ポンニチ怪談 その42 放映責任
ポピュリスト政治家らによる野放図な政策により、破綻したある西の都市。かつて彼らを持ち上げていた番組を制作していたマデモトが荒れた街を嘆いていると…
「こんにちはオヒルナンデスの、時間です。レギュラーコメンテーターのハシゲンさん…。ああ、また、やっちまった」
不意に目が覚めたマデモトは、あたりを見回した。20時台の列車の中は人影もまばらで、彼の周囲には立っている乗客どころか、席もかなり空いている。
「昔の仕事の寝言を言っちまうなんて。もう、あの番組が打ち切りになってかなりになった…。あのころは、良かったよな…。あの人呼んで適当にしゃべらせとけばよかったから。だけど…」
ふと、自分の手をみる。
あかぎれだらけで、ところどころ細かい傷がついている。皮膚が裂けて、なかなかふさがらず、絶えず痛みを感じた。安もののハンドクリームを塗っても、痛みがなかなか治まらない。
「番組スタッフだったころは、朝帰りも多かったけど、こんなキツイ仕事じゃなかった。タクシーだって使えたし…。今じゃ、電車に乗るのだって大変なんだ、この街じゃ…。どーし
て、このオーサカン市はこんなことに…」
“それがよかったんでしょ”
「え?」
突然の声にマデモトはあたりを見回す。
いつのまにか、隣におカッパの少女が座っていた。中学生か高校生か、黒いセーラー服を着て、黒いタイツに黒い靴。うつむいていて顔はよくみえない。
「よ、よかった?そ、そんなことあるか!ウイルス対策の失敗で人はたくさん死んだし。万博が大赤字で、いくつも会社がつぶれて、市も府も財政破綻で、皆ヒドイことになってんだ!お、俺のいたテレビ局だって」
“あら、そうしたのは、誰だっけ?あなたたちが何度もヨイショしてテレビで持ち上げた人たちでしょう?”
「あ、あれは、その」
“あの人たちの党が教育とか滅茶苦茶にして、看護学校とか減らしたとき、ちゃんと報道なんてしなかったよね。経費減らしたすごい首長たちっていってたわよね、オヒナンデスで”
「そ、その時は、俺ら、し、知らなくて」
“あら、女子高生に自己責任とか言って泣かせたって、ほかの記事でみたけど。他にもワクチン作るだの、雨合羽で医療用品代用だの、チンキ剤が体内のウイルスを死滅させるとか、支離滅裂な首長のセリフを無批判に垂れ流してたでしょ”
「あ、あれは、み、皆混乱してて」
“混乱?あなたたちのテレビ局だけなんじゃない?あんな無茶苦茶なことの根拠を確かめもしないし、あとで検証もしないのよね。学校で真偽をちゃんと確かめましょうとか、習わなかったの?ああ、ロクに授業を聞いてなかったのか。自分で調べようとか勉強しようとかもしたことないんだ、だから、あんないい加減な低レベルのテレビ局にいくしかなかったのね”
「き、君、いくら、なんでも失礼じゃ」
マデモトは思わず女子高生の肩をつかんだ。
動じた様子もみせず、彼女はゆっくりとマデモトのほうを向いた。
青白い顔、真っ赤な唇、整った鼻筋、白目のない真っ黒な目。
「う、うわああ」
“どうしたの?オジサンこそ失礼な人ね。今のオーサカン市で、こんな時間に生きた女子高生なんて乗っているわけないじゃない。知ってるでしょ、今は夕方どころか、昼間だって女一人じゃ歩けない。高校なんて一校もなくなったでしょ、この市では。行く子がいないもんね。子供がいないし、第一お金がなさすぎて行けないよ、ここらに住んでる人たちはね”
「あ、あああ」
“あんな嘘と誤魔化しの政党やら元政治家を持ち上げて、好き勝手させたせいでしょ、この市がこんなになったのは。あいつらに擦り寄ったダケナカだの利権まみれの悪徳会社にいろいろ事業やらせて税金を貢いで、市は破綻したんだよね。府もおんなじようなもん。西のミヤコ構想とか騒いで改憲、改憲とか、オジサンたちに聞こえのいいことばっかり言ってた挙句、これだもん。ホント、いー迷惑”
「き、君は、いったい」
“わたしたち?ああ、あの首長さんたち、ハシゲンさんも含めて、あの党のおかげで死んだのよ、わたしたち。ウイルスに罹ってホントなら軽症だったのに処置おそかったの、わたしは”
と、いきなり口調が変わる。
“あのハシゲンたちが病院減らさなきゃ助かったのよ、アタシは!ただのバイク事故だったんだから!”
