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リミナス・フロンティア  作者: タコマル
第一部第二章
21/49

第十九話

◆中央堂


祭壇の上に立つ、白髪を結い上げた仮面の貴婦人。

崩れた中央堂の闇に、その姿だけが異様に際立っていた。

揺らめく燭光に照らされ、ドレスの裾は血の染みを吸い上げたように濃く影を帯びている。


仮面に覆われたはずの顔は、笑っていると直感できた。

甘やかで、同時に鋭い声が、祭壇の高みから降りてくる。


「あら……“原版の子”。ずっと会いたかったわ」


その瞬間――堂の空気が変わった。

吐く息が凍るような圧迫感。胸を押さえなければ立っていられないほどの威圧が、全員を呑み込む。


レオンは喉を鳴らし、一歩後ずさる。

手の中の剣が震え、汗が滴り落ちる。


「……な、何者だ……?」

絞り出すようなレオンの声が、やけに広い堂に響いた。


仮面の貴婦人はゆるやかに頷き、舞台に立つ女優のように裾を広げる。

「――我が名はセレナ・ヴァルク。

執行者のひとりにして、“幻影”を司る者。

解き放たれるべき御方のために、あなた方の未来を捧げてもらうわ」


ぞわり、と背筋を撫でる寒気。

言葉ひとつで、まるで全員の運命が定められてしまったような錯覚を抱かせた。


「……執行者……」

イレーネの声が低く震える。


「執行者……?」

リリィが呟き、祈りの光を強める。


その間にも、セレナが袖を翻す。

壁に並ぶ石像の目が赤く光り、乾いた音を立てて首を巡らせた。

次々と軋みを上げ、床を割りながら動き出す。


石と血肉の境界が崩れたような、不気味な群れが四人を囲む。


「来るぞ!」

トウマが声を張り、帽子を深く押さえた。

視線は一瞬もセレナから逸らさない。


「――こいつはカゲロウと同類かもしれねぇ」


その言葉に全員が息を呑んだ。

人ならざるもの。影の男と同質の、超常の枠に収まらぬ存在。

戦場の空気はさらに重く、切り裂けば血の匂いが漂いそうなほどに緊迫した。


祭壇から放たれた赤光に呼応するように、壁際に並んでいた石像が一体、また一体と首を軋ませる。

鈍い音と共に石の眼窩に血のような光が灯り、巨躯がぎしぎしと動き始めた。


「……う、動いた……!」

レオンが怯えた声を上げる。背を汗が伝い、剣を構える腕が震えた。


石像たちは歩むたびに床を割り、地響きが堂全体を揺らす。

ただの石の塊ではない――その動きは生者のように滑らかで、異様な悪意を孕んでいた。


「怯むな!リリィ!」

トウマが低く叫ぶ。


「はいっ!――祈光環セイクリッドヘイロー!」

リリィが掲げた祈りの光輪が瞬き、仲間の胸を圧迫する不気味な気配を押し返す。

それでも赤光に照らされた石像は止まらない。十体、二十体――次々と這い出す影が迫る。


「なら……叩き割るまで!」

イレーネが氷剣を構え、床を蹴った。

氷刃連舞フロストワルツ!」

氷花が舞い散る連撃。閃く刃が石像の関節を切り裂き、腕や脚を凍らせたまま砕き落とす。

粉砕音が響き、瓦礫が雪崩れる。


「やるじゃないか……だが、まだ数が多すぎる!」

トウマの額にも汗が浮かぶ。

炎を拳に宿し、地を殴り抜いた。

「――**紅蓮崩衝インフェルノブレイカー**ッ!」


轟音と共に紅蓮の奔流が床を裂き、列をなす石像を呑み込んだ。

焼けただれる石皮がひび割れ、粉々に弾け飛ぶ。

しかし、なおも奥からさらに巨影が歩み出す。


「熱が……っ!」

リリィが眉をひそめるが、すぐに両腕を広げた。

