第十一話
黒い紋様を抜けた瞬間、仲間たちの視界は一変した。
湿った石造りの牢や崩落した通路ではなく、温かな木の香り漂う広いリビング――湖畔に建つログハウスの一室に出ていた。
「……な、なんだここ……」
カインが息を切らしながら周囲を見回す。
「……初めて見る景色だな」
ヴァルドが低く唸り、トウマに目を向ける。
「なぜ元の事務所じゃない。ここはどこだ」
「そうっすよ!」
アイリが両手を広げて驚きの声を上げる。
「初めて来たっす! まさかボスの別荘とかっすか!?」
トウマは帽子を押さえたまま、短く答えた。
「……あぁ。俺の隠し拠点だ」
「おいおい、事務所はどうするんだよ」
ジークが煙草をくわえながら眉をひそめる。
「敵に場所を割られている。戻ればまた狙われるだけだ」
トウマは冷静に言い切った。
「当分はここで過ごす」
重苦しい空気が広間を覆った。
だがすぐにリリィが両手を合わせ、柔らかな光を放つ。
「はい、じゃあ治療しますよ~。皆さん座って!」
光が広間を包み、焼け焦げた匂いが和らいでいく。
エリスがソファに腰を落とし、額に汗を浮かべた。
「……ちっ、体がまだ重ぇ……」
「エリ姐、大丈夫っすか!」
アイリが慌てて駆け寄ると、エリスは歯を食いしばりながらも笑みを作った。
「へっ……ちょっと浴びすぎただけだ。まだ死んでねぇ」
「無理すんなよ。お前、歩幅フラフラじゃねぇか」
ジークが呆れたように言い、煙草を取り出す。
だがすぐにリリィがひょいと奪い取った。
「ダメです! 今は空気をきれいにしないと!」
リリィは強めに光を展開し、仲間の体から瘴気を払う。
「……はぁ……少しマシになったな」
カインがぐったりとソファに沈み込む。
「でも芯がまだビリビリする……」
「放射能は体の奥に残る」
トウマは静かに言い、リリィの肩に手を置いた。
「出力を上げろ。俺が補助する」
光がさらに強まり、仲間たちの表情が少し和らぐ。
「……でもよ」
ジークが煙草を指で弄びながら呟いた。
「ボスの一撃……なんなんだ。音も光も潰しやがった。耳がまだ変だぞ」
広間が静まり返る。
誰もが思い出していた――トウマの《ブラックインパクト》。
世界の一部を黒で抉り取るような一撃。
沈黙の中で、レオンが膝の上で拳を握った。
「……僕だけ、何もできなかった」
「ん?」ミリアが眉をひそめる。
「守られて……庇われて……鍵も取り返せなくて……僕は……」
「バカじゃないの?」
ミリアがため息をつき、腕を組んだ。
「アンタが必死に立ってたから、アタシもナイフ抜けたんだよ。
……だから落ち込むの禁止。次に役立てばいいでしょ」
「……ミリア……」
「勘違いすんな!」
ミリアは顔を赤らめてぷいとそっぽを向く。
「アンタがヘタれてたら、アタシまで死ぬんだから! ……それだけ!」
「ふっ……若いな」
ジークが苦笑する。
「でも事実だ。俺ら全員、ガキに見えるくらいの一撃をボスはやりやがった」
トウマは椅子に深く座り、表情を隠したまま黙っていた。
その沈黙が、かえって重さを増していく。
重苦しい空気が広間を覆ったまま、誰も口を開かなかった。
その時――
ぐぅぅぅぅぅ……。
静かな部屋に、遠慮のない腹の音が響き渡る。
「……」
全員の視線が一斉に動いた。
ジークが眉をひそめ、煙草を指で弾く。
「おいおい……こんな時に誰だぁ? ったく緊張感ねぇな……」
彼の目がミリアに向く。
「おい、またおめぇか? この前も会議中に鳴らしてたろ」
「はぁ!? アタシじゃねーし!!」
ミリアがテーブルを叩き、顔を真っ赤にする。
「てめぇ勝手に決めつけてんじゃねぇよジジイ!」
「誰がジジイだコラ!」
