第二十一話
◆地下墓地
ラグノワは仮面をわずかに傾け、低く告げた。
「……“看守”か。墓場にしては似合いすぎるな」
鎖の音が回廊に響き渡る。
赤い燭光に照らされ、鎖を引きずりながら現れた人影は、鉄の仮面をかぶった異様な男だった。
仮面の奥から漏れる声は、冷酷で揺るがない。
「名を問う必要もあるまい……だが、礼を欠くのも品が無いな」
鎖がじゃらりと跳ね、石壁に絡みつく。
納骨棚の隙間から赤黒い光が滲み出し、空気がさらに重くなる。
「――鎖葬の看守、エンリコ・ダラン。
教団に仕えし執行者の一柱。死の秩序を乱す者を、永遠に鎖へ葬る者だ」
その言葉は判決の宣告のように淡々と響いた。
ジークが一歩前に出て、拳を鳴らす。
「執行者……ずいぶん物騒な肩書きじゃねぇか。鎖なんざ拳で叩き折ってやる」
ヴォルドは大きな腕をぶらりと下げ、低く唸った。
「墓守が偉そうに……面白ぇ。だが鎖ごと、この腕でぶっ壊してやるぜ」
ミリアは腰の短剣を抜き、すっと構える。
「……眠りを守りたいなら勝手にすればいい。けど、あたしたちの行く手を塞ぐなら――斬り裂くまで!」
エリスは唇を吊り上げ、手に魔力を灯す。
「墓場で説教たれてんじゃねぇぞ。守るもんがあるなら、まずはテメェ自身の首を守れよな」
エンリコの仮面の奥がわずかに光った。
「愚か者ども……生者は死を知らぬ。ならばこの鎖が教えてやろう――永遠の静寂を」
鎖が一斉に跳ね上がる。
壁、床、天井――三方向から襲いかかる無数の鉄鎖が、牙を剥いた蛇の群れのように唸りを上げた。
「来るぞ!」
ヴォルドが声を張る。
次の瞬間、地下墓地そのものが監獄へと変貌した。
地下墓地に轟音が響く。
壁も床も天井も、鎖が這い回り、まるで空間そのものが生きているかのように蠢いていた。
「道を塞ぐ気かよッ!」
ヴォルドが咆哮と共に駆け出した。
巨腕を振り抜き、迫る鎖をまとめて叩き潰す。
鉄と石がぶつかる轟音。床に火花が散り、数本の鎖が弾き飛ばされた。
「おおらぁぁッ!」
腕に巻き付いてきた鎖を力任せに引き千切る。金属音が弾け、床石ごと砕けた。
瓦礫の中、ヴォルドの全身に力が漲り、鎖を裂く度に豪快な笑い声が響く。
「はっ、いいぞヴォルド!派手にやれ!」
エリスが叫び、手をかざす。
瞬間、魔力の紋様が空気に浮かび上がった。
「――燃え上がれッ!『ソル・ブラスト』!!」
炎の奔流が迸り、壁一面を覆っていた鎖を一気に焼き払う。
灼熱の風が通路を吹き抜け、黒い鎖は赤く染まり、次々と溶断して崩れ落ちた。
だが――。
「……無駄だ」
エンリコの声が冷酷に響く。
焼け落ちたはずの鎖の断面から、黒い瘴気が滲み出す。
溶断面がじゅうじゅうと音を立てながら再び繋がり、傷一つなかったかのように復活した。
「なにっ……!?」
エリスが目を見開く。
「鎖は死を糧とする……燃やそうが砕こうが、魂を縛る限り、幾度でも蘇る」
エンリコの声と共に、床下から鎖が突き出した。
ヴォルドの脚に絡みつき、膝ごと締め上げる。
「ぐっ……ぬぅぅっ!『ドラゴニック・スラッシュ』!」
ヴォルドは踏ん張り、脚を振り上げて鎖を叩き付ける。
石床が砕け散り、鎖は千切れ飛ぶが、その度にまた這い戻り、絡みつく。
「しつけぇんだよ……ッ!」
ヴォルドの額に汗が浮かぶ。
その横でエリスが再び詠唱を開始する。
今度は炎ではなく、稲妻のような光を指先に集中させた。
「じゃあ、根っこごと焼き払えばいい!」
青白い雷が奔流となり、天井から垂れる鎖の群れを一気に吹き飛ばす。
轟音と閃光。焼け焦げた鉄の匂いが漂い、鎖は一瞬だけ沈黙した。
「……ほう」
仮面の奥から、エンリコの視線がわずかに動いた。
だが次の瞬間、消し飛んだはずの鎖の断面から再び瘴気が吹き出し、雷に焼かれた焦げ目を押し広げるように繋がっていく。
「チッ……!」
エリスが奥歯を噛みしめた。
「火も力業も効かないってか……!」
ラグノワがゆっくりと歩を進め、仮面の奥で小さく呟いた。
「……観察済み。鎖は再生する。ただし、同じ“節”を繰り返している」
その言葉を仲間たちは聞き逃していた。
だが、仮面の内側で歯車がひとつ、確かに回転していた。
カチッ....
