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リミナス・フロンティア  作者: タコマル
第一部第二章
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第三十二話

◆エリスとアストラエル


エリスの周りには、熱が満たしていた。

崩れかけた瓦礫の中央――エリスとアストラエルが対峙する。

互いに言葉はいらなかった。ただ、世界が二つの火を選んだ。


最初に動いたのは、アストラエル。

「――深淵のアビス・ブレイズ。」


空気がねじれ、青黒い光が噴き出した。

それは“燃える”というより、“喰らう”火だった。

炎のはずなのに冷たい。蒼に黒を沈めたその輝きが、空間の輪郭を溶かしていく。

石畳が泡立ち、鉄骨が音もなく曲がった。


「へぇ……やるじゃん。」


エリスは笑い、靴先で床を蹴る。

黒い焔が頬を舐め、髪の先が焦げる――が、痛みはない。

光が触れた瞬間、火が退く。


「お返しだ――太陽のソル・ブレス。!」


指先が閃き、白金の光が奔る。

真昼のような熱量が押し返し、青黒い焔と衝突した瞬間、世界がひっくり返った。

黒と金、夜と昼。両極の火勢が咆哮を上げ、天井の瓦礫を吹き飛ばす。


アストラエルの頬に汗が伝う。

呼吸が浅くなり、瞳が震えた。

「……や、やだ……こわい……」


「おいおい、こんなんで泣くのかよ。」


軽口を叩きながらも、エリスは目を離さない。

この焔には、“焼却”の概念を食うような嫌な密度がある。

炎としての理屈が違う。

アストラエルのものは“光を消す”ための炎だった。

「思ってた以上に……醜い力が、強くて……ショック。」


「誰が醜い力だ。こら。」


その一言に、アストラエルの瞳が変わった。

青黒い光の底に、悲しみとも怒りともつかぬ色が混ざる。


「ひどいこと言う……これは、教祖様がくれた――“綺麗な”力なのに。」


そして――背中で“何か”が裂けた。


ぼたり、と音がして。

黒紫の羽根が霧のように散り、夜の翼が広がる。

漆黒の羽毛が青黒く輝き、炎と同調する。

空気が一瞬、静止した。


エリスの皮膚が粟立つ。

これはさっきまでとは“別格”。

焔の威圧ではなく、“殺気”そのものが空間を支配する。

(……こいつ、弱かったんじゃねぇ。アタシと“相性”が悪かっただけか。)


それでも笑う。

虚勢でも、笑っていれば勝てる。トウマに教わった。


「お前それで天使にでもなったつもりか?黒い翼とか、そっちの方がよっぽど醜いぜ。」


「――許さない。」


アストラエルが両手を広げた。

空気が割れ、青黒い火花が弾ける。

空中に無数の円環が開き、そこから《深淵の炎の槍》が生成される。


数百。いや、千を超えていた。

夜の星座のように並び、すべてがエリスに向けられる。


「消えて。」


放たれた瞬間、視界が埋まる。

雨のような槍の嵐が降り注ぎ――地面が抉れた。


「こんなの、効か――っ!」


掠っただけだった。

左腕をかすめた一本が、皮膚を裂き、青黒い炎を残す。

火傷というより、“呪い”が皮膚を這う。

痛みが遅れてやってきて、焼けた神経を針で刺されたような錯覚。


(……なんだ、これ……ただの炎じゃねぇ……!)


顔を上げた時、アストラエルは――笑っていた。

涙を残したまま、狂気の笑み。

青黒い火がその輪郭を歪ませる。


「燃えてよ……全部、燃えて、壊れちゃえ!」


「……気色わりぃな!」


エリスが叫び、掌から業火を放つ。

紅蓮が爆ぜ、炎の波が押し寄せる。だが、アストラエルは一歩も動かない。

深淵の焔が太陽を飲み、音が消える。

(クソ……分が悪い。近距離に持ち込む!)


踏み込み――瞬間、景色が逆転した。

アストラエルが手首を取る。

わずかな重心のズレ。

合気道めいた最短の崩し――次の瞬間、エリスの背中は地面に叩きつけられていた。

世界が傾き、視界が天地を入れ替えた。


ドン――ッ!!