ジークも負けじと吠え返す。
「図星だからそんなに怒るんだろーが!」
「うるせぇ! ぶっ飛ばすぞ!」
二人が火花を散らす中――。
「……すまん」
低く、ぼそりとした声が割り込んだ。
全員の視線が集まる。
帽子を目深にかぶったままのトウマが、わずかに顔を背けながら呟いた。
「……俺だ」
一瞬の静寂。
「「お前かよ!!」」
アイリとカインの声が完璧にハモり、部屋中に響いた。
「ボ、ボス……! こんなシリアスな空気で腹鳴らすとか……反則っすよ!」
アイリが頭を抱えて絶叫。
「いやマジで勘弁してくれよ……!」
カインはソファに突っ伏し、肩を震わせながら笑いをこらえる。
「戦場帰りの空気ぶち壊しだろ……!」
「……くっ」
ジークが腹を抱えながら、煙草を落としかけた。
「いやいや、腹の虫にゃ勝てねぇか……! ボス、アンタほんと反則だわ」
「……腹が減ったら死ぬ」
トウマは平然と告げる。
「だから食う」
「おぉ、ボスらしい理屈!」
リリィがぱぁっと笑顔を見せ、両手を合わせた。
「じゃあ、私お料理しますねっ!」
「そうだな」
ヴァルドがゆっくりと立ち上がり、腕を組んで頷いた。
「腹が減っちゃあ戦もできん。飯にしよう」
「おっしゃあ!」
エリスが拳を振り上げる。
「アタシ、肉焼くの任せろ!」
「いや、アンタ前に焦がして炭にしたろ」
アイリが即座に突っ込み。
「姐御、俺と組もうぜ。スピード勝負なら料理だって得意だ」
カインがにやりと笑い、鍋を手に取る。
「お前は食材切る前に自分の指切るタイプだろうが!」
エリスが呆れ声を上げ、部屋が一気に笑いに包まれた。
その傍らで、レオンはそっと息を吐く。
ついさっきまで胸を締めつけていた重苦しさが、少しだけ軽くなっていた。
「……なんだか、不思議だな」
「何がだよ」ミリアが隣で眉をひそめる。
「怖いことばっかりなのに……この人たちと一緒にいると、安心できる」
レオンがそう言うと、ミリアは一瞬だけ黙り――そっぽを向いて赤くなる。
「バカ。……だから落ち込むなって言ったろ」
笑いと食欲の匂いが広間に広がっていく。
戦場の余韻はまだ消えない。だが今だけは、解決屋にとって――束の間の安らぎの時間だった。
広間のテーブルに、大皿や鍋が次々と並び始めた。
リリィが嬉々として手際よく野菜を刻み、鍋に放り込む。
「じゃーん! 今日は元気が出るシチューにしましょう! お野菜たっぷりです~♪」
「うまそうだな。だが肉が足りねぇ」
エリスが冷蔵庫を開け、豪快に骨付き肉を引っ張り出す。
「アタシの拳よりデカい肉がここにあるじゃねぇか! これ焼こうぜ!」
「待て待て待て、姐御!」
アイリが慌てて止める。
「前にアタシらに炭食わせたの忘れたんすか!? 焦げ臭いのはもう勘弁っす!」
「おい、炭でも栄養はある!」
エリスは全く悪びれずに笑い飛ばす。
「文句言うやつは食うな!」
「いや、食わされたんだよあの時は!」
ジークが顔をしかめる。
「歯が折れるかと思ったぜ」
その横でカインが包丁を手にしていた。
「姐御、俺に任せろ。スピード調理ってのも見せてやるよ」
そう言うや否や、残像を残して具材を刻み始める。
「おい! まな板ごと切れてるじゃねぇか!」
ジークが叫ぶと、案の定、木片まで細切れになっていた。
「へへっ、スピードは完璧だろ?」
カインが涼しい顔を見せる。
「食材も台所も寿命縮めてんだよ!」
アイリが額を押さえて叫ぶ。
「もうっ、カインさんは邪魔しないでください!」
リリィがぷんと頬を膨らませ、カインを椅子に座らせた。
「仕方ねぇな……」
ヴァルドがのっそり立ち上がり、巨大なフライパンを持ち上げる。
