表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
天の才  作者: 凡陽白雪
7/12

B 凪咲は目立った

どうする?

A.必ず忘れない

B.見て見ぬふりをする


選択肢B

===============================


如何にも作られた夜。今日一日を終えたことを告げる、月の光を再現した月モドキが子供達のガラスの区切りを照らしている。瞬く間に終わった今日を振り返りながら耳を澄ますと、静かな寝息や寝返りを打つ音が鮮明に聞こえた。


「……」


今日は珍しく夜に起きてしまった…いや、起こされたと言った方が正しい。夜眠った後確かに凪咲は肩を叩かれ、意識が覚醒してしまった。


コツンコツン、と足音が薄暗い廊下に鳴り響いた。どうやら監視役の交代時間になっていたらしく、凪咲は寝ているフリをする。ただでさえ警戒されているであろうこの状態で、凪咲が何か動きを見せることは愚策であり当然の自衛だろう。


「………」


 子供達の監視役は何度か入れ替わることがあるが、凪咲の監視役は変更されたことがない。同じ口調、同じ態度でわかりづらくはあるが、朝・昼の監視役と夜の監視役の二人のみが凪咲の監視役だと決められているようだった。監視役の中でも凪咲を止められる人間が限られていることは、凪咲を知っている者であれば誰にでも想像はできる。妥当な判断であると凪咲は施設に対し、密かに称賛の言葉を贈った。

 腹式呼吸のまま、足音に耳を立てる。夜の凪咲の監視役だろう、コツンコツンという足音が段々と近づく。


「……?」


監視役の足音とは別に、誰かが上体を動かしたような衣擦れの音がした。子供が、誰かが起きている。この時間帯で起きていると監視役に叱られるか、監視役に一声かけてお手洗いに行くかのどちらかだが…監視役の声は聞こえず、ひたひたという子供の足音とコツンコツンという監視役の足音しか聞こえなかった。


つまり監視役に起きていることを知られていても叱られず、お手洗いでもない。起きていることを許されている存在だということになる。それどころか、何処かへ向かっているようだ。


「…」


目を開けるか、目を開けないか。今目を開ければ、間違いなくその子供が誰なのかを確かめることができる。目立った行動はしたくないが、凪咲にとって大きな収穫になるであろうことは確かだ。


凪咲は迷った末に、目を開けた。


「……ふ」


薄暗い廊下がガラス越しに見える。そこにいる者は確実に、凪咲の視界に入る。凪咲はあの子供を知っている。あの青紫の光沢が美しい髪を、子供の名を認識した。


_____蓮だ。


………やはり、そちら側だったね〜。

一目見た後、凪咲は即座に目を閉じて眠ったフリをする。


一度、足音が止む。衣擦れの音が響き渡った。


「………」


そして、再び二つの足音は歩み始めた。

____________________________________


『起床時間だ。第四層にいる観察対象は第三層の園へ向かえ。指南役も同じく第三層の園へ、研究員は第二層にて観察対象のデータを________』


朝の象徴である放送が淡々と流される。聞き飽きたその声を頼りに朝を認識した所で、上体を起こした。多少前のめりになったことで銀糸の髪が視界に入り、凪咲さん程の長さではないけど私の髪も随分と長くなったなぁ、と寝ぼけた頭で結衣は漠然と考える。


「……はやくだいさんそー、むかわないと、ですね…あぅ…んー…」


眠気に抗えず、ペタリと一度上体をベッドに戻すと監視役に叱られる。監視役の声を切っ掛けに起き上がる気力を無理矢理引き出し、床に足をつけてベッドに座った。


「眠いです…陽菜もいませんし…やる気なんて、出ませんよ……」


第三層へ向かうことに中々気が進まない。結衣は唯一のモチベーションである陽菜へ想いを馳せるが、寧ろいなくなってしまったことへの寂寞で足の力が抜けてしまう。

 それでも悲しいことに、結衣も人間である以上朝食を食べずに第三層の課題へ挑む訳にもいかず、渋々足に力を入れた。


「………陽菜…」


朝食を置かれた机に向かい、急いで食べ進めるもその手が止まる。監視役は結衣の肩を叩き、第三層へ向かう準備を促した。監視役からの最後の警告であり、これ以上は評価に影響が出る。いっそ、評価を落として私も陽菜の元に──?という考えが結衣の頭に過ぎるが、頭を大きく振って考えを振り落とした。


