第二十六話
ログハウスを後にした一行は、まだ朝霧の残る森を抜け、境界の高速回廊へと向かっていた。
空気はざらつき、いつもより兵士や冒険者の往来が多い。道の脇には臨時の検問所が設けられ、各国から派遣された部隊や避難民が列を作っていた。
「……やっぱり騒ぎになってるな」
ジークが煙草を弄びながら呟く。視線の先、列を成す人々の顔には不安と苛立ちが入り混じっている。
「ルナリエが滅んだ、って噂はもう広まってるっすね」
アイリが端末を操作しながら小声で付け足す。「入口の通行制限、普通なら半日は待たされる……」
だが、ラグノワが一歩前に進むと、状況は一変した。
ポケットから出したカード、埋め込まれた印章が淡く光り、係員の兵士がはっとして敬礼する。
「――リガルドの認証。特例で最優先通行、開放します!」
「助かるぜ」
トウマが軽く片手を上げ、解決屋の仲間たちは列を横切り、閉ざされたゲートの奥へと通されていった。
ーーーーーー
石造りの基盤が淡く光り、宙に白いトンネルが開く。
空気が震え、一歩踏み出すと周囲の音は吸い込まれ、光と影だけの世界へと変わった。
「うわぁ……久々だけど、やっぱ慣れなぇな」
エリスが眉をひそめる。足元の道はまるでガラスのように透け、底なしの空に浮いている錯覚を覚える。
「下、見るな。落ち着け」
ヴォルドが低く言う。
そのとき、ラグノワの仮面が振動し、通信音が一行の耳に響いた。
『こちらリガルド本部。――緊急報。ルナリエ現地に、特命騎士ルキウス・レクシオンを派遣済み。聖騎士団の指揮権も、彼に移行予定』
その名が告げられた瞬間、空気が重く沈む。
トウマが深々とため息をつき、露骨に嫌そうな声を出した。
「うわぁ……アイツかよ。だるぅ……」
「誰それ?」
ミリアが首を傾げ、レオンもきょとんとする。
イレーネが短く答えた。
「法国直属の特命騎士。現場叩き上げの猛者よ」
ラグノワが続ける。
「実績は山ほどある。
――上級悪魔を三体討伐、教団の魔人を五人討ち取り、魔竜を十体屠った。
他国の戦争に介入し、敵国の上位魔導団を一晩で殲滅したこともある」
「な、なにそれ……」
ミリアが目を丸くする。「もう人間じゃないじゃん!」
「つまり“クソ真面目で、死ぬほど強い厄介者”ってわけだ」
カインが肩をすくめ、ため息をつく。
ヴォルドは黙って唸り、竜の瞳を伏せた。
「竜を十……。その数は誇張では済まされん」
「まぁ……法国そのもの、できれば関わりたくはないんだがな」
ラグノワが仮面の奥でぼそりと吐き捨てる。
「まったくだ」
トウマは帽子を目深にかぶり直し、光のトンネルの先を見据えた。
「気が重ぇぜ……」
ラグノワの仮面が再び震え、管制の声が響く。
『追加報。――ルナリエ全域で異常波長を観測。供物陣の残滓か、もしくはそれ以上のもの。現場は現在、混乱の極み』
『瘴気に引き寄せられるように魔物や悪魔が続出。救援や探索に入った人間を狙い、攫うような行動が確認されている』
「……人間を攫う、だと?」
ヴォルドが低く唸る。
「狩りじゃない……“収穫”ね」
イレーネの声は冷たい。「生き残りを供物として集めている可能性が高い」
アイリが端末を叩く。
「うわ、マジか……救援に来た人間すらカウントされてんすか」
『ルキウスは現在、前線で魔物の殲滅に当たっている。対応は迅速だが、出現があまりに多く、防衛線は膠着中。法国側も疲弊している模様』
「……だろうな」
ラグノワが仮面越しに呟く。「あれだけの戦果を積んだ男でも、現場の混乱は容易に収められまい」
ジークが煙草を噛みしめる。
「状況は最悪ってわけだ。行く前から嫌な汗が出るな」
ミリアが短剣の柄を握り、吐き捨てる。