「俺が肉を焼こう。ドラゴンの血は伊達じゃない。火加減なら任せろ」
「おおっ! 頼りになる!」
アイリが両手を合わせて歓声を上げる。
「ほれ、少年」
ヴァルドはレオンにトングを渡した。
「お前も手伝え。肉を返すタイミングを覚えろ」
「は、はい!」
レオンは慌ててトングを構え、肉をじっと見つめる。
「……っ!」
油が弾けて腕に飛び、レオンが小さく悲鳴を上げる。
「熱っ……!」
「バカ! そういうときは腕を引けっての!」
ミリアが慌ててタオルでレオンの腕を押さえる。
「ほんっとに世話が焼けるんだから……」
「ご、ごめん……」
レオンは顔を赤くしながらも、ミリアの手を見て小さく笑った。
「なに笑ってんだバカ! 今度はアタシの指焼くぞ!」
ミリアが顔を真っ赤にして怒鳴り、タオルを投げつけた。
「おおっ、いい匂いしてきたじゃねぇか」
ジークが鼻を鳴らす。
「煙草よりも食欲湧いてきたな……」
「ボス、ボス!」
アイリがトウマの袖を引っ張る。
「アンタもなんかやってくださいよ!」
トウマは帽子を目深にかぶったまま、淡々と返す。
「……俺は食う専門だ」
「出たー! ボスのズルい専用役割!」
カインが大声で突っ込み、全員の笑いを誘った。
やがて、肉の焼ける音とシチューの香りが部屋いっぱいに広がった。
それぞれが皿を手に取り、わいわいと食卓を囲む。
「ん~! やっぱリリィの料理は最高だね!」
エリスが頬張りながら豪快に笑う。
「肉、ちょっと焦げたけど悪くねぇな」
ヴァルドが満足げに頷く。
「ふぅ……やっぱり仲間と食う飯は格別だ」
ジークが煙草を置き、久々に柔らかい笑みを見せた。
「……おいしい」
レオンが思わず呟くと、ミリアは横目で見て鼻を鳴らした。
「ふん、感謝しろよ。アタシが世話してやったんだから」
「……ありがとう」
レオンが素直に礼を言うと、ミリアは耳まで真っ赤にしてスプーンを握りしめた。
賑やかな笑い声と食器の音が、木造の拠点に心地よく響いていた。
束の間の安らぎ――だがそれは、次の嵐の前のわずかな静けさにすぎなかった。
肉とシチューの匂いが立ち込めるログハウスの広間。
皿を手に取った面々は、ようやく落ち着いた笑顔を見せ始めていた。
それでも空気の奥には、拭えない緊張が残っている。
「ふぅ~……やっぱり仲間と食う飯は格別だね!」
エリスが骨付き肉をかぶりつき、豪快に笑った。
「姐御、食いながら喋んなって」
カインが肩をすくめ、スプーンを回す。
「肉汁飛んできてんだよ」
「おう、スピードで避けろよ!」
エリスが笑い飛ばし、カインは苦笑しながらも口の端を上げた。
ジークがシチューをすすり、煙草を一本机に置いた。
「……飯はうまいが、現実は甘くねぇ。さっきの青白ボーボー――あいつの存在、どうするつもりだ」
エリスがシチューを豪快にすすり、骨付き肉を置いた。
「……飯はうまいけどよ、現実は甘くねぇ」
豪快な笑みを引っ込め、拳を握る。
「さっきの青白ボーボー――あいつの存在、どうするつもりだ」
空気が一気に重くなる。
リリィの手が止まり、カインも眠たげな目を細めた。
全員の表情が引き締まる。
「……青炎の悪魔」
カインが眠たげな目を細め、スプーンを置く。
「……アイツ、“ボス”のこと知ってたな。観測対象とかぬかして……まるで昔から知ってたみてぇに」
「なぁボス」
ジークが顎をしゃくる。
「ただの敵じゃねぇよな。どういう因縁だ」
広間に視線が集まる。
だがトウマは帽子を目深にかぶったまま、静かにスプーンを置いた。
「……昔からの厄介な縁だ。それ以上は言えねぇ」
「なんすか!それ!」
アイリが頬を膨らませる。
「ボス、秘密主義すぎっすよ!」
「いいんだよ」