「ダメ、ですね。第五層については謎が多すぎます…無闇に行動する訳にも行きませんよね…せめて、行くにしても情報を…」


誰にも聞こえない小声で、寝惚けた思考を整理する為に呟きながら第三層へ向かう廊下を歩く。『そう簡単に大きく動く訳にもいかない』と何度も繰り返した自問自答の結果、評価を維持することを選んだ。

 すると、聞き流していた典型文である放送の最後に、


『No.1、監視役と共に第五層へ向かえ』


そんな言葉を吐き捨てた。


「…………ぇ?」


それは…放送は。確かに凪咲を、No.1を名指ししていて。


「……なにを言ってるんですか…?」


朝に第五層へ送られた子供など、数えきれない程いる。朝に呼ばれたことに対して驚きなどありはしない。問題は、呼ばれた人間だ。


「ぇ、あ?え?」


「No.41、行け」


「あの、優秀なNo.1が…なんでですか?」


「行け」


第三層へ向かう足を止め、第五層へ行く階段にいたNo.1の凪咲を呆然と見つめる。凪咲はいつもの何を考えているかわからない笑みを浮かべたまま、視線に気づいて結衣に視線を返した。


「………」


胡散臭い、作られた笑み。何を考えているかが全く読めない。甘ったるい不安がただ込み上げる凪咲独特の雰囲気や、この場の全く理解が及ばないという未知の恐怖そのものの状況に呑まれつつあり、誤魔化すように小さな声と右足の一歩で気持ちを掻き消す。


「凪咲さ、」


結衣の視線から目を逸らした凪咲と監視役は第五層へ姿を消す。ただ遠くなっていく二つの足音が結衣の耳に届いて、凪咲がいなくなった実感だけがその場に残留した。


「………」


凪咲がいなくなった実感を噛み締め、失意が背中に重くのしかかったまま動き出す。凪咲が第五層へ送られた事実に対する疑問で頭が痛くなり、下を向きながら階段を上った。


「どうして凪咲さんが……?」


必死に答えを探しながら、ただ淡々と第三層へ向かう。何も思いつかない。

いや、正確に言うと心当たりが全く無い訳ではなく、何も思いつかないとは少し違う。しかし、もし結衣の思っている心当たりであれば、結衣も共に第五層へ送られていないと話の筋が通らない。結局、どれだけ考えた所でゼロからイチヘ、イチからゼロへと話がすり替わって何の意味も為さなかった。


「……」


なんで、どうして……と、思考の泥沼にはまっていると、憤怒のような、困惑のような複雑さを感じる誰かの呟きが聞こえた。思考を突然妨害され、思わず顔をあげて声を発した主の後ろ姿をじっと見つめる。


「………この私相手に逃亡だなんてね。酔狂そのものよ?女狐」


綺麗な赤い長髪の少女が静かな声で。しかし、弱々しさを全く感じさせない凛とした声で凪咲を小さく叱りつけていた。

どうやら、階段を多少上がった後に上から様子を見下ろしていたらしい。結衣が漠然と少女を見つめる。


「………」


「……?…そう、人が居たのね」


少女…香奈が階段に一歩足を踏み出すと、近くにいた結衣の気配に気がつく。何処か悲壮感漂う結衣の額を軽く手の甲で弾いてから、威厳ある笑みを見せた。


「第三層の課題へ励みなさい。女狐に対して、憂慮は無用よ」


「……はい」


「大義ね。偉い子」


威厳ある笑みを向けたまま、結衣の頭を撫でる。上から目線の発言ではあるが、高飛車とは全く思わずに安堵すら感じてしまう。凪咲が居なくなったことへの不満は抱えつつ、瀟洒な佇まいである香奈との会話によって不安は和らいだ。

 香奈と共に階段を上り終えて、まだナンバーの繰り上げが行われていない状態であることを監視役に一度確認し、所属している園へ向かった。結衣は第三の園の扉を開けて、中へと姿を消す。