「だったら余計に急がなきゃ。のんびりしてたら、生き残りが片っ端から消える」
レオンは拳を震わせながら頷いた。
「……僕たちで生き残った人達を救わなきゃ。」
光のトンネルの先に、出口の輝きが見え始めていた――。
ーーーーーー
高速回廊の出口を抜けた瞬間、一行の視界に飛び込んできたのは――崩れかけた石壁の影だった。
ルナリエ王国。
白亜の城壁で知られたはずのその外郭は、いまや煤け、瘴気に覆われて黒ずんでいる。
瓦解した門塔からは火煙が噴き上がり、赤黒い炎が夜明けの空を照らしていた。
「……間に合ってほしいと思ったが、これは……」
ヴォルドが低く唸る。
視線を上げれば、城壁の上で聖騎士団が必死に剣を振るっていた。
瘴気の群れから這い出る悪魔を、聖印の光で焼き払いながら防衛線を維持している。
槍が閃き、矢が飛び、斃れた仲間を抱えて後退する影も見えた。
その前線のただ中、紅のマフラーを翻すひときわ大きな影があった。
背に大太刀を負い、黄金の瞳で敵を睨む長身の男――ルキウス・レクシオン。
彼が号令を飛ばすたび、騎士たちの陣形は整い、見事な一枚岩となって悪魔を押し返す。
一振りごとに数体の魔物が斬り裂かれ、城壁の上は血煙と瘴気で染め上げられていった。
「……あれがルキウス」
イレーネが息を呑む。
「法国直属の特命騎士。――そして、前線の指揮官」
城壁を見上げながら進軍していた一行の前に、鎧をまとった騎士団の一隊が立ち塞がった。
聖印を刻んだ槍が交差し、険しい声が飛ぶ。
「ここは法国の管轄区域だ!通行の権限を示せ!」
ラグノワが一歩前に出て、仮面に刻まれたリガルドの紋章を淡く輝かせた。
「リガルド異常対策本部より派遣。任務は調査と救援。――妨げるなら、事後処理はそちらの責任になる」
兵たちが一瞬たじろぎ、ざわめきが走る。
その背後から、ゆっくりと紅のマフラーを揺らしながら一人の男が歩み出た。
長身、鋼鉄のように鍛えられた体躯。
赤い瞳は炎を宿したように輝き、正面から見据えられれば息を詰まらせるほどの圧がある。
その一歩ごとに地面が重みを受け止め、周囲の騎士たちが自然と姿勢を正した。
――ルキウス・レクシオン。
法国特命騎士。その名は、戦場を渡る者なら誰もが耳にしたことがある。
「……この方が」
イレーネの声が小さく漏れる。「法国の剣を体現する男」
ルキウスは立ち止まり、帽子を目深にかぶるトウマを見つけると、わずかに表情を和らげた。
「おお――トウマ殿。久しいですな」
朗々とした声が響く。
「もしや……リガルドに復帰されたのですか?」
解決屋の仲間たちが一斉に目を向ける。
トウマは帽子のつばを指で押し上げ、面倒そうに目を細めた。
「……いや。あいにく戻っちゃいねぇ。俺はもう“解決屋”だ」
ルキウスは驚いたように眉を上げ、それから静かに頷いた。
「そうですか。ですが、あなたがいるなら心強い。法国での件は私個人では水に流しましょう。」
「うげー。まだお前ら根に持ってやがったな。勘弁してくれー。」
トウマが肩をすくめる。
そのやり取りに、解決屋の面々は互いに目を見交わした。
どうやら二人は、かつてリガルドの任務か戦場で顔を合わせたことがあるらしい。
だがトウマの態度は、親交というよりは距離を測るような冷めたものだった。
ルキウスは構わず、黄金の瞳で一行を順に見渡す。
「リガルド、そして……解決屋。力を合わせれば、この瘴気の奔流にも抗えよう」
「言うほど簡単じゃねぇけどな」
ジークが煙草を噛みしめる。
ラグノワが一歩前に出て、仮面の奥から静かに告げた。
「生存者の救出が最優先だ。法国の権限も、リガルドの規則も、今は脇に置いてもらう」
