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天の才  作者: 凡陽白雪
1/12

日常

一つの有象無象は言った。


「才能を世に活かせ」


一つの有象無象は言った。


「あなたを愛しているわ」


一つの天才は、僕は言った。


「形而上的な積み木程、無価値な存在は無いさ」


____________________________________


朝日が差し込むこともなく、鳥の声が聞こえる訳でもない。ただ、正確な体内時計を頼りに朝を認識し、一人の少女は意識を徐々に浮上させる。静寂が広がる単調な部屋───というよりも、ガラスで仕切られただけの人間保管場所、とでも呼んだ方が近しいだろう。


「……」


一人の少女が目を覚まし、いつも通り体を起こす。淡いピンクグレージュの長い髪を、布の上で引きずりながらもベッドに座った。布との境界線を超え、冷たい床に足をぺタリと静かにつける。自然と冷たい床に不快感は覚えず、足はまるで元々床に根付いていたかのように一体化する。明るく、陶器のような肌を持つ少女に冷たい床はよく馴染んだ。足を床につけるだけの淡々とした光景すらも、傍から見ると一枚絵のような雰囲気を纏っている。朝食がいつも通り机の上に置かれていた為それを手に取り、ただ口に運ぶ。

 ───退屈な作業だと、そう思った。


 すると、聞き飽きる程に聞き覚えのある淡々とした声が、スピーカー越しに聞こえる。


『起床時間だ。第四層にいる観察対象は第三層の園へ向かえ。指南役も同じく第三層の園へ、研究員は第二層にて観察対象のデータを────』


一人の少女がため息を吐く。『何回聞いたことだろうね?』と、幾度も変わることのない声に食傷気味だった。ベッドから立ち上がり、東階段へと向かう。先程まで少女が眠っていた就寝場所、ガラスの仕切りにふと目を遣ると『No.1』と番号が振られている。その場に立ち止まると背後から声を掛けられた。


「そんな所で立ち止まるなNo.1」


「その呼び方はやめてくれたまえよ〜君。私にはナギサという名前があるんだ、名前で呼んで欲しいねー…」


監視役が少女──凪咲に話しかける。白みがかった紫。アメジストのような奥深い闇を含んでおきながら、人を惹きつける美しさの瞳。監視役はその瞳を直視し、お互いの視線が交錯する。アメジストの瞳が妖しく、不気味な光を持っている。

 しかし、伊達に監視役をやっている訳では無い。妖しい光に狼狽えることはなく、ただ一本調子の口調で言葉を並べる。


「番号で呼ぶのは我々の規則だ。行け」


凪咲は再びため息を吐く。監視カメラの中、ひたひたと静かな足音と共に東階段を登る。踊り場の右端、左端に監視カメラがあり、一つ目の妖怪にでも睨まれている気分になった。東階段から出て、一番奥の部屋。スチールドアを開くと、子供達が四人と大人が一人で部屋の中に待機している。凪咲が最後の子供だった。スピーカー越しに声が聞こえる。


『観察対象、No.1〜5は第一の園、No.6〜40は第ニの園、No.41〜60は第三の園。確認した。それぞれ能力値に似合う課題をこなせ』


番号は学力•身体能力•思考能力•記憶力等、全体的な能力値順に振り分けられている。例を挙げるとすれば、No.20は上から20番目に能力値が優秀、といった単純なもの。しかし、子供達にとっては大きな意味を成す。将来を賭けた競い合いなのだ。No.1になれば、人間として外へ出られる──らしい。


「私からすれば、信用できないの一言で済むのだがねー」


「第一の園にいるお前らにはゲームを行ってもらう」


第一の園は優秀なNo.1〜No.5が揃っている為、単純な勉強や運動よりも競い合いが多く行われる。


「ルール説明だ。六面ダイスを振ってもらい、サイコロの出目の数だけ進んでもらう。マスに書いてある課題通りに実際動いてもらう。全てで53マス、一番最初にゴールした者が晴れてNo.1だ。行動順はサイコロを振り、出目が大きい順だ。全てのターンで行動順は統一される。以上」


すごろくゲーム。競い合いというには単純すぎるものだった。凪咲は腕を組み、右手の人差し指でトン、トンと叩きながら思案する。


「今からお前らに端末を渡す。その中にサイコロを振る為のサイトが入っている。また、ゲームは指南役の端末に入っており、指南役の画面を閲覧することは、課題を確認する時のみ。当然出目は指南役によって必ず確認される。サイコロを振る端末にはNo.が書かれており交換もできない。出目を偽ることは不可能だろう」