ヴァルドが低く言い、腕を組んだ。
「ボスが口を閉ざすってことは、それだけ深い事情があるんだろう」
「でも……」
レオンが拳を握りしめた。
「僕らも、ちゃんと知っておかないと……あんな怪物、また来たら……」
言葉を詰まらせたレオンの肩を、ミリアが小突いた。
「バカ。今のアンタが知ったところで何ができるんだよ。
……でもさ」
ミリアはスプーンを口にくわえ、そっぽを向く。
「だからって立ち止まってる暇もないでしょ。次は足引っ張らないように、あたしらも動く」
「……ミリア……」
レオンは驚きつつも、強く頷いた。
「僕も、戦えるようになりたい。守られてるだけじゃなくて……!」
「ふん、言ったな」
ジークがにやりと笑う。
「なら鍛えてやるよ。俺の地獄仕込みでな」
「おー、死ぬな坊主」
カインが片手を挙げて笑う。
「ジークさんの特訓はマジで死人出るからな」
「やかましい」
ジークが煙草をくわえ直し、肩をすくめる。
そんなやり取りを見ながら、トウマは静かに一同を見渡した。
「――いい心構えだ。だが忘れるな。奴は俺たちが今まで相手にしてきたどんな敵とも違う」
その声音は低く、確信に満ちていた。
「青炎の悪魔は……この“大世界”をひっくり返す存在だ」
広間を、再び重苦しい沈黙が包み込んだ。
しかし皿の上にはまだ温かい食事が残っており、仲間たちは互いに顔を見合わせて、少しずつ笑みを取り戻していく。
「……ま、腹ごしらえしなきゃ戦えねぇよな」
エリスが肉をかじり直し、豪快に笑った。
「食って力つけて、次は絶対ぶっ飛ばす!」
「……相変わらずだな、エリ姐」
アイリが呆れつつも、少し笑った。
笑いと緊張が交錯する食卓。
それは“解決屋”らしい、戦いの合間のひとときだった。
* * *
青白い燭台が揺れる大聖堂。
白スーツに黒仮面の兵士たちが列を成し、銀糸の仮面を戴く幹部が膝をついていた。
静寂を切り裂くように、青い炎がふっと広間の中央に現れる。
白衣を翻す青炎の悪魔が一歩進み出る。
「……報告に参った」
炎が揺れ、低く理知的な声が響く。
「“解決屋”と交戦。観測の価値は十分にあった。そして、“トウマ”が現れた」
ざわめきが走る。
だがすぐに、別の影が壇上に姿を現す。
白いマントを纏い、鋭い眼光を持つ男。
兵たちは一斉に頭を垂れた。
「……お戻りでしたか、アーク・ベリアル様」
銀糸の仮面が深く頭を下げる。
アークは冷ややかに見下ろした。
「鍵の奪取――よくやった」
一拍置いて、声を低める。
「だが……人質は解決屋に取り戻されたな。その点は、大きなマイナスだ」
銀糸の仮面は沈黙のまま、さらに頭を垂れる。
アークが炎を揺らし、愉悦を滲ませた。
「だが、観測は進んだ。奴らの戦力、特に“トウマ”という存在はやはり……特別だ」
「特別、か」
アークが薄く笑む。
「……あの男は、いずれ必ずこちらの前に立ちはだかる。
だがそれでいい。潰す価値があるからな」
一瞬、大聖堂全体が冷気に包まれたような感覚が走る。
「……教祖はご不在のままか」
アークが問いかける。
銀糸の仮面が静かに答えた。
「は。お姿は未だ……しかし、意志は我らの上にあります」
「そうか」
ベリアルは視線を逸らし、炎の中に歩み去る。
「ならば良い。いずれ“教祖”の意思と、我らの観測とが交わる時が来るだろう」
青炎が消え、広間に再び冷たい静寂が戻った。
* * *
ログハウスの広間。
大きなテーブルの上には、片付けきれていない皿やパン屑がまだ散らばっていた。
「――はいっ! 会議の時間っすよ!」
アイリが勢いよく手を叩き、魔導端末をぱちんと開く。
