第三十話
◆ルキウスとゼルロゼ
紫の鳥籠に覆われた王都の空で、二つの影が衝突していた。
一方は、白銀の全身甲冑に大太刀を握る騎士――ルキウス・レクシオン。
もう一方は、漆黒の翼を広げ、呪われた天使群を従える女――ゼルロゼ。
閃光と闇が交差するたび、空気が軋み、瓦礫の大地が震えた。
地上の兵たちは誰も声を発せず、ただ見上げることしかできない。
「……ッはぁああッ!」
ルキウスの大太刀が閃光を撒き散らし、迫る天使群を一掃する。
甲冑の重量を全身に乗せ、巨岩を割るような重みで斬り下ろすと、数十体の天使が悲鳴をあげながら消滅した。
だが。
「わぁ、すごいすごい!おっきい剣~♡」
ゼルロゼは無邪気な声をあげ、羽ばたきと同時に鞭のように伸びた黒翼でルキウスの斬撃を受け止めた。
衝撃で空が鳴動し、閃光と瘴気が弾け散る。
ルキウスは大太刀を引き、再び斬り込む。
――速い。甲冑を着込んでなお、彼の突進は光の矢のごとく。
「せやぁッ!」
振り抜いた大太刀が残光の弧を描き、空を裂いた。
しかしゼルロゼは笑いながらくるりと宙を舞い、その一閃をかわす。
黒翼の羽ばたきが呪いを撒き散らし、避けた余波だけで甲冑が腐食して軋む。
「きゃはっ♡当たりそうだった~。でも惜しいねぇ?」
ルキウスは一度間合いを取り、大太刀を肩に担ぐ。
荒い息を吐きながらも、その眼差しは決して折れない。
「……お前は何者なのだ。この悍ましい天使を従える者など、聞いたこともない。」
「ん~、何者だろ?」
ゼルロゼは小首を傾げ、子供のように笑う。
「私自身も知らないんだよ?気づいたらこうなってたの。変でしょ?」
「……先ほど、トウマ殿に声をかけていたな。顔見知りか?もとは人間……いや、呪われた天使との契約か?そんな存在は……まさか……セ、セラフィスか!」
その名を口にした瞬間、ルキウスの背筋に寒気が走る。
聖典に記された“堕ちた大天使”――禁忌の名。
「へぇ、よく知ってるねぇ~。鋭いなぁ。」
ゼルロゼは指先を唇に当て、笑みを深くする。
「セラフィスはね、私と似た子。だから、一緒になったの。孤独は嫌いだからさぁ。」
「……っ。ならば――」
「それに、あなた……法国の人間でしょ?」
「……そうだが。貴様に関係はない。」
「大ありだよぉ。だって――死ぬほど憎いんだもん。法国のこと。」
「なに……?」
ルキウスが眉をひそめる間もなく、ゼルロゼは子供のように舌を出して笑った。
「もー、無駄話より――もっと遊ぼうよ♡」
次の瞬間、黒翼が弾け、数百の呪天使群が一斉に飛びかかった。
「来い……!」
ルキウスは大太刀を両手で構え、突進。
《閃烈一刀》!
光を纏った踏み込みが、群れを薙ぎ払う。
続けざまに、円弧を描く大薙ぎ。《聖環・大断》――その残光が空に煌輪を刻む。
切り裂かれた天使たちが悲鳴をあげて霧散するが、すぐに次の群れが迫る。
「はぁっ……!まだだッ!」
甲冑の軋む音を背負いながら、ルキウスは突撃を繰り返す。
だが――。
「ふふっ、すごいねぇ。ほんとに必死。でもね……」
ゼルロゼの黒翼が広がり、闇の奔流を叩きつけた。
大地ごと抉る闇の刃がルキウスを直撃し、甲冑の継ぎ目から血が噴き出す。
「ぐっ……ぅああッ!」
吹き飛ばされながらも大太刀を支えに立ち上がる。
「いい顔だねぇ。もっともっと苦しんで♡」
ゼルロゼは楽しげに笑い、呪いを重ねて翼を振るう。
その時、ゼルロゼの背の黒翼が不意に暴走し、呪光が市街へと降りかけた。
「あれれ?ちょっと待って……。制御、うまくいかないなぁ♡」
その隙を逃さず、ルキウスは残光を纏い直す。
「今だ――!」
全身の力を大太刀に込め、渾身の突撃。
大刃が黒翼を切り裂き、羽の一枚が飛び散った。
「……へぇ。」
ゼルロゼは口元を指で拭い、血を見せつけながら笑う。
「やるねぇ。ちょっと痛いかも。でも楽しい♡」
直後、遠方からアークの魔力が掻き消えた。
上位組織からの命令が届いたのだろう。
「えー、もう帰れって?遊び足りないのにー。」
ゼルロゼは肩をすくめ、背後に赤黒いゲートを展開する。
「待て……!」
血まみれになりながらも、ルキウスは大太刀を杖に立ち上がった。
「ふふっ、頑張るねぇ。楽しかったよ。――また遊ぼうね。」
ゼルロゼはゲートに足を踏み入れながら、振り向きざまに笑みを浮かべる。
「じゃあねー♡」
その瞬間、黒翼から闇の刃が放たれた。
ルキウスは咄嗟に大太刀で受けるが、衝撃に耐え切れず甲冑ごと吹き飛ばされる。
「ぐあっ……!」
地上の瓦礫へ叩き落とされ、全身から血を流し、意識が闇に沈む。
ゼルロゼはひらひらと手を振り、赤黒い光に溶けるように消え去った。
瓦礫の中に倒れ伏すルキウス。
だがその傍ら、大太刀だけが地に突き立ち、なお聖光を放っていた。
「……ルキウス様……?」
リリィが息を呑む。
対策本部の風穴が空いた城の中からリリィの結界の中からも兵や市民が見上げ、声を失っていた。
彼らにとってルキウス・レクシオンは、法国が誇る“光の象徴”であり、悪魔をも討ち果たしてきた英雄だった。
その彼が、無惨に血を流し、大太刀を杖にしてなお立てず、地へと崩れ落ちている。
「……あのルキウス様が……」
「……負けたのか……」
ざわめきが広がり、恐怖が人々の胸を蝕む。
ゼルロゼの無邪気な笑い声がまだ耳に残るかのように、誰もが背筋を凍らせた。
希望の象徴が倒れた今、残された者たちに残るのは――
邪悪な影と、なお戦い続けねばならぬ現実だけであった。




