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天の才  作者: 凡陽白雪
14/14

A 大規模育成課題②

①制限時間は三十分

②子供達はそれぞれ『指揮官』と『挑戦者』の二つの役職どちらかを指定される。自身がどちらを指定されたかは、配布の携帯によって表示される

③『指揮官』と『挑戦者』の二人で一つのペアが指定される

④一つのペアに一色の色を指定される

⑤『指揮官』の携帯には開始と同時に自身の指定されたペアが、『挑戦者』の携帯には開始20分前から自身の指定された色が確認できる

⑥『挑戦者』には目隠し・襷の装着を義務付ける。目隠しや襷を外すことは禁止。外した場合、外した『挑戦者』のペア二人は失格となる

⑦『指揮官』と『挑戦者』の物理的な接触を禁止。物理的な接触が生じた場合、『挑戦者』側のペア二人が失格となる※ただし例外として、『挑戦者』の襷に『指揮官』が触れる場合はセーフとする

⑧条件に該当しないもの=0ポイント

指定色の花柄カードを一枚=3ポイント

⑨花柄カードは計30枚。赤10枚、青10枚、黄10枚が会場に隠されている

⑩ペア戦で、所持したポイントの多さを基準に順位を定める

⑪失格者は指南役と監視カメラ越しに研究者から確認され、即座に放送する。放送された子供はその場に座り、課題終了まで待機となる


※携帯・襷・目隠しの配布方法について

No.1〜20が出入り口から見て左前の机、No.21〜30が右前の机、No.31〜40が左後ろの机、No.41〜59が右後ろの机。自身のナンバーを示されたシールが貼られている携帯を、各自指定の机から取る。

 指定の机には人数分の襷と目隠しが用意されている。『挑戦者』に該当しない『指揮官』であっても、襷と目隠しは所持すること。


「なるほど、死ぬ程めんどくさいってことがよくわかったね〜」


「要するに、ペアで優勝するためにポイントを稼ぐ。ポイントを稼ぐには指定の色の花柄カード?を探す必要があって、その為に、目隠しされた挑戦者と指揮官が協力し合う…って感じかな」


「表面上の印象より、容易ではないことは確かでしょう」


それぞれの感想を一通り縷述した後、凪咲達の携帯が置かれている指定された左前の机へ取りに向かった。凪咲は"No.1"というシールが貼られていた携帯を確かめて、電源を入れた携帯の表面を指で軽く触れる。特に携帯の動作に問題は感じられず、気が済むまで一通り操作を試した凪咲は携帯の画面を消灯させた。

 携帯の画面に視線を向けていた凪咲の頭は下向きで維持されている。視線の成り行きで机の上を再び確認した。


「…女狐も、机上の未知に関心があるのね。用途を後々考察するとしましょう」


「そうだねぇ〜」


携帯と花瓶の他にも説明通りの襷と目隠し、それと───折りたたみ式のトートバッグがあった。


トートバッグが置かれている周辺には一つの卓上看板が置かれており、卓上看板曰く『ご自由にお使いください』。

 凪咲が刹那的に逡巡する。が、邪魔にならない手荷物としての便利さと用意されていることへの好奇心で、トートバッグを一枚だけ取ることを決意する。


「ま、このくらいの手荷物ならいいね。まだ、何に使うかはわからないけども〜」


独り言を呟いた凪咲が一枚トートバッグを取ったタイミングと同時に、指南役の拡声された補足が飛ぶ。

 指南役へ一斉に子供達の耳は傾けられた。


「大規模育成課題は、20分後に放送される開始の合図で始める。開始5分前には『挑戦者』が襷と目隠しを着けるタイミングを告知する放送を流すため、放送までは着けるな。開始の合図が出されるまで備品には触れるな。開始5分前の放送で襷と目隠しをつけていなかった『挑戦者』の子供には評価に悪影響が出る。開始の合図までに携帯や襷の所持など、定められた準備が全て終わっていなかった子供は自動的にペアと失格になる為、準備は各自必ず整えろ」