鎖が絶え間なく唸りを上げ、回廊を埋め尽くしていた。
ヴォルドとエリスの力技も、圧倒的な再生力の前に決定打とならない。
「チッ……キリがねぇ!」
ヴォルドが腕を振り払い、絡みついた鎖を無理やり剥ぎ取る。
「まるで生き物みたいに……」
ミリアは両手に短剣を構え、迫る鎖を細かく切り裂きながら吐き捨てた。
しかし切断面はすぐに繋がり、彼女の額にも汗が滲む。
ジークは拳を握りしめ、襲い来る鎖を叩き砕いた。
火花が散り、石床が抉れる。だが吹き飛ばした鎖の破片は、黒い霧を吸い込みながら再び鎖の群れに戻っていった。
「……ただの鉄じゃねぇな」
ジークが低く呟く。
「その通りだ」
仮面の奥から、エンリコの冷酷な声が返る。
「この鎖は肉でも骨でもない。魂を縛り、死を繋ぎ止める。
安らぐべき死を乱す者は――生きたまま、死の牢獄に閉じ込められる」
言葉と同時に、納骨棚の石蓋が次々と震え出した。
骨壺が砕け、赤黒い光を帯びた骸骨が這い出してくる。
それらはすべて鎖に繋がれ、操り人形のようにカタカタと動き始めた。
「なっ……死者まで引きずり出すってのか!」
ミリアが目を見開く。
「死者を盾に、死者を刃に……」
ラグノワが仮面の奥で淡々と観察する。
「……やはり、鎖そのものが“魂の枷”だな。拘束だけじゃない……生命と死をも絡め取っている」
「クソッタレ……!」
エリスが魔力を再び集中させる。
「操り人形ごと焼き払う!」
だが、骸骨の眼窩が赤く光り、鎖に引かれるまま一斉に突撃してくる。
壁を揺らす衝突音。石畳を割る踏み込み。
彼らの動きは死人のはずなのに、驚くほど正確で鋭かった。
ヴォルドが吠える。
「魂を縛る?ふざけんな!死者は死者らしく眠ってろォッ!」
豪腕で骸骨を粉砕しながらも、次々に新たな死者が呼び起こされる。
戦場全体が「死の監獄」へと変わりつつあった。
鎖と骸骨の群れが押し寄せる。
だが正面では、ヴォルドとエリスが獣のように暴れ狂っていた。
「おらぁぁッ!『竜砕拳』」
ヴォルドの豪腕が振り下ろされ、骸骨ごと鎖を粉砕する。砕け散った破片が四方に飛び、回廊の壁に激突して崩れる。
「燃え尽きろォッ!『ソル・クラッシュ』!!!!」
エリスの炎が通路を走り抜け、鎖に繋がれた死者たちを次々と包み込んだ。
轟音と火花が交錯し、視界を埋め尽くす。
その豪快な猛攻に、看守エンリコの視線が一瞬そちらへ向けられる。
――その刹那。
「こっちだよ」
囁くような声と共に、ミリアが影のように滑り込んだ。
短剣が赤い燭光を反射し、鎖の隙間を縫うようにエンリコへと迫る。
ギィンッ――!