「………」


結衣を見届けた後、香奈が扉に手を掛けて第一の園の中へ入り込む。くるりと背後を向いて扉を閉めてから前を向くと、楓が驚いている様子の顔で香奈が近づいてくる姿に視線を向けていた。


「…香奈が遅刻だなんて、なんだか珍しいね」


「そうね、女狐の行く末に立ち会っていたわ」


「女狐…?えっと……ぁ」


楓が女狐の意味を理解して寂しさを漂わせる声色へ変化する。下を向いて香奈に顔を見られないようにしてから、目を閉じて小さく頭を振る。やがて、優しく微笑むような笑みの顔を上げた。香奈の顔と向き合うと、目元よりも少し下に視線をずらしながら呟く形で話す。


「優しいんだね…」


「ハッ、戯れていただけのことよ」


「ううん、それでも優しいよ」


優しく微笑む笑みが痛々しい物に感じて、香奈がその笑顔に不快感を抱く。一人の人間として叱りつけようと香奈が口を開いたが、それは自身の役目ではないと判断しすぐさま口を閉じる。楓が香奈のその様子に違和感を感じ、問いかけようとすると香奈が待っていた人物が予想通りに来た。


「楓」


楓の背後から瑠衣が肩にポン、と軽く手を置く。楓が僅かに目を見開き、緩慢な動きで背後を振り向いた。


「あまり気負うな」


「……」


友人として素直に心配をぶつける瑠衣に、何も言わずに楓は黙りこくる。肯定の意味ではなかったとしても、瑠衣の意思は伝わっただろうと香奈が及第点をつけて息を吐いた。


『観察対象、No.2〜5は第一の園、No.6〜40は第ニの園、No.41〜60は第三の園。確認した。それぞれ能力値に似合う課題をこなせ』


全員確認の放送が鳴り響き、通常通り課題が行われる。そこに凪咲はいないが、施設は動き続ける。いつもの光景だった。


「ゲームを行なってもらう」


指南役が子供達の事情など目もくれず、ただ説明だけを言葉にする。子供達が一斉に言葉を聞き逃さないよう、誰一人として口を開かなくなった。


「ルール説明だ。これからお前らには問題を各自で取り組み、今回の課題『宝探し』のヒントを導き出してもらう。解き明かしたヒントを元に、宝探しの宝である折り紙で構成された白色の鶴を、誰よりも早く指南役に提出しろ。以上」


今回の第一の園の課題は宝探し。

プロジェクターで問題を投影、皆が文章を速やかに読み始める。少しでも早く、長く思案する為には読解の速度も重要だ。

『duy7hkcw ゛kut 』


「暗号、か」


「……」


小さな声で呟き、瑠衣は顎に手を当てた。無言で何かを考え込んでいる様子で、理解できないといった雰囲気は漂っていない。しかし、普段から何を考えているかわかりづらい雰囲気である為、仮に第三者が瑠衣の様子を見た所で理解しているのか理解していないのかは読みづらい。

 辛うじて一つ客観的な事実、瑠衣が動いていないということを加味すると、まだ理解していない可能性を大きく感じ取れはする。

楓は指を空中で動かし、暗号に頭を回して何かを察している様子に見える。香奈は真剣に課題に取り組む、というよりは反応を見る為に周囲へ気を配っていた。

 すると、蓮が子供達の様子も一切気にせず暗号を一目見るなり、その場から即座に動き出す。指南役の元へ距離を詰める為に背後で子供達と距離をとっていた所を、誰よりも前へと足を進めた。


「邪魔だ、どけ」


「わっ、と………」


楓の肩とぶつかって突き飛ばし、瑠衣が不快感を表情に浮かべながらも蓮への視線は外さない。香奈はただ淡々と冷静に、蓮を見定めるような一歩引いている状態で蓮の姿を見届けている。


「ここだな?」


指南役の袖に指を差し、嘲るように口角を上げた。

『duy7hkcw ゛kut 』をキーボードのかな入力として頭の中で変換すると、指南役の袖の中になる。キーボードの知識さえあれば、誰にでも思いつく簡単な問題だった。


