第二十二話
焼け焦げた大聖堂の前庭。
崩れ落ちた石柱と血の匂いが漂う中、三手に分かれていた仲間たちが次々と姿を現した。
鐘楼組――カゲロウ、カイン、アイリ、キアラ。
中央堂組――トウマ、レオン、リリィ、イレーネ。
地下墓地組――ジーク、ヴォルド、エリス、ミリア、ラグノワ。
カゲロウの影が蠢き、三か所から持ち帰った戦果を並べる。
砕けた仮面の破片。黒く脈打つ結晶。歪んだ偽鍵の欠片。
戦いの残滓がひとつの場に集められ、重苦しい気配が前庭を満たした。
「……揃ったな」
ラグノワが仮面をわずかに傾け、低く言う。
「鐘楼では“増幅器”の鐘。中央堂では“黒結晶”。地下墓地では“偽鍵”。
性質は異なるが、いずれも“鍵”に干渉する痕跡を残している」
ジークが煙草を口にくわえ、拳を震わせる。
「つまり……奴ら執行者は、“鍵”を元にした実験体だってことか」
カインが吐き捨てるように笑った。
「ただの怪物だと思ってたが……全部“鍵”の副産物だとしたら洒落にならねぇな」
エリスが剣を肩に担ぎ、唇を噛む。
「……あたしら、連中の“研究成果”と戦ってたってわけか」
リリィが端末を閉じ、光を指先に浮かべながら震える声を漏らした。
「でも……全部が“鍵”に繋がっているなら、“御方”って呼ばれてた存在も……」
イレーネが静かに続ける。
「解放されれば、ここでの襲撃規模じゃ比べ物にならない規模の災厄になるでしょう。」
ヴォルドが重い声で呟いた。
「……拳を握った瞬間、骨が砕ける未来しか見えなかった。だが、あれすら“試作品”か……」
ミリアは短剣を構え直し、真っ直ぐに吐き捨てる。
「なら、試作品ごと全部斬り伏せるまでよ」
瓦礫に反射する月光の下、全員の表情は険しく沈んでいた。
自然と視線が集まるのは――帽子を深くかぶったトウマと、仮面をつけたラグノワだった。
ジークが煙草を指でつまみ、苦々しく吐き捨てる。
「……結局、ゼルロゼに繋がる情報は何もねぇのかよ」
その声には苛立ちよりも、深い失望が滲んでいた。
握る拳が震え、煙草の灰が落ちて石畳に散る。
トウマが帽子を深くかぶり直し、軽い調子を装いながらも低く言った。
「焦んな。必ずどこかで手がかりは拾える。あいつも……そう簡単に消えるタマじゃないさ」
ラグノワが仮面を傾ける。
「……今ここで答えを出す必要はない。むしろ、次に痕跡が現れる可能性が高まったと考えるべきだ」
ジークはしばし黙し――深く息を吐いた。
「……チッ、わかってるさ。だがよ……」
それ以上は言わず、煙を吐き出した。
「……とりあえず、腹減った」
エリスが不意に口を開き、剣を背に担いだまま欠伸をした。
「相変わらずだな、姐御は」
カインが苦笑し、額の汗を拭いながら肩を竦める。
「戦った直後だってのに食い意地は落ちねぇのかよ」
「エネルギー切れたら戦えないだろーが」
エリスが悪びれもせず返し、場にわずかな笑いが生まれる。
そこから自然に、各チームが戦いの報告をし合う流れになった。
「こっちは鐘を鳴らす度に衝撃波が来やがって……耳がまだ痛ぇ」
カインが耳を擦りながら愚痴る。
「こっちこそ、石像の群れだろ?あれは洒落にならなかったはずだ」
ヴォルドが呆れ声で返す。
「幻影での襲撃。精神攻撃にレオン君なんて腰抜かしてましたね。可愛かったですよ。」
イレーネが冷ややかに笑い、レオンが真っ赤になって叫ぶ。
「そ、そんなことありません!僕、ちょっと怯んだだけです!イレーネさん!」
ミリアは短剣をくるくると回しながら口を挟む。
「こっちは鎖で縛られかけたけど、ラグノワのおっさんの意味わからない能力でなんとかなったよ。」
「……へっ。まぁ、今回も生き残れて良かったぜ」
ジークが僅かに口角を吊り上げ、場が少しだけ明るくなる。
「……よし、帰るか」
トウマが帽子を軽く叩き、立ち上がる。
皆がそれぞれ荷をまとめ、疲労を引きずりながらも歩き出す。
ジークも煙草を踏み潰し、切り替えるように背を向けた。
その時――。
『……またね』
耳に柔らかな声が流れ込んできた。
ジークは雷に打たれたように振り返る。
「ゼルロゼ……!?今の、ゼルロゼか!?」
周囲を見渡す。
だが誰もいない。風が瓦礫を撫でるだけ。
「おい……今の声、聞こえたか!?」
ジークが叫ぶ。
仲間たちは互いに顔を見合わせ――小さく頷いた。
全員が、同じ声を聞いていたのだ。
空気が一変する。
トウマが目を細め、ラグノワも仮面を押さえる。
「……悪いな、ジーク。良い知らせじゃなさそうだ」
トウマの声は低く、張り詰めていた。
「……これは兆しだ」