指南役は真っ先に出目の不正を否定する。頭には、"出目を偽ることは不可能"という認識が深く刻まれただろう。

 指南役は凪咲を一瞥し、子供達に発破を掛ける。


「No.1は一度も入れ替わったことがない。励むように」


空気が苦々しい、冷え切ったものへと変貌する。そう、凪咲はNo.1を譲ったことがない。学力、身体能力、思考能力、記憶力。全てにおいて上回るその姿は、神童と呼ばれていた。

 凪咲自身は神童と呼称されることを避けており、『神童』などと普段口にしようものなら、名前で呼べと訂正されることだろう。それは周囲の人間にとって共通認識だ。


「…えっと、行動順はサイコロ、だったね。振ろっか」


温厚でどこか頼りない雰囲気を持つNo.5、楓が遠慮がちに言う。刃物のような目つきでNo.3、香奈が凪咲を睨んだ。


「どうしたのかな?私の顔に何かついているのかい?」


「……」


各自自身の画面に視線を向ける。サイコロのサイトを開き、サイコロを振ると書かれたボタンをタップする。それぞれが振り終わったと宣言した為、


「出目を確認する。それぞれ端末を出せ」


指南役が出目を確認し、行動順を発表する。


「行動順はNo.2、5、3、4、1だ。No.2、何マス進むか出目を見せろ」


No.2、瑠衣は手元へ視線を落とし、サイコロを振る素振りを見せる。指南役に手渡し、出目を確認した後画面を操作する指を動かす。

No.2は指南役の端末に表示されたお題を確認する。


「………"1マス先に進むか、問題を3問解いて4マス先に進むか"…問題を3問解く」


指南役が操作し、問題を表示した。No.2が問題を分析すると、因数分解や証明等の基本的な問題ばかり。凪咲等の他人が傍から見ても、迷っている様子は無い。全てを難なく解いた。


「次No.5、出目を見せろ」


No.2と同じく、指南役はNo.5が予め振っておいたサイコロの出目を確認。No.5はお題を確認する。


「…"好きな食べ物を皆に発表"?………えっと、ボクはこれだけ、ですか?」


「ああ、そうだ。好きな食べ物は?」


「…魚、です」


「そうか。次」


不気味な程に平和、動揺で凪咲の周囲から衣擦れの音が耳に響く。凪咲が周囲を見渡すと驚きや考える素振りを見せている者達が見える。No.3がNo.2、5と同じく指南役の元へ向かう。予め振っておいたサイコロの出目を指南役が確認。No.3はお題を確認する。


「…"腹筋40回"、ね」


No.3は床に座り両膝を立てて、腹筋を始めた。No.4が出目を見せに動こうとするが、指南役に止められる。どうやら、No.3が終えるまで動けないらしい。No.3が腹筋を終える。


「No.4、出目を見せろ」


「お好きにどうぞ?」


予め振っておいた出目を指南役に見せた。

No.4、蓮は課題を確認する。


「"好きな色"、ね。俺の好きな色を知ったところでどうするんだか。黒だ」


そう一言吐き捨て、No.4は指南役の元から立ち去る。


「No.1、出目を見せろ」


凪咲も皆に続き、予め振っておいたサイコロを指南役に見せた。凪咲は課題を確認する。


「休み、なにもなしだね」


凪咲が終わり、1ターン終了。指南役が腕時計を一瞥した後、子供達に視線を向ける。


「No.2、出目を見せろ」


No.2は指示通りにサイコロを振る素振りを見せ、指南役の元へ向かう。

 No.2が確認し終えた後、凪咲の元へ歩いていく。どうやら今回は休みだったようだ。凪咲は片手で画面を操作する。


「…アンタ、ついてないな」


「普段無言の君が私に話しかけてくるなんて、珍しいものだねー。何がだい?」


「……出目の話だ。最初に行われたゲーム説明はこう言ってたな。"一番最初に"ゴールした者がって。つまり、行動順で勝敗がかなり左右される」


「そうだろうね〜」


No.2が疑念を含んだ目で凪咲の端末に視線を向ける。


「アンタ、なにか企んでいるのか」


「何故君に疑われているのかな〜?私は」


「普段のアンタの行いを考えれば当然だ……なあ、サイコロの画面を見せてくれないか」


凪咲はサイコロを振った後の画面を見せる。画面を見せることは禁止されている訳ではなく、問題はない。画面には大きく「4」と書かれており、履歴を見ると下から1、2と表示されていた。それぞれサイコロを振った時刻が書かれており、凪咲がサイコロを振った時刻として特に違和感は感じない。


