プロローグー前半ー
俺の名前はトウマ。
この“境界”で“解決屋”をやってる。
解決屋ってのは――普通の奴じゃ手に負えない厄介ごとを片付ける仕事……ってことになってる。
聞こえはいいが、実際に舞い込んでくる依頼は「財布がなくなった」とか「旦那が怪しい」とか、ただの探偵や警備に回せばいいような小間仕事ばかりだ。
たとえば今朝も、路地裏で老婆の財布を探してきた。
結果は……犬がくわえて物置に持ち込んでいただけ。
銀貨一枚の報酬を握りしめる老婆に深々と頭を下げられながら、内心で盛大にため息をついた。
――俺じゃなくてもいい仕事だ。
表向きの依頼はそんな調子。
だが裏の方では、暗殺、情報抜き取り、護衛、密輸ルートの確保……と、えげつない依頼を請け負ってる。
今のところ組織の資金は、その裏の稼ぎでなんとか回してるってわけだ。
俺自身が手を汚すことは少ねぇが――
便利屋と変わらない雑務で仲間を食わせてる分、余計に胸の奥が重い。
結局のところ、「解決屋」なんて看板は張りぼてだ。
境界――。
人間界、魔界、神界、冥界。
本来なら隔絶されているはずの世界と世界の継ぎ目にあたる独立した地。
いわば世界をつなぐ“中継点”であり、異世界の吹き溜まりでもある。
だから街の空気はいつだってごった煮だ。
市場では角を生やした魔人と翼を広げた天使が同じテーブルで飯を食い、
屋台では人間の料理人とドワーフの職人が値段を巡って口論、
裏路地じゃ機械仕掛けの技師が魔術師と殴り合ってる。
空を見上げればドラゴンがのんびり飛んでいても、誰も驚かない。
“異常”が日常。
揉め事が絶えないからこそ、俺たち解決屋の出番がある。
……もっとも、俺ひとりで全部を回してるわけじゃない。
ちっぽけだが、一応“組織”ってやつを持ってる。
で、その窓口を仕切ってるのが――
「……はぁ。今日も依頼ショボいっすねぇ、ボス」
溜息まじりの声に振り向けば、ソファに寝転がって魔導端末をいじっている秘書のアイリ。
金髪ロングに強めの目つき、胸元ざっくりの服を着こなしながら、スマホゲームみたいなもんに夢中だ。
だが――見た目と態度に騙されちゃいけない。
交渉力も事務処理も裏取引の調整も一流。
組織を実際に回してるのは、ほとんどこいつだ。
「まぁ大きな依頼は大体片づけちまったからなぁ」
俺は椅子に腰を落とし、帽子を目深にかぶり直す。
机の上には依頼票の束。どれも内容は薄っぺらい。
「“財布を探してください”……銅貨三枚」
「“旦那が浮気してるか確認してほしい”……銅貨五枚」
「“倉庫から変な音がするんです”…………ああ、どうせネズミか猫だろ」
紙をめくるたびにため息が漏れる。
「稼げる依頼、マジで来ないっすかねー」
「……言うなよ。俺だってわかってる」
くだらない依頼ばかり。
裏の稼ぎがなけりゃとっくに潰れてる。
「正直、依頼貧乏っすよねうち。ボスももっと看板背負って営業したらどうなんすか?」
「俺に営業やらせる気か? メンドクサイから嫌だね」
「ほら〜そういうとこっすよ。愛想良くしてれば、美女依頼人が殺到してるのに」
「そんな客ばっか来ても余計ややこしいだろ」
軽口を交わす声が事務所に響く。
それはいつもの日常――退屈で、でもどこか心地良い倦怠。
――と、そのとき。
「……ん?」
依頼票の束の中、一枚が妙に目を引いた。
紙自体がじんわりと熱を帯びているような錯覚さえ覚える。
何気なく手に取り、内容を確かめる。
『大きな鍵を持った少年を探せ』
ただの人探し依頼。
だが、視線が金額の欄に移った瞬間、俺は思わず息を呑んだ。
「……桁が違うな」
低く漏れた声に、アイリがガバッと上体を起こし、画面を覗き込む。
次の瞬間、彼女の目がまん丸に見開かれた。
「ちょ、マジっすか!? 何ゼロ多いんすかこれ!? 人探しでこの大金……絶対裏あるっしょ!」
「……だろうな」
依頼票を指で弾き、鼻で笑う。
ただの人探しに見えて、これは明らかに異様。
直感が告げていた。――これは、間違いなく面倒の匂いだ。
「で、どうするんすか? スルーします?」
俺はキャップを深くかぶり直し、口元に薄い笑みを浮かべる。
「決まってんだろ。……行くぞ」
「やっぱり〜! うちのボス、面倒事大好きっすもんね!」
「うるせぇ」
その瞬間から、大世界を巻き込む厄介ごとが動き出すことを――俺も、アイリも、まだ知る由もなかった。