理想の日常
あれから三か月。
無事脱走に成功した私たちは、まず居住を確保した。
外傷を完治させた後、以前繋がりを持った組織のボスの元へ訪れ、「お話し合い」をした。
ボスは渋ったが此方が十分な契約条件を提示したことにより契約は締結。
万が一契約を反故する行動を取ればお互いに多大な代償を負うスキルを介した為信用は十分だ。
それから二人暮らしに丁度いい住宅と都合のいい戸籍を用意してもらった。
私は「天乃 纏」。
№074は「天乃 繊晦」の名前を受け取った。
最初は不慣れな呼び名だったが任務で偽名は常套句だったのでそれを意識すればどうとなかった。
通常の人間に擬態するために私達はお互い高校と中学に通うこととなった。
この戸籍の持ち主は両親ともに事故死となり、行方不明となったため元の「日常」に帰る必要があるのだ。
学校とは共同生活の場なので馴染めるかは不安要素だったが繊晦が思いの他興味を示したため了承した。
制服や教科書なども支給され、私は高校一年生として新学生で。
繊晦は中学三年生としてそれぞれの学校への登校が決まった。
実験所からの脱走後、世界が変わった。
本当に、今まで見えた空ですらその色合いが違って見えた。
何もかもが新しくて、鮮明で、美しく見えた。
誰よりも実験所の恐怖に縛られていたのは私だった。
もう起床を告げるアラームはない。
№を殺さなくていい。
任務を遂行などする必要もない。
真の「自由」がそこにあった。
支給されるお金で繊晦とショッピングを楽しんで、ゆっくりカフェで落ち着いて、本を読んで、ボウリングで大負けして、「普通」の日常がどんな宝石よりも光り輝いていた。
実験所内では私がいつも№074を守る立場だったのに、いつの間にか私は繊晦に甘えられるまでになっていた。
これがきっと一番の変化だろう。
実験所での記憶に苛まれ眠れない私を優しく繊晦が慰めてくれる。
温かいホットココアを用意してくれて、プレゼントしてくれた羊のぬいぐるみを持たせて、私が眠りにつくまで子守歌を歌ってくれる。
そんないい子の繊晦の髪を崩れない程度に撫でて眠りにつくのも癖になってしまった。