指南役からの補足と携帯や襷、目隠しを取り終えたことを皮切りに、子供達は烏合の衆という形で複数のグループを結成していた。ルールの確認や課題の舞台である空間の探索を丁寧に行おうと子供達が巡り始めている。


「さて、せっかくだし私達も三人でデートしようか」


「女狐が疾くと口を噤むなら裁可するけれど?」


「あはは…大丈夫だよ凪咲、ボクも一緒にって言おうと……あれ?」


花瓶に目を奪われていた楓が視線を逸らして会話に注力しようとしていた所に、突如小さな驚きの声をあげる。声で視線を誘われた香奈と凪咲による注目を浴びて、楓は照れくさそうに頬をかいた。


「…ご、ごめん。…この花瓶に生けられた白い百合の花、造花なんだって気づいて驚いちゃっただけなんだ。……ちょっとだけ、残念かも…」


哀調を帯びた言葉を溢した楓は、ハッと気づいて即座に楓自身の口を塞ぐ。が、凪咲の耳にも香奈の耳にも既に言葉は届いている。

 凪咲は心底不思議そうに楓へ問いかけた。


「…む、残念?そうなのかい?個人的には、造花も生花も変わらないように思っちゃうけどね〜。結局、造花も生花も可愛いだけだしー…」


「ご、誤解はしないで欲しいんだ。造花が嫌いなわけじゃないし、凪咲の言葉もわからなくはないんだけど。…花の香りとか、生きてて優しい香りがするの、凄く好きだから。そのね…変?」


「いいえ、素敵な感受性ね。誇りなさい」


「…ありがとう。うん、ちょっと…えへへ、照れるな…」


耳を赤く染めた楓に、香奈が優しく頭を撫でる。赤みが余計に悪化して、楓が何処か不満げな表情を浮かべると香奈は短く吐息を溢して頬を綻ばせた。

 楓は頭を押さえつけられた犬を想起させる、呻吟の声を上げる。


「む……むぐぐ」


「愉快ね」


「や、やっぱり揶揄われてた…うぅ…」


「私の頭も良いんだよ〜?撫でても」


「不裁可」


予想通りの解答に凪咲は人差し指と人差し指をツンツンと合わせて、拗ねる子供の仕草を見せた。香奈はその仕草を見て鼻で笑う。


「───」


「…ん、隣の花も見たいのかい?」


「んぇ?」


「わかりやすいねぇ〜…」


花が好き、と言う楓のために気を遣った香奈が指定された机から真っ先に離れ、探索の意味合いも申し訳程度に込めながら隣の机へ移動し始める。楓は背中に恥じらいを滲ませながら香奈の後へついていき、凪咲も芋づる式についていった。


「うーん、机によって生けられてる花の種類も違うみたいだし〜、装飾随分と凝ってるよね〜」


「楓の好む生花でないことは遺憾だけれど、造花は造花で造られた美があるもの。滅多に恵まれない、趣を味わう時間を愉しむとしましょう」


「まー、探索も備品に触れられないんじゃ、大してできないだろうし〜。リラックスするのも賢い選択の一つかもね〜」


「……あ、あれ?…これ」


凪咲達が移動した机上にある花の種類は、青色のカーネーション。精緻さを漂わせる花の観察をしていた楓の様子が一変する。

 つい先程と同様に香奈と凪咲の視線が引き寄せられ、楓は注目を浴びた。


「どうかしたのかい?展開的には凄いデジャヴなんだけども〜…」


「この花は───造花じゃ、ない?あれ?」


「?………」


楓が観察していた青色のカーネーションに精悍な顔を近づけて、香奈は花の香りや花弁の造りを認知する。一度頷いた後、花付近から顔を剥離させて意識の矛先を凪咲達に戻した。