「ボスの指示でね、一旦“今後の方針”をまとめることになったっす。ついでに、新入りの自己紹介と、この世界の説明も兼ねるっすよ!」
「え~……もう腹いっぱいだし、眠いんだが」
カインがソファに沈み込み、ヘッドホンを首に引っかけたまま欠伸をする。
「俺はシチューの後はコーヒーが欲しいな。……リリィ、淹れてくれ」
ジークが煙草を指で回しながら勝手な注文をする。
「え、今から会議なのにコーヒーですかぁ?」
リリィは首をかしげながらもにこにこしている。
「おいおい! みんなシャキっとしろよ!」
アイリが机をバンッと叩いた。
「エリ姐! ヴァルドさん! アンタらも聞いてます!?」
「……聞いてる聞いてる」
エリスは椅子に腰かけ、骨付き肉を手に残したまま返事。
「でも自己紹介って、今さらじゃねぇ?」
「俺もそう思うな」
ヴァルドが腕を組み、豪快に笑った。
「だがまぁ、新入りには必要か。俺たちも整理になる」
「よしっ! じゃあ始めるっす!」
アイリが手を振り上げ、レオンとミリアの方を向く。
「はい! じゃあまずは――そこの迷子くんから!」
「えっ、僕から!?」
レオンが慌てて立ち上がり、ぎこちなく頭を下げた。
「え、えっと……レオン・アルヴェインです。僕は……元々は“こことは違う世界”から来て、父から“鍵”を託されました。……それを奪われてしまって……」
声がだんだん小さくなる。
が、アイリはにやりと笑って両手を叩いた。
「よく言えました! はい拍手!」
パチパチとリリィが嬉しそうに拍手し、カインが適当に指を鳴らした。
「真面目か……」
ミリアがため息をつく。
「アタシはミリア。ちょっと事情あって家を飛び出したけど、腕には自信あるから。……盗みとか潜入とか、そういうのね」
「胸張って言うことじゃねぇだろ」
ジークが煙を吐き、鼻で笑う。
「まぁ助かったのも事実だがな」
「さて次は」
アイリが魔導端末をぱちんと開き、空中にいくつもの円環を投影する。
アイリが両腕を広げた。
「ここからはレオン君への“世界説明タイム”っす!」
「説明?」
レオンが首を傾げる。
アイリは得意げに指を鳴らした。
「この世界は“境界”と呼ばれる――ありとあらゆる世界のつなぎ目っす! つまり――異世界の吹き溜まり!」
投影された円環が交わり、複数の街並みや文字が重なり合う映像が浮かぶ。
「人間界の文化もあれば魔界の言語、神界の技術、冥界の風習まで! ぜ~んぶ混ざり合ってごちゃごちゃしてるっす!」
「要はカオスだな」ジークが鼻で笑い、煙草を回す。
「でも安心していいっすよ、すぐ慣れるっす!」
アイリは胸を張って親指を立てる。
「街角でドラゴンと天使が喧嘩してたり、魔術師と技術屋が同じ市場で商売張り合ってたり……日常茶飯事っす!」
「慣れる問題か、それ」レオンが思わず引きつった笑みを浮かべる
「迷い込む奴、意図的に来る奴、訳ありで追放される奴……そういうのが集まってるってわけだな」
ジークが肩をすくめる。
「結構面白いぞ!」
ヴァルドが笑い飛ばす。
「んで、治安は当然最悪だ」
エリスが拳を鳴らす。
「だからアタシら“解決屋”が存在する。要は、どんな依頼でも引き受ける何でも屋ってわけだ」
「ただし仕事は厳選するけどね」
アイリがすかさず補足。
「依頼人もヤバいの多いし」
「……なるほど」
レオンが真剣に頷いた。
「だから、僕を保護してくれたんですね」
「そういうこと」
カインがソファに寝転がりながら、片手をひらひら振った。
「まぁ俺らのやる気スイッチは気分次第だけどな」
「おい、余計なこと言うな」
アイリが即座に突っ込む。
ミリアは腕を組み、レオンを横目で見た。
「要はアンタもこっちで生きていくしかないってことよ。……覚悟決めときな」