ルキウスは短く息を吐き、頷いた。
「……異論はない。だが、我らの規律は守られる。無秩序な行動は、許されん」
「相変わらずだな、ルキウス」
トウマが笑う。
その言葉に、紅のマフラーが風に揺れた。
ルキウスの眼差しが、一行を順に掃いた。
兜の小さな隙間から覗く瞳は冷たく、炎の前に置かれた鋼のように歪みなく硬い。
「この国はまだ息をしている。生存者の救出と魔物の排除が急務だ。……君たちにも動いてもらう」
トウマは帽子を押し上げ、口の端だけで笑った。
「命令口調は趣味じゃねぇが……仕方ねぇか。――うし、みんな打ち合わせ通りにな」
ラグノワが仮面越しにすぐ応じる。仮面のリムが淡く点滅し、内部回線のチャイムが小さく鳴った。
「了解。各員、任務を遂行せよ。」
ー◆カゲロウ&カインー
「俺とカゲロウさんで城内の散策。侵入経路と生存者の隠れ場所を洗い出すかー。」
カインが肩を回した瞬間、――次の拍でその姿はもう路地の奥に霞んでいた。
瓦礫の影に手を伸ばした老兵が振り返った時には、目の前を通り過ぎる一陣の風だけが残っている。
悪魔に爪を振り下ろされかけていた避難民の体が、次の瞬間にはカインの腕に抱えられて路地の外へ運ばれていた。
「……な、何が……?」
本人が状況を理解するより早く、カインはひらりと放り投げるように安全圏へ下ろし、また次の路地へ消えていった。
視界の端に白い線が走る。砂埃がまだ落ちきらないうちに、カインは数百メートル先で別の生存者を抱え出し、瓦礫の隙間に印を残す。
「あっぶねー!二秒遅れたら死んでたな。……次っ!!」
独りごちる声だけが、風に置き去りにされる。
一方のカゲロウは対照的だった。
気配を消し、影そのものに身を沈める。
倒壊した建物の下、誰にも気づかれないまま黒い液がしみ込むように広がり、瓦礫の間から小さな靴の爪先を見つける。
影の手が床下をなぞり、震える指をそっと掴む。
「――ガキども。静かに」
低く短い声とともに、黒い手が子どもを包み、影から現実へと押し出す。
泣き声は上がらない。ただ、影に守られたまま母親の腕に戻される。
影の気配が通り過ぎた後には、誰もそこに“居た”ことすらわからない静けさだけが残った。
二人は、ひとりは音速のごとく、もうひとりは影のごとく。
城内を網目のように縫い、生存者を拾い上げていく。
ー◆ エリス&ヴォルドー
「じゃあ、私とヴォルドは遊撃か」
エリスの握り拳に淡い光がにじむ。炎は細く絞られ、熱波だけが周囲の瘴気を押し返す。
彼女の表情は冗談抜き。街を燃やさず、敵だけを消し飛ばすための集中。
次の瞬間、二人の姿が同時に跳ねた。
路地の角から躍り出た節足の悪魔が、反応する間もなく叩き潰される。
光の奔流と竜の拳がほぼ同時に炸裂し、硬い甲殻が内側から弾けた。黒い霧が散り、残ったのは瓦礫に弾かれた残骸だけ。
「右上か」
ヴォルドが低く告げると、屋根から降下した翼の悪魔の顎を片手で掴み、竜の膂力で地面に叩きつけた。
石畳が砕け、蜘蛛の巣状の亀裂が走る。衝撃で周囲の魔物が足を止める。
その隙にエリスが駆け抜け、掌から広がった光が狭い路地を覆った。
逃げ場を塞がれた群れが一斉に悲鳴を上げる。
ヴォルドは腕を振り抜き、群れごと壁際に叩きつけた。竜尾が唸り、数体をまとめて粉砕する。
拳が振り下ろされるたび、甲殻は乾いた音を立てて砕け、石畳に黒い血が飛び散った。
二人は言葉を交わすよりも速く動き、呼吸が重なるように敵を消していく。
エリスの光が影を裂き、ヴォルドの拳と尾が残滓を叩き潰す。
進路上に立つ悪魔は、もはや“数”として数えられることなく消えていった。
「燃やし過ぎんなよ!!」
