鈍感令嬢は立派な花婿を見つけたい〜番外編〜
『鈍感令嬢は立派な花婿を見つけたい』のアルファポリスさんに掲載している番外編です♪
お付き合いをはじめた2人のおはなしです。
「エドモンド様、私たちしばらく会うのをやめましょう」
初恋の幼なじみと新しい恋をつないだランターンフェスタから一週間が経った。なぜかあっという間に婚約者になったエドの膝の上でこう告げたのは、二人きりになるといつも膝の上に乗せられてしまうから。少しでもきちんと伝えたくて、エドモンド様と呼んでみた。
まもなく我が家に到着するハイビスカスの花が咲きほこるお気に入りの道にさしかかると、ヴァールハイト公爵家の馬車の中に沈黙が流れる。
「…………うん?」
紫色の瞳が驚いたようにゆれ、ヴァールハイト公爵家の馬車の中は空調が効いているにもかかわらずエドの顔色が青白く見えた。くっついているから暑いくらいなのに、寒がりなのかもしれない。
もちろん嫌いになったわけじゃない。
エドの態度がびっくりするくらいに甘やかになったことは驚いたけれど、嬉しく思っている。
学園に通う馬車では、婚約者はもっと仲睦まじくなるべきだと言われ、いつも膝の上に乗せられ、婚約者は好みを把握するものだと言われ、いつも一緒に昼食を食べるようになっていたけど、初恋の幼なじみといつも一緒に過ごせることは幸せに思っている。
「よかった……」
ただ、どれほど考えても、どうしてもエドの隣に立つにはふさわしくないと気づいてしまった。
あと一週間で夏休み前の期末テストがはじまる――テスト勉強のためにしばらく離れることを分かってもらえたことに安堵の息をつけば、空色の髪がさらりとゆれた。
私が、よしっと気合を入れていると馬車がヒビスクス伯爵家に到着して、鮮やかな赤色のハイビスカスの花に視線をうつした途端にエドに引き止められる。
「エリー、理由を聞かせてもらえる?」
紫色の瞳に負けないくらい顔色の悪いエドにびっくりしてしまう。早くヴァールハイト公爵家に戻って休んでもらわなければと口をひらく。
「もうすぐ期末テストでしょう? エドはいつも一番だから私も今回は上位者リストに入りたいなと思って……」
テストの成績上位三十名は学園の廊下に貼り出される。私は一度も貼り出されたことがないけれど、エドは入学してからずっと一番上に名前が書かれている。
私もエドの婚約者としてふさわしくなりたいのだ。
「わかった」
エドの言葉にハイビスカスの花が咲く庭でもう一度えいっ、と両手をにぎってがんばることを伝えると、いつの間にか紫色だったエドの顔色はすっかり治っていた。
イラスト/一本梅のの様
しばらく学園でも会うのを控えるのは寂しく思っていたのに、なぜかエドがヒビスクス伯爵家の私の部屋までついてきたーー。
私の部屋に入ると今までのテストやノートを見せてと言われエドと向き合った。
「エド、私の話を聞いていた?」
「もちろん――俺の婚約者が勉強を頑張りたいなら、教え合わないとな」
「えっ、でも、私がエドに教えられることなんてなにもないと思うけど……」
エドの言葉に首をかしげてしまうと大きな手が伸びてきて、ぽんぽんと頭をなでられる。髪に触れられるのも恋人になったら嬉しくて、子猫みたいにエドの手のひらにすり寄せてしまう。
「エリーは詩が好きだろう? 俺は詩が苦手だからエリーに教えてもらえたら助かる」
「たしかに詩は好きだけどテストの得点配分はわずかだよ……」
これではエドにふさわしくなりたいのに、迷惑をかけてしまう。エドに頼ってばかりになるのはよくないから、きちんと断ってお父様に家庭教師をお願いしてみようと決めた途端。
「それなら、エリーのご褒美をもらえる?」
にやりと口の端を持ち上げて、意地悪そうな瞳にからかわれる。
「ご褒美?」
「そう。俺はエリーのご褒美が欲しくて勉強を教えるからエリーが気にする必要はないってこと――あと、この程度の内容なら今さら勉強する必要ないしな」
「で、でも……」
「エリーに教えると復習になるからちょうどいいんだよ」
頬に手を添えられて紫色の瞳に見つめられると思考も奪われていく。
「エリー、うなずいて」
掠れた低い声が耳元でとても色っぽく響いて、からかわれているとわかっているのに、どんどん顔に熱が集まってしまう。そのまま熱に焼かれるみたいな瞳で見つめられ、思わず小さくうなずいた。
「ん、いい子」
おでこに優しく口付けを落とされ、エドの腕の中に囲われるようにきつく抱きしめられたーー。
◇◇
放課後は学校の空き教室で勉強を教えてもらう。
隣に座るエドが赤ペンをさらさらと走らせる音が部屋に響いていき、音が鳴り止むとうかがうように見つめていた私とからかうような瞳と見合った。
「エリーはあほだな」
「えっ、どこか違ってた?」
「いや、全問正解」
「エドのいじわる……っ」
エドをにらむと蜂蜜のような甘さのにじむ視線と絡んだ。
「今日はここまで」
「うん、ありがとう」
エドの大きな手のひらに頬や耳をすりすりなぞられる。くすぐったくて、そわそわした気持ちになってしまう。
「んっ、エド、それくすぐったい……」
「わざと」
「いじわる」
「ん、かわいいからつい」