“あんな万博とかカジノ誘致とかやらなきゃ、お父さんの会社はつぶれなかったのに”
“飲食業見回りだって、ロクに補助金もくれないくせに営業しちゃだめだって。ダソナに仕事をやらせたら、お金が支給されるのがすごく遅くて。仕方ないから営業したら、袋叩きにされるなんてさ。誰のためにやってたんだろ、あの人たち”
“わたしらが死んだのはあの党の連中のせいだよね。嘘つきでさ、金をもらってないとかいってほかの人攻撃してるくせに、自分は裏でちゃっかり全額もらってんの”
“自分とこの政党に寄付だってウケる。おとーちゃんもそれやってれば、よかったのに”
“そんで、ほかの党とかに難癖つけてさ、あいつらもひどいけど、それ垂れ流してた、テレビ局もひどいよね”
“そう、オヒルナンデスとかさ。あーいうテレビ番組のせいで、あんな党に入れちまったって、後悔してたね、先生とか、近所のおじさんとか”
“この地域のテレビ局みんなそうだから、だまされたって言ってた”
“あいつらも悪いけど、あいつらのことをヨイショしたテレビ局も悪い”
“つまり、このオジサン、マデモトさんも悪い”
白い指がマデモトの鼻先に突き付けられる。
「ひ、ひいい」
“やっちゃう?”
“自分が無批判にあんな番組を放映したせいで、わたしたちに…されるんだから自己責任だといえるわ”
“そーだよね、こいつらがヨイショしてた、あの党の連中がそういうことよく言ってたじゃん”
“悪徳派遣会社につるんでた奴に賛同してたわけだから、同じ穴のムジナってやつ?”
“なら、いいよねえ”
「う、うわあ」
無数の白い手が彼を覆った。
「またか」
駅員の一人が車両の床に転がった死体をみてつぶやいた。
「あちゃー、また死んだんですか、車両内で。もういくら乗客が少なくなったって、声ぐらいかけてやりゃいいのに」
「今の、この市にそんな奴いるか。だいたい救急車だって、来ねえし。もう病院だって県外に行かなきゃ無いしよ、今あるのは一部の金持ち連中相手のだけだろ。だいたい、皆、自分だけで手いっぱいだろ」
「弱いやつから奪い取れ、ってのが、今の流行りらしいですしね」
「そうだよ、死人から身ぐるみ剥いだって話はよく聞くよ。終電に乗るなんて、黄金持ってる奴は、なかなかいないんだが、こいつは剥ぐものもないみたいだな」
「え、今どき、電車乗って仕事いけるって贅沢ですよ、僕ら駅員ぐらいでしょ。自動車なんて、もう超金持ちしか乗れないし」
「遠くまで仕事に行ってたんだろ、だから電車に乗らざるを得なかったんだ。こいつの手、みろよ」
「ああ、ほんとだ。これって、あの工場の…。でも、仕事があるだけマシじゃないですか、あの工場なら交通費でるっていうし、コネがなきゃ入れないらしいけど。市にはほとんど、仕事ないんだから、住民もものすごく減ってるし。この路線だって乗客がほとんどいなくて、いつ廃線になるか。昔は市のど真ん中走ってて、すんごく混んでたのに」
「庶民が電車に乗れないなんて、いつの時代だよって感じだが。また、死体が出たってなると、また上からいろいろ言われるな。…やっぱり、簡易処理でいいか」
「独身みたいっすね。ま、どうせ、警察もロクに捜査とかしないでしょ。殺人とかテロとかじゃなさそうですよ。目を剥いて倒れてるけど」
「ショック死ってやつか。先生を起こして軽く診察して、焼いちまうか」
「いつもの、“感染が疑われるので鉄道会社で処理、ですか」
「ま、そんなとこだろ。前の首長連中のおかげで、先進国最悪の死亡率をぶっちぎりだしな、うちの市は。そんでもって妙な事業に金つかって、また次のウイルスが来ちまって一時壊滅状態だったし。ウイルス感染防止のためなら、なにやったって許されちまう、嫌な世の中だが」
「ですね。ホント、こんなヒドイことになったのは、あの党の奴らとか、あいつらを持ち上げてた奴らのせいですよ、あいつらこそ、報いを受けりゃあいいのに」
と、目の前のマデモトがその持ち上げていた奴らであることを知ってか知らずか、若い駅員はマデモトの死体を小突いていた。
どこぞの国では政治家モドキさんたちが自分らの行いを棚に上げて、勢いよくテレビでのたまってますが、ご本人だけでなくテレビにも責任があるのではないんでしょうかね。つい、数年前彼らが何をしたか、テレビ局の方々がすっかり忘れていたというなら、検査機関に自らの認知機能を調べていただいたほうが良いと思いますが。