遠くからカインの声が飛んできて、エリスは舌を出した。
「わかってるっつうの!」
その笑みの裏で、彼女の眼差しは戦火に鋭く光っていた。
ーーーーーー
城壁下の広場に、砂塵と熱風が残った。
カゲロウとカインは風のように、エリスとヴォルドは爆ぜるように姿を消す。
残された仲間は一瞬ぽかんとしたが、すぐに苦笑が漏れた。
「……あいつら、行動だけはえーな」
ジークが煙草を咥え直し、肩をすくめる。
「まぁ、細かい話より体で示すタイプっすからね」
アイリが端末を抱えながら、笑みを浮かべる。
「頭脳労働組は置いてかれがちっす」
「ですが、必要な役割は残っています。」
イレーネの冷ややかな声が落ちる。銀の瞳はすでに城内の奥を測っていた。
「……なら動こう。ルナリエの緊急対策本部に案内する」
ルキウスの声が鎧の内から低く響いた。
その声音には感情の揺らぎはない。ただ任務を遂行する意志だけ。
トウマは帽子を押し上げ、肩を竦める。
「へいへいー。いくぞいくぞー。」
ラグノワが仮面を揺らし、静かに歩み出す。
「本部で状況を整理する。生存者の情報、供物陣の痕跡……全部拾う」
リリィは癒しの光を灯しながら、隣に立つレオンとミリアを見やった。
「大丈夫です。あなたたちの役割もちゃんとありますよ」
レオンは小さく息を整え、ミリアは短剣を握り直して頷く。
「よし……んじゃ、行こうか」
ジークが広場を見渡し、最後尾を確認して歩き出す。
キアラもその横で元気よく拳を打ち合わせた。
鎧の騎士ルキウスを先頭に、残った解決屋とリガルド勢は、城内奥へと足を向ける。
瓦礫を越え、崩れた回廊を抜け、王国の心臓部に設けられた緊急対策本部へ――。
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鎧の騎士ルキウスを先頭に、残った解決屋とリガルド勢は、城内奥へと足を向ける。
瓦礫を越え、崩れた回廊を抜けるたび、漂う匂いが変わった。血と煙、焦げた木材、そして瘴気のざらついた気配――それらを結界の膜が辛うじて押し返している。
やがて彼らは王都の心臓部に辿り着いた。そこは大聖堂の隣棟を改造した臨時の拠点。半壊した石壁に布が張り巡らされ、結界術式の光がちらちらと揺れている。兵士や神官たちが負傷者を運び込み、かすれた声で命令を飛ばす姿があった。
「……随分と持ちこたえてるな」
ジークが煙草を咥えたまま呟く。
「いや、持たされてる、か」
広間の中央、粗末な石卓を前に、一人の男が立っていた。
痩せた体躯に、泥と血に汚れた外套。だが背筋だけは真っ直ぐに伸びている。
彼は一行を見ると、深く頭を垂れた。
「……ルナリエ臨時代表、執政官ローデル・ハースです。遠路はるばるお越しいただいたこと、心より感謝いたします」
その声は掠れているが、必死に気丈さを保とうとしていた。
ルキウスが鎧の胸を叩き、兜の奥から重く響く声を放つ。
「感謝は後だ。現状を報告せよ」
ローデルは一瞬躊躇し、羊皮紙を握る指が小さく震えた。
「……我が国の正規兵は千弱。そのうち戦闘可能なのは、二百余りに過ぎません。残りは戦死か、負傷か……あるいは消息不明です」
広間に沈黙が落ちる。
リリィが小さく目を伏せ、レオンは唇を噛み、ミリアが隣で拳を強く握った。
「市民は?」
イレーネの冷ややかな問いかけに、ローデルは答える。
「8万いたはずの民のうち、保護できているのは六百余り。……半数以上の所在は掴めておりません」
その場にいた誰もが息を詰めた。
「……王族はどうした」
ラグノワの仮面越しの声が、静かに場を切り裂く。
ローデルは目を伏せ、深く首を振った。