「なら……風で逸らす!――疾風推陣エアロドライブ!」


強風が堂を駆け抜け、灼熱を押し流す。

炎は渦を巻き、敵だけを正確に焼き尽くす通路を形作った。

仲間を避け、石像のみを包み込む風の制御――祈祷師の腕前が冴え渡る。


「今だ、レオン!」

トウマの声が鋭く飛ぶ。


「っ……あああああっ!」

押し出されるようにレオンが駆け出す。震える足を踏み込み、剣を振り抜いた。

リリィがレオンの件に光を纏わせる。

「――光輪一閃ラディアントフラッシュ!!」


刃から放たれた閃光の弧が走り、石像の群れを一列まとめて切り裂いた。

石片が飛び散り、破片が床を転がる音が堂内に響く。


だが石像たちは止まらない。

胴を斬られても、腕を失っても、膝を突きながら這い寄ってくる。

赤い光の眼が、なおも不気味に瞬いていた。


「……っ、キリないっ……!」

イレーネが剣を握り直し、歯を食いしばる。


「くそっ……これで終わりじゃないのか……!」

レオンも額の汗を拭い、剣先を構え直した。


だがその瞬間――空気が震えた。


トウマがゆっくりと歩み出し、全身に異様な圧を纏わせる。

黒とも赤ともつかぬ膨大なオーラが奔り、堂全体を覆った。

石像たちの動きが一斉に止まる。赤光の眼が、恐怖に怯えるように小さく揺らいだ。


その光景に、レオンは息を呑み、リリィも思わず声を失った。


祭壇の上のセレナが、わずかに仮面を傾ける。

「……ほう。さすがね、“解決屋”のボス。噂通りの異質さだわ」

甘やかな声に、わずかに含まれる驚き。


トウマは帽子を押さえ、低く呟いた。

「……お前は、ここで殺すべきだな」

その言葉と共に放たれる殺気が、石像軍よりもはるかに濃く、場の空気を切り裂いていった。


止まった石像群の中で、トウマが仲間を振り返った。

「リリィ、補助を回せ。全力でだ」


「はいっ!」

リリィは両手を掲げ、祈りの言葉を紡ぐ。

「――祈光環セイクリッドヘイロー疾風推陣エアロドライブ!」

光の輪が仲間の心臓を鼓舞し、風が身体を包んで加速を与える。


オーラを纏ったトウマが横目でイレーネを見やる。

「……イレーネ、本気を出せるか?」


イレーネは凛とした眼差しを返し、氷剣を肩に担いだ。

「仕方ありませんね。――ここからは容赦できません!」


次の瞬間、二人の気配が弾けた。

トウマの黒赤のオーラが奔流となって広がり、堂全体を圧で満たす。

イレーネの氷の気配がそれに重なり、空気そのものが凍りついていく。

二人の気配が重なった瞬間、床石がひび割れ、冷気と炎熱が渦を巻いた。


セレナが仮面の奥で微かに笑う。

「……やるじゃない。まるで嵐と氷河が同時にぶつかるようね」


「行くぞ!」

トウマが地を蹴る。


その身は目にも止まらぬ速さで消え、次の瞬間には祭壇の前に。

黒炎を纏った拳が振り下ろされる。


同時に、イレーネも疾駆していた。氷の剣閃が青白い尾を引き、トウマの攻撃と交錯するように迫る。


轟音。衝撃波。

二人の連撃が、迫る石像の群れをまとめて粉砕した。


「……は、速すぎる……!」

レオンは目を見開き、ただ呆然と二人を追う。


堂内を駆け抜ける黒と白の残光。

火花と氷片が空を舞い、踏みしめた床は次々に割れていく。


紅蓮崩衝インフェルノブレイカー!」

氷華絶斬アークティックブルーム!」


灼熱と氷華が同時に炸裂し、石像軍は爆ぜるように崩壊した。

崩れ落ちる破片の向こうで、セレナが初めて仮面を傾けた。


「……なるほど。これが“解決屋”……。

ふふ、面白い。もっと見せてちょうだい」