「っな――」

地面に叩きつけられる。

肺が潰れ、視界が白く弾けた。

そのまま地面の影から、青黒い鎖が噴き出し、四肢を縛る。


「……っ、は……なせ!」


動けない。炎の鎖が皮膚に食い込み、熱よりも冷たい痛みが走る。

アストラエルはその上から、拳を落とした。


一発、二発、三発――

頬、腹、胸、全身。

打撃のたびに“冷たく焼かれる”感覚だけが残る。

笑顔の形が、完全に壊れていた。


「もっと……もっと壊れるまで笑っててよ」

アストラエルの笑顔は、もう人のそれではなかった。


殴られる衝撃の合間、視界が揺れる。

灰色の世界の中で、懐かしい声が蘇った。



******



「ボス!見て見て、これ、すげーだろ!」


幼い自分が、掌に灯した小さな火の玉を見せている。

焦げ臭い小屋の中、窓から差す夕日。


「すごいな。綺麗な太陽だな。」


トウマが、穏やかに笑った。

あの時の笑みは、火よりも優しかった。


「でも、エリスならいずれもっと綺麗で、本物の太陽を作れそうだな。」

「ほんものの……たいよう?」

「そう。世界を照らして、凍えたやつを温めるやつだ。」


幼い自分は胸を張り、にかっと笑う。

「じゃあアタシ、大きくなったら本物の太陽つくる!」



「楽しみだな。でも――お前の笑顔が一番の太陽だ。」


トウマが指で口角を押し上げる。

「辛くなったら、笑え。お前の笑顔なら、全部吹っ飛ばせる。」


「にかー!」

子供のエリスも真似して、全力で笑った。

焔みたいに明るく。



******



――目が覚めた。

殴られている。呼吸は荒い。

でも、それでも。


(そうだったな……こういうときこそ――笑うんだ。)


エリスの唇がゆっくりと吊り上がる。

血の味を噛みながら、ニカッと笑った。

「――泣き虫を泣かせ返すのは、得意なんだよ、アタシ。」


次の瞬間、空気が鳴る。


太陽が、爆ぜた。

金白の焔が体の内側からあふれ、青黒い鎖を焼き切った。

深淵の法則が、光の条文に“上書き”される。

焼く者と焼かれる者が、入れ替わる瞬間。


「な、なにこれ……あっつ……!」


アストラエルが叫ぶ。

黒翼の縁が焦げ落ち、炎の粒子が逆流していく。

青黒い火が飲み込まれ、白金の太陽がそれを貫く。


「この炎……深淵じゃ……消せない……!?」


エリスは、笑っていた。

炎の中でシルエットだけが浮かぶ。

輪郭は光に包まれ、瞳は星のように輝いている。

太陽の中心から現れた、笑う怪物。


アストラエルの背に、冷たいものが走った。

(なに……この人……太陽の悪魔みたい……)


「おい。なんて顔してんだ?」


声が響く。

優しげな笑い。けれど、熱だけは止まらない。


「さっきみたいに――笑えよ。」


恐怖が限界を超える。

アストラエルの頭に、声が響いた。

――『戻れ。すぐに。』


教祖の命令だ。

脳に直接刻み込まれる“撤退”の呪文。


アストラエルは反射的に翼を畳む。

逃げようとした、その瞬間。


エリスが目の前にいた。


「――遅ぇよ。」

拳が光を纏う。

轟、と大気が膨張する。


「――天地焔灼ソル・インパクト


拳が振り抜かれた瞬間、周囲の空気が真っ白になった。

百メートル級の光柱が天空まで突き抜けていく。


轟音のあとに、静寂。

空気が蒸発し、瓦礫は灰の影さえ残さない。

地面には、円柱状に焼け落ちた巨大なクレーター。


アストラエルの姿は――なかった。

黒い羽根の欠片と、青黒い残光だけが風に溶けて消える。


エリスはしばらく拳を握ったまま、肩で息をした。

じわじわと痛みが戻ってくる。殴られた肋が抗議し、焦げた頬が疼く。


「……っはー……」


こめかみを拭き、空を見上げる。

雲はとっくに燃え尽き、星が滲んでいた。


「なんか――すっきりしたけど、体いてーな」


笑って、腰に手を当てる。

にかっと、もう一度。


太陽は、まだそこにあった。

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