「そうね、生花よ。疑う余地もなさそうね」


「だ、だよね…?」


「ふむふむ。と、なると〜。白色の百合は造花だけど、青色のカーネーションは生花っていう、奇妙な飾り付けをしてるわけだね〜」


「流石に青色のカーネーションの造花が見つからなかった…とかじゃ、なさそうだね…」


「他の花も巡りましょう」


香奈の呼びかけに楓と凪咲も唯々諾々と従い、机上に設置されている花をそれぞれ遺漏なく確認した。

____________________________________


『ピ────!』


放送されたホイッスルの音。タイミング的にも音色的にも間違いなく、これが開始の合図。

 瑠衣は一人、バンドワゴン効果でグループが自ずと集う前方や机付近から離れ、開始前に誰もいない静かな隅へと移動していた。暗闇に包まれた視界が、瑠衣の聴覚を鋭敏に刺激する。


 今回、瑠衣は目隠しと襷を身につけた『挑戦者』として、大規模育成課題に挑む立場であった。


「さて───」


今回の大規模育成課題において、『挑戦者』が一番最初に考えるべきこと。それは自身のペアである『指揮官』が誰であるのか、だった。

 『挑戦者』が事前知識として教えられるのは指定された色だが、『挑戦者』は目隠しをしている状態であり、指定の色を視認してポイントを取るためにはペアの協力が不可欠。───その上、必ず忘れてはならないルールが一つ記載されている。


"『指揮官』と『挑戦者』の物理的な接触を禁止。物理的な接触が生じた場合、『挑戦者』側のペア二人が失格となる"


このルールこそが『挑戦者』にとって自身のペアである『指揮官』を、一刻でも早く探さなくてはならない理由そのものだった。

 『指揮官』と『挑戦者』の物理的な接触を禁止。禁止しているのは"ペア同士"の接触ではなく、『指揮官』と『挑戦者』の接触。

それを意味するのは───


「自身のペアに該当しない『指揮官』からの妨害行為から、己の身を守らなくてはならない…」


この接触禁止のルールは『挑戦者』側があまりにも不利すぎる。

 接触禁止のルールを設けるのであれば、目隠しをされた『挑戦者』側には優勢に働くよう調整すべき所を、『指揮官』側が優勢に働くように調整されている。運営側は間違いなくわざと『挑戦者』側が弱者となり、ペアの核になるよう設定しているのだ。


「………」


壁に背を付けて、長らく静かに耳を澄ませていた瑠衣の元へと二人分の足音が接近する。即座に思考回路の遡行を断って、足音に関する情報へと脳のリソースを割いた。

 足音が瑠衣の聴覚を最大限に刺激した一歩を最後に、前触れもなく止まる。瑠衣にとって直近で聞き覚えがある一人の声と、忌避感を抱く一人の声が聞こえた。


「また、お会いしましたね」


「やあやあ、瑠衣。隅っこが落ち着くのかい?」


No.41の結衣とNo.1の凪咲。

 瑠衣の記憶の中に存在する数少ない人との関わりでは、苦い思い出しかない二人だ。積極的に関わろうと思える人選ではないが、私情はできる限り課題には持ち込まないよう瑠衣自身の精神に楔を刺している。


「───」


 課題の真っ只中に話しかけられるということは、瑠衣にとっての貴重な情報源になり得ると同時に、情報戦の妨害を交えた敵対行為である可能性も大いにある。易々と接近させた以上、情報を拾うことを前提で警戒もしなくてはならない。

 通常、最初から人を妨害するような真似を行えば課題の中で子供達の間の軋轢が深まり、お互いの利益不利益どころではなくなってしまう。お互いの利益の為にお互いを最初だけは妨害しない、という不文律があることは人情の機微に疎い人間であろうと理解はできるだろう。それを破ろうと考えるのは、相当追い詰められている型破りな子供でもいなければいない。───通常であれば。


 相手は良くも悪くも常識はずれの二人組。常識は通じない、わかりやすい善悪は存在しない。物理的戦闘、つまり可愛げのない追いかけっこも瑠衣は予め念頭には置いておく。

 万が一、そうなってしまった場合にはなす術もなく僅かな時間稼ぎ程度で瑠衣が敗北し、終了すると推測されるため考えても仕方のないことではあるのだが。その心配はあくまで念頭に置いておく程度の話であって、瑠衣にとっては皆無に等しい可能性の一つでもある。戦闘の可能性についてはそう深刻に考えている訳でもない。


