第十五話
朝の湖面は鏡のように静かだった。
薄い靄が漂う中、レオンは桟橋の先で背伸びをしていた。冷たい空気が肺を満たし、体が少しずつ目を覚ましていく。
「……ふぅ。今日も、いい天気だな」
そう呟いた瞬間――背後から腕が回ってきた。
「おっはー! ずいぶん早ぇじゃねぇか!」
「うわっ!? エリスさん!」
レオンの肩を豪快に抱くエリス。陽気に笑うその胸が、盛大に後頭部へ押しつけられていた。
「ま、まぁ~なんか今日は早起きできたな~。健康的だろ?」
「え、ええと……は、はい……!」
レオンは必死に顔を逸らそうとする。が、背後からがっちりホールドされて動けない。柔らかい何かが後頭部を押し潰している。
「エ、エリスさん! そ、その、そろそろ放してくださいっ!」
「あ? 苦しかったか?」
「ち、違います! 胸が、当たってて……!」
「なんだ~? そんなこと気にしてたんだな。さてはお前……童貞だな?」
「~~~っ!!」
顔を真っ赤にして俯くレオン。エリスは吹き出し、「わりぃわりぃ」と笑いながら肩を叩いた。
「からかいすぎたな。ま、朝飯前にいい運動だったろ? 中戻るぞ~」
「は、はい……」
二人が家に戻ると、居間には既にコーヒーの香りが漂っていた。ジークがソファで煙草をくゆらせている。
「おーいジーク、また朝からタバコかよ」
「いいだろ。朝一の一服が至福なんだよ」
そこへ――寝癖を跳ねさせたままのトウマが、寝ぼけ眼でふらりと現れる。
「……ん。なんか騒がしいな」
「トウマさん、珍しいですね。帽子ないの」
レオンが言うと、トウマは目を擦りながら苦笑した。
「ああ、寝るときは取るぜ。……ん、どうした? 素顔がかっこいいって? お世辞はやめろよ」
「誰も言ってねぇよ!」
エリスとジークが同時にツッコむ。
でもレオンだけは、内心では(やっぱり……カッコいいな)と思っていた。
「そういや他の奴らは?」
「たぶん全員寝てる」
「アイリもか?」
その名を出した途端、リリィが奥から顔を出す。
「アイリちゃん、まだ寝てるよ~。布団の中でぐるぐるしてる」
「……よし、久々に起こしに行くか」
トウマが悪い笑みを浮かべる。ジークがコーヒーを置き、顔をしかめた。
「やめとけ。あいつ寝起き悪いぞ。前回、目覚まし壊してたからな」
「大丈夫だろ。俺は目覚ましじゃねーし。」
不穏な宣言とともに、トウマは寝室へ。気になったレオン、エリス、ジークがそっと覗きに行く。
そして――数秒後。
トウマがアイリの隣に寝転び、毛布に潜り込んだ。添い寝。しかも顔の距離、十センチ。
「……ん……だれ……?」
寝ぼけた声。うっすら目を開けたアイリの視界いっぱいに、トウマ。無駄にいい声で一言。
「おはよう」
「ぎゃあああああああああっ!!」
直後、乾いた音が鳴り響いた。
数分後、リビングに戻ったトウマの頬には真っ赤な手形。
「……そりゃ可愛い秘書を起こしに行っただけだってのに」
「アホかこの変態!」
ソファに座ったアイリは寝癖ボサボサ、目は死んでいる。
そこへヴォルドが起きてきて、額を掻きながら言う。
「……なんだ騒がしい。朝っぱらから」
「ボスがアイリの隣で添い寝して殴られた」
エリスがにやけながら言う。
「アホか。セクハラだぞ」
「そういやカインは?」
「まだ寝てる」
「よし」
トウマがすっと立ち上がる。
「……おい待て。まさか――」
数秒後、寝室から絶叫。
「うげぇぇぇぇっ!? ボスが俺にキスしようとしてきたぁぁぁ!!」
カインが飛び出してきて顔を真っ青にしている。
「まだしてねぇよ」
トウマが唇を尖らせる。
「その顔やめろぉぉぉ!!」
カインは絶叫し、ソファの裏に逃げ込んだ。リリィが祈祷具でトウマを小突く。
「ボス、朝から業が深いよ……」
「朝の挨拶って大事だろ」
「どんな挨拶だ!」
全員の声が重なり、笑いと喧騒の中で結局、朝食が出るころには全員が起きていた。リビングはすっかり戦場のようだ。
