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第二話「岡崎城へ走れ!」

 強右衛門は、殿様に深々と頭を下げた。下っ端の足軽が、お城でいちばん偉い殿様とじかに顔を合わせるなど、ふつうありえないことだ。つまり、今はふつうではないのだ。


「殿、お呼びでしょうか」

「うむ。実はそなたに、岡崎城に行ってもらいたいのだ」


 殿様の命令は、岡崎城にいる徳川家康に、「長篠城を助けてください」という知らせを届けることだった。

 地方の豪族は、いざというとき助けてもらえるからこそ、大きな大名の家来になるのだ。今や長篠城は絶体絶命、ここで助けてもらえないなら、何のために家康に従っているのか分からない。


「殿のご命令とあれば。でも、どうやって?」

「うむ。今は日暮れ、もうすぐ真っ暗になる。そうなったらこっそり城をでて、川にもぐって敵の見張りに気づかれないところまで泳ぐのだ。そして岡崎城まで走る。そなたならできるはずだ」


 長篠城は、川に面した崖の上に建っている。この攻めにくい地形のおかげでなんとか耐えてきたのだが、脱出するとなると逆に大変だ。

 しかし強右衛門は、仲間内で「河童」と呼ばれるほど泳ぎがうまかった。狼のように速く、長く走ることもできた。殿様はそれを聞いて、彼ならばあるいは……と思ったらしい。


「とても危険な役目だ。だが、そなたが失敗したら、長篠城は全滅するほかない。たのむぞ、鳥居強右衛門」


(こりゃあ、どえらいことになったぞ)


 こうして、強右衛門は命がけの役目にのぞむことになった。自分と家族のことだけ、せいぜい五人かそこらの命を守ることだけ考えていればいい足軽に、いきなり城の兵隊五百人……家族も含めたら何千人もの命が預けられたのだ。


 強右衛門は殿様に言われたとおり、真っ暗闇のなか城をでて、崖を降り、川底を泳ぎ……武田軍の包囲を抜け出した。朝になると彼は、「うまくやった。これから岡崎城へ向かう」と味方に知らせるため、山の上からのろし(合図の煙)をあげた。


 助けを求める使いが出ることを知って、長篠城の兵士たちはワッと喜んだ。強右衛門が、もうすぐ徳川の助けを連れてきてくれる!


 しかし、当たり前のことだが、この煙は武田勝頼も見ていたのだ……。


 ━━━━━


「はぁ、はぁ。急げや急げ。岡崎城はまだ遠いぞ」

 強右衛門は走りに走った。


 現代人の我々にとっては、長篠城から岡崎城までは、JRの長篠城駅から豊川駅へ、そして豊川稲荷駅で名鉄こと名古屋鉄道に乗り換え(JRの豊川駅と名鉄の豊川稲荷駅はすぐ隣にあり、歩いて一分とかからない)、東岡崎駅もしくは岡崎公園前駅まで、流れる景色を楽しみながらあっという間である。急ぎでなければ豊川稲荷を参拝して、油揚げでカツを挟んだ名物B級グルメ「おきつねバーガー」を食べる余裕すらある気軽な旅だ。


 しかし、電車もアスファルトの道路もない当時は、大変な道のりだった。時には石が草鞋わらじごしに足の裏に突き刺さるような砂利道をかけ抜け、時にはおい茂る草を手でかき分けて、自分の足で走らねばならない。


 強右衛門は、朝イチでのろしを上げたその日のお昼すぎから夕方の少し前ごろ、岡崎城についたという。

 地図を見れば分かるが、当時の道でこれほどの距離をここまで速く走った強右衛門の脚力は、トップアスリート級といっていい。もし彼が現代にタイムスリップしたら、マラソンでオリンピックの金メダルを狙えると思う。


 つらい旅だった。だがとにかく、彼は岡崎城にやってきたのだ。


 ━━━━━


「こりゃあ……すげぇなあ」


 強右衛門が見たのは、座る場所もないくらいの人、人、人。そして数えきれないほどの、当時最新鋭にして最強の武器、鉄砲だった。

 なんと、徳川家康だけでなく、その家康よりもっと偉い、尾張おわりの国(現在の愛知県西部)や美濃みのの国(現在の岐阜県南部)を治める織田信長も岡崎城にきていたのだ。その数、織田軍が三万人、徳川が八千。鉄砲の数は三千丁だという。


「長篠城からの使いのものだ。徳川の殿様に伝えねばならんことがある」

 それを聞いて、城の兵隊が信長と家康のもとに走った。待つこと数分。

「面会の許可がおりたぞ。こっちだ」


 本来なら、身分の低い足軽など、天下でいちばん偉い信長に会えるわけがない。だが今は非常事態、一刻を争う。細かいことに構ってはいられない。

 強右衛門は兵に案内され、家康の、そして信長の前にやってきた。奥平の殿様より、もっと、ずっと偉い大大名のふたりの前に。信じられないことだった。


「そなたが長篠城からの使いか」

「はい。鳥居強右衛門と申します」

「家康どの、彼を知っているか?」

「いえ」

「信長さまや家康さまが知っているはずはありません。わしは足軽ですから」

「なに、足軽とな」

「逆に言えば、わしが使いにならなければならないほど、長篠城は追いつめられているということです」

「わかった。話を聞こう」


 果たして助けは来てくれるのか。長篠城の運命が、もうすぐ決まる。

一般には、強右衛門が自ら志願したとされています。殿様の方から命じた小説か漫画をどこかで読んだ記憶はありますが……。

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