「瑠衣〜、怖がってるね〜?」


「当然だ。何も見えないこの状況下で、この追い詰められた隅で。警戒しないとでも?」


「大丈夫だよ〜、だって私は───」


「凪咲さん、やめてもらえますか?」


柳眉を顰めていた瑠衣へ凪咲が言いかけた重要な語頭を掻き消し、結衣は止めに入る。

 凪咲は芝居がかった不満の声を上げて、結衣に反駁を加えた。


「え〜、何がだい?冷たいね〜」


「わざわざ口に出させるつもりですか。…私のペアに付け入ろうとするのは、ですよ」


結衣が瑠衣を庇うように凪咲の眼前へ立ちはだかり、牽制する。凪咲の声色には好奇心を乗せた喜びが把握できた。


「あはは、大丈夫大丈夫ー」


凪咲が好奇心と共に小さな身じろぐ素ぶりを見せて、凪咲の様子を確認した結衣は瑠衣の元へ接近する。が、瑠衣は結衣の足音を聞きつけて結衣の背後から横に移動、会話が最低限できる程度に一定の距離感を保つ。結衣が首を傾げた。


「………瑠衣さん?」


「茶番に付き合うだけ無駄だと思った。逃げる態勢だけは取っておく」


「……どういうことですか?私は瑠衣さんのペアです」


「恍けるのか。それは嘘だろう」


「おやおや〜?」


結衣が足を一歩踏み出せば、瑠衣も再び一歩結衣から離れる。

 瑠衣の耳には結衣以外の踏み出す足音は聞こえないが、凪咲であれば足音を消して近づくこともできる。瑠衣は凪咲の言動や様子にも警戒を怠らず、その上で結衣の発言を吟味した。


「何故私が偽物だと?偽物であれば、隅にいた瑠衣さんにすぐタッチしたハズです」


「簡単な話だ。俺をタッチして脱落させるよりも、俺を騙した方が目立たない。『妨害行為』という悪い印象を広げないことに注力したんだろう。アンタが真っ先に警戒される上に、空間が混沌と化すのは間違いないしな」


瑠衣が物理的戦闘に陥ることは九分九厘無いと考えていた理由は、タッチすることよりも騙すことを優先すると考えていたからである。


「それでは、もしそうだと仮定して…何故私がわざわざ凪咲さんから瑠衣さんを守る演技を?凪咲さんはただでさえ目立つ人物です、私が協力を仰ぐとすれば別の人を選びますよ」


「確かにな。でもそれは、No.1が『指揮官』だったらの話だ。No.1は『指揮官』ではなく、『挑戦者』だとしたら?」


瑠衣がそう言い放つと、結衣の声色が鋭い牙へと変化する。飛びかかられて齧られないよう、瑠衣は再び一歩後退した。


「…言っている意味がわかりませんが」


「本当のペアはNo.1とNo.41。この課題は『挑戦者』を『指揮官』が守ることが大前提。だから、わざわざアンタら二人組で来た。俺を騙そうとしたのはNo.41、結衣の発案。どちらかが本物でどちらかが偽物、そう俺に思い込ませようとした。違うか?」


「………」


「何もかも考えが甘い。No.1だったら、こんな愚策は進んで選ばないだろう。そもそも、何故俺が追い詰められる静かな隅を選んだのか考えたか、No.41」


瑠衣がわざわざ追い詰められる静かな隅を選んだのは、足音の数と方向を正確に定める為。


『挑戦者』を『指揮官』が守ることを大前提としたこの大規模育成課題。妨害をするのにも基本的には『挑戦者』を連れて守る態勢を崩すことはない。足音を消すために背負ったり抱えたりすることは接触禁止のルールで禁止されている以上、足音の人数が偶数である時点で疑念の思考が巡る。