レオンは息を呑み――そして強く頷いた。
「……はい」
「よし! じゃあこれで自己紹介と世界説明は終了っす!」
アイリが手を叩き、勝ち誇ったように胸を張った。
「――さて!」
アイリが端末を閉じ、手を叩いた。
「世界の説明も終わったところで、次は“うちのメンバー紹介”っす! レオン君もミリアちゃんも、まだちゃんと把握してないでしょ?」
「そ、そうですね……」
レオンがこくりと頷く。
「ふん、覚える必要ある?」
ミリアが腕を組んでそっぽを向いた。
「勝手に騒いでるだけの連中でしょ」
「ひっど!」
アイリがわざとらしく胸を押さえて仰け反る。
「ま、聞いて損はないっすよ。じゃあ順番に――」
◼ ジーク
ジークが煙草をくわえ直し、だるそうに手を挙げた。
「……俺はジーク。情報屋兼、雑用。戦闘もできなくはねぇが、期待すんな。
まぁ、お前らガキが死なねぇ程度には面倒みてやる」
「優しく言ってるようで全然優しくないですね」レオンが苦笑する。
「こいつ、イビキで人を殺せるからな」
カインが横から茶々を入れる。
「マジで夜は耳栓必須だぜ」
「てめぇ後で外に出ろ」ジークが煙を吐き、冷ややかに睨んだ。
アイリが咳払いして補足する。
「ジークさんは戦闘じゃ泥仕合タイプっすけど、足で稼ぐ情報屋っす! 裏社会のコネや噂話、誰も知らない地下ルートまで全部押さえてる。地道で泥臭いけど、一番頼りになるんすよ!」
◼ リリィ
「は~い♪ リリィです!」
ふわふわ笑顔で手を振る。
「見た目はこんなんだけど三百歳以上なんだよ? 主に回復とか加護とかやってるから、ケガしたら任せてね!」
「えっ、三百!?」レオンが椅子から半分落ちそうになる。
「だ、だまされんなよ坊主!」ジークが慌てて言う。
「こいつの見た目に惑わされると痛い目みるぞ」
「惑わされてないっすか?」アイリがニヤニヤ突っ込む。
そしてレオンに向き直り、にこにこ解説。
「リリィは高位の加護魔法と回復魔術のスペシャリストっす! 癒し系に見えて実際も癒し枠、超重要メンバーっすよ!」
◼ カゲロウ
赤い瞳の影の妖魔は、壁際から一歩だけ前に出た。
「……カゲロウだ。裏の仕事を請け負う。……以上」
「短っ!」ミリアが思わず突っ込む。
「何よその雑な自己紹介」
「これ以上、語る必要はない」
赤い瞳が鋭く光り、ミリアが思わず口を噤む。
「カゲロウさんは潜入・暗殺・諜報、影の仕事全部こなすエキスパートっす!」
アイリが解説を入れる。
「影の妖魔としての能力は桁外れ。……ってことで、マジで怒らせちゃダメっすよ?」
◼ ヴァルド
「俺はヴァルドだ!」
竜人の豪快な声が響き、テーブルが震えた。
「鼻で敵の数を嗅ぎ分けられる。戦闘は真正面から叩き潰すタイプだ!」
「わぁ……!」レオンが思わず目を輝かせる。
「すごい……!」
「だろう!」ヴァルドが自慢げに腕を組む。
「お前も鍛えれば強くなれるぞ!」
アイリが楽しそうに頷く。
「ヴァルドさんは純粋なパワーファイターっす! 竜人特有の怪力と嗅覚で、突撃戦なら右に出る者はいないっす!」
◼ エリス
「エリス姐!」アイリが振ると、エリスは肉をかじったまま拳を鳴らした。
「アタシはエリス。見ての通り拳で殴るのが仕事。
古代の大剣も持ってるけどな……ま、基本は殴る。以上!」
「説明短っ!」
レオンが目を丸くすると、アイリが小声で囁く。
「ちなみにこの人、すぐ暴力に訴えるから気をつけるっす」
「聞こえてんぞコラ」エリスがスプーンを投げ、アイリが慌てて避ける。
「エリ姐は“太陽の力”を宿してるんすよ!」
アイリがすかさず補足。