「……随分とついていないんだな」


「そうかい?」


凪咲は嫣然と、慈しむように微笑む。


「今日は、ついているような気がするんだよね〜」


____________________________________


「No.1、ゴールだ。おめでとう」


9ターン終了時、それは突然伝えられた。凪咲は課題をこなすどころか、課題を行ってすらない。だというのに、クリアしてしまった。


「…」


「待ちなさい」


No.3、香奈が声をあげて反論する。No.5、楓は冷静に計算しぽつり、と呟く。


「全部で53マス…ゴールを含めたら54マス…54÷9=6?それじゃあ、全て6を出したってことかな…」


「そうだねー。あ、終わったから帰ってもいいかな?指南役」


「あぁ、帰ってもいいぞ。存分に休むといい」


視線を感じながら、1人の監視役と共に第四層へ戻る。階段を降りる静かな音が耳に響き、やがて嫌というほど見てきたいつもの風景が映った。


「見事だな」


監視役が淡々と、低い声を独り言のように呟く。


「いやぁ〜、照れるけどね〜…あの子達の頭が多少お堅いだけだと思うよ〜」


「そうだな。少々残念だ」


「……」


凪咲は監視役の言動に対して、静かに目を伏せる。


 どうやって6を出し続けたのか。簡単な話だ、6が出るまでサイコロを何度でも振ればいいだけのこと。指南役は確かに不正は難しいと言った、だからといって不正がない=抜け道がないという訳ではない。

勿論、履歴にはサイコロを振った時間•出目が残るが、振るたびにサイトを再起動してしまえば真っ白。どんなに怪しまれても「出目を周囲の人間に確認されたくなくて__」とでも言えばいい。53マス中の〇〇マスは…が起こるという、ヒントを与えることになってしまう、と。例えば、イベントによっては3問解いたら4マス進むという問題で"解かない"という選択肢も取れるようになる。十分理由として成り立つ筈だ。

 もし周囲の人間に見られるかもしれない状況に追い込まれたら、予め用意したもうひとつのページのサイコロを見せつければいい。サイコロを疑われるとしたら序盤。サイトなのだから、二つ開くことだってできる。一つは何度も振り直して出た六のサイト、一つは適当に振って偽造する用のサイト。


「随分と楽しい試験だったように感じるねー?指南役」


「ここ最近のNo.5〜2は大きく変動している上、思考力よりも学力•身体能力を問われるものが多かったからな。このタイミングで振い落としたと考えられる」


「んや、振い落とした…とは少し違う気がするね。実際、サイコロを振り直すっていうのは思いついた子はいるんじゃないかい。ただ、」


はぁ、とため息を吐く。呆れのような、悲しみのような感情を含んでいるように見えた。


「私が思ったより生真面目っ子が多いのと、指南役の言葉に踊らされたのと、履歴を恐れた。この辺りなんじゃないかい?」


出目を偽ることは不可能、という言葉。そして指南役が持っている腕時計で、履歴の時間偽造は到底不可能であること。恐らく、真っ白の履歴では通すことができないと生真面目に思い込んでしまったということ。

 今回の件は大方こういう原因だろう。


「偽造の欠点は、もし同じマスに行ってしまったら同じイベントが起きるってことだが…まあ、同じイベントが一回二回起きたところで、疑う人間は少ない。後半に行けば行くほど、六を出し続けて後ろとはかけ離れていく。実際、大丈夫だっただろう?」


片手をピースにし、右目の目元へ運ぶ。戯れの時の決めポーズ、凪咲が変人だと言われる所以でもある。監視役に対してもこのような態度を取る為、周囲の人間からは冷たい目で見られることが多い。


「あまり派手に動くなよ。No.1の地位は大切、違うか?」


「つまらないね〜。はいはい、わかったよ〜…持ち場に戻るんだろう?」


監視役は凪咲に対して冷たく突き放し、定位置へ向かう。コツン、コツンと足音が響き渡り、子守唄を聞いているかのように眠くなる。監視役も冷酷ではあるものの、人間ではある。人と会話をすることも凪咲にとって大切な日課であり、監視役もそれを理解していて話を聞いているのだろう。


「─────。」


静寂に包まれたガラスの空間で、No.1と番号が振られている仕切りにぽつり、と呟いた。

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