「……」


指南役が無表情のいつもと何も変わらない顔で、袖の中から確かに折り紙を取り出す。しかし、そこから取り出されたのは白色の鶴などではなく、黒色のハート形だった。


「うーん…」


袖の中に折り紙で作られた白色の鶴など入れていたら形が崩れることなど、考えれば誰でもわかることで難しい話ではない。袖の中をわざわざ指定したことに違和感を持つのは、いずれ辿り着くモノではあるが、課題の達成条件は白色の鶴をどうやって見つけ出すかだ。

香奈は左手の手の甲を腰に当て、重心を傾ける形で首を自然と横に倒す。首を横に倒すと耳にかけていた長髪が少し前へ出てくるが、それを気にするほどの思考回路の余剰分はない。あまりにも蓮が辿り着く速度が早すぎた為、香奈や楓、瑠衣もまだ思考が追いついていなかった。香奈は悔しさを滲ませて、目を細める。

 差し出された折り紙を乱雑な動作で手に取り、蓮は焦ることなくため息混じりに呟いた。瑠衣は蓮の手元にある折り紙をじっと見つめながら、蓮の様子を窺う。


「白色の鶴云々はどういうことか理解できたのか?」


「おいおい…逆にわかんねぇのか?お坊ちゃんはよ」


「さあ、アンタに教える義理はない」


「あーあー、どうせわかりゃしねぇ頭のお堅い負け犬が吠えるなよ。秀才は再現性、とはよく言ったもんだよなぁ?お前にお似合いだ、お坊ちゃん」


蓮はまるで瑠衣を探りにかかる言動だが、実際は瑠衣を一瞥することもなく興味も何も感じられない様子を見せつけていた。悪意だけをこの場に残して、煽るような声色が瑠衣を困らせずとも楓の表情を曇らせる。


「キミはそれをどうするつもりなの?」


「は、指南役の言った通りに動くだけだ。"宝探しの宝である折り紙で構成された白色の鶴を、誰よりも早く指南役に提出する"……それを今からやんだよ」


人差し指と親指で折り紙を摘みながら、ぶらぶらと動かして黒色のハートを強調した。その後、突然ハートを分解し始めて段々とハートの形が元の折り紙の四角形へと戻されていく。


「……狐は一匹ではないのね」


蓮が手を動かしている間、香奈が警戒を含む呟きを吐き出した。楓が香奈の表情へ頭は動かさずに視線を向けると、誰かと蓮を重ねているのか若干嫌悪感を顕にしている。


「タネも仕掛けもございません、なーんてな?」


 蓮がハートだった四角形の黒色の折り紙を裏返し、一枚を鶴として折り直す。黒色が見えなくなり、そこには立派な白色の鶴が誕生した。それを楓が見届けると、漸く辿りついた違和感への分析を言葉として改めて整理する。香奈からすると、満たされた未知への欲、感心が声に含まれているようにも聞こえた。


「"宝探しの宝である折り紙で構成された"という言い回しは妙だと思っていたんだけど…"宝が折り紙で作られた鶴"という意味じゃなくて、"宝で鶴を作る"って意味だったんだね」


蓮が指南役に白色の鶴を乱雑に扱いながらも差し出し、指南役が白色の鶴を確認して静かに受け取る。静かに受け取った指南役の無表情に対して流し目で挑発しつつ、子供達からも注目を集めるように前屈みになったりとわざとらしく大きな動作を作り出した。


「ご丁寧に白色を指定しやがったのも、数ある折り方の中で宝として隠すには不向きな立体的形状の鶴を指定しやがったのも…折り紙を折り直すことを示唆するヒントだったって訳だ」


「あぁ、そう。慇懃に御高説賜り光栄ね」


香奈が皮肉を込めて蓮にそんな言葉を投げかけるが、蓮は全く気に留めずに鼻を鳴らす。瑠衣が香奈と蓮の仲介に入ろうと一歩足を動かした所で、子供達の会話をある程度見届けた指南役が手でパン、と一度大きく音を立てて第一の園に声を響かせた。


「今日の課題は終了した。直ちに各部屋に戻れ」


第一の園は思わぬ人間に先陣を切られる形で課題が即座に終了し、解散になった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