腰に腕が回され、エドのくちびるが耳をかすめるから身体が跳ねてしまう。
「や、くすぐったい。耳、やっ、やだあ……っ」
「耳じゃなかったらいい?」
「だ、だめ……もうさわるのおしまい」
「聞こえないな」
エドのくちびるが私の顔に、たくさんのキスの雨をふらす。
「もう、エドのばか……っ! 誰かに見られたらどうするの?」
「それなら続きは馬車の中でな」
そんなことを耳元でさらりと言われ、どきりとしてしまう。
エドの言葉の通り、馬車の中でいつもより長すぎるキスに頭がふわふわして、うまく力が入らなくてエドのシャツにすがってしまう。はふはふと肩で息をしながらエドをにらむのに嬉しそうにほほえんでいる。
「エドのばか……っ」
「ん、かわいいからついな」
こうしてテストまでエドに勉強を教わる日々が過ぎていったーー。
◇◇◇
「エド、手つないでもいい……?」
テストの結果が張り出される当日。
どきどきがとまらなくてエドの制服の裾を握って見上げる。あやすように頭をぽんぽんとなでたエドのあたたかな手が指先の冷えた私の手に重ねられ、ほどかれて絡めるようにつないでくれる。
「ほら、行くぞ」
「う、うん……っ」
全てのテストを全力でやりきったと自分を励ますようにエドの手をぎゅっと握れば、エドが優しく握り返してくれて胸の奥があたたまる。
エドに手をつながれ廊下に張り出された結果の前に立つ。
「エ、エド、なんて書いてある?」
やっぱり怖くて結果が見れない私は、目をつむってエドに声をかける。
「エリーはあほだな」
「そっか、やっぱり載ってないよね……」
いくら頑張ったとはいえ、そう簡単に上位者リストに載るわけないかとため息をこぼしながら目をひらいた。
「えっ、うそ?」
上位者リフトの真ん中にある十五位の横に自分の名前を見つけ、驚きの声をもらす。
「俺が教えたんだから当然だろーー本当にエリーはばかだな」
やわらかな声が聞こえてきて見上げれば、紫色の瞳を細めて見つめられていた。
「ありがとう。エドのおかげだよ!」
「エリーのご褒美がほしいな」
「うんっ! もちろん! エドはなにがいい?」
こんなにいい成績を取ったことは初めてで、ただただ嬉しくなってしまう。
勢いよくエドに答えれると、なぜか耳たぶにくちびるが触れるくらいまで顔を近づけてきて。
「エリーの一番大切なもの、俺にちょうだい」
ささやく声にびっくりしたけれど、私の一番大切なもの……?
いじわるなエドは私の反応を逃さないみたいに、じっと見つめていて、でもエドにならあげてもいいかな、と思って覚悟を決めてこくんとうなずいた。
「わかった……。ずっと大切にしてくれる?」
エドの瞳が大きく見開いて視線をそらされる。片手で顔を覆ったあと、射抜くような真剣な表情に変わった。
「一生かけて、大切にする」
「うん、ありがとう! 今でもいい?」
「…………うん?」
なぜか沈黙が落ちる。
今じゃない方がいいのかな、と首をかしげると空色の髪がさらりと流れた。
「エリー」
そうつぶやいたエドに無言のまま階段下のわきに連れていかれ、頭の上と顔の横にエドの長い腕がある。なぜか壁どんをされてしまっていた。目をぱちぱちと瞬かせるけれど、状況が飲み込めない。
「エ、エド……?」
「エリーの一番大切なものってなに?」
やっぱりすぐに欲しかったとわかり、制服のポケットからハイビスカスのイヤリングを取り出して、エドに差し出した。
「いつもは大切にしまってるんだけど、今日はお守りにもってきたの」
「なにこれ、反則だろ……」
大きな身体に覆われ、肩にずしりとエドのおでこが乗せられる。
はああ、と大きくて深いため息が耳もとに落とされた。
「エ、エド……? 私の一番大切な宝物なんだけど……、あれ? 要らなかった?」
あんまり嬉しそうに見えないエドに不安を口にする。
「いや、もらっとく――これをつけるのはずっと俺の役目な」
耳元でささやくエドの声は熱っぽい。
ずっとこれからも一緒にいてくれる約束が嬉しくて、こくりとうなずくとイヤリングをつけられた。
「本当、鈍感」
「えっ? なんで?」
「なんでも」
「エドのいじわる――でも、……大好き」
肩に手を伸ばして、うんっと背伸びをしてエドのくちびるに自分のくちびるを押し当てる。私からするはじめてのキスーー。
「エド、誰か来ちゃうから行こう?」
耳まで赤く染まったエドと壁に挟まれて抜け出せない。ぐいっと胸を押して出ようとするのに、大きな身体のエドますます覆いかぶさるように抱き寄せられる。
「俺、少しだけとか無理だから」
空色の髪に指を差し入れられて、熱のこもった紫色の瞳が近づいてくると、恥ずかしいような嬉しいような感覚に顔がじわじわと熱くなっていく。
「エリー、……好きだ」
大好きなエドの匂いとぬくもりに包まれて、掠れた声が耳に届けば、エドのことを大好きな気持ちが止まらなくなってしまう。目をつむって顔をほんの少しだけ上にあげれば。
触れるようなキスは徐々に甘さを増して。エドのことしか考えられなくなっていく……。
エドの甘くて長い長いキスに私はただ溶けていったーー。
おしまい















