2話目、私が死んだ日
「準備って。なに。でも、いいよ。どうせ私、死んでるから。これ以上なにも、」
その言葉を言い終えたかどうか、分からない。その位すぐに私の意識は「少年」が見せる私の過去に、引き摺り戻された。
誰かの泣き声が聞こえる。
聞き覚えのある声。ああ、そうだ。あれは私の声だ。
クラスメイトにいじめられていた友達を助けて、今度は私がいじめられる様になった。
アニメや映画なんかでよく聞くお話だ。
でも私に起こるなんて思ってなかった。
この前まで私に屈託のない笑顔を向けていた友達(の様に思っていた人間)が、今ではこんな意地悪な顔をして、意地悪な言葉を投げつけてくるなんて。
私は聞こえないフリをして、寝たフリをする。
「また寝てんの?そんなに眠いなら家で寝ればいいじゃん。」
そう言われても私は顔をあげない。だって寝ているから。聞こえない。だから何も起こってない。
だから私は泣いていない。泣いているのは、私の心の中の私。絶対に出てきちゃダメ。外に聞こえると、あの人達がもっと面白がるから。
チャイムが鳴り、授業が終わる。しばらくすると担任が入ってきて、終わりの会が始まる。その間も私は机から顔をあげない。
どうでもいい連絡事項ばっかり。早く終わって。
「他に連絡事項はないかー?なかったら終わりまーす。日直ー。」
「きりーつ。」
日直のその一言で、クラス全員が立ち上がる。私も今起きました、というように、だるそうにだるい体を持ち上げる。
「れーい。ありがとうございましたー。」
皆が「ありがとうございましたー。」と一斉に言って、一気に部活や放課後の話でざわめく教室。
その喧騒に紛れて誰かが
「起きてんじゃん。」
そんな声が聞こえた気もするが、気にはしない。学校から離れてもいい権利を得た私は、すぐに学校から離れた。
家に帰ると私はスカートのポケットから鍵を出し、アパートの扉を開ける。
カバンに鍵は入れない。出来るだけすぐに家に入りたいから。
兄が部活を終え、帰ってくるまで2時間ほど。
この2時間は私しか家にいない。私が私だけの時間を持てるのはこの2時間と、お風呂の30分、1日数回のお手洗い、そして夢の中。
だけど、夢は嫌いだ。
いじめられてる?そう思ってからしばらく経つと、夢を見なくなった。机の上にカッターだか彫刻刀だかで「シネ」と刻まれているのを見つけ、それを彫ったのが、私が肩を持った元いじめられっ子の元友人だったことに気づいた。その日からは悪夢を見るようになった。
その元友人と遊んでいる夢。地元のショッピングモールで服を一緒に見たり、フードコートでアイスを食べたりする夢。そして最後に場面が暗転し、その子がクラスメイトに囲まれて、笑いながら私の机に文字を刻んでいる夢。だから、夢は嫌いだ。ほとんど現実だったんだろうけれど。
「先生に言いたいことはないか?」
「お母さんに言ってくれたことを言って。」
場面は急転した。ここは、、そうだ。接待用の応接室だ。学校にも接待なんてあるのか、なんて思っていたことを覚えている。
「いじめられてます。」
そう言うと担任の後藤先生はやはりそうか、そうだったのか。なんて演技ぶった表情をしながら、わざとらしく神妙な面持ちと声色でこう言った。
「いつからだい?思い当たる節やきっかけなんかはあるかい?」
そう質問されて、私はまた黙りこくってしまった。後藤先生はいつも、わざと私が困る様に質問をする。答えられる訳がない質問を投げるだけ投げて、私が黙るから、先生にはこれ以上どうしようもない、というようなフリをする。「元友達を庇ってからです。」、なんて言えば良かったんだろうけど。その時はまだ私の中で友達だったから。「その元友達が今度は私をいじめてるグループに入れてもらったそうで。良かったです。友達いなかったんですよ、あの子。私以外に。」、なんて。言えば良かったんだろうけど。
そしてまた場面は急転し、今度はリビングだった。
「こいつはさ、何も言わないから。」
兄がいつもの様に怒ったような声で話している。
「母さんが学校に行って話すしかねえだろ。俺が行って何話すんだよ。こいつが話さねえと俺も先生も誰もなんもできねえよ。」
「そんなの私だって、」
「それは母さんのやるべきことなんじゃねえのかよ!」
兄がそう言うと、父も母も何も言えなくなってしまう。兄は野球部に所属していて、だけど補欠で試合中はいつも応援ばかりしているらしい。だから声が大きくて、その大きな声で怒鳴られたら、大人だって何も言えなくなってしまう。だから私だって、何も言えなくなってしまう。
「千佳!何があったか言えよ!」
また場面は急転した。
放課後の教室。
ホームルームが終わって、挨拶が終わって、帰る直前。
「ねえ、起きてんじゃん。」
あれ、これもう見たじゃん。死神くんもミスったのかな?
あれ、でも天気が違うな。っていうかこの声、、このいつも怯えた様な少し震えた声。
これ、やっぱさ、沙耶の声だよね。気づかないフリしてたけどやっぱり。虐めないと虐められるから仕方なく私につっかかるなら仕方もないかなって思える。だけど、これは違うよね?積極的に虐めてきてるよね?
あ、そうだ。だから、私、、、、
「思い出しましたか?」
「少年」が私に話しかける。
「うん、思い出した。」
私は動じてないフリをして、答える。
「私は、死んだんだね。」