「疑似的に太陽エネルギーを創り出して戦う、解決屋の火力担当っす!」
◼ カイン
「んじゃ、俺の番か」
カインが椅子に寝転んだまま片手を挙げた。
「カイン。見ての通りダルそうにしてるけど、戦闘ん時はマッハ15で走る。
敵が何発殴る前に百発くらい入れるのが俺の芸風だ」
「す、すごい……!」
レオンが目を見開くが、ミリアが冷ややかに睨む。
「アンタ、口だけじゃないでしょうね」
「俺の蹴りで試すか?」
カインがにやりと笑い、ミリアは舌打ちした。
アイリが笑って肩をすくめる。
「カインは解決屋最速のアタッカーっす! 超音速を超えた速度で相手の懐に潜り込み、削り取るのが得意技っす!」
◼ アイリ(まとめ役)
「で、最後はアタシ!」
胸を張って立ち上がる。
「アイリ! ギャル系秘書で、交渉と事務処理担当っす! 能力は情報操作系っす
つまり! あんたらの個人情報も丸裸にできちゃうんすよ!」
「え、えぇぇ……」レオンが後ずさる。
「怖すぎる……」
「でも超頼れる人なんだよ~♪」リリィがフォローし、アイリは得意げにウインクした。
「おっと補足しとくと、アタシは戦闘は専門じゃないっすけど、情報操作で敵のデータをコピーして解析するのは得意っす! いわば後方支援担当っすね!
要するにアタシは“情報をいじる側”。ジークさんが拾ってきた生の情報を整理したり、時には敵のデータを改ざんしたり、表と裏の帳尻を合わせるのが仕事っす!」
メンバー紹介が一通り終わったところで――。
「――はい、じゃあこれで終わりっす!」
アイリが端末を閉じ、満足げに腰に手を当てた。
「……ちょっと待て」
低い声が割り込む。
全員の視線が自然と一点に集まった。
テーブルの端に座っていたトウマが、片眉を上げて煙管を指で回していた。
「俺は?」
一瞬の沈黙。
「……」
「…………」
ジークが煙を吐き、面倒そうに言った。
「いや、ボスの自己紹介なんざ必要か?」
「っすねぇ」アイリも首をかしげる。
「ていうか、全員知ってる前提で動いてるし」
「ボスはボス、それ以上でも以下でもねぇだろ」エリスが肩をすくめる。
「俺も別に聞きたくねぇ」カインが眠たげに言う。
「必要だろ!」
トウマがテーブルを叩いて立ち上がる。
全員、ぽかんとした顔で見上げた。
「……いや、必要か?」ジークがぼそっと呟く。
「必要っす!」
アイリが慌てて立ち上がり、端末を広げる。
「はい! じゃあ最後は……我らがボス、トウマさん!」
彼女は片手をひらひらさせて、いつになく投げやりな調子で続けた。
「見た目はラフで飄々、つかみどころがないけど――まぁ……強いっす! 以上!」
「雑すぎるだろ」
レオンとミリアが同時に突っ込む。
「いや実際そうなんだよ」
ジークが肩をすくめ、煙を吐く。
「剣も拳も魔法も戦略も、何でも一流。だから逆に“何が得意かわからねぇ”」
「万能型ってやつだな」
ヴァルドが腕を組み、うなずく。
「どんな戦場に放り込んでも必ず突破口を開く。あれは竜人の俺から見ても異常だ」
「俺らが束になっても、まだ本気出してねぇ感じだしな」
カインが眠たげに笑いながら首をかしげる。
「……正直、怖ぇくらいだ」
カゲロウが赤い瞳を伏せて言う。
「でもね~」
リリィが明るく笑い、レオンに囁くように言った。
「普段はほんとにフラフラしてて、頼りなさそうなんだよ~。そこが逆に安心するけどね♪」
トウマは一同の声を聞き流し、煙管をくゆらせてふっと笑った。
「……おいおい。ここまで褒められるなんてな。なんか照れるぜ」
全員、心の中で同じことを思った。
――(いや、褒めてねぇからな?)
その静かなツッコミが、ログハウスの夜をやわらかく包んでいった。




