇ!!」

カインの頭に見事な拳骨がめり込んでいた。

「お前、殺すぞ!!」

レオンが慌てて駆け寄る。「カインさん、大丈夫ですか!?」

「だ、大丈夫……ギリな。」と頭を押さえるカイン。


そのやり取りに店員が苦笑いし、店内には笑い声が広がった。


全員がそれぞれ水着や服、下着などを揃え、

レジ前で山のような紙袋が積み上がる。


「よしっ、会計は任せるっす!」

アイリが胸を張ってカードをスッと差し出す。

機械が「ピッ」と音を立て、レシートがどっさり出てきた。


「ふふっ……買いすぎたっすね。」

「すごい量だ……」レオンが苦笑する。

「レオンくん、カインくん、荷物お願いしまーす!」

「……えぇ~っ!?」

結局、二人は両腕いっぱいに袋を抱える羽目になった。


「まだまだ次行くっすよー!」

アイリの掛け声に女性陣が元気に応じ、

華やかな笑い声を残して店を出ていく。


そのときだった。

レオンが出口の前ですれ違った少女に目を奪われた。


肩までのボブに、藍色の髪。

陽光を受けて波打つウェーブが柔らかく光を反射している。

瞳は深い紫。宝石のような透明さを宿していた。


彼女は静かに微笑み、

通り過ぎざまにほんの一瞬、レオンと視線を交わした。


――不思議だ。


ただの通行人。

けれど、彼女の姿が頭から離れなかった。


「なんだ、今の子が気になったのか?」

隣のカインがニヤつきながら肘で小突く。

「な、なっ……!そ、そんなわけないです!」

レオンが慌てて否定し、袋を持ち直す。

「ただ……どこか、不思議な雰囲気の子だったから……」


「ふ~ん?」

カインがからかうように笑う。

「ミリアが聞いたら嫉妬すんぞ?」

「な、なんでミリアさんが……!?そ、そういう関係じゃ……!」

「さぁなぁ。」カインは肩をすくめ、楽しそうに笑った。


その笑い声の奥で、

レオンの視線はまだ、さっきの少女の背中を追っていた。


この瞬間――

彼はまだ知らなかった。


この“偶然のすれ違い”が、

やがて彼の運命を大きく変えることになることを。

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