プロローグー後半ー
「……で、どうすんすか? ボス」
アイリが机に身を乗り出し、俺の顔を覗き込む。
さっきまでダラけきっていたくせに、こういうときだけ妙に目つきが鋭い。
事務所に漂っていた倦怠感が、一気に張り詰めた空気へと変わっていく。
「どうもこうも……裏ありってのは確定だろうな」
俺は依頼票をひらひらと指で弾き、机に置いた。
そこにはたった一文――
――『大きな鍵を持った少年を探せ』
名前も特徴も年齢もなし。ただ「大きな鍵」という条件だけ。
それなのに、報酬額は――金貨百枚。
「財布探しで銅貨三枚。旦那の浮気調査で銅貨五枚。倉庫のネズミ退治でせいぜい銀貨一枚……」
指折り数えてから、俺は低く吐き捨てる。
「――ガキひとりで金貨百枚。常軌を逸してる」
「っすよね! これ、頭おかしいレベルっすよ!」
アイリが身を乗り出す。俺は椅子にもたれ、顎を撫でながら思案した。
依頼主は匿名。窓口は代理人。
前金は既に支払われている。
――条件だけ見れば確実に“旨い仕事”。
だが、あまりにも不自然だ。
「アイリ...この大きな鍵ってまさか、あの”鍵”じゃないよな。」
「何言ってるんすかボス。鍵の魔法具なんて珍しくないっすよ。それに例の”鍵”はここ数百年見つかってないんすよ。そんなひょいっと...出ていい代物じゃないっすよ~。」
「うーん。引っかかるんだよなぁ。」
後頭部に両腕を回し足を机の上に組み椅子にもたれ掛かる。
「取り合えず裏筋を当たってみるか。アイリ、うちの“裏チーム”に声を回せ」
「暗殺屋の連中っすか?」
「直接手を汚す必要はない。ただ情報が欲しい。
境界で“大きな鍵を持った少年”を探してる奴らが他にいないか、裏市の噂を洗い出せ」
「ラジャーっす」
端末を操作するアイリの指先は、普段のだらけぶりからは想像できないほど速い。
ほんと、こいつがいなきゃとっくに潰れてる。
「……でもボス、また自分で動くんすか? この前も現場に出たばっかじゃないっすか」
「この依頼は別だ。妙に引っかかる」
「お金の匂いじゃなくて?」
「……面倒の匂いだ」
俺の返しに、アイリは肩をすくめて笑った。
「やっぱり〜。ほんっと、ボスは面倒事好きっすね」
「違う。面倒の方から勝手に寄ってくるんだ」
依頼票をもう一度見下ろす。
――“大きな鍵を持った少年”。
見間違いようのない特徴。
だが、その実態は誰も知らない。
普通なら、俺は断る。
裏の稼ぎで十分食えるし、仲間を危険に晒す理由もない。
……なのに、どうしても手を離せなかった。
直感が告げていた。これは――放置したらまずい。
それにもしかしたら俺が探しているモノに繋がるかもしれない。
「ボス」
「ん?」
「裏筋から返事。“大きな鍵を持った子供を見た”って噂、境界の裏市で出てるっす。
しかも複数の組織が一斉に動いてる」
「……ほう」
口元が勝手に歪む。
帽子を深くかぶり直し、俺は立ち上がった。
「よし、決まりだ。俺が出る」
「やっぱり〜。組織の頭が現場に出るとか、ほんっと変わってますよ」
「裏の連中に任せりゃ余計にこじれる。表のメンバーじゃ荷が重い。
……なら俺が動くのが一番早い」
「はぁ……まあ、そういうと思ったっす」
アイリはにやりと笑い、端末を閉じた。
「じゃあ、せいぜい楽しませてくださいよ、ボス」
「楽しむつもりはねぇ。――面倒を片付けるだけだ」
依頼票をポケットに突っ込み、俺は歩き出す。
その時はまだ知らなかった。
“大きな鍵を持った少年”が、境界だけでなく世界全てを揺るがす火種になることを――。