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一般向けのエッセイ

荻堂顕と伊藤計劃の違い

 作家として出発した荻堂顕はこれまで二つの作品を世に送っている。一つ目は「擬傷の鳥はつかまらない」で、二作目が「ループ・オブ・ザ・コード」だ。


 私が荻堂顕に興味を持ったのは、「ループ・オブ・ザ・コード」の書評に伊藤計劃の名前が見られたからだった。『伊藤計劃の才能再び』という感じで紹介されていたので、興味を持った。


 荻堂顕の小説は二作とも同一の構造を取っている。一人称の語りで話は進行し、一人称=主人公がある決断を下す所で作品は終わる。この構造は、荻堂顕にとっては宿命的な形態なのかもしれない。


 一方で、伊藤計劃はどうだろうか。伊藤計劃もまた一人称小説だ。ただ、小説の終わり方は荻堂顕と違う。作品のラストにおいては、一人称は消失する。つまり、語りの主体が消えてしまう。


 「虐殺器官」においては、主人公は狂気に至った事が示唆されている。主人公の語りは内部から崩壊してしまう。「ハーモニー」においては主人公は文字通り消滅する。主人公の意識そのものが消失してしまう。


 荻堂顕と伊藤計劃の、作品の構造上の違いは二人の思想の差異を明らかにしている。荻堂顕のそれは、苦い現実を見据えながらも微かな希望を感じさせるものとなっている。伊藤計劃においては、ニヒリズム的な要素を強くしている。一人称が消失してしまい、その消失が果たして何であったのか、それを意味づけるのは読者の手に委ねられている。


 結論から言えば、私は伊藤計劃の思想の方が優れていると思う。しかし、荻堂顕もまた優れた作家であると思う。


 伊藤計劃の方が優れていると思うのは、伊藤計劃の作品はニヒリズムの先に、祈りのようなものが予期されている為だ。文学とは、自己意識の問題を通って「祈り」に昇華された方がより価値があるのか? …人にそう問われたら、現時点の私はイエスと答える。


 一人称の語りが「祈り」に昇華されるのは「ハーモニー」においてよりはっきりと現れている。そこでは、主体の意識が消える事が描かれているが、それが一体何であるのか、その意味づけを一体「誰」が行うのか? そうした問いがギリギリの形で提出されている。…だが問いはこだまして、その先にあるものが何であるかは見えない。伊藤計劃は短い生涯において、「何か」を探し求めたとは言えるだろう。


 伊藤計劃がああした小説を書かざるを得なかったのは、彼が病魔に取り憑かれていたからで、彼は死について考えざるを得なかった。それが、彼の思想を先鋭的なものとしていった。死と向き合って思想が磨かれるというのは、作家や哲学者、宗教家などにはよくある話だ。


 荻堂顕にあっても、厳しい現実を見つめる視点は揺らいでいない。あの若さでこうした視点を持てるというのは、私などには驚くばかりだ。だが、作品において、一人称の超越性は、最後まで担保され続ける。一人称の超越性は伊藤計劃作品においては、消失する。すなわち、世界の只中に主人公は溶け去ってしまう。荻堂顕の小説においては、最後に主人公は「決断」する。すなわち、語る人間の特権を作品の最後に発動させる。


 それ故、荻堂顕の作品においては、心安らかになる感覚はあるが、我々に与えられるのは「答え」であって、問いではない。我々に必要なのは答えではなく問いなのだーーと私は思っているが、どうだろうか。


 伊藤計劃は病魔と闘いながら、「自分の死=意識の消滅」を見据えて、その先に何があるのかを考え続けた。この問いは未だ、うまく解かれていないように私には思われる。荻堂顕という作家もまた、そうした問いを辿っている途中なのだろう。私は、この作家の年齢を考えても、彼の前に続いていく道は、普通思われているよりももっと遠大なのではないかという気がする。

 


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