刃が鉄仮面の横をかすめ、火花を散らす。
エンリコが咄嗟に身を逸らしたその後ろで――。
「遅ぇ」
拳がうなりを上げた。
ジーク。
低く沈み込んだ姿勢から、一気に踏み込み、拳と膝を連鎖させる。
「――ヴァルハラ式格闘術!」
肘打ちが外套をめくり上げ、膝蹴りが胴を揺らす。
最後に放たれた正拳が仮面を正面から叩き抜いた。
重い衝撃音。
エンリコの身体が後方へ大きく弾き飛ばされ、壁に叩きつけられる。
鎖が一瞬だけ痙攣したように動きを止めた。
「よっしゃ……効いた!?」
エリスが声を上げる。
だが――。
仮面の奥から、低い呼吸音が洩れた。
よろめきながらも、エンリコは壁から身体を起こす。
外套は裂け、仮面の一部に亀裂が走っていた。
「……不覚を取った」
冷たい声が、重く回廊に響く。
「だが――二度はない」
鎖が一斉に震え、床石が持ち上がるほどの圧力を放つ。
赤い燭光が吹き消され、地下墓地が漆黒に沈んだ。
ジークは拳を構えたまま、わずかに目を見開く。
「……マジかよ。今ので効いてねぇのか……」
戦場の空気が、さらに凍り付いていった。
鎖が唸りを上げ、地下墓地そのものが震えた。
床石が浮き上がり、納骨棚の石蓋が次々と爆ぜる。
壁一面から赤黒い光が滲み出し、空間全体を染めていく。
「……これが俺の本領だ」
エンリコの仮面に走った亀裂から、赤い光が漏れた。
鎖は一本一本が膨れ上がり、まるで大蛇のように太く重く変貌していく。
ごぉぉん……!
回廊の天井から巨大な鎖が落ち、床を叩き割った。
瓦礫の下からはさらに鎖が這い出し、空間全体を縦横無尽に走り回る。
「ちっ……まるで迷宮そのものが生きてやがる!」
ヴォルドが歯を食いしばり、鎖を引き千切ろうとする。
だが今度の鎖は桁違いに重く、力任せに振り払っても微動だにしなかった。
「これまでの鎖とは違う……!」
ミリアが短剣で切り裂こうとするが、刃は弾かれ、手首に鈍い衝撃が走る。
「くっ……っ、硬すぎる!」
「燃えろォッ!」
エリスが炎を放つ。だが鎖は炎を吸い込み、逆に赤々と輝きを増した。
「な……吸収された!?」
仮面の奥から、低い声が響く。
「鎖は“死”を糧とする。お前たちの力も命も、この場ではすべて俺の鎖へと還る」
その言葉と同時に、鎖が集まって形を変えていく。
――巨大な棺。
鉄と骨が組み合わされたような棺がいくつも作り出され、ずらりと並んだ。
棺の蓋が軋みを上げて開く。
そこから這い出してきたのは、骸骨ではなかった。
朽ちた鎧をまとった亡霊の兵士たち。
眼窩に赤い光を宿し、鎖に操られるまま武器を構える。
「なっ……動きがさっきの骸骨とは桁違いだ……!」
ミリアが後退し、短剣を構え直す。
鎖に繋がれた兵士たちは、生前の技量をそのまま宿しているかのようだった。
剣の一振りが、空気を切り裂く。槍の突きが、石床を粉砕する。
「死者を……武器としても再利用してやがるのか」
ジークが拳を構え、唇を噛む。
「……チッ、こいつは正面突破じゃ済まねぇぞ」
ラグノワは仮面の奥で歯車を回しながら、静かに呟いた。
「観察完了……“同じ節”が繰り返されている。だが、判決を下すにはまだ足りん」
鎖の群れが咆哮のような音を立て、亡霊兵たちが一斉に襲いかかる。
地下墓地は、完全に死の監獄と化していた。
亡霊兵たちが一斉に武器を構え、鎖に引かれるまま突撃してくる。
