二人乗りの帰り道〜圭編〜
高校に入学して、梅雨が明けた頃だったかな……?
「葵ちゃん、着痩せするぜ……!」
「えっ、お前まじで見えたの?」
「ばっちり見えた!」
「マジかー」
相沢が自慢気に仲間内で話すと、悲鳴の様な歓声が上がる。まあそれも当たり前だなと思う。俺も会話に入らないけど、聞き耳立ててるもんね。多分、他の奴等も……と見渡すと、案の定、他の奴等も無言で手だけ動いてる。
葵ちゃんこと渡辺葵は、この1年A組で最近人気が上がっている子だ。入学して直ぐにクラスの男子で定番の「どの子が可愛いと思う?」の話題には上がらなかった。圧倒的にBクラスの麗花が可愛くて、Aクラスなら小さくて細い紗香派かおっとりな咲世子派に分かれていたからだ。
葵ちゃんが「どの子が可愛いと思う?」の話題に上がり始めたのは、入学して一ヶ月後くらいからだったと思う。
進学コースのクラスはあいうえお順に、一人ずつ男から並べ、男の後に女の子を並べていた。葵ちゃんは、渡辺、「わ」で一番最後の席にいて、廊下側の一番後ろに座っていた。廊下に面した扉や壁は全てガラス張りなので、廊下を歩いていると葵ちゃんの姿は目に入る。
朝、「おはよー」と後ろのガラス扉を開けてクラスに入ると、葵ちゃんは首だけ後ろを振り向き、「おはよう」と返してくれる。大人しそうなだけで、人懐っこい性格らしい。この毎朝の挨拶にじわりじわりと来ていた奴が多かったと思う。決定的だったのは、相沢だったと思う。
相沢は「あ」で渡辺は「わ」。
委員長や係が決まるまで、先生に二人はプリント回収や先生の手伝いを指名されていた。相沢が「またかー」とプリントを持ちながら葵ちゃんに言うと、「分かる!最初と最後の苦労だよね……!」と頷きながら器用にプリントを片手で持ち、右手差し出した。相沢が「おおっ……?」と手を出すと、握手をして来て「同士よ、よろしくね?」と言ったらしい。 男前な行動に、見た目とのギャップがあり過ぎる……と相沢が「葵ちゃん、……なんか面白んだけど」とAクラスで密かに注目されていた。
で、話しは先程に戻る。
私立高校の進学コースだけあって、体育には全く力が入っていない。回数も少ないし、何なら進学コースだけ週一回、一年から三年までで好きな競技を選択してゆるく行う合同体育があるくらいだ。
体育は男女別で行うが、私立なのに、更衣室がないし、教室を分けるカーテンもない……男達には困らないシステムだが女子は文句を言っていて、先生もそれを分かっているからなのか、女子の体育は少し早めに終わる。大体五分から十分。
その隙に女子はさっさと着替えを済ますのだが……男の体育が終わると、男は全力疾走で教室に戻る! 多分、ここが一番力を発揮していると思う……男なんてそんなもんだと思う。
で、葵ちゃんの着替えが一足遅く、相沢にバッチリ見られたというわけだ。へぇ、着痩せするのか……?
「なあなあ、色見えた?」
「……知りたい?」
「知りたい知りたい!」
「それは俺と葵ちゃんの秘密だなー」
「おいおい、言い方!」
帰り道、こっそり相沢に聞いたら「圭君も興味ある?」と言われ、「まあね?」と答えると、「いやーあの後、麻友にさー葵がギリギリセーフだったと思ってるから絶対に色とか言うなって、きつーく言われてるんだよね」と教えてくれた。色が分からなくて残念な気持ちより、相沢が言いふらしていない事にホッとしたのを覚えてる。
麻友……吉岡麻友ちゃん、いい友達じゃん!
葵ちゃん……でもあの時、何色だったのかな……?
いやいや、一年生の頃を思い出している場合じゃなかった!
葵ちゃんは、二年生になって俺が直ぐに告白して、今は俺の彼女になってて、って言うか今更だけど、相沢って葵ちゃんと握手して、下着姿見てるんだよな……彼氏としては複雑過ぎるわ! ん?相沢って葵ちゃんのこと好きだった……とか?
あ、バスが来た!
今日は初めて葵ちゃんが家に来る日!
バスを降りると俺の横で歩く葵ちゃん……顔が小さいからポニーテールが似合うよな。うん、可愛い。
手繋いでもいいかな……?
こつんと手の甲を、葵ちゃんの手の甲に当ててみる。それを数回繰り返すと、葵ちゃんも手の甲を俺の手の甲に、こつんと当てて来る。やばい……かわいい! こつんと当てに来た葵ちゃんの手を、掴むように手を繋ぐ……葵ちゃんの手、小さくて、ちょっと冷たくて、可愛い。手繋ぐの好き。
俺の部屋に到着すると、「お兄ちゃんの部屋以外の男の子の部屋って初めてだー」とキョロキョロ見てる。部屋掃除してて良かった……。葵ちゃんが、鞄からビニール袋を取り出した。
「さっきね、コンビニに寄って色々買ったんだ! 圭君、この炭酸好きって言ってたでしょ。期間限定味が出てたの! どっち飲む?」
「期間限定!……って葵ちゃん、一本早い電車で来てた?」
「うん……⁈ こっち方面の子達がコンビニに寄ってる話しいつも聞いてたから! 私の最寄駅のコンビニ潰れちゃったから久しぶりにコンビニ行きたくなったんだよ!」
葵ちゃん……めっちゃ顔真っ赤。えっと、これは……楽しみ過ぎて一本早い電車で来ちゃったで合ってる? あの時間帯の電車一時間に二本だったよな? 頑なにコンビニに行きたかったを繰り返す葵ちゃんに笑いを堪えて、「ありがとう」と期間限定味を受け取る。
葵ちゃんは意外と意地っ張りだ。素直じゃない。あと嘘つく時に、めっちゃ目が泳ぐ。本当に分かりやすく目が泳ぐから、考えていることが丸わかりで、でも自分で気付いていないところが、すごく可愛い。
部屋に並んで座って借りて来た映画を観た。
この前、塾の帰りに柴山君にめっちゃ泣けると聞いた映画は、感動したけど……隣に葵ちゃんが居ることが気になって、全然集中出来なかった。葵ちゃんも目が潤んでいるけど、泣いてはいない。
葵ちゃんの手の甲に、自分の手の甲を当てると、葵ちゃんがピクリと震える。葵ちゃんを見ると、潤んだ目と目が合って、「抱きしめてもいい……かな?」と聞いた。
葵ちゃんに嫌われたくない。
葵ちゃんが目を伏せ、こくんと頷いたので、葵ちゃんに両手を回す……小さくて、柔らかくて、ふわりといい匂いがする。葵ちゃんも俺の背中に手を回してくる……ドキドキドキ……俺が心臓になったみたいに、心臓の音が煩くて、俺の音か葵ちゃんの音か分からない。
腕の力を少し緩めて、葵ちゃんの顔を見たら、もの凄く近くにあって、…………触れるようにキスをした。初めてのキス。少し離れて、葵ちゃんと目が合って、もう一回キスをした。葵ちゃんの唇は小さくて、柔らかくて、俺食べれそうだな……って思って、さっきひと口頂戴って交換して飲んだ期間限定味がした。
「葵ちゃん……好きだよ」
「……私も」
気付いたら部屋に夕日が差し込んでいた——