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「一欠片の夏」~海辺の記憶~  作者: 凡 徹也
8/15

『海の家に泊まった一日』

 真夏は人にとっては海のトップシーズンなのでしょう。でもウインドサーファーにとって、真夏はウエットスーツを着用したり、ハーネスやライフジャケット装着するには暑すぎて躰に厳しい季節でも有ります。でもその頃の僕にとってはどんな季節も関係なく休日ともなると、その日の風の方向を見極め毎週のように葉山、津久井浜や長浜海岸へと駆けつけてはいたのだ。 

 その頃はウインドサーフィンを始めて数年が経過した頃で、テクニックスキルも身に付き、ある程度のラフな海面や荒れる気象条件で有っても海へと出られるようになり丁度脂がのって夢中になっていた頃だったのだ。そして僕は夏という季節が好きだった。それは、ウエットスーツを着用しなくても身軽に海へと出られる季節だったからだ。

 僕は真夏の休日は、ハーパンにタンクトップを着て、葉山げんべいのビーサンを足に引っ掛け、大抵は凍らせた飲み物と、保冷バッグにおにぎり弁当入れて、あとはウインドブレーカーを丸めて車に放り込み海に行く事が、義務感のような位生活のルーティンになっていました。そして真夏の長浜海岸に行けば海の家ハワイがありました。そこにはいつもの真っ黒な皺くちゃの笑顔が可愛い婆ちゃまが居て、それを手伝う座間市から駆けつける親戚のぽっちゃり青年と、更に少しお腹のだらしのない中年の眼鏡おじさんと、如何にも農家の主婦といった感じのおばさんがいたのです。本当に田舎の香りも漂っている海だったな。

 そんなある日の事、その青年から

「来週も又来るの?」と聞かれて、僕は

「余程天気が悪くない限り来週も又来るよ」と応えた。すると

「良かったら前の晩から来てこの海の家で泊まりませんか?」と誘われた。僕は海で夜を明かしたのは、伊豆半島南端の多々戸浜に車で真夜中に到着した時に、夜明けまで車の中で仮眠した事くらいしか無く、海辺でしかも海の家で泊まったことなど1度も無かったので、興味津々で、「その話、乗った!」と、快諾したのである。

 その次の週。休日の前夜はいつもと違う気分でいました。僕は仕事を終えると急いで家に帰り車に着替えやウインドサーフィンのアイテムを詰め、ボードを車のキャリーに縛り付けて長浜海岸へと向かった。海岸に到着したのは9時半過ぎ。浜辺は真っ暗だったが、駐車場を奥へと進めると海の家ハワイは1軒だけライトが点いて煌々と輝いていた。既に今宵の宿泊メンバーの数人は駆けつけていた。その場所は周りに民家も無い静かな場所だが、海の家からは陽気な声が漏れ聞こえていた。10時にはメンバー達が揃い、宴は開幕した。作ってくれていた小さな鍋や肴、おつまみを囲み箸が進んだ。他の皆は缶ビールを開けて乾杯(^-^)人(^-^)。僕は酒を嗜まないので、三ツ矢サイダーやウーロン茶で付き合った。昼間の蒸し暑さと違って、海の家の葦簀から吹き抜ける夜風は短パンTシャツ姿の躰に心地良く、それでも鍋の熱さに汗は吹き出していた。ひとしきり空腹を満たすと、今度は浜へと出て誰かが用意した花火を始めた。最初は打ち上げ花火やロケット花火その後は大人しい手で持つ優しい花火へと移り、最後は全員で線香花火を灯してにわかな花火大会は終了した。

→(当時は許されたが、現在では夜間の花火は禁止されています)

 その後は海の家に戻り、海の家の奥の一角に皆で大きな蚊帳を吊した。蚊帳など、昔の田舎で見た以来。それでもこれをしないと蚊に、刺されまくりらしい。その蚊帳の中に蒲団を敷き詰めて午前零時頃に雑魚寝で床に就いた。