槍が閃き、剣が唸り、地下墓地の空気が鉄と死の匂いで満ちていた。
「うるせぇんだよッ……全部まとめて吹き飛べ!」
エリスの両手に膨大な魔力が収束する。
彼の背後に、灼熱の光輪が浮かび上がった。
まるで太陽の欠片を切り取ったかのような輝きが、地下の闇を焼き尽くしていく。
「――《サン・インフェルノ》ッ!!」
炸裂する光熱。
回廊いっぱいに炎が広がり、亡霊兵たちの肉体も武器も、一瞬で塵と化して消し飛んだ。
残されたのは黒い灰と、焦げた鎖の残滓だけ。
「よっしゃ……!」
ヴォルドが目を見開く。
「やりやがったな、エリス!」
だが。
「……見事だ。だが、それは死者にしか通じん」
エンリコの声が冷ややかに響く。
次の瞬間、鎖が轟音を立てて天井から落ち、床石を抉りながらジークたちに襲いかかった。
炎の余波を浴びたはずの鎖は健在で、むしろ赤々と輝きを増していた。
「っ……また吸収しやがった!」
エリスが悔しげに歯を食いしばる。
「太陽の熱すら糧にすんのかよ……!」
鎖は獰猛な蛇のようにしなり、仲間を絡め取ろうと襲いかかる。
ジークが拳で叩き潰し、ヴォルドが引き千切り、ミリアが刃で切り裂く。
だが切断面は黒い霧を吹き出し、瞬く間に繋がってしまう。
「……やっぱり、効かねぇな」
ジークが低く唸る。
その時――。
「いや、効いている」
仮面の奥から声が響いた。ラグノワだ。
戦場の隅、鎖の雨を紙一重で避けながら、一歩も引かずに歩みを進めていた。
仮面の内部で、歯車がカチリと音を立てて回る。
鎖がうねりを上げ、ジークの拳を絡め取ろうと迫る。
ヴォルドの豪腕を拘束し、ミリアの短剣を弾き、エリスの炎さえ喰らって輝きを増していく。
回廊全体が、鎖そのものに支配されていた。
「……チッ、このままじゃ埒があかねぇ!」
ジークが舌打ちし、拳で鎖を叩き飛ばすが、黒い霧を纏ってすぐに再生する。
その時――。
「――もう十分だ。」
「……審級」
ラグノワの低い声が響いた。
仮面の内部で、複雑な歯車が噛み合い、逆回転を始める。
空気が軋み、空間の“節”そのものがねじれるように歪んだ。
「記録は完了した。鎖の軌道……すべて同じ節の繰り返し。
二度繰り返した時点で、それは“判例”となる」
鎖が一斉に襲いかかる。
だが、その軌道が途中でぷつりと途切れた。
まるで映像が編集されたかのように、攻撃の後半部分だけが“切り取られ”ている。
「なっ……!?」
エンリコの仮面の奥の瞳が揺らぐ。
「審級――同じ過ちを修正した」
ラグノワの声は冷酷で淡々としていた。
次の瞬間、仮面の奥から赤い光が溢れる。
歯車の回転が止まり、代わりに“判決”を告げる鐘のような音が響いた。
「判決――有罪」
闇から無数の黒い鎖が伸び、エンリコの四肢を縫い止める。
それは彼自身の鎖を裏切るように絡みつき、壁へと磔にした。
「馬鹿な……この鎖は……我が魂の……」
エンリコの声が初めて揺らいだ。
「機械仕掛けの断罪」
ラグノワの宣告と共に、仮面の歯車が最後の回転を刻む。
鎖が悲鳴を上げるように軋み、看守の身体を締め上げる。
その瞬間、ジークが拳を握りしめた。
「隙はもらったぜッ!」
渾身の一撃が叩き込まれ、エンリコの仮面に再び亀裂が走る。
エリスの炎、ヴォルドの豪腕、ミリアの短剣が続けざまに襲いかかる。
鎖は抵抗するが、ラグノワの断罪により力を半ば封じられ、受けきることができない。
「ぐ……ぅぅぅ……!」