ラグノワが断じるように告げる。
「不吉なものが、すぐ近くまで迫っている」
――次の瞬間、空気が破裂した。
次の瞬間、大聖堂の奥から“それ”が溢れ出した。
殺意、呪詛、絶望、怨念……あらゆる負の感情が混じり合い、圧倒的な奔流となって押し寄せる。
夜気が歪み、月明かりが掻き消される。
瓦礫が震え、石畳に亀裂が走る。
押し寄せる闇は形を持たないはずなのに、全員の皮膚を、骨を、内臓を直接叩き潰してくる。
「ッ……ぐぅ……!」
ヴォルドが膝を突き、拳を握る手が勝手に震える。
「やめろ……やめろやめろやめろッ!」
ミリアが頭を抱えて絶叫した。短剣が石畳に落ち、乾いた音を響かせる。
見えてはいけない“何か”が見え始めた。
空を覆う群れ。無数の影が翼を持ち、悲鳴を上げながら飛び交っている。
だがその姿は、天使と呼ぶにはあまりにおぞましい。
裂けた翼。捩じ切れた首。内臓を撒き散らす身体。
笑いながら泣き、泣きながら呪う。声が重なり、耳の奥を針で刺されるように響いた。
「……ひッ……!」
レオンの目から赤黒い涙が溢れる。毛細血管が弾け、視界が血に染まった。
「うあああああッ!」
リリィが必死に抱きとめる。だが彼女の足元には、冷たく横たわる“自分自身の死体”が幻のように広がり、顔が青ざめた。
その時だった。
――群れの奥。
視界の中心に、“巨大な影”が浮かび上がった。
幾百もの翼。
それは神聖の象徴であるはずなのに、羽ばたくたびに血を撒き散らし、腐臭を放つ。
頭上に光輪がある。
だが輝きはなく、鉄の輪がひび割れ、軋む音だけを響かせていた。
顔は定まらない。
女の微笑、獣の怒り、愛しい者の笑顔、死人の呻き。
すべてが同時に重なり合い、どれ一つも本当の顔ではなかった。
それは襲いかかってきたわけではない。
ただ浮かんでいるだけ。
――にも関わらず、膝が勝手に折れた。
呼吸が喉に詰まり、皮膚が裂ける錯覚に襲われた。
ヴォルドは拳を振り上げかけたが、次の瞬間、自分の骨が粉砕される未来を“見せられ”、崩れ落ちる。
カインは自らの死骸に囲まれる幻影を見せられ、吐き気に耐えきれず壁に背を押しつけた。
ジークは歯を食いしばり、喉を裂くように叫んだ。
「ゼルロゼ……ッ!!」
だが声は、羽音と血の滴りに掻き消えた。
ラグノワが仮面を押さえ、かすれる声を洩らす。
「……これは……天使などではない。
“存在”そのものが呪いと化した……得体の知れぬ何かだ……」
誰もが理解した。
あれは、存在してはならない”ナニカ”であると。
――空気が悲鳴を上げた。
漂っていた呪われた天使たちの影から、黒い“なにか”が滲み出した。
それはただの闇ではない。
熱も冷たさもなく、触れるだけで命の火が吹き消される――そんな確信を植え付ける“死の色”。
石畳が腐り、血を吐くように崩れていく。
大聖堂そのものが溶け、飲み込まれていくかのようだった。
その時、轟くような声が全員の耳を打った。
「――今すぐ車に乗れッ!」
トウマの声が轟いた。
次の瞬間、爆ぜるように光が広がる。
それは炎でも、稲妻でもなかった。
ただ、神々しいまでに透き通った白金の輝き。
闇を焼き払うのではなく、根本から否定するかのように押し返していく。
触れた闇は一瞬で霧散し、血涙を流す小さな天使たちすら目を覆って怯える。
仲間たちは息を呑んだ。
「……あ……」
ミリアは震える声を洩らし、その場に涙を零した。
「胸が……温かい……苦しくない……」
リリィが掌を握り、光に包まれる感覚に身を委ねる。
「……これが……ボス……?」
カインは声を失い、ただ笑うしかなかった。
ジークは拳を固めたまま、息を一つ、呑む。
「……ボス」
トウマは仲間を振り返らない。
ただ背から溢れる光で全員を包み込み、言い放った。
「立て!今しかない!!」
ハッとしたラグノワが再度呼応するように叫んだ。
「全員即時撤退!!目の前の超異常現象を振り返らずに車に撤退しろ!!!」
その声に突き動かされ、全員が車へ駆け込む。
ジークが最後にドアを閉めると同時に、闇が津波のように押し寄せた。
トウマは光を放ったまま運転席へ滑り込み、ハンドルを掴む。
エンジンが唸り、車体全体が光に包まれる。
「――飛ばすぞ!!」
車輪が瓦礫を砕き、白金の奔流を纏った車は闇を押し返しながら突き進んだ。
窓の外、呪われた天使たちが沈黙の悲鳴を上げる。
血涙を流しながら漂う群れも、やがて遠ざかる光景となった。
車は、夜を裂く聖なる矢のように走り去っていった。
次回は9/18の21時以降に投稿予定です。