「……にぎやかすぎて眠気も吹き飛ぶな」
ジークが煙を吐き、エリスが笑って頷く。
「でもこういう朝もいいだろ」
トウマがぼそりと付け加える。
「ま、明日もこんな平和ならいいんだがな」
誰もその言葉の意味を深くは考えなかった。暖かい朝食の匂いが広がる。
やがて喧騒が一段落したころ、ヴォルドがふと呟いた。
「……そういや、ミリアはまだ寝てるな」
「僕、起こしてきます!」
レオンが手を挙げる。
「おう、頼んだ」
トウマが頷き――にやりと笑って、口を尖らせた。
「これで行け。こうやって、“おはよう”ってな」
「い、いやいやいや……!」
レオンが顔を引きつらせる。
「ボス、それマジでセクハラっすよ。未成年に変な教育すんなっす」
「すんません」
トウマは軽く頭を下げたが、反省の色はまるでない。
レオンは深呼吸し、寝室の扉を静かに開ける。カーテンの隙間から差し込む朝光。ベッドの上では――無防備に寝返りをうつミリア。
シーツを蹴飛ばし、寝巻きの裾は半分めくれ、よだれを垂らしながら「ぐかー……ぐかー……」。
(……寝相、すごいな……)
レオンは苦笑して、そっと肩を揺らす。
「ミリア、起きてください。朝ですよ」
次の瞬間――
ミリアの腕がレオンの首に絡みつき、そのまま勢いよくベッドの上に引きずり込んだ。
「うわっ――!?」
気づけば、ミリアが彼の胸に抱きついている。完全なる抱き枕扱い。柔らかな髪が頬に触れ、微かに甘い香り。
(えっ……これ、やばい……近い……!)
唇と唇の距離――わずか数センチ。息がかかるほどの距離で、ミリアの寝息がくすぐったい。
(もしかして……くっつくかも……?)
淡い期待がよぎった、その瞬間。
「ん……んん……あれ、レオン……!?」
ぱちり、と目が開く。
一拍の沈黙――そして、
「ぎゃあああああああっ!!?」
ドカッ!!
――ソファーに座るレオンの頬に見事な手形が残っていた。
「……なるほど。お前もこれ、されたのか」
トウマが自分のビンタ跡を指でさす。口はとがっている。
「ち、違います! 俺は何もしてません!」
「ボスと違って、そんなことする子じゃないっすよ」
アイリが呆れ顔でコーヒーをすすり、ミリアは顔を真っ赤にして俯いた。
「……寝相悪くて、ごめん」
「だ、大丈夫です。びっくりしただけなので」
リビングにまた笑いが広がる。どこか家庭的で、どこか騒がしい――“解決屋”らしい、いつもの朝の光景だ。
昼を少し過ぎたころ。白霧境の森の奥、拠点の裏手には訓練場のような空き地が広がっていた。草を踏む風と、鳥の声。静かな午後。
「――さて」
トウマが腰に手を当てる。
「レオン、ミリア。少し稽古でもするか」
「え、稽古って……」
ミリアが眉を上げる。
「ま、まさか殴り合いとかじゃないですよね?」
「ハードなもんじゃねぇよ。安心しな」
トウマは軽く笑った。
「午前中は魔法と能力の基礎。お前ら、全員手伝え」
「たのしそ~!」
リリィが両手を挙げる。
「若いもんに稽古か! 久しぶりだなぁ、こういうの! がっはっは!」
ヴォルドが豪快に笑い、カインは欠伸。
「はー……めんどくさー」
次の瞬間、エリスの拳がカインの後頭部に落ちた。
「後輩に教えてやる気くらい見せろっつの!」
「いてぇ! 理不尽だろそれ!」
地面の影がふっと膨らみ、黒がゆらりと立ち上がる。
「……面白そうな話をしてるな」
「ぎゃー!! カゲロウさん!? いつからいたんすか!?」
「お前らがうるさいから、影に隠れてた」
「完全に忘れてたぜ……」
ジークがぼそり。トウマが指を鳴らす。
「カゲロウ、お前は見学。二人が怖がる」
「……見学、か」
ほんの少しだけ、カゲロウがしょんぼり。
「カゲロウってそんな顔するんだな」
エリスが珍しそうに言う。
「うるさい」
「俺も見学だ。魔法とかサッパリだしな」
ジークが手を挙げる。
「よし、それじゃ始めっか」
トウマが軽く手を叩き、アイリが端末を操作。空中に魔術式の投影が浮かぶ。