崩れ落ちた石像の瓦礫が煙のように舞う。

それを背に、トウマとイレーネが並び立った。二人の纏う気配だけで堂の空気は軋み、壁がひび割れている。


だが、セレナは仮面の奥で笑っていた。

「……ええ、確かにいい攻撃。けれど――それだけじゃ、届かないわ」


白い手が舞うように振るわれた。

瞬間、堂全体が揺らぎ、世界が反転する。


「――ッ!」

トウマが身構えた時には、もう遅かった。


床に散らばる瓦礫が溶け、どろりと赤黒い血に変わる。

天井から滴る液体が頬を濡らす――それは冷たい水ではなく、生温い血潮だった。


壁一面のステンドグラスが裂けるように歪み、映し出されたのは仲間たちの死。

胸を貫かれるトウマ。氷に閉じ込められて砕け散るイレーネ。喉を掻き切られて崩れ落ちるリリィ。


「な、何だこれ……!」

イレーネの剣先が震える。幻影であると頭では理解していても、皮膚が感じる感触や血の匂いはあまりにも現実だった。


レオンの視界に、血に染まったリリィが倒れる姿が映った。

「リリィ……!?」

声が裏返り、肺が凍りつく。

心臓を鷲掴みにされるような恐怖。呼吸が乱れ、足が動かない。


「やめろ……やめろぉぉっ!!」

振り絞った叫びは、悲鳴に近かった。剣を握る手が汗で滑り落ちそうになる。


セレナの声が甘く降り注ぐ。

「心が砕ける音……ええ、とても心地よいわ。その絶望こそ、私が欲するもの」


世界そのものがレオンを嘲笑していた。床も、壁も、仲間の亡骸すらも、彼の心を蝕む。


トウマが奥歯を噛みしめ、幻影の血潮を拳で吹き飛ばす。

「くそっ……現実を侵食する幻影か」


「まるで空気そのものが敵……って感じだな」

イレーネが斬り払うが、裂けた影は増殖し、より濃い闇となって群がる。


リリィが必死に祈りを紡いだ。

「レオン君!私を見て!ここにいる、私は無事です!」

掌から溢れる光が奔り、偽りの死の像を焼き消す。


ようやく、レオンの目に現実が差し込んだ。

震える足を前に踏み出し、剣を握り直す。

「僕は……僕は、もう……目を逸らさない!」


刃に光が集まり、仲間の声が背を押す。


「――**共鳴斬レゾナンスエッジ**ッ!」


閃光の刃が幻影をまとめて裂き、セレナの仮面に深い傷を刻む。

鈍い衝撃音が堂内に響いた。幻ではない――確かに届いた。


セレナが仮面の奥で初めて息を呑む。

「……あら。面白い子」

その声色が、愉悦からほんの一瞬だけ、警戒へと変わった。


セレナは仮面の奥で笑みを取り戻し、袖を翻した。

「ふふ……一度は届いたけれど、同じ手が通じると思って?」


石片と幻影が再び渦を巻き、三人の周囲を囲む。

トウマとイレーネは呼吸を合わせるように剣と拳を構え、リリィは光を強めて援護に備える。


――次の瞬間、レオンが吼えた。

「うおおおおおッ!!」


仲間が連携を組み直すよりも早く、彼は飛び出した。

全身を振り絞るような疾走。光を纏った剣が真っ直ぐセレナへ迫る。


「っ……!」

仮面の奥で、セレナの気配が一瞬揺らいだ。

だがすぐに冷静さを取り戻し、身を翻す。


「焦りは禁物よ、小さな子――」


避ける。そのつもりだった。

だが、彼女の仮面に冷たい戦慄が走る。


――背後。


そこには既に、トウマとイレーネが立っていた。

黒炎を纏うトウマの眼差し。

氷剣を構えたイレーネの瞳。


その両方が、ただ一つの意思で染まっていた。

絶対に殺す。


それは殺気という言葉では足りない。

まるで「死」そのものが形をとったような圧。

幻影を操るセレナですら、喉の奥がかすかに震えた。