壁に磔にされたまま、エンリコの身体が激しく揺れる。
地下墓地を支配していた鎖の圧力が、一気に弱まっていった。
仮面の奥から低い唸りが漏れる。
「……この鎖は……魂を縛る絶対の枷……貴様ごときに裁けるはずが……」
「いいや」
ラグノワの仮面が赤黒く光を帯びた。
内部の歯車が回転を止め、代わりに“判決”を下す鐘のような音が地下に響き渡る。
「お前は同じ罪を繰り返した。
死者を縛り、魂を穢し、生者をも閉じ込めようとした……それは明確な禁忌だ」
ラグノワが右手をわずかに掲げる。
黒い鎖が一斉に収束し、エンリコの四肢を食い破った。
「判決――有罪」
断罪の宣告と同時に、エンリコの鎖は逆流するようにねじれ、内側から爆ぜた。
仮面が砕け、血と光が噴き出す。
呻き声は断ち切られ、肉体も鎖も魂ごと粉砕されていく。
「が……は……っ――」
最後の呻きが地下に響き、次の瞬間、看守エンリコ・ダランの姿は塵と化して消え去った。
静寂。
地下墓地を支配していた鎖もすべて崩れ落ち、ただ黒い灰だけが石畳に残った。
ヴォルドが大きく息を吐く。
「……やっと、終わったか」
「亡霊も……もう出てこない」
ミリアが短剣を納め、肩で息をつく。
「一瞬で……魂ごと消し飛ばしやがったな」
エリスが苦笑を漏らす。
ジークは拳を握りしめたまま、ラグノワを見やった。
「……てめぇの能力……反則みてぇだな」
ラグノワは一切の感情を浮かべず、淡々と答える。
「判例に従い、断罪を下しただけだ」
そう言い放つ仮面の奥の瞳は、光も熱も宿してはいなかった。
鎖の群れはすべて崩れ落ち、地下墓地は静寂を取り戻した。
ただ黒い灰だけが石畳に残り、冷たい空気が漂う。
「……なぁ、あんたのアレ。どういう仕組みだ?鎖の動きが途中で消えて……最後には有罪だなんだって裁きまで下してよ」
エリスがにやにやしながら興味本位で聞く。
ラグノワは一瞬だけ沈黙した。
やがて仮面の奥から、歯車の回転音が小さく響いた。
「俺の仮面は行動を“節”として記録する。
同じ行為が二度繰り返されれば、それは“判例”となり――矛盾や禁忌を抱えた時点で“罪”と断じられる。
その瞬間、断罪が発動し、魂そのものを拘束・破砕する」
「……つまり、同じ動きや嘘を繰り返す奴は……絶対に抗えないってことか」
エリスが目を細める。
「限定的だ」
ラグノワは淡々と続けた。
「判例に当てはまらぬ行為や、矛盾のない言葉には、一切効かない。
ゆえに俺の力は万能ではない。ただ――条件を満たした者には必ず裁きが下る」
ジークが腕を組み、鼻で笑った。
「なるほどな。能力が“裁判官”みたいだな。……お前の性格に合った反則能力だ。」
ラグノワは答えず、仮面をわずかに傾けただけだった。
――執行者の一人、“鎖葬の看守”エンリコ・ダラン。
その存在は、ラグノワの断罪によって完全に葬られた。
静寂が戻った地下墓地に、黒い灰がしんしんと降り積もる。
ジークたちは息を整えながら、戦いの跡を見渡した。
その時――。
カチリ、と硬い音が響いた。
エリスが足元の灰を蹴り払った瞬間、砕けた鉄仮面の一片が転がり出たのだ。
裏面には、不自然な機構が組み込まれている。小さな歯車と、鍵穴を模したような溝。
「……おい、これ……」
エリスが眉をひそめ、破片を拾い上げる。
「仮面の残骸に……仕込まれてる?」
ミリアが覗き込み、声を落とした。