「レオン。魔法はどのくらいわかる?」
「まぁ、少しなら」
「じゃ、お前の世界の魔法の概念を説明してみろ」
「僕の世界では、魔法は下級・中級・上級・最上級の四段階でした。属性は主に火、風、水、土、光。扱える属性で得意分野が変わります」
「ふーん。うちらの強さ的にどの辺なん?」
エリスがニヤリ。
「……エリスさんは確実に最上級レベルです。破壊力でいえば――国家レベル、かと」
「だってよー! すげーだろ!」
エリスが胸を張り、カインの肩を叩く。
「俺は?」
「カインさんは……魔法で評価しづらいですけど、バフ能力と速度で言えば最上級に引けを取りません」
「まぁそんなもんか」
「解決屋の皆さんは、僕の世界なら英雄級――いえ、国家と渡り合える“異端級”です」
「だろうな」
トウマが頷く。
「境界は混沌としてる。単一世界の強者でも、ここじゃ中堅だ」
「数多の化け物がいるからな」
カゲロウが低く言う。
「一応、法国と魔導王国が定めた“魔法階級”はある。FからE、D、C、B、A。Fが一般人、B以上が実力者。で、例外としてSランク。境界内で二百人ほどだ」
「二百……」
「それ以上はもう登録外。各国の直属か、表に出ない連中だ。ちなみに俺ら“解決屋”も、冒険者登録はSだ」
「えええ!? そんな高いの!?」
ミリアが驚きながら机に体を乗り出す。
「実績があるからな」
ヴォルドが笑い、カゲロウが静かに一言。
「お前は、俺らをなめていたのか」
「ひ、ひぃっ! そ、そんなつもりじゃ……!」
「こら、ミリアちゃんをいじめない!」
リリィが軽く小突く。
「怖がらせるつもりは……なかった」
カゲロウが珍しく焦り、ジークが吹き出す。
「こんなもん、ただの見せかけだろ」
「でもジークさん、魔法ランクBですよね~。冒険者個人ランクはAですし~」
「えっ!? ジークさん魔法使えるんですか!?」
レオンが驚く。
「便秘を改善する魔法とかだ」
「それ絶対違うでしょ!」
ミリアがすかさずツッコミ。
「リリィはSランクの魔法使いだ。祈祷術も含めてトップクラス」
「何言ってるんですかボス! ボスこそ全属性全ランク使えるくせに、また謙遜してる~!」
「気のせいだ」
「レオン。お前の世界に“能力”は?」
「スキル的なものならありました。優れた才能を持つ人だけが“固有スキル”を一つ授かる感じです」
「一つだけ?」
ヴォルドが腕を組む。
「はい。一人につき一つだけ、ですけど……」
「ここの連中は最低二つ以上だぞ」
ジークがぼそり。
「えっ!? そんなに!?」
「俺は“追跡”と“過去再現”。他の奴らのは――聞かない方がいい。意味が分からんからな」
「ひでぇ言い方だな」
エリスが笑う。
「でもまぁ、だいたい当たってるけど」
木々の間に魔法陣が淡く光り、風が舞い上がる。レオンとミリアの目が輝く。
「……こういうの、学校みたいで楽しいな」
「学校よりずっと危険だぞ」
トウマが笑い、肩を回した。
「でもまぁ――生き抜くには知識も訓練も必要だからな」
日差しが金に傾いたころ、座学が終わる。
******
「――よし、座学はここまで。次は実技だ。……ジーク、お前が稽古してやってくれ」
「はぁ? なんで俺がやんなきゃいけねぇんだよ。ボスがやれよ」
影からカゲロウが静かに告げる。
「お前が一番、適任だろう。やれ」
「へいへい、わかりやしたよ。ただし文句つけんなよ」
ジークは伸びをして、腰の鞘を外す。
「よし、レオン、ミリア。お前ら前へ。他は外野で見学、口出し無用」
「がんばれ~!」
リリィが手を振り、アイリが端末を構える。
「負けた方は皿洗いだな」
エリスがにやにや。ヴォルドは腕を組み「若いのはいいな」と頷いた。
「じゃ、行くぞ。……俺を本気で倒すつもりで来い」
「そ、そんな無理ですよ!」
「怖気づくな。手加減はしてやるさ」
「ボス、木刀貸してくれ。二人分な」
「了解」