「宮殿は襲撃の初撃で炎上し、王も王妃も確認されておりません。……生死は定かではありません」
重い沈黙が落ちる。
ジークが煙草を噛み、低く吐き捨てる。
「つまり、国の頭はもう残ってねぇってことか」
「精鋭騎士団は?」
トウマが帽子を指で押し上げながら、気だるげに訊いた。
「……我が国の誇り、百名の精鋭騎士団は、結界が破れた直後、城門で迎撃に立ちました。しかし……半数以上が討たれ、残りも散り散りに。組織としての機能は失われております」
「盾も剣も崩れりゃ、城も民もひとたまりもねぇわな」
ジークの声は苦く、キアラは唇を噛みしめた。
そして、最も聞きたくなかった問いが残る。
トウマが何気ない調子で口にした。
「攫われた聖女ルナリアの目撃情報は?」
ローデルはしばし言葉を失い、やがて搾り出すように答えた。
「……彼女は最後まで民を導いていました。だが……黒い霧と共に現れた“異形”に攫われたのです」
「異形?」
ミリアが声を上げる。
「鎧を纏った者だったという証言もあれば、仮面の怪人だったという者もいる。ただ共通しているのは――歪んだ翼を背負っていたという点です」
重苦しい空気が広間を支配する。
リリィは胸元で祈るように手を組み、レオンは血の気を失った顔で立ち尽くした。
「結界がどう破られたのか、敵が何者なのか……いまだに誰も分からない」
ローデルは悔恨の滲む声で続けた。
「ただ一つ確かなのは、我らの国は――一夜にして滅んだという事実だけです」
トウマは帽子を深くかぶり直し、にやりと口の端を上げた。
「……なるほどな。原因も分からねぇまま、全部ひっくり返されたってわけか。
ほんっと、嫌な匂いしかしねぇな」
ルキウスが一歩進み出る。
「――だが、生存者はまだいる。救出と防衛を最優先に動く。異論はあるまい」
ルキウスの声が響いた直後――
――ドォンッ!
石壁が揺れ、卓上の羊皮紙が宙を舞った。
外から流れ込んできたのは轟音と振動だけではない。
熱とも瘴気とも違う、圧倒的な“殺気”だった。
それは理屈ではなく本能に訴えかけ、全員の背筋を氷のように凍りつかせる。
「……ッ!」
イレーネが反射的に剣に手をかけ、ラグノワの仮面が不気味に光を反射する。
リリィは小さく悲鳴を押し殺し、レオンとミリアは思わず互いに寄り添った。
ジークの煙草が床に落ち、踏み消す暇もなく潰れた。
結界の内側にまで滲み込む異様な圧。
それは、外にいる“何か”が意図的に流し込んでいるのだと誰もが直感した。
その場にいた解決屋メンバーは感じていた。二つの圧が流れ込んでいると。
一つは身に覚えがある、そうアークの魂が焼けるような圧力。
もう一つは全く身に覚えがない新たな圧である。
「何が起きた」
ルキウスの低い声に重なるように、幕が乱暴にめくられる。
血に濡れた甲冑の伝令兵が、息も絶え絶えに駆け込んできた。
「報告!本部周辺に襲撃者が現れました!」
「誰だ」
ルキウスの声は鋼のように響く。
「青い炎を纏った悪魔……それと――漆黒のドレスを纏う女……!どちらも異常な力で城壁を焼き払っています!」
広間に重苦しい沈黙が落ちた。
“青炎の悪魔”という言葉に、トウマの口元が僅かに歪む。
一方、“漆黒の女”については、誰も聞いたことがなかった。
「……青い炎はわかる。だが、もう一人は誰だ?」
ジークが低く唸り、灰色の瞳を細める。
伝令兵はただ首を振り、震える声で言った。
「わかりません……しかし、彼女の存在だけで兵が怯え、列が崩れています……!」
答えは誰も持っていない。
ただひとつ確かなのは――その二人の襲撃によって、ルナリエは今まさに完全に息の根を止められようとしている、ということだった。