 こんな雑魚寝も小学校の修学旅行以来だ。最初は横になったものの何気ない話で盛り上がり大笑いで眠れなかったが、側から聞こえてくる波の音を聞きながらの通り抜ける風に乗ってほのかに漂う蚊取り線香の匂いに包まれて、極上の心地良さでいつしか眠りに就いていた。

 海の夜明けは早く、静寂そのものだった。僕は思い切り背伸びをしてサンダルを引っ掛け前の浜へと出ると、何人かは既に起き出してきていて一足早く夜明けの陽射しを浴びた遠くに見える紅い富士山を砂浜に腰を下ろして膝を抱えながら見ていた。そんな早朝だというのに駐車場には夜中に到着した車で結構埋まっていて更に数台続いて押し掛けて来ていた。僕等は波打ち際を少し散策したあと、急いで蒲団を上げ、蚊帳を片付けるのを手伝った。

「さあ、今日も稼ぐぞ」と、青年は気合いを入れて、洗面を済ませると朝飯の準備をキッチンで始めた。僕は朝シャワーを浴びた後、味噌汁作りや、営業中に出すラーメン等の仕込みを少し手伝うことにした。その後間もなくして婆ちゃんやおばさんもやって来て、台所で僕達の朝食を作ってくれた。魚を焼く香ばしい薫りが辺りを漂わせた。

海の家で出す料理の下ごしらえを済ませた僕達は、卵焼きに焼いた干物に味噌汁といった、何処か懐かしさを感じる朝食を海の家のテーブルで食べた。海辺で食べる朝食等滅多に出来ない経験で有り、質素な食卓がむしろ物凄い贅沢な食事にも思えていた。

朝食を終えても、いつもなら未だ海へと到着していない朝早い時間だった。浜辺には微風すら吹いてないが、とりあえず車からボードやリグを下ろして組み立てた。そよ風が吹き始めた海へと僕はビーチスタートでボードを沖へと出して二時間ほど愉しんでから浜へと上がってきた。

 するとそこへハワイの兄ちゃんが、ご馳走すると言ってかき氷レモンを持ってきてくれた。僕は「ありがとう」と言ってそのかき氷を一口食べて直ぐに吐き出してしまった。「なんだこれは?!」と、海の家の方を見ると、その兄ちゃんやおばさん達が皆で腹を抱えて笑っていた。そのかき氷には、レモンシロップの代わりにたくあんの漬け汁が入っていたのだ。僕は凄い形相で海の家へと駆け込んだ。するとお兄ちゃんは海の家の奥へと逃げ、ご免なさいと頭を抱えたが、僕は怒って等なかった。ただ、僕は自分が引っかかっただけで済ますことには不満が有ったので有る。この気持ちは誰に返そうか。そうだ!未だ沖に居る友人を引っ掛けて遣りたいと悪戯心に火が点いたのである。僕はハワイの台所へと駆け込み、辺りを見回してから丁度冷やし中華に載せる紅ショウガが目に付いたので、今度は氷をかいてその紅い汁を上からかけて、丁度浜から上がってきた友人に「お兄ちゃんが氷イチゴご馳走するってさ」と言って渡した。暫くすると、浜の方から大声が聞こえてきた。「なんじゃこりぁー」その声を聞いて僕とその兄ちゃんはお互いに目を合わせながら腹を抱えて笑ったのである。そして僕達の目の前には引きつった顔をした友人が睨み付けるような眼差しで浜の真ん中で立ちつくしていたのである。

 そんな愉しい一泊2日の海の家体験は、その後何年か毎年誘われ、友人達は幾度もお世話になったが、僕はというと忙しない日々でとうとう海の家体験はこのたった1度だけとなってしまった。今更だが、あの何気ない時間がこれ程貴重で大切な時間だったのかと思い返す日々なのである。

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