 つまり、ペアの『挑戦者』を置いていく無謀すぎる行動か、一方が足音を完全に無くすかのどちらかを選ばず『二人で』交渉を選んだ時点で、結衣の策は殆ど敗れている。


───まあ、そもそもの話にはなるが。


 結衣が足音を完全に消し切ること自体技術的な面で厳しい上に、指示を出して凪咲に足音を消させたとしても、瑠衣がこの策を行う上で最も警戒していた人間の一人が凪咲だ。

 数少ない凪咲と親密な接点を持っている関係値の結衣は、瑠衣から警戒されることを避けられない。本物のペアである『指揮官』が付近にいる『挑戦者』の凪咲を指摘すれば、瑠衣からの信用勝負に確実ではないとはいえ、結衣の方が負ける可能性は高い。


 "本当のペアである『指揮官』が訪れる際に、静かな隅へ向かう・静かな隅から帰る道中のみ一時的なリスクを承知で、敵側の『指揮官』単騎が足音の人数をわざと偶数にする妨害を狙われた場合困難を極める"ことや、"協力者がいる可能性を孤独になることで自ら否定してしまう形であり、場合によっては敵側の結託を誘発する"こと等々───瑠衣の策に穴があることは事実なのだが、凪咲が『挑戦者』で結衣が『指揮官』のペアである今回のケース。どのような形であろうとも、瑠衣に妨害を仕掛けることは困難だったのかもしれない。


「…随分となめられているようだな、俺は」


「あはっはは、ふふっ…あぁ、ごめんごめん。面白い、見事見事!大当たりだね〜。…だから言っただろう?結衣。『人数は気にしなくてもいいのかい?』って〜」


「……それ、あの、もっとわかりやすく言ってもらえませんか?腹立ちます、素直に。…最初からわかってたんですね、凪咲さん」


「うん。正直、瑠衣が隅っこにいるよ〜って私怨混じりの結衣に報告された時点で、警戒されてるんだろうなぁとは思ってたねー。でも、自信満々に語る結衣が可愛いし。瑠衣相手に頑張って練った策くらい、せっかくだから乗ってあげようかなーってね」


「接触禁止のルールがなかったら間違いなく腕をつねってました。命拾いできてよかったですね、この享楽バカ」


結衣が凪咲を睥睨するが、目隠しされている上に凪咲という名の人間に効くはずもなく。結衣は嫣然とした微笑みで返り討ちにされてしまった。

 瑠衣は自身の付近でより一層強く殺気を放ち続ける結衣と享楽に浸る凪咲に、声のトーンを下げて深刻な言葉を紡ぐ。


「ところで、容赦なく妨害したアンタら二人に聞きたいことがある。とても、そう。とても重要なことだ」


「罪悪感を煽って確実に聞きだそうとするその姿勢が死ぬ程癪ですが事実なので聞くだけ聞いてあげます──なんですか」


憤懣やるかたないといった様子の結衣は淡々と滞りなく不服の言葉を並び立てるが、瑠衣の言動には耳を傾ける。

 瑠衣はふーっと息を長く長く吐いて、無意識に組んでいた腕を解いた後額に手を当てた。


「…………俺を放置して今頃どっか行っているであろう、馬鹿浅はか戯け野郎……ペアの『指揮官』知らないか?」


「………」


残酷な程に冷たく、静かで淡々とした空気が流れる。


「…あぁ、なんというか。同情だけはしておいてあげますよ」


「あはは〜」


この課題内容で自身のペアである『挑戦者』を長時間一人で置いておくことは愚策としか言いようがない。自身の弱点を丸出しで置いていくようなものであり、実際瑠衣は結衣と凪咲の妨害を受けている。

