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健康診断でE判定(要検査)をもらう

 はじめに私が小学1年生の頃、父親が癌になる。


 その事実は母から伝えられ、母からは「お父さん死ぬかもしれへん」とまで言われる。父は当時30代。小学生低学年だった私は父が死ぬかもしれないという衝撃に夜中ひっそりと1人で泣いた。大人たちに心配をかけないように。今では考えられない健気さ。えらいね。

 ところで父は還暦をとおに過ぎ去り、現在も元気に人生を謳歌しております。


 次に中学3年生の頃、母親が癌になる。母の癌は乳がんでした。


 母の場合は母自身が乳がんなのでは? と疑ってからほんの2日後に手術を終えたので衝撃を受ける間もありませんでした。「乳がん()()()()()()」と伝えられた翌日には入院、翌々日には手術と怒涛の展開。それでももちろん心配は心配でした。多感な時期でもあったしね。

 もちろん母も還暦を以下略。


 ただ筆者は女なので、このとき自分も将来的には乳がんになるのでは? と我が身の将来が少し心配になった。


 さらには母方の祖父は肺がんで亡くなり、母方の祖母は膵臓がんで亡くなり、母方の叔母は乳がんになりました。叔母は存命ですが、こんな感じで身近も身近の人間が癌になり続ければ当然自分も癌になるものとして考えるようになり、特に母に続いて叔母が乳がんになったとあれば「こんなん私も絶対乳がんになるやん!」と光の速さでがん保険に加入もしますよ。


 前段が長くなりましたが、ここまでが私に病気が発覚する以前の家族歴です。




 さて、ことの起こりは会社の健康診断。

 会社にもよるかも知れませんが、特定の年齢になると女性は子宮頸がん検診や乳がん検診が健康診断のなかに含まれるようになります。子宮頸がん検診は20代後半から、乳がん検診は40代から……かな?


 ともあれ子宮頸がん検診です。子宮頸部をブラシでこすって細胞を採り検査にだすのですが、そのときに内診もされます。その内診で医師から右側の卵巣が腫れているという指摘を受ける。


 じつはその頃、同僚が卵巣嚢腫(のうしゅ)で入院、手術をしていた。


 なので当然、卵巣嚢腫(のうしゅ)という病気が私の脳裏を掠めたが、往生際が悪くも「月経が近いからでは?」などと言い訳めいたことを医師に訊ねる。

 しかし抵抗(?)虚しく「排卵で卵巣が腫れるのはせいぜい2〜3センチ。これはそうじゃない」と一刀両断される。そして健康診断の結果(厳密には子宮頸がん検診の結果)が出てからでいいから婦人科にかかるように申しつけられる。


 後日、健康診断の結果が家に届いた。子宮頸がん検診の結果は問題なし。しかし婦人科検診の結果はE(要検査)。Eって初めて見たわ。この歳でEって……。

 と少々落ち込みながらも、まあ検査行けって言われたもんなと自らを納得させ、意を決して市内の主要駅からほど近い産婦人科医院に電話をかける。


 電話をかけたのが月の中頃、12〜13日だったけど産科は妊婦さんの定期検診があるからか、予約が取れたのは約2週間後の26日だった。


 予約が取れてから診察までの間にさらっと卵巣嚢腫(のうしゅ)について調べる。

 曰く、卵巣にできる腫瘍のうち9割が良性の腫瘍、1割が悪性の腫瘍。しかし前述したとおり筆者は癌の家族歴があまりにもあまりである。


 1割来るでこれぇ……と思ったのは言うまでもない。

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