間違い電話
タカアキの携帯番号は今も覚えてる。
携帯には『たかちゃん』で登録してある。
もう表示されることのない『たかちゃん』。
あれから3年経つのにデータは消去してない。
電話帳も着信記録もメールも全部新しい携帯に引き継いで。
消せるわけないじゃない。本当に好きだったんだから。
タカアキは私が眠ってる間に死んでしまった。
雨のバイパス、午前3時。バイト上がりの帰り道。
連絡はタカアキのお母様から。
「リンコさんですか。私、タカアキの母です」
初めて聞くお母様の声。とても冷静な声だった。
だから私、何かまずいことをしたのかと思って動揺してしまった。
お母様はそんな私に続けて、
「タカアキが死にました。今朝早く、交通事故で」
頭の中、真っ白になってしまった。
後はただ機械的に答えていただけでそれ以上は何も覚えていない。
その後の一週間。
覚えているのは、棺の中、タカアキの包帯に包まれた傷だらけの顔。
葬儀の間中泣きじゃくっていたこと。
形見にと貰ったシルバーメタリックのブレスをお墓の前で握り締めていたこと。
そんな気の滅入ることばかり。
しばらくの間、2人で初めて行った旅行や、クリスマスや、手をつないで朝日を待っていた時など、大切な想い出がどこかへ潜んでしまっていた。
ずっと潜んでいれば良かったのに。想い出は私を苦しめてばかりだ。
あの時21だった私も、24になった。
大学も卒業した。
何をするにも流されて生きて来たから就活も適当。
で、次々に落っこち、やっと受かった小さな会社で事務をしている。
「タカくんの幽霊に取り憑かれていたら、いつまで経っても彼氏なんかできっこないよ」
結婚した友達はそう言う。
でも、だめなんだ。
そういう意味では、もうすっかりタカアキに取り憑かれていた私。
二度と恋愛なんかしたくない、そう思っていた。
あれから3回機種変したけれど、『たかちゃん』は未だに電話帳の1番目だ。
そんな携帯が鳴ったのはお昼休み、会社の屋上にいた時。
11階建ての細長い雑居ビル。
会社は1階にあったから、屋上でお弁当を開いているのは他の階の人ばかり。
いつものように木のベンチでひとり、自分で作ったお弁当をゆっくり食べていると、ベンチの上で携帯がカタカタ震えた。
取り上げた私は思わず凍り付く。表示が『たかちゃん』だったからだ。
そのまま携帯は一度静まる。私が携帯を凝視したままでいると再び着信。
私は恐る恐るボタンを押し耳に当てる。
「・・・」
「おい、ハヤシ?」
若い男性の声。タカアキとは全く違う。
「ハヤシ、連絡くれるって言ってたじゃん」
「・・・あの、どちらさまですか?」
「あれ?・・・これハヤシの携帯ですよね?」
「ハヤシって方は知りませんけど」
「ああ!ごめんなさい、間違い電話です、スミマセン」
「ちょっと待ってください!」
慌てて切りそうになる男性を止める。
「なんですか?」
「そちらの携帯の番号、090-XXXX-XXXX、ですよね」
「表示に出てるでしょ、何か?」
少しイラッとした声。私も慌てて、
「ごめんなさい、この携帯の番号、知り合いが使っていた番号なんです」
「え?そうなの?あ、いや、ちゃんと買った携帯だよ、こいつは」
「あ、そういうことじゃないんです、もう3年前に死んだ人の携帯だから、番号、解除されてまた使われているんだな、と思って・・・」
「え?何、そうなの?」
少し驚いた声が何となくかわいらしい。男性は続けて、
「じゃあ、何?俺は昔この番号使っていた人の知り合いに間違い電話をしたってこと?」
「そうみたいです」
「すごい!偶然だ」
男性はとても感心した様子でへー、とか言っている。
私はその先、何を言っていいのか真っ白になってしまった。
「今、調べたら確かに間違いでした。ごめんなさい。でも不思議だな、確かにハヤシの新しい番号、かけたつもりだったのに・・・」
何か言わなくてはならない、と思った。でも言葉が出なかった。
すると相手は切り上げにかかる。
「じゃあ、本当にごめんなさいね。失礼しました」
「あ、あの!」
「何?」
どうしてそんなつもりになったのか、今でも信じられない。
追い詰められたような気持ちで、気が付けば私は自分でもびっくりするようなことを言っていた。
数分後。
「じゃあ、そういうことで」
携帯が切れる。
私はじっとその『bye』を見つめたままだった。
翌日の昼、私は間違い電話の主との待ち合わせ場所へ急ぐ。
同じ都市の直ぐ近くで働いていること、これも偶然なんだろうか?
「なんだ、普通の人じゃない。とにかく会いたいって言うから新手の宗教勧誘かと思ってたよ」
彼はノブアキと名乗った。
何を期待していたんだろう?
姿形も雰囲気も違っていて、似ているのは年齢と名前だけなのに。
だけど電話でも気になった柔らかい声と、目の前の優しそうな顔と。
このもやもやした気持ちは・・・
私は慌てて自分の気持ちを押し殺す。
しばらく当たり障りのない会話をした後で、いつの間にかタカアキの話をしていた。
彼は黙って聞いていて、最後に私が言い淀んで涙ぐみ、ごめんなさい、と言うと、
「気にしないでいい。3年間も・・・辛かったね」
その優しい言葉に見上げた彼の表情。
困った顔でも冷笑でもなく、本当に真剣だったから、私はコーヒーショップの中、嗚咽を堪えるのに必死になってしまった。
私は自分のこの気持ちを最後まで否定出来なかった。
私たちはいつの間にか次に会う約束をしていた。
二ヶ月が過ぎたけど、私は今もノブアキと付き合っている。
こんなきっかけで付き合い出すなんて、タカアキへの裏切りだと思う。
そう言うと友達は、
「タカくんが最期にしてくれたプレゼントだと思えばいいじゃない」
そんなのひどい。都合が良過ぎるよ。
「でも、そう思うことがあなたの未来につながるなら、都合が良くて構わないじゃない?きっとタカくんがあなたのことを心配して、俺のことはもう忘れて先に進みなさいって言っているのよ」
タカアキ、本当にそうなの?
お墓参りをして墓前で聞いてみる。
もちろんそんなことを聞いても答えが返るはずがない。
だから私はこの先を自分で考えなくてはならない。
答えは私が出すしかない。
それがどんな答えでも。
タカアキ、ごめんね。
本当にありがとう。