「な、――ッ!?」


刹那、三方向から光と炎と氷が奔った。


「――光輪一閃ラディアントフラッシュ!」

「――紅蓮崩衝インフェルノブレイカー!」

「――氷華絶斬アークティックブルーム!」


閃光が仮面を砕き、紅蓮が身体を呑み、氷華が残滓を凍てつかせた。

三つの力が重なり合い、堂を揺るがす轟音を響かせる。


セレナの幻影は抗う間もなく粉砕され、白い霧となって消え失せた。

残されたのは呪詛のような声だけだった。


「……必ず……後悔を……」


幻影が砕け散り、堂に静寂が戻る。

その片隅で衣擦れの音が響く。


「お、終わった?」

緊張から解放され安堵からか呼吸が乱れているレオンがつぶやく。


「いえ、今の手ごたえは本物に近しいですがギリギリのところで幻影となり回避されました。

ですよね?本物さん?」

イレーネが冷たい眼差しでで背後を見つめる。


「……っ、はぁ……はぁ……」

祭壇の影から、血に染まったセレナ・ヴァルクが這い出した。

仮面は割れ、白髪に血がまとわりつく。赤い液が床を滴り、足跡のような軌跡を描く。


「馬鹿な……私が……執行者のこの私が……」

震える声で吐き捨て、なおも短剣を構える。

それでも全身は限界で、壁を背にじりじりと後退するばかりだった。


そこにトウマが歩み寄る。

帽子を押さえ、短く言い捨てた。

「……死ね」


「ま、待て……!私を殺せば“あの御方”が!……」

セレナの言葉は続かなかった。


次の瞬間、トウマの拳に黒炎が渦巻き、重圧が堂を軋ませた。

一瞬の閃光。

そして――頭部だけが粉砕された。


轟音と共に血と破片が散り、ドレスに覆われた胴体はそのまま床に崩れ落ちた。

断末魔も、逃げる影もない。


残ったのは――首を失った死骸。

その胸元のあたりで、何かが淡く脈打つように光を放っていた。


リリィが口元を覆い、小さく声を震わせる。

「……殺したんですね、完全に」


イレーネは剣を払って冷ややかに言った。

「正解です。あれは放っておけばまた立ち上がる」


トウマは血に濡れた拳を拭い、背を向けた。

「死体は残った。調べるから少し待ってろ。」


砕け散った頭部の残骸をよそに、トウマはしゃがみ込み、セレナの胸元を探った。

手際よく衣を裂き、内に埋め込まれた黒い結晶を引き抜く。

光はすでに弱まりつつあるが、まだかすかに脈動している。


「……やはり“鍵の波形”を刻んでやがったか」

低く呟き、結晶を帽子の中へ収める。


その背を見つめていたレオンが、ごくりと喉を鳴らした。

「ボ、ボスって……あんなに……怖かったんですね」


リリィがそっと彼に微笑みかける。

「普段はおちゃらけてますけどね。……昔は、もう少し……とがってましたから」

遠い日を思い出すように、どこか寂しげな声だった。


イレーネは冷ややかに剣を拭きながら口を開く。

「“リガルド”の古株の間では、トウマさんの冷酷は有名です。畏怖されるほどに」

仮面のように整った顔に、ほんの僅か笑みが浮かぶ。

「だからこそ、私も同行を命じられたのでしょう。彼の姿を見て学んでくるようにと。」


レオンは言葉を失い、トウマの背を見つめ続けた。

その背中は、仲間を守る優しさと――冷酷な処刑人の影を同時に背負っているように見えた。


トウマは振り返らず、ただ短く告げる。

「……行くぞ。他の連中が待ってる」


重く沈んだ中央堂を後にして、一行は歩みを再開した。

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