ラグノワが近づき、灰を払ってその断面を確かめる。
仮面の奥に残された精巧な仕掛けが、赤黒く光を反射していた。
「これは……“偽鍵”だな」
仮面の奥から響く声は低く冷たい。
「本物の鍵に似せて造られた模造品。……看守エンリコは、ただの処刑人ではなかった。
奴自身が、“試作鍵”の実験体のひとつだったのだ」
ジークが拳を鳴らし、苦々しく吐き捨てる。
「やっぱり鍵に繋がってやがったか……厄介な話だぜ」
「……ってことは、他の執行者も……」
ミリアが小さく呟く。
ラグノワは仮面をわずかに傾ける。
「可能性は高い。これは序章にすぎん。鍵を巡る戦いは、まだこれからだ」
誰も言葉を返せなかった。
地下墓地の闇に端末の光が瞬き、三方の声が繋がった。
◆中央堂チーム
『中央堂、トウマだ。“幻影”セレナ・ヴァルクを倒した。堂を幻で覆い、石像を操ってきたが……粉砕済みだ』
レオンが息を弾ませて続く。
『僕……本当に幻に呑まれそうでした。でも、リリィさんの祈光に救われて、最後はなんとか斬り抜けられました』
リリィの声は慎重だった。
『セレナさんの胸部に黒結晶が埋め込まれていました。今は微弱ですが“鍵の波形”を帯びています。模造品か、試作の欠片かもしれません』
イレーネが淡々と補足する。
『祭壇に転送陣の残滓を確認。破壊済みですが、教団が儀式の中継点として使っていた可能性があります』
◆鐘楼チーム
『こちら鐘楼。カゲロウだ。“鳴鐘の道化”マルコ・ジャレルを討った。
鐘を媒介に音を武器とする術式……面倒だったが、仕留めた』
カインの声が割り込む。
『耳がまだガンガンするぜ……ったく、騒音野郎め』
アイリの声は少し震えていた。
『あの鐘っす……普通のものじゃなかった。内部に増幅装置が組み込まれてて……まるで“魔術器”っすね』
キアラが短く補足する。
『ただの幻術師じゃなかった。あれは兵器を纏った怪物だ』
◆地下墓地チーム
「こっちも報告だ。“鎖葬の看守”エンリコ・ダランを撃破した。鎖を操る化け物だった」
ヴォルドが低く笑う。
「鎖に魂ごと縛られそうになったがな……最後は派手に叩き潰してやったぜ」
ミリアが短剣を収めながら言う。
「仮面の残骸に“偽鍵”が仕込まれてた。あれも実験の一部だったんじゃない?」
エリスが鼻を鳴らした。
「三か所とも、ただの怪物じゃなく“鍵”絡み……偶然ってわけじゃなさそうだな」
三方の報告が揃った。
ラグノワの仮面の奥から、冷たい声が響く。
「鐘楼では“増幅器”。中央堂では“黒結晶”。地下墓地では“偽鍵”。
性質は異なるが、どれも“鍵”に関する痕跡を残している。……共通点は明白だ」
ジークが拳を握りしめる。
「つまり、連中は鍵の研究を着実に進めてるってわけか」
トウマの声が重く応じた。
『……合流地点を指定する。各自で残骸や遺留物を調査しろ。目途がつき次第――大聖堂前に停めてある車の前で合流だ』
カゲロウも静かに続ける。
『死体も残骸も持ち帰る。無駄にはしない』
通信が途切れ、静寂が戻る。
ラグノワは仮面をわずかに傾け、低く告げた。
「偽りの鍵であれ、結晶であれ、奴らが狙っているのは一つだ。
――“御方”とやらの解放。その布石は、もう動き出している」
重苦しい言葉が三手に散る仲間たちの胸に沈み、戦いの余韻をさらに冷たくした。
やがて彼らはそれぞれの現場に視線を戻し、最後の調査へと動き出した。