トウマが指を鳴らす。空気が歪み、一本の木剣と双短剣が現れた。
「レオンに木剣、ミリアに双短剣。壊すなよ」
「了解!」
ミリアが握りを確かめ、レオンは構えながら息を整える。
「――お願いします!」
「よし、来い」
最初に動いたのはミリア。風を裂いて駆け込み、低く滑り込む――が、ジークはその動きを読み切り、肩を押し流す。
「悪くねぇ。けど軽いな」
次の瞬間、レオンの木剣が振り抜かれた。静かで、無駄がない。踏み込みと退きの切り替えが異様に滑らか。
ジークが片眉を上げる。受け流しながら、低く呟いた。
「……お前、剣術やってたな?」
「少しだけです」
「少し、ねぇ……」
笑みと同時に、二人の腹に軽い一打。
「ぐっ……!」
地面に倒れる二人へ、ジークは肩をすくめる。
「まぁまぁ上出来。反応も悪くねぇ。冒険者でも通用する」
「ありがとうございます!」
立ち上がるレオン。木剣を支え、汗を拭う――その構えに、トウマの視線が鋭く止まった。
腰の沈め方、剣先の角度、足の運び、呼吸の間――
すべてが、かつて見た“それ”だった。
「……おい、レオン。その剣術、流派に名前はあるか?」
レオンは少し戸惑って答える。
「はい。『セリオン流』っていいます。……僕の家に伝わる古い剣術です」
その一言に、トウマの瞳が一瞬だけ揺れる。
けれど、誰も気づかない。
風が止み、木の葉がざわりと鳴る。
「……そうか。いい流派だな」
淡々と告げて視線を外す。だが胸の奥では遠い記憶が軋んでいた。
――まさか、“あいつ”の剣が、まだ残っていたとは。
喉まで出かけた名を、トウマは押し殺す。懐かしさでも喜びでもない。
胸を焼くのは、遠い昔の“後悔”の痛み。
(セリオン……お前の血、まだレオンの世界で息づいてたのか)
「ボス? どうしたんすか?」
アイリが不思議そうに見つめる。
「いや、なんでもない」
トウマは笑い、肩をすくめた。
******
かなり稽古が続き、気が付けば夕暮れ時になっていた。
「今日の稽古はここまで。……あとは復習しとけ」
ジークが伸びをする。
日差しの中で、いつもの日常が戻っていく。
誰も、トウマの胸の奥で古い記憶が疼いていることなど知らない。
稽古が終わり、草にレオンとミリアが倒れ込む。
「つ、疲れたぁぁ……!」
「もう動けないです……」
横でジークが煙草をくわえたまま笑う。
「お疲れさん。まぁ最初はそんなもんだ」
「ジークさん……やっぱりただの情報屋じゃないですよね……強すぎます……」
「俺なんか解決屋じゃ戦力になってねぇよ」
「お前、いじわるだぞ」
ヴォルドが笑い、エリスは腕を組んでどや顔。
「まぁ、アタシもあいつには取っ組み合いで勝てた試しねぇけどな!」
「お前は雑すぎんだよ。お前が格闘術ちゃんと極めたら、俺も手も足も出ねぇよ」
「はんっ、褒められた気がしねぇ!」
そこへトウマが稽古組の二人に歩み寄る。
「お疲れ。どうだった?」
「おっさんに負けるとは思わなかった……」
「おっさんて言うな」
即ツッコミのジーク。レオンは苦笑しつつも真剣な眼差しで言う。
「……想像以上に強かったです」
「まぁ、あいつは言いたがらねぇけど、昔は色んな国からスカウト来てたほどの実力者だ。冒険者登録はA。けどAであいつに勝てるやつはいねぇよ」
トウマが軽く肩を叩く。
「気を落とすな。ただのおっさんじゃなかったってだけだ」
「――さて、風呂にすっか」
トウマが大きく伸びる。
「裏にでっかい露天風呂がある。先に女子が入ってこい」
「わーい!」
リリィが両手を挙げる。
「じゃ、その間に俺が飯を作っておくか」
ヴォルドが立ち上がり、女性陣はタオルを手に立つ。リリィ、アイリ、エリス、ミリア――
「いこーいこー!」
はしゃぐリリィの横で、トウマが堂々と一緒に歩き出す。
……一瞬で全員の足が止まる。
「……ボス?」
アイリの声が氷点下。
「なんでついてくるんすか」
「なんでって……私も女の子よ!」
――バキィン!