 だというのに、瑠衣のペアは一向に来る気配がない。瑠衣の心情は憤怒と困惑に塗れ、苦しみが吹き荒れている。

 足音を完全に消せる頭一つ飛び抜けた人材がNo.1の凪咲かNo.2の蓮くらいしかいないと推察できるといえ、幾らなんでも放置はやりすぎだ。


───ただでさえ、聴覚だけで周囲を警戒するのは疲れる。こんなに放置されたのなら、罵倒する資格くらいはあっても良い。


「本当に何をしてるんだ…?俺のペアは……救いようがない相当のアホなのか、課題を放棄してるのか、もしくは…」


「それでは、私達はこれで。制限時間もありますから」


「頑張ってね〜、瑠衣。応援はいつだってしてあげてるよー!愛してる〜、あははー」


「はぁ…」


結衣に襷を引っ張られて立ち去る凪咲を見送り───正確には見送るではなく聞き届け、瑠衣は立ち尽くす。


「……俺にどうしろというんだ?」


ペアがいなければ、瑠衣は課題をこなすどころの話ではない。タイムロスがあまりにも酷ければ、参加すら叶わないことは目に見えている。

 流石に瑠衣は焦燥感に駆られる直前まで精神的な支柱を崩すが、注意力が散漫になっては足音を聞き逃すと理性の破片で深呼吸を身体に促す。息をゆっくり吐き切った後、息をゆっくり吸う───


「は…ぁ、………すッ」


「おー、無様だなァ」


「ぐっ!?」


吸おうとした所で、足音が全く無かった暢気な声色の人間に瑠衣は話しかけられる。

 流石に焦りを感じていたとはいえ、接近する足音を聞き逃す程ではなかったはずだ。と瑠衣は途中まで思考したが、声の主に聞き覚えがあり、焦りの思考から僅かに浮上する答えを発見した。


「蓮…か?」


「何処ぞの駄犬と似たような反応だな、お坊ちゃん」


「…駄犬?」


「こっちの話だ、気にするな」


No.2、蓮。人との関わりが極端に狭い瑠衣が目隠しされていても顔が思い浮かぶ、数少ないNo.5内の知人。


「…ふー、わかった。気にしない。とりあえずさっさと課題について話し合おう、ただでさえ出遅れてるんだ」


「あァ?」


早口で捲し立てる瑠衣に、疑念を含む蓮の低い声が告げられる。蓮は会話に間を空けた後、喉の奥から震わせて笑う控えめの嘲笑を瑠衣の思考に循環させた。


「疑うことすらしないとはな?随分と無警戒なことで」


「No.2以外の足音がしなかったこと。俺を放置するとしたら相当なアホか、もしくは基本事情が無ければ自発的に人を陥れようと動かない、享楽主義の凪咲を気にかけるだけで良いアンタだったこと。一番の決定打はペアを放置しても心が痛まない、その桀紂に負けず劣らずの性格だったことが理由だな」


「ふはっ、お褒めに頂き光栄だ。俺をそこまで評価してたとはちと予想外だったなァ。それにしても、お坊ちゃんにしちゃあ頭が回る回る───誰かさんの入れ知恵か?」


警戒の色を帯びた蓮に対して、心当たりがないと瑠衣は懊悩を示唆するような顎に手を当てる素ぶりを見せた。

 蓮はNo.5内の実力者としてこれまで活躍してきたが、凪咲と似通った評価を下される覚えは蓮自身の中で存在しない。蓮が瑠衣を警戒しようと動くことは当然な訳だが、瑠衣からしてみれば蓮を騙す言動をしているつもりはない。故に、警戒の意味は正確に伝達されていなかった。


「…?何を警戒しているかは知らないが、遅れておきながら澄ました顔で登場する誰かのお陰で、ここまで時間があったんだ。入れ知恵なんて無くとも、頭の整理くらいはできる」


「俺が聞きたかったのは…まぁいい、忘れろ。頭の整理偉い偉い、お疲れサマ。遅れて悪かったよ、かまってちゃん。…俺からの有難い労いのお言葉はご満足頂けたか?」


「………」


瑠衣も皮肉を頻繁に扱う方ではあるのだが、皮肉を込めた言葉の応酬は蓮の方が一枚上手だった。

 それを実感した瑠衣は心の底からの怨恨と諦念を滲ませながら、延々と思考回路の中に跋扈する疑問点を駄目元で訊き出してみる。


「労いの言葉はこの際もう諦める。…ただ最後に一つだけ、無駄話をさせてくれ。ここに来るまでに一体何をしていた?」


「知りたいか?お坊ちゃん」


「あぁ」


「女とデート♡」


「……………」


───この男、殺したい。

 目隠しをしているはずの瑠衣の脳裏には、蓮の不適な冷笑が巣食っていた。

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