49話:霧の山
ある休日、一日中裏山を散策し、陽が暮れてきたので家に帰るで途中でミルヒ先生を見かけた。
その場所は少し開けていて、山側は煙っていても街の方を見る分にはとても見晴らしが良い場所だった。
「ミルヒ先生、こんな場所でどうしたんですか。陽も暮れてきて危ないです。一緒に戻りましょう」
「あら、こんばんはアーク。ワタクシ昔は良くこの山で遊んでいたのよ。ここは庭みたいなものだったわ」
「過去形じゃないですか。この山、人が入っている形跡が無かったのですが」
「昔は道があったのよ。特になにがあるってわけではないけど、子供たちの遊び場で、ワタクシも探検したりして遊んだわ。キノコや山菜も採れたのよ」
「山菜は時期が過ぎてしまいましたが、採れましたよ。でも、道は無くなってました。今は山には入っている人はいないのですか?」
「霧が出ているでしょ。危ないから今は誰も奥までは入らないわね。アークは何をしていたの?」
「ヤギの飼料に草を刈り集めたり、家の補強に木材が必要だったりするので。それよりあの……霧は昔から出ていたんですか?」
「ワタクシが子供の頃は霧なんか出ていなかったけど、いつの間にか霧が出るようになったわ。危ないから入らなくなって、そのうち道も無くなってしまったのね」
それから少し沈黙してから言い辛そうに言葉を続けた。
「女の子が行方不明になったの。まだ帰ってきていないから、アークもあまり奥までは行かないでね」
ミルヒ先生の表情を見る限り、その話については質問できるような雰囲気ではなかった。
「暗くなってきたし、先に帰るわね」
危ないから送ろうかと思ったが、ミルヒ先生はさっさと足早に下っていったので、なんとなく少し時間を置いてから一人で戻った。
いつもならヤギのミルクを飲みながら、世間話に最近食べた美味しい物の話などをしていくはずが、今日は家にも寄っては行かなかったみたいだ。
霧についてなにか知っているかもしれないが、話したくない事なのかもしれない。
手がかりは無いまま、道を切り開いては登り、紫の花を植えて目印を作る。進めなくなったら戻る。
それを繰り返し、頂上と思わしき場所にたどり着いた時は雪がちらつくようになった冬の始まりだった。
この山に登ったのは頂上が目的ではないが、道中には手がかりとなりそうな物は見つからなかった。そして、これ以上は登れる場所は無かった。
あいかわらず霧が出ていて確認できないが、地図と照らし合わせると、周りは湖に囲まれているし、先は断崖で降りられない。
とりあえず、一休みして火を焚くことにした。もう陽が暮れてしまって、風が冷たい。
そろそろ本格的に雪が降る季節になる。春頃に氷室を作るときに見た日陰に残った雪の厚さからは、冬はこの山には入ることが容易ではないだろうと、想像することができた。
この山がここで終わるのは距離的に地図と合わない気がするのだけど……峰の一つかもしれない。でも、相変わらずの霧で確かめようがない。
他になにか手がかりを探したいがどうしたら良いか、考えがまとまらない。
途方に暮れて焚火を見つめるしかできなかった。
しばらく、ぼうっとしていると目の前に影ができた。
「あなた誰?そのおかしな花はなに?」
影の主は人の形をしていた。年頃はリリスと同じ位の女の子に見える。
話しかけてくる口調や態度からだいぶ年上なのだろうか。それとも……
「……精霊?」
リンやコハクのような気配はしないが、こんな時間に山に一人で入ってくる女の子が人なんだろうか。
「私が質問しているのよ、あなたはなに?」
「名前はアークです」
突然の人影の出現と質問に頭が働かない。
「そう、その花はなに?」
「え?あの、僕は紫の花と呼んでいます」
「見たまんまじゃないの。どう見ても紫の花ね。なぜ植えているの?という質問よ」
「この山には道が無くて、この花を目印にしています」
「なぜ山に入ってくるのよ、霧が出ていて危ないじゃない」
「人を探してるんです」
「え?また誰か行方不明になったの⁉」
なんだか、冷淡だった口調が急に感情が入ったように思えた。
「いつからいなくなったの?その子の特徴は?」
「いえ、あの、この山にいるとも限らないのですが」
「どういうこと?」
「あの、あなたは精霊様なんでしょうか。この山に竜が迷い込んでいたりしてませんか」
「……その竜はあなたの何?」
「家族です」
「あなたの親なの?」
「いえ、祖母の兄のお嫁さんです」
「あなたのお婆さんのお兄さんの奥さんってことは番がいるじゃない。番はどうしたのよ」
「6年前に亡くなりました……」
「そう……では残念だけど、その竜はもういないと思うわ。番を亡くすと残った竜の命は長くないから」
突然の物言いに喉がぐっと詰まった。
「でもっリンの雨は降っている!!」
「力があるうちに亡くなった場合、亡骸には竜の力がそのまま残るわ。たぶんその近くにあると思うわ、よく探したの?」
「探したっ!絶対近くにはいなかった」
「……そう、わかったわ。でも、その竜は知らないしこの山にはいないわ。今は帰りなさい。雪が降って危ないから、これからはもう山には入らないで」
「でもっ!ずっと探しているんだ、やっと少し手がかりがあると思って」
「うるさい!あんたの事情なんて知らないわよ」
思わず大声をあげてしまったところを、さらに大きな声でたしなめられて、はっと我に返った。
「その子は私も探すようにするから、春になったらまた来なさい」
あれ?探してくれると、春になったら来ても良いと言っている気がする。
山に入ったことを怒って追い出そうとしているわけではないのか。
「……分かりました。春になったらまた来ます。その時はどうしたらまたあなたに会えますか?」
「そうね、ここで今みたいに火を焚いてくれる?そのお花の側で呼べば聞こえると思うわ」
「あ!待ってあなたの名前は?」
「アリョーシャよ。さよなら」
女の子は、あっと言う間に霧に溶けるようにして姿が見えなくなってしまった。