エリスの拳が飛び、トウマは綺麗な放物線を描いてリビングへ。
「よし! 行くぞ!」
満足げなエリスに続き、女性陣は露天風呂へ向かった。
「うわぁ……」
カインが引き気味に呟く。
床に転がるトウマが顔を上げ、ニヤリ。
「なぁ、お前ら……覗きに行こうぜ」
「はぁ!?」
「何アホなこと言ってんだ。死にてぇのか。俺はいかねぇ」
ジークは即拒否。ヴォルドはため息。
「俺は飯の準備がある」
「チッ……ノリ悪いなぁ。――よし、カイン、カゲロウ、レオン! 行くぞ!」
「はぁ!?」「断固拒否だ」「ぼ、僕も行きません!」
次の瞬間、三人はトウマに首根っこを掴まれ、ずるずると外へ――。
湯けむりと星空。木々に囲まれた岩風呂からは、湯気と笑い声。
「いや~、久しぶりにゆっくり風呂に入れて気持ちいーな」
「ねー! エリスちゃん腹筋やばー! スタイルいいー!」
「リリィだって胸でけぇじゃんか! てか……アイリやばくね?」
「な、なに見てるんすか!?」
赤面して胸を隠すアイリに、リリィが「触らせてー!」と飛びかかる。
「やめろー!!」
横ではミリアが自分の胸を見てしゅん……。
「ミリア、小さいの気にしてんのか?」
「う、うるさい……」
「大丈夫っすよ! ミリアちゃんはまだ成長期っす! これからこれから!」
「え、まぁ……ありがと……」
――岩陰。しゃがむトウマが口笛。
「……やっぱりこうでなくっちゃ」
隣でカインが頬を赤らめる。
「やっぱ……アイリ、やばいっすね……」
「リリィもバランスが完璧だ。あれは芸術だな」
「エリスも負けてねぇ。あの肉体美……」
カゲロウが鼻血を垂らしながら呟く。
「お前、結局一番見てんじゃねぇか」
トウマが鼻で笑う。
「観察だ」
トウマはニヤリとレオンを見る。
「で、レオン。お前は誰が一番好みだ?」
「ぼ、僕は……」
顔を真っ赤にして俯き――小声。
「……ミリア、かも……しれないです」
「ははーん。やっぱりな~。気になってたんだな~」
「ち、違っ――」
背後に影。パキパキと指を鳴らす音。振り向けばエリスがバスタオル姿で仁王立ち。その後ろにアイリ・リリィ・ミリア。全員、笑っていない。
――爆音と怒号が止むころには、夜の帳。
リビングには戦場のような光景。トウマはソファーで正座、顔には赤い手形が四つ。横でカインとレオンは土下座、カゲロウは頭に氷袋を乗せ、床に沈む。
「……全部、ボスが悪いことで片付いたな」
ジークがコーヒーを啜りながら淡々。
「当然っす。セクハラは死刑っす」
腕を組むアイリ。
「次やったら祓うからね!」
リリィは怒りのオーラ。
トウマは項垂れ、小声。
「……まぁ、見る価値はあったけどな」
「凝りてねーな!!」
エリスの拳が炸裂し、トウマはソファーごと沈んだ。
笑いとため息が混じる中、ヴォルドが鍋を運ぶ。
「はいはい、バカやってないで晩飯にするぞ」
「やったー!」
テーブルに並ぶ湯気。香ばしいスープと焼きパン。ミリアも微笑みを取り戻し、レオンはまだ頬を赤くしながら「いただきます」。
「風呂より飯の方が癒やされるわ」
カインがぼそり。
ジークは「……ほんと、解決屋は騒がしい」と苦笑。
カゲロウは静かにスープを啜り、「……それが居心地の良さだ」と小さく呟いた。
トウマは頬の腫れを撫で、テーブルの中央でみんなを見渡す。騒がしくも、温かい。戦場では決して得られない“日常”の時間――
コン、コン。
不意に、扉がノックされた。
誰もが手を止める。ヴォルドが眉をひそめ、エリスが箸を止めて振り返る。
「……誰だ?」
外の風が鳴り、窓ガラスが一瞬だけ青く光る。トウマの表情がわずかに変わった。
「……来たな」
立ち上がった彼の声は、低く、確信に満ちる。
――扉の向こうに、奇妙な気配。機械でも人間でもない。魔術と理論の狭間に立つ“何か”。
もう一度、ノック。
コン……コン。
静まり返る室内。トウマが扉に手をかけ、わずかに笑う。
「ようやく来たか――ラグノワ」
その名が夜気に溶け、湯気と笑い声の残る部屋が、静寂に包まれた。
そして――幕が落ちた。
すみません、書き直しです。




