二人乗りの帰り道〜葵編〜
「そこの高校生……自転車の二人乗りはやめなさい……!」
「やばっ……」
「一回降りるね!」
パトカーからマイク越しに注意されたので、圭の自転車に後ろに乗っていた葵はさっと降りた。圭は自転車を押して歩き、葵はその横を歩く。しばらく歩くと、パトカーが完全に行ったのを確認して、「パトカー行ったね」と言いながらまた二人乗りをする。土曜日の授業終わりに二人乗りをしていると、三回に一度くらいはパトカーとすれ違うので、二人は慣れっこなのだ。
だってここ田舎だもん……!
歩いていたらいつまでも家に到着しません!
お巡りさんごめんなさい。葵は心の中でちょっと謝る。
渡辺葵と高原圭は、私立の進学校に通う高校二年生。少し前から付き合い始めたカップルだ。
葵と圭は一年生の時、同じクラスメイトだったが、その時はたまに話したりするくらいの仲だった。二年生の時にクラスが離れたが、私立文系コースの選択授業で席が前後になったのをきっかけに急速に仲良くなった。
先生が黒板に書いている隙に、小さな手紙を回して、内容は他愛もないことだが、小さな二人の秘密を沢山積み重ねていく内に、恋心も積み重ねて行った……! 圭が葵に「好きだ」と伝え、葵も「私も好き……」と言って、二人は付き合い始めた。だから今が一番楽しい!
圭はクラスですごく目立つ訳ではないけど、目立つグループ、普通のグループ、地味めなグループ、全ての人達と話しているのをよく見かける。先生にもよく話しかけられている。何て言うんだろう……? 圭の周りの空気はいつも心地よくて、景色のいい場所に来たら深呼吸しちゃうような感じ。
だから圭と席が前後になった時、嬉しくて、ほんのちょっとだけ仲良くなれるかな? と期待していたんだ……!
田舎の私立進学校の高校生に娯楽は少ない。
葵と圭の通う進学コースは三クラスあるが、葵が知るだけで両手を合わせくらいのカップルがいると思う。たまに別れたりもするけれど、意外とみんな高校を卒業するまで付き合っている。残念ながら卒業後に別れるのは殆ど……田舎の進学校だから東京方面、関西方面、地元の有名大学に進学して、遠距離になって別れるパターンらしい。
圭は関西の大学志望、葵は東京の大学志望……でも今は、それは関係ないのだ。今は今。未来は未来。
「葵ちゃんと圭君って、トマトの冷製パスタみたいだよね?」
クラスメイトの美幸ちゃんと、たまたま電車を降りた所で会い、高校に一緒に向かいながら言われた事をふっと思い出して、くすっと笑う。「葵、なんか面白い物あった?」と圭が自転車を漕ぎながら聞いて来る。「この前ね、美幸ちゃんに圭と私はトマトの冷製パスタみたいだねって言われたんだよ」と自転車の風に負けないように大きな声で、圭に向かって言う。
「……えっ冷たいってこと?」
「やっぱりそう思うよね」
美幸ちゃんにそう言われて、私も「冷たく見えてるの?」と聞いたら、美幸ちゃんがぶんぶん首を振って、「爽やかに爽やかを足してる感じだよ!」と言っていた。美幸ちゃんは別に不思議ちゃんではない。進学コースの中でもトップクラスの学力の持ち主で、宿題も分からない時は助けて貰っている。言葉のチョイスが面白いのだ。
「爽やかに爽やか……」
「でも美幸ちゃんっぽいよね!」
「確かに井沼さんっぽいかも……」
「ね! あとね、麻友と柴山君のことは、チーズたっぷり濃厚カルボナーラみたいだって!」
「ちょっと……井沼さん面白過ぎる!」
麻友と柴山君のカップルは一年生の時から付き合っていて、麻友が背が高くて大人っぽいのと、柴山君も彫りの深いイケメンで、二人の休み時間のイチャイチャを見ていれば、チーズたっぷり濃厚カルボナーラも納得出来る! 麻友に言ったら「美幸ちゃん面白過ぎ!」と爆笑していた。
「葵、このまま真っ直ぐ?」
「うん!ずっと真っ直ぐだよ」
高校を挟むようにして、葵と圭の家はある。
駅で行ったら葵は高校の最寄り駅から二つ下り、圭は一つ上り、そこからバスに乗り換える。
凄く近いように思うかもしれないが、ここは田舎なのだ……! 一駅の距離が長い。一時間に最大4本しか電車はないし、平日の昼間の時間帯は一時間に一本の電車しかない。高校から最寄り駅までにコンビニはないし、いや葵の最寄り駅から家までだってコンビニはない。いや、正確には中学生の時に潰れてしまった。たまに飴とかジュースを買っていたのに……!
夏服に衣替えしたばかりの陽射しは、半袖から出た腕にチリチリと暑く、それを自転車で作る風が吹き抜けて行き、すごく気持ちがいい!
圭はずっと自転車を漕いでいるから暑いだろうな……家に着いたら圭の好きな炭酸飲料を出してあげようと思いながら、植えたばかりの田んぼを横目で眺めて行く。夏になって稲が青々と育って、風が吹くと、さあぁ……と音を立てて風の流れが見えるのが好きだな。
「古典の松下……宿題鬼だな」
「だね……私、日本史も結構残ってるよ」
「さっさっと終わらせようぜ」
「うん」
進学校の私達は宿題の量が半端ない!
圭も私も黙々と宿題をこなして行く。圭も私も進学コースの中では、中の上くらいの成績だから気を抜くと志望校に進学出来なくなるから勉強はきちんとする。
一人でする勉強も良いけど、好きな人が隣に座ってする勉強は楽しい。一時間半くらい過ぎて、少し集中力が切れて来た……「うーーん」と圭が伸びをしたのを合図に今日の勉強はおしまい。
後は、ゆっくり一人でする。勉強は一人の方が集中出来るもん。
「葵……」
圭の顔が近付いて来たので、目を閉じる。ふにっと圭の唇の感触がする……初めてのキスは圭のお部屋でだった。夕陽が窓から射し込む赤くなった部屋で、キスをしたのが初めてのキス……。
キスをする距離になると肌にも匂いがあることを知った。圭は石鹸と少し汗が混ざったみたいな匂いがして、なんかずっと嗅いでいたくなる様な匂いがする。
「……もっとしてもいい?」
圭の顔が近くてドキドキする……!
圭の顔すごく好き。鼻と口が少し大きくて、鼻は高くて、喉仏の形がすごく好き。横顔の顎のラインも絶妙だし、声も高すぎず、低すぎなくて安心する。ちょっと体温が高い手も、頬に添えられると、ドキドキするのに安心して甘えたくなる。
微かに「……うん」となんとか答えると、圭がゆっくり近付いて来たので、目をもう一度閉じた……
おしまい